新たに歩み始めた暁光鎮守府は、一歩目から暗礁に乗り上げることになった。
「ぽーいっ! 今日は夕立がMVPだったっぽい! 提督さんっ、今日は夕立が一緒で良いっぽいっ!?」
僕は提督室で、遠征に出ていた夕立達の報告を受けていた。僕が連れてきた駆逐の四人をこの鎮守府の遠征部隊に加えてもらい、お試しと言うことで下した任務。
遠征に出した二部隊の報告を吟味し、総合的な貢献度が高かった艦娘は夕立、ということになったんだけど……。
以前の鎮守府では、MVPを取った艦娘が希望すれば、僕の就寝時に添い寝を頼むことになっていた。
当然夕立はそのことを知っていて、むしろそれを望んでくれている。
しかし、そんなことを知らないこの鎮守府の艦娘達は、夕立の異常な喜びっぷりに首を傾げていた。
暁光鎮守府に異動する直前まで、最近は響か時雨がMVPを取ることが多く、夕立は焦っているようだった。焦燥から無茶な突撃を敢行、不要な被弾。結果的に艦隊を危険に晒してしまい、当然MVPは取れない。それは繰り返され、当人が望まなくとも負の連鎖を生んだ。
だけどもともと、夕立は唯一改二改装済みと言うこともあり、艦娘としての技量も優れているんだ。落ち着いて行動すれば、艦隊への貢献度は大きい。
そして今日の遠征では、慣れない仲間との作戦行動ということで、いつもより気を張っていたのだろう。それが結果として、先走った感情の無い冷静な状況判断をもたらした。
タンカーの護衛任務に出ていた夕立が加わる部隊は、敵水雷戦隊に会敵。すぐさま航路を変えて帰投を急ぐも、当然敵は邪魔してくる。これを夕立が殿となり、燃料を積んだ船に一切被弾させること無く退路を守り抜いたとのことだ。
「うん、頑張ってくれてありがとう、夕立。じゃあ今日はよろしくお願いするよ。ただ、皆には……」
「やったっぽい! 今日はあたしが添い寝するっぽい~っ!!」
あああ言っちゃった。まだこの鎮守府の皆には説明してないから、あまり口に出さないで欲しいと頼むところだったのに。
「そいね?」
「そいね……司令官と?」
「どういうことかしら……」
夕立の言葉を受けて、提督室で整列していた艦娘達がざわつき始める。これは良くない。
「提督、どういうことか伺っても~?」
「あー、いや……。大した話じゃないよ。気にしないで欲しいな」
やはりというか、問いかけてきたのは龍田だった。今日は夕立の加わった艦隊の旗艦を務めてくれた彼女は、その場にいる暁光鎮守府の艦娘を代表するように言葉を続ける。
「う~んでも、提督は着任されたばかりでしょ~? 連れてきた艦娘とだけ、ナイショで何かやってると~……。信頼関係が築けないんじゃないかな~?」
龍田の言い分はもっともで、その場に集まった皆もうんうんと頷いている。夕立は未だ喜びの余韻に浸っているようで、その場でぴょんぴょんと小さく跳ねていた。
実は事情を知る艦娘も……五十鈴と瑞鶴以外の駆逐艦四人ともこの場にいるんだけど。下手に情報は漏らせないとばかりに目をそらし、口をつぐんでいる。僕の好きにしろ、ということだろう。
「えっと、その……。ちょっとした持病というか。その治療に付き合ってもらってる、というか……」
あんまり大したものでもないんだけど、と続けようとするが、もう一人の艦隊旗艦が猛然と机に乗り出してきた。
「なっ! オイ提督、どっか身体悪ィのかっ!? まさか命に関わるような病気じゃねェだろうなっ!?」
心配しての事だとは思う。けれど、胸倉を掴まんばかりの勢いで迫ってきたから一瞬固まってしまった。その間にも、天龍の形相も手伝ってか事情を知らない艦娘の間に混乱は伝播してしまう。
「司令が、びょうき……?」
「まさか……また、司令が居なくなってしまうの?」
「やだよ……。司令官は、司令官がいいよぉ……」
何やら雲行きが怪しくなってきた。僕がいつ死んでもおかしくないような難病に悩まされていることになってる気がする。
