妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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2019/07/24 本日二話目です。ご注意ください。


37.このクズ司令官!!―SIDE霞―

 海原提督を講堂まで連れてきた私は、すでに集まっていた艦娘の列に加わった。

 周りを見回せば、みんなの表情はお世辞にも明るいなんて言えやしない。

 

 大本営から元帥閣下の通信によって行われる艦隊指揮を考えると、現地に提督が着任している方がいいに決まってる。

 でもこの鎮守府に限っては、提督の着任は必ずしもいいものじゃない。むしろ姉妹を、仲間を罵られることを。それを見て見ぬ振りしなきゃいけないなら、居ないほうが良い。

 

 みんなきっと、いち早く海原提督がここを去るのを望んでいるはず。でもそんな考えを万が一にも悟られる訳にはいかない。処罰が下るのが自分だけならまだいい。でも、もし大切な仲間を傷つけられたりしたら……。

 

 そう考えてしまうともう駄目。出来るだけ視線を合わせないよう、目を付けられないよう、瞳を伏せて項垂れるしかない。ここに集った艦娘(なかまたち)みたいに。

 

 でも、私は違う。誰よりもこの鎮守府で、提督の扱いに長けている自信がある。

 どうすれば怒りを買わないで済むか。買ってしまった場合は、どうやって気を鎮めるか。処罰が下る際は、いかにして被害を自分だけに抑えるか。この鎮守府の誰よりも知っているつもり。

 

 だから、私は視線を上げる。提督と、彼が連れてきた艦娘に視線を向ける。

 正しく対処するためには、正しく知る必要があるんだから。

 

 ……正規空母、瑞鶴。軽巡洋艦、五十鈴。駆逐艦、夕立。同時雨、雷、響。

 ここに案内するまで、不快にさせないよう出来るだけ視線をやらなかったから気づかなかったけど。艦種の内訳が大本営からの伝達と違ってるわね。

 

 ……分からない。海原提督の画策なのか、大本営のミス、あるいは工作なのか。イレギュラーばかりでホント嫌になる。

 

 不自然なまでに静かな講堂の様子は気にならないのか、海原提督と六人の艦娘は軽い足取りで壇上に並んだ。提督は一歩前に出て、マイクの高さを合わせている。

 

 ――ここからだ。書類で分かることなんて、あくまで字の上でのことでしかない。

 それが不必要なものだとは言わないけど、百聞は一見に()かず。海原提督が何を(のたま)うのか、一言一句聞き漏らせない。

 

「……あ、あー……よし。……初めまして、暁光鎮守府の皆さん。本日よりこの鎮守府の提督を任されました、海原海人と言います。若輩ですが、よろしくお願いします」

 

 講堂に響いた彼の声音(こわね)は、良く言えば爽やか。悪く言えば軟弱な印象を受けた。

 でも、今までには居なかったタイプの話し方だ。過剰な自信も、立場から来る威圧感も、他人を蔑んだような(いや)らしさもない。

 

 事実、何人かの艦娘は興味を惹かれて視線を向けているみたい。

 ……まだ安心なんてできないのに、やめなさいったら……!

 

 私の内心の焦りには誰も気づかないまま、海原提督の言葉は続く。

 

「……さて皆さんは……もう敬語はいいかな。みんなは、人間は好きかな?」

 

 …………? 理解が及ばない。

 

 彼は何を言っている? どういう意図の質問なの?

 

 どういう答えを望んでる? 間違えればどうなる? ……分からない。

 

 ――分からない、分からない、分からない!

