妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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39.殴られ甲斐

「いててっ……五十鈴、もう少し優しくしてくれないかな」

「自業自得よ、まったく」

 

 講堂での挨拶を終えた僕は、暁光鎮守府の医務室で応急処置を受けていた。

 場所が顔だから自分ではうまく手当て出来なくて、五十鈴にお願いしたんだけど……手つきが雑だった。

 

「わざわざ殴られなくても、きちんと話し合えば良かったじゃない」

「まぁ……そうかも知れないね」

 

 任務から帰投したらしい天龍が怒りの形相で駆け寄ってくるのを見て、五十鈴たちは当然身構えた。

 でも少し考えがあって、僕に任せて欲しいと視線で訴えたんだ。意図を読んでくれたみんなは、しばらく成り行きを見守ることにしたらしい。

 

 しかし、さすがに天龍があそこまでするとは思ってなかったらしく、倒れた僕に追い打ちをかけようとしたところで夕立と時雨がそれを制してくれた。

 

「それで、何か意味はあったの? 今頃天龍は戦々恐々としてるわよ。霞が説明してくれてるでしょうけど、天龍は提督の挨拶を聞いてないんだから。人となりを知らない以上、重い処罰が下ると考えているはず」

 

 椅子に座った僕に、五十鈴は立ったまま腕を組み、ため息を吐く。なんだか説教を受けている気分だ。いや、実際そうかな?

 

「殴られ損にはならないと思うよ。夕食の時にでも分かってもらえるんじゃないかな……」

 

 しかし喋りづらい。さっき鏡を見ると頬から目元にかけて思ったより腫れていて、口を動かすと鈍痛が走った。五十鈴がガーゼで覆ってくれたおかげで、それほど重症に見えないのが救いだね。

 

 ちなみに五十鈴以外の艦娘には席を外してもらっている。多分これから天龍が来るだろうけど、その時に彼女と話しやすくするためだ。

 僕が連れてきた艦娘に囲まれながらでは、彼女も話しづらいと思うし。

 

「……考えがあるのは分かったけれど、これっきりにして頂戴。提督が殴られるのを黙って見てるなんて、もう御免よ。五十鈴も、みんなも」

「うん……ありがとう」

 

「それじゃあ、五十鈴も施設を見て回るから。しっかりやりなさい?」

 

 分かっているならいいと僕に微笑みかけ、五十鈴は医務室から出ていった。……いつも彼女には迷惑をかける。いずれ機会を作ってお礼をしたいな。もちろん、彼女以外の五人にも。

 

「かいていとくー」

「うん?」

 

 五十鈴が退室してから物思いに耽っていると、窓の外に妖精さんがいた。キャスター付きの椅子に座ったまま近づき、鍵を開けて窓ガラスを持ち上げる。すると妖精さんは(ふち)にちょこんと座って首をかしげた。

 

「……だいじょうぶ?」

「うん、平気だよ。見た目ほど痛くないんだ」

 

 用があっただろうに傷を心配してくれる妖精さんを見て、心が洗われた。妖精さんが居なかったら、今まで何度心が折れただろうかと実感する瞬間だ。

 

「それより、何かあったの?」

「どーぞーどこにつくる?」

 

 ……あれ本気で言ってたのか。

 

「いや、銅像はいいから。改修が必要な施設からお願いしたいな」

「あらかたおわったー」

 

 早過ぎない?

 暁光鎮守府に到着したとき、ざっと外から見ただけでも建物は綺麗とは言い難かった。修理のし甲斐があると妖精さんがやる気を出していたのは知ってるけど、それにしたって作業速度が尋常じゃない。

 

「あとはみためだけ」

「……じゃあそこに力を入れて欲しいな。銅像は恥ずかしいし、作らなくていいから」

 

「えー! たてたいたてたいたてたいー!」

 

 ごろんと窓の縁に転がってバタバタといやいやをする妖精さん。なんでそんなに必死なんだ……。

 それに考えてもみて欲しい。着任した提督が初日に自分の銅像を建てるんだよ? どう考えたってこの鎮守府の艦娘に良い印象は与えられないはずだ。

 

「駄々こねたって駄目なものは駄目」

「……う~」

 

 ぴたりと動きを止めた妖精さんは、僕を見つめて涙を流し始めた。

 なんで!? なんでそんなに僕の銅像にこだわるの!?

