妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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50.出撃―SIDE朝潮―

 鼓動が速い。

 

 軍艦(わたしたち)には本来存在しないはずの心臓(きかん)が、不規則に脈打つのが自覚できる。

 もう数分もすれば、大本営との演習が開始されるだろう。

 

 私たちは――勝てるだろうか?

 霞、私は――。

 

「オイ、大丈夫かよ朝潮。顔色悪ぃぜ?」

「っ! ……いえ。問題ありません、天龍さん」

 

「なら良いけどよ。……不安に思うのは分かるが、今更だぜ? もうやるしかねぇんだ。全力でな」

 

 そう言って右の拳を左手に叩きつける天龍さん。革製の指貫き手袋がぱぁんっ! っと小気味良い音を立て、彼女は牙を剥いて獰猛に笑った。

 

「俺は誓った。仲間を、提督を守るためならなんだってやるってな。これも同じことだ。お前がヤバくなったらいくらでも助けに入ってやる。自分(テメェ)が一人じゃねぇってこと、忘れんなよ」

 

 しかし。ふっ、と表情を緩めると、天龍さんは私の頭を乱暴に撫でた。つい数秒前とは打って変わって、慈愛に満ちた……大切にしまった宝箱の中身でも眺めるような。そんな優しい微笑みを、私に向ける。

 

「そうやでぇ、朝潮。うちらは艦隊(なかま)や。一人やない。……敵艦隊(むこう)はごっついからな、腰が引けるのもよう分かるで? ……でも、小物にもやれることがあるっちゅうところ、見せたろうやないか。"窮鼠猫を噛む"。お偉いさんは良いこと言いよったで!」

 

 天龍さんに次いで、龍驤さんは快活に笑って見せた。司令官に作戦説明を行うと呼び出された日から、龍驤さんはよく笑顔を見せるようになったと思う。あまり周りと関わらず内向的な人だと思っていたけれど、本来は明るい性格なのかも知れない。それを司令官が引き出した、ということなのだろうか。

 

 龍驤さんは本人が以前言っていたように、空母として平時から運用するのは中々難しいらしい。それでも司令官ははっきりと、今回の演習においての役割と、その作戦内容を説明して見せた。それから彼女は、よく他人と話すようになったと思う。少なくとも、私の目にはそう映った。

 

「朝潮だけやない。うちもキミらに助けてもらわんと、司令官からのお役目果たせんからね。特に隼鷹! しっかり頼むで?」

 

「ふふん。わーかってるってぇ。勝ったらご褒美くれるらしいじゃん? 上手くいったらお酒買って貰うんだ~♪ 提督とは美味い酒が飲めそうだぜぇ! ひゃっはー!」

 

「……司令官って未成年やろ?」

 

「鎮守府は治外法権って言うし、いけるいけるぅ! せっかくだし祝勝会なんか開いてさぁ、パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

「まったく、気が早いやっちゃで。……でも、悪くないな!」

 

 これから正規空母二隻と制空争いに臨むというのに、龍驤さんにも、隼鷹さんにも。気負った様子は見られない。自分たちが負けることなど、全く考えていないようだった。

 考えないようにしている、のかも知れないけど。

 

 ……私は、怖い。

 演習に負けることも、敵戦艦の主砲や空母の艦載機攻撃に被弾することも、もちろんそうだ。

 

 でも、何よりも。司令官の期待に応えられないことが、ひどく怖ろしい。

 

『……演習の出撃を代わって欲しい?』

 

 本来この演習に参加するのは、妹の霞のはずだった。暁光鎮守府の駆逐艦では最も練度が高く、司令官や他艦娘との関係も良好だ。編成に加わっているのは当然と言えた。

 

 きっと霞は、こんな状況でも不安なんて見せず、確実に作戦をこなそうとするだろう。司令官も、それを知っているからこそ迷いなく霞を選んだ。

 でも、それを理解していてなお。私は自ら霞に願い出たのだ。"代わって欲しい"と。

 

『……やれるの?』

 

 その問いかけに、私は自信をもって頷くことは出来なかった。まるで駄々っ子のように。霞より優れていると根拠を明示するでもなく、演習に出撃したい理由を説明するでもなく。

 ただ床に視線を巡らせる私に、霞は。

 

『……分かった。クズ司令官には私から具申しておくから。……頑張ってね、朝潮姉さん』

 

 その優しい声音に思わず涙が溢れそうになり。彼女が立ち去るまで、やっぱり私は視線を上げることが出来なかった。

 

 ……私は、怖い。

 今度こそ、司令官の力になれるだろうか?

 

 今まではそうあろうと努力して、(ことごと)く失敗した。司令官には疎まれ、それでも上官を敬い尽くそうとする私を、仲間たちも憐れそうに見ていた。

 司令官と仲間たちに、これ以上不快な思いをさせないよう。私は作戦に参加することが少なくなっていった。

 

 だから、今度こそ。今回が、最後の機会(チャンス)

 取り戻すのだ、いつかどこかの海に置いてきた、私という駆逐艦を。

 

 そして……欲を言っていいのなら。

 司令官に一言、"よくやった"と。そう声をかけてもらえたなら。

 

 妹を……他の艦娘(なかま)を。司令官の隣で屈託なく笑う彼女たちを見て、遠くから羨むことしか出来なかった自分を。この海に置いて行けると、そう思うのだ。

 

〈――これより、大本営艦隊と暁光鎮守府艦隊の特別演習を開始します。観覧されるご来賓の皆様、及び各提督は護衛の艦娘を伴って――〉

 

 ――始まる。

 

「HEY! 皆さん、お喋りはそこまでネ! 扶桑、お願いしマース!」

「……ええ。では、各艦。作戦通りに……行きましょう」

 

「Follow me! 皆さん、ついて来てくださいネー!」

 

 扶桑さんの落ち着いた声に、天龍さん、龍驤さん、隼鷹さんが同時に頷き、一拍遅れて私も首肯した。金剛さんが拳を掲げ、扶桑さんと並んで航行を開始する。

 

 いつかの、自信と……司令官への信頼に満ちていた、自分の影。

 今の、自身に存在意義を見出せない、ただの鉄屑のような自分とそれを、脳裏で重ね合わせる。

 

 ――大丈夫、やれる。

 

 霞が……妹が、信じてくれた。私自身が信じ切れていない、私の力を。

 間接的にでもいい。その霞を信じてか、司令官も私を演習のメンバーに選んでくれた。

 

 ――十分だ。これなら、戦える。

 

 自分に足りないものは、みんなが補ってくれる。霞が、司令官が、臆病な心を支えてくれる。先を行く仲間たちが、共に勝利を目指してくれる。

 

 ――勝てる。……いや、勝つ。勝ち取るんだ。

 そして、取り戻す。今までを……これからを。

 

 一度大きく息を吸い込み、一瞬の(のち)に勢いよく吐き出した。

「……駆逐艦朝潮、出撃します!」

 




ついに50話になりました。
応援ありがとうございます! そして更新頻度が安定せずすみませぬ。

前置きが長くなりましたが、次話よりやっとこ演習本番になりますので、良ければお付き合いくださいませ。

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