妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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56.蠢く影―SIDE■■■―

 

「あれは何かの間違いです! どうかお考え直しください、黒雲元帥!!」

「言い訳は結構。妖精提督については事前に十分な調査資料を渡したはずです。にも関わらずこの体たらくとは……。『風』まで艦隊に加えたというのに」

 

「そっ、それです! あの島風は敵駆逐艦の一人落としただけで戦線を離脱したんですよ!? アレを参加させずに、まともな装備の駆逐艦を加えていれば……!」

 

 大本営の一室。妖精提督と新人提督の演習が終わってからしばらくして、そこでは一人の元帥が辞令を下していた。黒雲元帥。現日本海軍、その中心人物の一人だ。

 

 着任先を知らされ、激昂しているのは……名前なんだっけな。今日の演習で負けた新人提督ってことは覚えてるんだが、名前が思い出せん。まぁいいか、今後さほど重要な役回りになるとは思えん人間だ。

 

「はぁ……。空山中将、どう思いますか?」

 

 黒雲元帥が呆れたように息を吐き、俺に話を振ってきた。

 

「『風』の運用についてですか? ……まぁ、単騎で特攻させた点については良い采配だと思います。しかし彼女の特性を理解していたのなら、挟撃になど使わず真っ直ぐ敵艦隊に突っ込ませるべきだったでしょうね。ともあれ、『風』の代わりに他の駆逐艦を編成したところで戦況にさしたる変化は無かったように思いますが」

 

 むしろもっと早く負けてたまであるだろうな。

 

「私も同意見です。彼女はその速度、回避能力において他の追随を許しません。加えて零に等しい静止時間で魚雷を発射することが可能です。あのように一対一に持ち込まれ、持ち味を潰されるのは避けるべきだったでしょう」

 

 いや、一騎打ちで引き分けるとは俺も思ってなかったがね。それは黒雲元帥も同じだろう。それだけ『風』の戦力評価は高い。

 

「あ、あれは私の指示ではありません! 砲撃戦へ移行するまでに、あそこまで戦力が削られるのは想定外でした! 敵の艦載機攻撃を受けて以降、艦隊の行動は完全に長門以下艦娘の独断専行によるものです!!」

 

 あー……、そりゃご愁傷様だ。たしかにあの状況を予測するのは難しかっただろう。……だが、それを黒雲元帥にバカ正直に話したのは悪手だったな。

 

「……ほう。つまり貴方は、艦隊の戦力が大きく削られた際の作戦行動を、彼女たちに指示していなかったと。そういうことですか」

 

「そっ……!! それ、は……っ!」

 

 例え戦力差が目に見えて優勢で、勝利が磐石に思えようとも。あらゆる状況を想定して作戦を立案し、有効と考えられるものを取捨選択し、誤解無いよう艦娘に指示する。それは提督にとって必須といえる能力であり、欠かせない努力だ。

 

 この新人は、戦力差に胡坐をかいてそれを怠った。長門にバルジを積んだのもそういうことだろう。戦力を余らせた(・・・・・・・)のだ。

 

 可能な限り戦況を想定したと自信を持って言えるのなら、戦艦長門に主砲を積まないなんて間抜けは晒さないだろう。奇策と一括りにするにしても、妖精提督のソレとは全く別物だ。

 

「……まぁいいでしょう。実務経験の少ない貴方に、そこまで求めるのは酷だったかも知れませんね」

 

 おや、珍しいこともあるもんだ。てっきり怒鳴り散らすかと思ってたんだが。意外に目にかけた人間には甘かったりするし、そこまで気分を害してはいなさそうか……?

 

「でっ、では……!」

「ええ……選ばせてあげましょう。妖精提督の元鎮守府に着任するか。軍服を脱ぐか。二つに一つです」

 

「な!?」

 

 前言撤回、ブチ切れてらっしゃるわ。さっきまでは他の新人提督に混じって艦隊指揮の実地訓練から、ということになってたんだが。それにすら噛み付いた新人だ、この辞令は受け入れがたいものだろう。

 

 ついさっきボコボコにしてくれた提督が、以前一人で切り盛りしていた鎮守府に着任するか。はたまた勉学を重ね、苦労の末に狭い門をくぐって手に入れた地位を返上するか。どちらにせよ、想像の埒外だっただろうな。

 

 憧れの元帥の目に留まり、どの鎮守府からも爪弾きにされた落ちこぼれ艦娘の艦隊と演習するだけで大本営に幹部候補生として迎えられる予定だったのだ。まさに天国から地獄。俺ならすぐそこに見える海へ身投げするね。彼がそうしないことを祈るばかりだ。

 

「今日は疲れているでしょうし、帰って休みなさい。どちらを選択するかは後日聞かせていただければ結構」

 

「………………はい……。失礼、します……」

 

 結局黙りこくるばかりで微動だにしない彼を、黒雲元帥は気遣う体で追い出した。こりゃ身投げも冗談じゃなさそうだな。こっちで手を回しておくか……面倒くさいけど。

 

「まったく、あれで主席とは……。士官学校も随分と手緩くなったものです」

「今は艦娘や深海棲艦についての知識も体系化されてきて、士官学校も詰め込み型に流れつつあるようですから」

 

 黒雲元帥たちが若い頃のように、体当たりで艦娘や深海棲艦の謎とぶつかってきた時代と今では、教え方・学び方が変わっていても仕方ないことだろう。士官学校の教育方針については元帥のお歴々で会議しているらしいから、釈迦に説法だろうとは思うが。

 

「過ぎたことは仕方ありません。まずは今回の件について整理しましょう」

 

 お鉢が回ってきたか。というか俺を呼んだ主目的なんだろうが、新人への説教は済ませてから呼んじゃくれませんかね。どうやら気に入られすぎたようだ。

 