 

「わ、分かったから泣かないでよ! ……それじゃあ、資材倉庫の脇にお願いするよ。あと、肩とか頭に妖精さんの像も作って欲しいな」

 

 我ながら妖精さんに弱すぎる。

 

 でも倉庫付近ならそれほど人目につかないだろうし、用が無ければ艦娘も近寄らないから視界に入りづらいはず……。それに妖精さんを乗せた提督の銅像なんて、威厳もへったくれもないから、反感も少ないと思う。思いたい。

 

「かい……///」

 

 しかし妖精さんは僕の打算を(いた)く好意的に受け取ったらしい。こちらを見つめる瞳にはハートマークが浮かんでいた。

 ちょっと待って、それどうなってるの?

 

「そいじゃたててくるー!」

 

 ばびゅーんと猛スピードで飛んでいくと、妖精さんは数秒で建物の陰に消えてしまった。

 僕が呆然とそれを見送っていると、廊下からドタドタと誰かが駆けてくる音が聞こえてくる。

 

「提督っ!!」

 

 バタンと勢いよく扉を開いたのは、予想通り天龍だった。

 険しい表情で僕のもとへ歩み寄ると、彼女はあろうことか――土下座をしてきた。

 

「すまなかった!!」

「……それは、何に対しての謝罪かな?」

 

 妖精さんとのやり取りで軽くなった意識を引き締める。

 これは認識の擦り合わせだ。僕は天龍に殴られてもいいと思ったから、五十鈴達が庇おうするのを遮った。彼女が僕を襲った理由によっては、むしろ殴られた方が都合が良かったんだ。

 

 でも僕を殴った理由が予想の外にあれば、ここで謝罪を受け入れるかどうかは変わってくる。これは彼女を正しく知るための問いかけだ。

 

「……勘違いで先走って、上官に手を上げちまった。許されることじゃねぇのは分かってる……」

「僕は根っからの軍人って訳じゃない。上官に暴行を働くことがどこまで悪いことなのかなんて正直どうでも良いんだ。それより、勘違いの方を教えて欲しいな」

 

 僕の言葉に、天龍は戸惑っている雰囲気だ。雰囲気というのは、未だ彼女は土下座したままで、表情が窺えないからだ。今姿勢を楽にしろと言っても、彼女はそれを受け入れないだろうし、その辺は感じ取るしかない。

 

「……今までこの鎮守府に来る提督は、どいつもこいつもオレ達をバカにしてやがった。何となく気にくわねぇなんて理由で(はた)かれた仲間も回数も、十や二十じゃきかねぇ。

 ……それにみんな慣れちまってた。だから、そんくらいじゃいちいち泣いたりしねぇんだ」

 

 でも、と一度区切って。天龍は言葉を探すようにゆっくりと続けた。

 

「オレが任務から戻って講堂に着いたら……みんな泣いてやがった。今まで散々な目にあって、それを耐えてきた心の強ぇ仲間が、泣いてたんだ。

 ……とんでもねぇクズ提督が現れたと思った。今回こそ、取り返しのつかねぇことになっちまうんじゃねぇかと……怖くなった。だから……っ! ……そうなる前に、俺が……殺してやろうと思ったんだ……」

 

「……そっか」

「お、オレだけだ!!」

 

 僕の言葉に何を思ったのか、天龍はガバッと顔を上げると、懇願するように僕の目を射抜く。

 

「提督をどうにかしちまおうなんて考えるハネっ返りはオレだけだ! だから処分するならオレだけにしてくれ! 頼む……っ!!」

 

