「そ、それじゃあ横になろうか」
「う、うん。提督から先に、どうぞ」
窓の外では未だぽつぽつと雨が降る中、僕は提督に連れられて彼の寝所に足を踏み入れていた。
雷が世話を焼いているだけあって、男性の部屋にしては小綺麗に見える。
ベッドは僕たち艦娘が使うものより作りが良さそうで、サイズも二人横になるのに問題は無さそうだね。
……勢いで提督を説得してここまで来ちゃったけど、実際にこれから一緒に寝るんだ、と思うとさすがに緊張してくる。
ちらりと提督に視線を送ると、彼も深呼吸して息を整えているようで、それが少し僕を安心させた。
提督はすでに軍服からラフな格好に着替えていて、あとは二人でベッドに入るだけ。
いそいそと掛け布団をめくって寝台に体を横たえる提督に続いて、僕もその傍らに潜り込む。
……まずいね、想像してたより胸がどきどきする。隣の提督に伝わってるんじゃないかってくらい、鼓動がうるさい。
……でも、さっきの話を聞く限り、今の状態は提督が求めてるものじゃないはずだ。
胸に抱いた人の温もりを忘れられない。悪夢に喘いで目を覚ました時、孤独な自分を実感して心細くなる。彼はそう言っていた。……それなら。
「提督、その……。どうぞ」
二人してしばらく天井を向いていたけど、僕は意を決して体を提督に向けた。
両手を広げて意思表示する。……きっと顔が赤くなってると思うけど、それは提督も一緒だから。きっと見逃してくれるよね。
「……うん。ごめんね」
僕の言葉を受けた提督は、思った通り顔を真っ赤にして。その体を僕に向けて、腕を伸ばしてきた。空調が効いた部屋の中で、彼の体温がひどく生々しく感じられる。
今僕の体は提督の胸の中にあって、腕は提督の背中に。提督の腕は僕の背中に回されていた。
「謝るよりは、お礼のほうが嬉しいな。役に立ってるって実感できるから……」
「時雨……ありがとう。……おやすみ」
そういって目を閉じると、提督は思いのほかすぐに寝息を立て始めた。
緊張だとか、僕への遠慮だとか。そんなものに長く集中してられないくらい、やっぱり提督は疲れてたんだ。
ついさっきまで彼の心臓の音が激しく伝わっていたけど、今ではもう落ち着いていた。
……一定のリズムでその律動が、彼の胸に
心地よいと、そう感じてしまう。
頭を動かして彼の寝顔に目をやると、提督というには若すぎる見た目が更にあどけなく思えた。
……提督になる少し前まで学生だったという彼は、まだ二十にも満たないはずだ。知識としては知っていたそんなことを、今になって実感する。
そして、そんな無防備な表情を僕が引き出せたことに、一抹の優越感も。
「……提督……」
――あぁ、これは駄目かもしれない。
あれだけ偉そうに、僕には他意が無いだなんて口にしていたのに。
雷の、提督を支えたいという思いに共感してしまう。
夕立と響が、この人を想う気持ちが分かってしまうんだ。
心から必要とされる喜びが。提督の力になれているという実感が。
心の
艦娘としてこれ以上の幸せは無いと確信させてくれる。
「――っ、」
「! 提督?」
胸に灯った小さな火は、僕の頭上で苦しそうに息を吐く提督の姿を見て燃え上がる。
「――はっ、――はっ、――はっ……」
また、過去の
提督から人として当然の幸福を、その温かさを奪ったであろう記憶を。
彼は生涯抱えて生きていくんだろうか。
「……こんなのって無いよね」
僕の背中に回されているだけで、力を感じさせない彼の腕に伝えるように。
僕は提督の背中に回した両腕で、彼の身体を強く抱きしめた。
「大丈夫」
「――はっ、――はっ、――はっ……」
浅く上下する提督の胸に頬を当てて、締め付けないように、それでも出来る限り強く、強く抱きしめる。
「提督は一人じゃないよ」
「――はっ、――はっ、――はっ……」
提督の過去が苦しみに満ちているのなら。
「僕たちがついてる」
幸せに満ちた未来を、僕たちが――僕が、切り開いて見せる。
「――はっ……」
「……ごめんね、提督」
――僕がずっとそばにいよう――
「……僕も、提督が好きみたいだ」
「………………すーー……、すーー……」
いつの間にか、提督の両腕は強く僕を抱きしめていた。
……悪夢の中の提督に、僕の熱が伝わったように感じられて、何故だか涙が零れそうなほどに嬉しかった。
きっと穏やかになっただろう彼の寝顔を盗み見ようとしたけど、強く抱きしめてくる腕の中から出ようとすると、提督を起こしてしまうかも知れないように思える。
「……仕方ないよね、うん」
誰かに言い訳するように呟いてから、改めて提督の胸に顔を寄せて、僕も瞳を閉じる。
心地よい
「おやすみ、提督……」