「殴られ損にならないって言うのは、こういうことだったのね?」
前の鎮守府に比べると慎ましい夕食を続けていると、隣席の五十鈴が小声で話しかけてきた。医務室でのことだろう、天龍に殴られた意味はあったのか、と。
「貴方を害したはずの天龍が、いつの間にか提督と打ち解けて、食事の席を一緒にしている。目に見えて処罰された様子もない。それが他の艦娘に伝われば……ってことかしら」
「ん、そんな感じだね。想像より上手く行って、僕もちょっと驚いてるよ。天龍があんまり気にしていないのが功を奏したね」
もし天龍が思い詰めて僕に服従でもしようものなら、逆効果になる可能性だってあったんだ。思い付きで危ない橋を渡ったけど、結果良ければ全て良しってことにしておこう。
五十鈴も僕の内心を悟ってか、やれやれと首を振ってから食事を続けた。未だ僕の様子をちらちらと窺う目はあれど、みんな和やかに夕食を取っているように見える。
ある程度、僕に対する警戒は解けたと思っていいだろう。
そんな中、食堂の扉が薄く開き。何人かの妖精さんが僕のもとへ飛んできた。必然、艦娘たちの視線がこちらへ集中する。
「かいていとくー」
「ひとまずかんりょーしたー」
「ありがとう。妖精さんも着いたばかりなのにごめんね?」
「いいってことよー」
「たのしーしねー♪」
「んねー♪」
どうやら妖精さんに頼んでいた仕事がひと段落着いたらしい。……それは有り難いんだけど、ということは、だ。
「……完了したって言うのは、銅像も?」
「えへー♡」
懸念事項を問うと、妖精さんは善意100%の笑顔で頷いた。うん、妖精さんが喜んでくれてるからもういいや……。
「かんむすりょーがひどかったー」
「皆の寝室があるとこだよね? そんなに?」
「あまもりしほうだいー」
「ゆかいたぼろぼろー」
「おふとんもぺったんこ」
「家具とかもか……。どうにかなったの?」
「あたぼうよー!」
なんて頼りになるんだ。周りの艦娘には僕の独り言のように聞こえるかも知れないけど、きちんと説明すれば驚いてくれるだろう。でもその前に、もうちょっと成果を聞いておきたい。
「艤装とかはどうなってた?」
「ひつようなものはさいていげんあったけども」
「いらないもののほうがおおかったー」
「じゃまだからかいたいしたらね」
「あかしないてたねー」
「わるいことをいたした」
ああ、工作艦明石。この鎮守府には着任しているみたいだ。艤装の管理は彼女が行っていたのだろう。それを話の通じない妖精さんが急に解体しだしたら、そりゃあ焦るよね……。
この場にいないところを見るに、多分倉庫の備品リストなんかを更新しているんだろう。後で謝りに行かなきゃ。
「じゃあ資材とかは少し余裕ができたのかな? いやでも、建物の改修とかに使ったよね……。貯蓄は問題無さそう?」
すると妖精さんがぎくりと硬直した。にっこり笑顔のまま、ぎぎぎっとあらぬ方向へ顔を向けだす。
「ふ、ふゅー、ふひゅ~♪」
下手くそな口笛まで吹きだす始末。なるほど……。
「……そんなにまずい状況なの?」
「……えへー♡」
分かった。使っちゃったものは仕方がない。許してくれるかは皆次第だけど、僕が頭を下げて、今後取り返していくしかない。妖精さんが間違ったことをした訳でもないんだから。
「……ごめんねー?」
「やりすぎたー……」
しゅんとした妖精さんに、いいよ、と笑いかけると。安心したようににぱっと笑ってくれた。うんうん、妖精さんにはいつも笑っていてもらわないと。僕が頑張れない。
席を立って食堂の配膳台、カウンター近くの目立つ場所に移動する僕。妖精さんと僕の様子を窺っていた艦娘たちは、言われるまでもなく注目していた。
「えー、みんなに大事なお知らせがあります」
僕が話し始めると、僕が連れてきた六人以外は気を引き締めているように見えた。五十鈴たちは、あぁ、なんかやらかしたのかな、といった表情を浮かべている。遺憾である。
ちなみに追従してきた妖精さんたちは、威厳を出すためか、僕の周りで胸を張り、腰で手を重ねていた。愛らしい。
「まず、良いお知らせから。実はこの鎮守府に着いた時から、施設にガタが来てるなって話を妖精さんとしていたんだ。だから建物の改修をお願いしてたんだけど、もうそれが終わったらしい」
妖精さんから受けた報告を語り聞かせると、艦娘たちは愕然とした様子で静まり返った。気持ちはよく分かる。慣れていたつもりの僕だって、妖精さんの仕事がこんなに早いなんて思いもしなかった。
まぁ彼女たちにとっては、提督がまともに建物を直してくれた、ということすら驚愕に値するのかも知れない。
「聞いたところによると、皆が生活してる寮もひどい状態だったみたいだけど。家具寝具含めて、妖精さんが誂えてくれたみたいだから。遠慮せず使って欲しい」
まだ僕の言葉が呑み込めていないらしい彼女たちを待たず、話を続けることにする。下手にざわついてからだと、僕が話しづらいしね。大勢の前で話すことに慣れてる訳無いんだから。
「次に悪いお知らせなんだけどー……。改修作業が捗り過ぎて、資材の貯蓄が……ほとんど底をついたみたい。しばらくは水雷戦隊による遠征任務が主になると思うので、認識のほどよろしく」
「「「……え?」」」
良いお知らせがじわじわと頭に浸透し、表情に喜色を浮かべ始めていた艦娘たち。
しかし悪いお知らせの方は、理解できずに静まり返るとはいかず。
「「「えぇええええええええっ!?」」」
重なった驚愕の声が、食堂を大きく揺らした。
それを受けた僕と妖精さんたちはと言えば。
「本当に申し訳ない」
「「「ごめんなさーい」」」
深々と頭を下げることしか出来なかった。