 再び額を地面に擦り付けると、天龍はそれきり黙ってしまった。

 ……参ったな、思ってたより悲観的に捉えてるみたいだ。

 

「天龍、僕が講堂でみんなに話した内容は聞いてるのかな」

「……霞から、だいたいは……」

 

「そっか。……挨拶の時は濁したけど、僕も人間に殴られたことがたくさんあるんだ」

「えっ……?」

 

「普通人間には妖精さんが見えないらしいから。傍から見ると、居もしない妖精さんと話したり遊んだりする僕は、頭がおかしくて気持ち悪い奴だった。

 小さい頃に貼られた『大嘘つきの変人』ってレッテルは、提督になるまでずっと付きまとった」

 

 天龍に殴られた頬に手を当てる。正直、これくらいの傷は何度も作ったし、これ以上も何度だってあった。

 

「何もしなくても罵られて殴られて。それが嫌だから何かしてみても、結局ありもしない罪をでっちあげられる。罰って名目で傷つけられる」

「それって……」

 

 再び天龍は顔を上げて、困惑したように唇を震わせた。彼女には身に覚えのある話だっただろう。今僕が話した体験談は、同様に彼女たちの道程でもあるんだから。

 

「僕は一度もやり返したりしなかった。もっと酷い目に合うのは明白だし、連中と同じになると思っていたから」

「…………」

 

 天龍は苦渋に満ちた様子で表情を歪める。それも当然だ。僕の言葉をそのまま受け取るなら、今までの仕返しとして僕を襲った天龍を、彼女の言うクズ提督と同じだと言っているようなものなんだから。

 

「……でもね、天龍。それは僕に、やり返したいという思いが無かったってことじゃない」

「……?」

 

「妖精さんに恥じないように。醜い人間と同じにならないように。そうやって耐えてきたけど、それは結局臆病だっただけなのかも知れない。今ではそう思ってる。

 ……ねぇ、天龍。僕はね、君が殴りかかってきたとき、感動したんだよ」

 

 彼女の顔は困惑に満ち満ちている。言葉にせずとも、僕の言っている意味が欠片も理解できないと伝わってくる。

 

「君は、仲間のために僕を殴った。命懸けでね。そしてそれは、僕が言ったような仕返しなんかじゃない。これから仲間に降りかかるかも知れない火の粉を払うためにこそ、君は拳を振るったんだ。間違っても、自分のために他人を傷つけるような、そんな連中とは違う」

 

 椅子に座って天龍を見下ろしていた僕は、そこから降りて彼女と目線を合わせた。

 

「……もし、君のような人間が居て。これまでの人生で出会えていたなら……。ついそんなことを考えてしまうくらい、仲間のために走る君は眩しかったよ。

 だから……これからも、そのままの君でいて欲しい。今回のことを反省なんてしなくていい。仲間のために、頑張れる君で。そして僕が間違えたら、迷わず諫めることが出来る君であってほしい」

 

「提督っ……」

 

 床についたままの彼女の手を取って、ガーゼが無い方の頬だけで笑みを浮かべる。

 

「だから……ありがとう。僕にぶつかってくれて。ありがとう、ここに居てくれて」

 

 僕の(いびつ)な笑いをどう受け取ったのか。天龍は涙せずともくしゃりと顔をゆがめて、同じように両手で僕の手を取った。

 

「こっちこそ! ……こっちこそ、だ。ここに……。ここに来てくれて、ありがとな、提督……! オレ、これからも仲間のために戦うよ。仲間も……提督も。ぜってぇ守り抜いて見せるからよ……!!」

 

「……うん。改めてよろしく、天龍。遅くなったけど、海原海人(うなばらかいと)です。頼りにさせてもらうよ」

 

「ああ、困ったら何でも言ってくれ! 天龍型1番艦、天龍だ。こっちこそよろしくな、提督!!」

 


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