「白山元帥がスカウトした海原。黒雲元帥が目をつけた……」

 

 整理しましょう、とは言っても俺に言わせようとする気配を察知したので、今回の経緯を思い出そうとしたんだが。……まずいな、マジで名前が出てこない。

 

「葦原ですよ。相変わらず茶番が好きですね、貴方は」

 

 興味のない人間の顔や名前を覚えるのが苦手なだけなんだけどね……黒雲元帥はどうやら、俺のコレがわざとだと思っているらしい。

 

「覚えておくべき人間と、そうでない人間を脳が勝手に選り分けているだけですよ」

「ふっ、なら初対面で私を知っていたのはおかしいでしょう」

 

 このやり取りも何度目だろうかね。確かに俺は、元帥になる前から黒雲氏を知っていた。俺の覚えておくべき人間、という説明を鵜呑みにするなら、俺は元帥になる前から黒雲氏を評価していたということになる。だから彼は俺にこの説明をさせたがるのだ。茶番好きはどっちなんだかな。

 

 ……まあ、俺が昔、黒雲元帥を慕っていたのは事実だ。今はともかく(・・・・・・)

 

「それはひとまず置いておきましょう、本題を続けます。海原と葦原の演習については、いくつか目的がありました。一つ目は、海原が指揮する艦隊の錬度確認。これは妖精を従えて開発に成功しているであろう兵装や、報告されていない改二改装艦の有無の確認も含みます。口頭で説明するより、映像と報告書でご確認いただいたほうが分かりやすいでしょう」

 

「了解しました」

 

「二つ目は、白山元帥の発言力を削ぐこと。海原は白山元帥によってかなり強引に提督へ抜擢されました。そんな彼の艦隊が一定の戦力に達していなかった場合、白山元帥が人事に関わる機会を大きく減らすことが出来る……筈でしたが。残念ながらアテが外れてしまいましたね。結果で言えば、白山元帥の目利きは間違っていなかった」

 

「海原の艦隊は最初こそふざけていると思いましたが、扱っている装備を見るに十分考慮に値するものでした。……今回のような演習においては、という前置きは必要でしょうがね」

 

 鼻を鳴らしつつも、そこについては黒雲元帥も認めざるを得ないか。演習において自分の実力を見せ付けるのなら、当然相手より編成が劣っていたほうが勝った時に説得力がある。それこそ慢心とも思える行動だが、そこは妖精提督としての開発力で補った形だ。ここで難癖をつけるのは彼自身の矜持が許さないだろう。

 

「そして最後は……暁光鎮守府の管理権限の完全移行。これが肝でしたが、逆に白山元帥が掌握する形になりましたね」

 

 鎮守府の最前線、暁光鎮守府。浮上艦を集めて運営しているそこは、元帥たちが持ち回りで指揮していたんだが……明確に管理権限を持つ者がいなかった。

 

 そこに部下の提督を送り込むのは容易だ。しかし、その提督は自分以外の元帥の指示も受け入れる。当たり前だ、組織のトップが深海棲艦そっちのけで争っているなんて知るわけが無いんだから。……鼻の利く提督や艦娘の一部は勘付いているが。

 

 それに、そんないろんな意味(・・・・・・)で危険な鎮守府、長続きする提督はそう居ない。部下を送り込めたとしても、暁光鎮守府を長期間管理下に置くのは困難だった。

 

 まぁとにかく、今回の演習で勝った方の上司。つまり白山元帥か黒雲元帥のどちらかに暁光鎮守府の全権限が委譲されるという話だったのである。そして黒雲元帥は、演習でほぼ確実に勝利できる条件まで持ち込んだ。しかし結果は……というワケだ。

 

「今回の件、黒雲元帥にはさしたる不利益はありません。表向きはただの艦隊演習ですからね。しかし、白山元帥に対する攻撃の一手と成り得ていた海原提督の存在は、有益なものだったとして他の元帥も認識したでしょう。ここから切り崩すのはもう諦めるべきかと。そういう意味では痛手と言えますか」

 

「……仕方ありませんね。しばらく情報収集に専念しましょう。なに、白山は良くも悪くも、足並みを揃えると言うことを知りません。またすぐにボロを出しますよ」

 

「では?」

 

「しばらくは自由にしてもらって結構です。おそらくそう遠くないうちに、白山から何かしら声がかかるでしょう。その時に報告さえしてくれれば構いません。ヤツの要請にも基本的には従うように」

 

 情報収集とか言うからまた俺を酷使するのかと思ったが、そうでもないらしい。俺の知らないところで動き回られるのは少々厄介だが、俺もそこまで働きアリ気質じゃない。暇をくれるというならそれを謳歌しよう。

 

「承知しました。今回の件の記録はこちらでまとめておくので、確認されたら映像記録と報告書はいつものように送って下さると幸いです」

 

「手間をかけますね、助かります。では、また後日連絡します」

「かしこまりました。失礼します」

 

 そうして俺は、重苦しい雰囲気に包まれた部屋からようやく退室した。あー、面倒くさい。……だがまぁ、悪くない一日だった。久々に良いものを見れた。

 

「海原、ね」

 

 彼が以前着任していた鎮守府に調査へ行って以来だが、想像より面白い男だったらしい。せっかく与えられた休暇に等しい時間、ただぼーっと消費するのは勿体無い。もう一度言うが働きアリ気質では断じてない。

 

 だが、目的のためなら何だって犠牲に出来るのが俺だ。今回は中将としてではなく、ただの先輩提督として後輩に会いに行こう。

 

「まずはブッキーに連絡だな」

 

 急な提案に辟易とした表情を見せるだろう秘書艦の顔を思い浮かべつつ、俺は足取りも軽く黒雲元帥のもとを後にしたのだった。

 


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