妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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30.時雨の憂鬱肆ーSIDE時雨ー

「そ、それじゃあ横になろうか」

「う、うん。提督から先に、どうぞ」

 

 窓の外では未だぽつぽつと雨が降る中、僕は提督に連れられて彼の寝所に足を踏み入れていた。

 雷が世話を焼いているだけあって、男性の部屋にしては小綺麗に見える。

 

 ベッドは僕たち艦娘が使うものより作りが良さそうで、サイズも二人横になるのに問題は無さそうだね。

 

 ……勢いで提督を説得してここまで来ちゃったけど、実際にこれから一緒に寝るんだ、と思うとさすがに緊張してくる。

 

 ちらりと提督に視線を送ると、彼も深呼吸して息を整えているようで、それが少し僕を安心させた。

 

 提督はすでに軍服からラフな格好に着替えていて、あとは二人でベッドに入るだけ。

 いそいそと掛け布団をめくって寝台に体を横たえる提督に続いて、僕もその傍らに潜り込む。

 

 ……まずいね、想像してたより胸がどきどきする。隣の提督に伝わってるんじゃないかってくらい、鼓動がうるさい。

 ……でも、さっきの話を聞く限り、今の状態は提督が求めてるものじゃないはずだ。

 

 胸に抱いた人の温もりを忘れられない。悪夢に喘いで目を覚ました時、孤独な自分を実感して心細くなる。彼はそう言っていた。……それなら。

 

「提督、その……。どうぞ」

 

 二人してしばらく天井を向いていたけど、僕は意を決して体を提督に向けた。

 両手を広げて意思表示する。……きっと顔が赤くなってると思うけど、それは提督も一緒だから。きっと見逃してくれるよね。

 

「……うん。ごめんね」

 

 僕の言葉を受けた提督は、思った通り顔を真っ赤にして。その体を僕に向けて、腕を伸ばしてきた。空調が効いた部屋の中で、彼の体温がひどく生々しく感じられる。

 今僕の体は提督の胸の中にあって、腕は提督の背中に。提督の腕は僕の背中に回されていた。

 

「謝るよりは、お礼のほうが嬉しいな。役に立ってるって実感できるから……」

「時雨……ありがとう。……おやすみ」

 

 そういって目を閉じると、提督は思いのほかすぐに寝息を立て始めた。

 緊張だとか、僕への遠慮だとか。そんなものに長く集中してられないくらい、やっぱり提督は疲れてたんだ。

 

 ついさっきまで彼の心臓の音が激しく伝わっていたけど、今ではもう落ち着いていた。

 ……一定のリズムでその律動が、彼の胸に(ひたい)を当てている僕に響いてくる。

 

 心地よいと、そう感じてしまう。

 

 頭を動かして彼の寝顔に目をやると、提督というには若すぎる見た目が更にあどけなく思えた。

 ……提督になる少し前まで学生だったという彼は、まだ二十にも満たないはずだ。知識としては知っていたそんなことを、今になって実感する。

 

 そして、そんな無防備な表情を僕が引き出せたことに、一抹の優越感も。

 

「……提督……」

 

 ――あぁ、これは駄目かもしれない。

 あれだけ偉そうに、僕には他意が無いだなんて口にしていたのに。

 

 雷の、提督を支えたいという思いに共感してしまう。

 夕立と響が、この人を想う気持ちが分かってしまうんだ。

 

 心から必要とされる喜びが。提督の力になれているという実感が。

 心の(うち)を晒してくれた信頼が。

 

 艦娘としてこれ以上の幸せは無いと確信させてくれる。

 

「――っ、」

「! 提督?」

 

 胸に灯った小さな火は、僕の頭上で苦しそうに息を吐く提督の姿を見て燃え上がる。

 

「――はっ、――はっ、――はっ……」

 

 また、過去の残滓(ざんし)に苦しんでいるんだろうか。

 提督から人として当然の幸福を、その温かさを奪ったであろう記憶を。

 彼は生涯抱えて生きていくんだろうか。

 

「……こんなのって無いよね」

 

 僕の背中に回されているだけで、力を感じさせない彼の腕に伝えるように。

 僕は提督の背中に回した両腕で、彼の身体を強く抱きしめた。

 

「大丈夫」

「――はっ、――はっ、――はっ……」

 

 浅く上下する提督の胸に頬を当てて、締め付けないように、それでも出来る限り強く、強く抱きしめる。

 

「提督は一人じゃないよ」

「――はっ、――はっ、――はっ……」

 

 提督の過去が苦しみに満ちているのなら。

 

「僕たちがついてる」

 

 幸せに満ちた未来を、僕たちが――僕が、切り開いて見せる。

 

「――はっ……」

「……ごめんね、提督」

 

 

 

 

 

 ――僕がずっとそばにいよう――

 

 

 

 

 

 

 

「……僕も、提督が好きみたいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………すーー……、すーー……」

 

 いつの間にか、提督の両腕は強く僕を抱きしめていた。

 ……悪夢の中の提督に、僕の熱が伝わったように感じられて、何故だか涙が零れそうなほどに嬉しかった。

 

 きっと穏やかになっただろう彼の寝顔を盗み見ようとしたけど、強く抱きしめてくる腕の中から出ようとすると、提督を起こしてしまうかも知れないように思える。

 

「……仕方ないよね、うん」

 

 誰かに言い訳するように呟いてから、改めて提督の胸に顔を寄せて、僕も瞳を閉じる。

 心地よい微睡(まどろ)みに意識がとけるまで、そう長くはかからなかった。

 

「おやすみ、提督……」

 


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