「やっぱり面倒なことになったわね……」
「なんだ、霞はこの件を予想していたのかい?」
「大本営が何かしら反応するのは明白じゃない。……それより響、いい加減そこ降りなさいよ。緊張感ないったら」
「ふふ、羨ましいのは分かるけど、それは断るよ。夜は他の
「誰が羨ましがったっての!?」
提督室で霞と響の二人と共に、僕は備品のPCに顔を寄せていた。霞は僕の隣から覗き込んでいるんだけど……響は僕の膝にちょこんとお尻を乗せている。
就寝時の不安を取り除いてもらっている僕のこと、艦娘にも僕と触れ合うことで満たされる何かがあるのなら、こちらに否やは無い。文月の言葉もあるし、こうやって響のようにスキンシップを望む艦娘に対しては返礼の気持ちで応えている。
むしろ響や文月のような子達に慕ってもらえるのは、歳の離れた妹が出来たようで嬉しくもあるんだ。……まぁ、響のそれは本人が言っていたように、好意の方向性が異なるだろうけど。
それはともかく、だ。PCに表示されているのは大本営からの電文だ。ざっくり以下のようなことが記されている。
『ご機嫌いかが? たくさんの資源を納めてくれてありがとう。
要望どおり、輸送する食料のランク向上を約束するよ』
これは嬉しい内容だ。鎮守府に送られてくる食料は、基本的に大本営へ納める資源の量によってその品質や量が変わる。今までの提督が艦娘のために資源を減らすなんてことは当然無く、これまで暁光鎮守府で出される料理は質素と言って差し支えないものだった。
鎮守府の台所を預かっている間宮という艦娘から先日、皆のために良い食材を用意できないか、と相談を受けたのだ。もちろん僕は快諾し、鎮守府が定める最大量の資源を納めた。
軽巡や駆逐の艦娘たちが頑張ってくれたこともあって、暁光鎮守府の貯蓄資源はなかなかのものになっている。大本営に差し出してもちっとも懐は痛まないくらいだ。これで美味しい料理を味わえるなら、きっと皆喜んでくれると思う。
電文とは言え、鎮守府と大本営間でやりとりされる公的書類と言える物の一文。これで台所事情は確実に改善されるだろう。
しかしもちろん、電文の内容はこれだけではなかった。
『ところで、まだ君がそこに着任してそれほど経ってないよね?
なのにこれだけの量の資源を用意できるってのは正直おかしい。
たとえ妖精の協力があっても。だって遠征で資源を回収するのは妖精じゃなくて、あくまで艦娘だからね。で、何がどうなってるの? 前みたいな報告は通用しないよ?』
これに関しては、知るかそんなこと、としか言いようが無い。艦娘のみんなが遠征に励んでくれただけだ。これが鎮守府としておかしいと言うなら、どこの鎮守府も艦娘に『頑張って尽くしたい』と思われてないってことだろう。自分の無能さを僕にぶつけないで欲しい。
しかし、大本営の方は僕のそんな思いなど知るはずも無く。
『ま、直接遠征の様子を監視出来るほど暇じゃないし、真偽を確かめる手段も無いから報告書は要らないよ。
ただ、そっちの鎮守府の錬度は改めて確認したいから。一度大本営に出頭して、こっちが用意する艦隊と演習すること。急な申し出だし、編成は開示するからよろしく。当然、バックレたら相応の罰はあるから。そこんとこ肝に銘じておくように』
「戦艦長門、同陸奥。正規空母蒼龍、同飛龍。軽巡洋艦長良、駆逐艦島風。……強力な編成ね。 長良と島風が入ってる理由は……対外的なものかしら。戦艦と空母で固めてないだけ手加減してるってアピール。ロクなもんじゃなさそうだわ」
「……そうかな?」
「何が?」
「例えばこっちが水雷戦隊で高速接近したら、小回りの利かない戦艦や空母に万が一があるかも知れない。主力艦への火の粉を払うって意味なら、演習ではこれ以上の編成は無いんじゃないかな。島風が陣形を乱して、長良が狙い撃つ算段なのかも」
「なるほど……無くはないかもね。意外に勉強してるじゃない」
「先生が良いからさ」
最近は頼ることも少なくなったけど、大淀が残してくれたノート。そして艦隊の指揮に鎮守府の執務と、仕事を選ばずサポートしてくれる五十鈴。これで成長出来ないのなら、僕は提督を辞めたほうが良いだろうね。
「でも、それなら尚更陰湿じゃない。手を抜いてるように見せて万全の布陣ってことでしょ? 編成を晒してるのも、こっちが優位だって吹聴してるようなものだし。負けたときに欠片も言い訳できないよう外堀を埋められてる。あんた敵視され過ぎじゃないの? 何したってのよ」
「何もしてないよ。自分たちに出来なかったことを、訓練も受けてない新参者に出来たことが気に食わないだけだろうさ。命令って形で演習に参加させて、それで僕を負かして。上下関係をはっきりさせて良い様に使いたいんだ。人間なんて大人も子供も一緒だね。異物は排除するか、とことん管理下に置きたがる」
「……言うわね、もっと気弱かと思ってたのに」
「前に言ったでしょ? 僕は人間が大嫌いなんだ。もちろん大本営の連中もね。目の前に居るならともかく、ここで連中に遠慮する気なんて毛ほども無いよ。僕の大切な物は、妖精さんと……今では、君たち艦娘も。たったそれだけだ。正直大本営の命令なんて知ったことじゃないんだけど……」
バックレたら罰、ね。僕だけを対象としたものならまだ良いけど、ここの艦娘たちまで巻き込まれるのは駄目だ。ただでさえ浮上艦ということで大本営の覚えが悪いみたいだし、演習には参加せざるを得ないだろう。
むしろここで勝てば、浮上艦に対するマイナスイメージを払拭することに繋がるかも。すぐにとは行かなくても、いずれそうなる日のための一歩に成り得るはずだ。
「やってやろうじゃない。目に物見せてくれるわよ」
「……随分やる気だね?」
「ふんっ。業腹だけど、この鎮守府は生まれ変わったわ。あんたのおかげでね。士気も妖精のサポートも言う事なし。大本営の鼻っ柱へし折ってやるわよ」
「
「ありがとう、頼もしいよ。……それじゃあ、出来る限り準備しないとね。こっちの編成に、相手艦から予想される装備と、それに対抗する手段、作戦。あまり時間は無いし、急がないと」
指定された期日はちょうど一週間後。それまでに、大本営の艦隊を破る手立てを講じる。負けてやる気なんてさらさら無い。
僕たちは視線を重ねて頷き合い、演習に向けて準備を開始した。