「こんにちは、時雨。こんなところでどうしたの?」
窓枠から身体を起こして振り返ると、そこには提督が立っていた。
妖精は連れておらず、一人みたいだ。珍しいね。
「やぁ。いい雨だね、提督」
「いい……のかな? 時雨は雨が好きなの?」
「まぁね。雨音は落ち着くし、作戦中に助けられたことも一度や二度じゃないよ。提督は、雨は嫌いかな?」
「どうだろうね、あまり考えたことないな……。でも雨の日にしかやらないこともあるし、嫌いではないかな」
そうなんだ。人間は雨が嫌いって印象があるけど、やっぱり提督は普通の人とは感性や考え方が違うのかな。
「それで、どうかした……ああごめん。もしかして邪魔しちゃったかな?」
すると提督は急に、ばつが悪そうに頭をかいた。
僕が雨音は落ち着く、と言ったからかな。ここでのんびり気を休めていたと考えてるみたいだ。
……思えば提督は、こうして周りに遠慮してばかりだね。
艦隊の運用や執務の時は気を引き締めて、僕たちにもしっかりと指示を出しているように思うけど。非番の時はいつも相手に配慮した、というか。
やりすぎなくらい、思いやりに溢れた言動をとる。……でも、僕にはそれがひどく歪に見えた。優しいというより、相手の感情を刺激しないように気を張っている、という印象。
他の
「ぼーっとしてただけだから、気にしなくていいよ。提督こそ、こんなところで何やってるの?」
「そろそろみんな帰ってくるだろうから。入渠ドックを動かしておこうと思ってね。濡れたままお風呂が温まるのを待つのは良くないし」
……非番の時くらいゆっくりすればいいのに。提督室にいる時も、大本営の大淀がまとめたというノートを見て勉強しているらしいし。真面目というより、気の休め方を知らないみたいだ。
そこまで考えて、僕は提督の様子がおかしいことにようやく気が付いた。
「……提督、体調悪いの? 顔色良くないよ」
僕が一言そう指摘すると、彼はしまった、というように一歩後ずさった。
「あー……最近、少し寝付けなくてね。そう心配されるほどじゃないよ」
「はぁ……。あのね、提督。今日非番だよね? こういう日に体調を整えなくてどうするのさ。作戦指揮中に倒れたりなんかしたら冗談じゃ済まないよ」
「そう、だね、うん。部屋に戻ってゆっくり休むことにするよ。入渠ドックの準備が終わったらね」
「僕がやっておくから大丈夫だよ」
「……分かった。それじゃあ悪いけどお願いするよ。ありがとね、時雨」
そう言って提督は
「……提督、僕お風呂の準備終わったら、提督室に向かうから。ちょっと話があるんだ」
実のところ、ここでも話は出来るけど。落ち着いた場所じゃないと
他の
どういう理由で体調を崩しているのか。部屋で休むことを避ける理由は何なのか。
提督もさすがに、みんなからの好意には薄々気づいていると思う。そして僕は逆に、そういう感情を抱いて居ないことも。
僕だからこそ話せることもあるかも知れない。自己満足だけど、出撃してるみんなのお風呂に配慮する余裕があるなら、少し僕のために時間を割いてもらおうかな。
「っ。……分かった。部屋で待ってるよ。急がなくていいからね」
僕の表情を見て、説得や言いくるめるのが難しいことに気付いたみたい。諦めたように一つ息を
うん、懸命な判断だね。それにやっぱり、人の顔をよく見てる。顔色を窺いすぎ、と言ったほうが良いかも知れないけど。
それじゃあお風呂の準備を整えてから、提督を問い詰めに行こうかな。