「いや、違うから。本当に、僕は健康そのものだよ。命に別状は無いから。……ちょっと、精神的なものだからさ。説明しづらいんだ」
「な、なんだよ脅かしやがって。安心したぜ。……いや、安心していいのか? ソレ」
弁解するように僕が言うと、艦娘達は安心したように息を吐いた。しかし天龍が腑に落ちないと一人ごちると、妹の龍田がうんうんと頷いた。
「天龍ちゃんの言う通り、それで安心しろって言われてもね~。……この鎮守府の皆と、家族になりたいって言ってましたけど~。それが本心なら、隠し事はナシにしてもらいたいかな~?」
のんびりとした口調だが、龍田の言葉選びは明らかに僕の逃げ道を塞ぐためのものだ。どうやら、まだ彼女の信用を勝ち取れてはいないらしい。
いや。というよりも、天龍が度を越して僕を慕っているものだから、自分は冷静でいようと考えてるのかも。
まぁどちらにせよ、さっきから龍田が言っていることは正論ばかりだ。そもそも添い寝の件は、説明するより先に誰かに露見した場合、誤解を受けるのは明らか。そしてその誤解は、容易に解けはしないだろう。暁光鎮守府の艦娘に説明する良い機会かもしれない。
「……分かった。ただ、説明するからには全員にしないとね。ちょっと職権乱用だけど……」
そう言って僕は、提督室に備え付けの放送機器に手を伸ばし、電源を入れてマイクを口に近づけた。
「えー……司令より、全艦娘に通達。先日講堂で、僕は人間が嫌いだと言ったけれど。そのことについて、詳しく説明する。伴って、僕が艦娘に対してお願いしている、一つの規則を聞いて欲しい。規則とは言っても、これは拒否しても構わない。受け入れられない者は聞かなかったことにして欲しい。実は――」
鎮守府内のスピーカーから問題なく僕の音声が響いていることを確認し。僕は、僕自身が抱える問題と、その原因をマイクに乗せてこの島全体に流した。
非番の艦娘はもちろん、会敵してでもいない限り、近海を哨戒中の艦娘にも聞こえているはずだ。不眠に悩んでいたこと、それを艦娘の皆が助けてくれたこと。僕との添い寝を好意的に受け取ってくれた彼女たちの提案のもと、その日の作戦において総合的に最も貢献度の高かった艦娘に寝所を共にするよう協力してもらっていること。
一通り話終えた僕は放送機器の電源を落とし、目の前で整列している艦娘達に改めて向き直った。
「と、いう訳なんだ。だから今日は、夕立にお願いするって話だよ。放送でも言ったけど……龍田。もし君がMVPになったとしても、君が拒否すれば当然この件はナシだ。あまり深く考えないで欲しいな」
「……そうだったのね~……。納得しました。無理に話させてごめんね~?」
「気にすること無いよ。君たちからすれば、僕が隠し事をしているという事実だけでも、不安で仕方無いだろうから。龍田の言う通り、腹を割って話すようにするよ」
誠意は伝わったのか、龍田が先ほどまで僕に向けていた、訝しむような瞳は鳴りを潜めている。天龍も胸のつかえが取れたというように、ガシガシと頭を掻きながら息を漏らした。
「そういう事情なら安心したぜ。なぁに、オレも含めて提督を慕ってるヤツは多いはずだ。そこまで拒否反応は出ないだろ」
「だと良いんだけどね」
「まっ、オレは遠慮するけどな! 龍田に言わせりゃ、オレの寝相の悪さは殺人級らしいからよ。 怪我しても構わないんなら、オレも嫌がったりはしないぜ?」
「一回体験してみるのも良いかも知れませんよ~?」
「いや、僕も遠慮しておこうかな……」
天龍型姉妹の言葉に苦笑を返し、この日の作戦報告は終了。僕は悩みの種を鎮守府の皆に打ち明けたことで、安心と不安がない交ぜになっていた。皆どういう反応をするだろうかと、少し落ち着かない気分。
だから、この時は気づかなかったんだ。
天龍と龍田以外に、遠征に参加した駆逐艦の艦娘達。彼女達が、喜びに震える夕立と僕を見やりながら、顔を赤くしつつぽそぽそと囁き合っていたことに。