 

 嫌な汗が背中を伝う。額に雫が滲む感覚すら覚える。

 

「僕は嫌いです。大嫌い。できれば一生他人と関わりたくない。それくらいです」

 

 すぐに彼は話を続けた。あぁ、良かった。すぐに、誰かに答えを求めた訳じゃなかったんだ。

 

 そう思ったのも一瞬で、さらに意味が分からなくなった。

 ――仮にも軍人が、守るべき人間を、それを守るために居る大勢の艦娘に向かって、あろうことか大嫌いだなんて。

 

 何言ってんの? こいつ。 思わずそう考えてしまった。

 他の艦娘(なかまたち)にも困惑は伝播してる。ぽつぽつとざわめきが起こっている。こんなことは、今まで無かったのに。

 

「僕は幼い頃から妖精さんを見ることが、会話をすることが出来た。

 それが理由で、両親からも周りの人間からも、頭のおかしな奴として扱われたんだ。

 何か起これば僕のせい、何も無くても僕が悪い。生まれてから今まで、ずっとそうだった。だから僕は、人間が嫌いだ」

 

 これは……海原提督の、生い立ちの話?

 

「最近知った話だと、妖精さんを視認できるのは提督としての才能らしいね。

 実のところ僕は、つい最近提督になったばかりなんだ。しかも、海軍兵学校で訓練を受けずに、一般人から一足飛びでね」

 

 それは大本営からの通達にあった通り。妖精提督、なんて呼ばれるくらい、異常なほど妖精に好かれているらしい。

 

「僕が提督として働き始めたのは、友達である妖精さんのため。妖精さんは鎮守府で働くのが好きみたいなんだ。働いているというより、遊んでいるみたいな感覚らしいんだけど。物心ついた時からお世話になっている妖精さんに恩を返すために、僕は提督になった。人間を守りたいなんて意思はこれっぽっちもない」

 

 ――眉唾だと思ってたけど。講堂までの道すがら、彼が妖精に話しかけていて、妖精がそれに応えていたところを思い出すと、意思疎通ができるっていうのも事実なの……?

 

「でも今は、妖精さんのためだけじゃない。……ちょっと恥ずかしいけど、新しい艦娘(かぞく)のために。僕を助けてくれた、僕を提督として立たせてくれている、ここにいる六人の家族のために、僕は提督としてやってきた」

 

 海原提督の言葉に、嘘偽りは感じられない。少なくとも、私には。

 他のみんなも同じように感じたみたいで、思わず頭を上げて、呆けたように彼へ注目している。

 

「この暁光鎮守府がどういう場所か、大本営から送られてきた資料である程度は把握してる」

 

 彼がそう言った途端、ほとんどの艦娘が肩を震わせた。私だってそうだ。

 大本営が私たち浮上艦に対してどういう感情を向けているかだなんて、今更の事だ。海原提督に送られた文書に、私たちに対する好意的な内容なんて欠片もあるはずがない……!

 

「……あぁ、ごめん。不安にさせたかな。今言ったけど、僕は人間が嫌いだ。大本営の人間が好き勝手に決めた常識とか君たちへの所感なんて信じてないよ。建造艦だとか、浮上艦だとかね。

 僕が把握してるって言うのは……この鎮守府の艦娘が、大本営から不当な扱いを受けているってこと。……回りくどいかな。要は捨て駒、肉の壁、ってやつだね」

 

 ぎりっ、と。思わず歯が軋む。どうしようもなくどうしようもなかった過去を思い出して。

 そして、正しくこの鎮守府を理解しているように見える提督に対して、また期待してしまいそうな自分に腹が立つ。

 

「もう、そんな風にさせない。僕は君たちとも、家族になれればいいなと思ってる。もしそうなれなかったとしても、この鎮守府の仲間を一人も見捨てる気はない」

 

 改めて周りに目を向けると、顔を覆って嗚咽を漏らしている子がいる。抱きしめ合って、海原提督の着任を涙を流して喜んでいる子たちもいた。

 

 ――信じたい。でも、信じたくない。……裏切られたくない。

 

「思ったことは何でも言って欲しい。僕は提督になりたての素人だから。きっと皆に迷惑をかける。でも、そのままでいる気はない。家族の、友達のために精一杯励むつもりです。

 一人前に提督として艦隊を指揮できるよう、僕を支えてくれると嬉しい」

 

 思ったことは、何でも言って欲しい。

 

 ――なら、最初は私であるべきだ。

 きっとみんな期待してる。今度こそ大丈夫だ。ついに浮上艦(わたしたち)を、艦娘として扱ってくれる提督が着任されたんだ。

 

 きっと、大丈夫。九割九分九厘、この提督は信頼できる人だ。

 でも、たった一厘、不安を捨てきれない。今までの出来事が簡単にはこの人を信じさせてくれない。

 

 だから、それを取り除く。もし今まで通りだったとしても、きっと被害は私だけで済む。

 

「――はっ、――はっ。……ふぅ……」

 

 いつの間にか浅くなっていた呼吸を整える。

 ……出来る限り、口汚く。間違っても矛先が他に行かないように、徹底的に。

 

「――っ! なら言わせてもらうわよっ、このクズ司令官!!」

 

 講堂に私の声が響き渡った。海原提督と、彼が連れてきた艦娘たちは、驚いた様子でこちらに目を向けている。

 

 整列している仲間たちも、血の気が引いた表情で私に視線を送ってくる。

 ――これでいい。これならどう見たって、私の暴走にしか見えないはず。

 

「妖精と話せるなんてバッカじゃないの!? 現実見なさいよ! さっきまで連れてたのはどこ行ったワケ!?」

 

 思いつく限り。

 

「人間が嫌いだなんて、開き直って偉そうに!! 聞かなきゃ分かんないの!? あたしだって嫌いよ!! アンタみたいなズブの素人を提督に寄こす連中なんか!!」

 

 止まるな。これで剥がれる化けの皮なら今すぐ剥がすんだ。

 

「この鎮守府の事を把握してる!? だったら軽々しく家族にだなんて口にするんじゃないわよ!! デリカシーってもんが無いんじゃないの!?」

 

 海原提督が反応を見せるまで。じゃなきゃ声が枯れるまで。

 

「自分が世界で一番不幸みたいな顔しちゃって!! アンタみたいなクズの相手を何人もさせられたあたしの方が、よっぽと……っ!」

 

 ――いつの間にか、海原提督が、目の前に立っていた。

 

「……もう、いいから」

 

 嫌だったら殴って良いから。ごめんね。

 そういって、彼は私の体を抱きしめた。

 

「……君の気持が分かるなんて、軽々しく言うつもりはないよ。

 でも、安心してほしい。今回っきりだ。こんな思いをするのは。

 ……提督として、お礼を言うよ。今までありがとう、この鎮守府を守ってくれて」

 

 本当に、ありがとう。

 そう加えて、ぎゅっと抱きしめる力を強める彼の温かさに。

 

「……ぅっ、ぐすっ。……っ、うぅぅぅぅ……っ」

 

 遠い過去、どこかに置いてきたはずの感情が湧き上がってくる。

 嗚咽を、目から零れる雫を、どうしたって押しとどめることが出来ない。

 

「これからきっと、楽しい毎日を送れるようにするから。だから、見てて欲しい。――妖精さん!」

 

 私を抱きしめたまま、急に彼は叫んだ。すると――。

 

「……なに、これ」

 

 講堂の出入り口から一斉に室内に雪崩れ込んだたくさんの妖精が、海原提督の頭上を舞っていく。見慣れたはずの、見たこともないものを形作る。

 それは。

 

 

 

 

 ――錨、だった。

 

 

 

 

 妖精によって描かれた巨大な錨が、講堂の天井を覆っていた。

 

「君たちが安心して錨を下せるよう。……この鎮守府を、胸を張って帰る場所だと言えるようにして見せる。だから、もう一度だけ――期待して欲しい」

 

 

 

 ――もう、騙されてもいい。裏切られてもいいじゃない。この人なら――

 

 

「……下手な采配したら、承知しないわよ。……クズ司令官」

「うん、頑張るよ。改めてよろしくね、霞」

 

 


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