妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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58.水面にたゆたう―SIDE朝潮―

 

「う……。ここは……?」

 

 頭に鈍い痛みを覚えつつ私は目を覚ました。視界に入ったのは見慣れた天井……鎮守府の艦娘寮、私の自室だ。

 

「何が……」

 

 自分でベッドに入った覚えはない。気だるさが残る体を起こしつつ、私は記憶を探る。

 

「! ……そう、だ。演習……」

 

 意識を失う直前、私が覚えているのは島風との交戦。異常なまでの回避行動、こちらの意識の外から隙間を縫うような魚雷攻撃。そして……不可解に金色から蒼へと彩りを変える長髪。

 

 再び瞼を閉じると、明滅するようにそんな情景が脳裏に浮かび。その最後――そう、一騎討ちの結果だ。

 

「わた……しは……」

 

 

 ――負けた。

 

 

 島風の放った魚雷が、苦し紛れのブラフだと断じて対処を怠ったそれが、私を敗北へと追いやった。

 

 全力は尽くした。慢心もなかったはず。それでも……後悔の念に、駆られてしまう。

 

「……ふっ、ぐぅ……」

 

 自分の弱さに思わず嗚咽する。情けない……霞に出番を譲ってもらったというのに、この体たらく。最後まで演習に参加することすら叶わないだなんて……!

 

「……ぐすっ。……結果は……?」

 

 ひとしきり涙を流した後、ふと思い至る。……勝敗は? 途中で気絶した私は、演習の結果すら知らない。あのあとどうなった……? 島風は最後、魚雷は使い切ったと言っていたはず。それが本当なら、一応は敵の戦力を削ったはず……。

 

「……起きたのね。調子はどう?」

 

 そこまで考えたところで、部屋の扉が開かれた。姿を見せたのは霞だ。彼女は私と寮の相部屋になっている。たぶん、私をここに連れてきたのも霞だろう。

 

「……なに泣いてんのよ、まったく」

「ごめんなさい……」

 

 呆れたような声に、合わせる顔もなく。私は謝ることしかできない。

 

「……はぁ。で? 体の具合はどうなの?」

「……問題、ありません」

 

「……そう。それで、どこまで覚えてる?」

「艦隊に突撃を敢行した島風に応戦して、最後は彼女の魚雷に直撃……。その後は、記憶にありません……」

 

「えっ? じゃあ……島風を倒したこと、覚えてないの?」

「……? 倒した……私が?」

 

 ……記憶にない。魚雷を受けた後、私が島風を……?

 

「本当に覚えてないのね……。大破判定だった朝潮姉さんを確認した後、島風はこっちの艦隊に向かおうとしたの。それに背後から魚雷を発射しながら飛び掛って、二人とも轟沈判定よ」

 

「っ!」

 

 轟沈判定という言葉に、一瞬胆を冷やす。けれど、二人ともそうだったなら、悪くはない……はずだ。

 

 演習において艦娘の損傷状態は五つに分けられる。無傷、小破、中破、大破。そして、轟沈。演習終了時、彼我の損傷を点数化し、より損傷が軽い艦隊が勝利となる。六隻無傷の状態を満点として、そこから減点方式で各艦隊の得点を決定するのだ。

 

 旗艦の損傷具合や編成されている艦種である程度変動するが、基本的には損傷度合いが最重要視される。その中で、轟沈判定は受けると最悪だ。大破二つ分程度の減点を受けてしまう。実戦においても大破以下であれば鎮守府に戻って復帰の目もあるが、轟沈すればそれまでだ。それを鑑みてのペナルティだろう。

 

 私だけが轟沈判定で、島風が大破以下であったなら……私は本当に、ただのお荷物に成り下がるところだった。

 

 決して島風と相討ちになったという結果が、良いものではないけれど……。

 

「演習の結果は文句なしに勝利だったわ。敵は蒼龍が中破、島風が轟沈。他全員大破。こっちは朝潮姉さんが轟沈、天龍が中破。他は無傷ね」

 

「そう、ですか……」

 

 霞の言葉に、心底安堵する。

 

 ……決して、役には立てなかった。指示以上のことは出来なかった。駆逐艦一人が、敵の駆逐艦一人と相討ち。プラスでもマイナスでもない、平凡な結果だ。……脳裏に思い描いた、なりたい自分にはなれなかった。理想どおりの結果には届かなかった。

 

 でも、迷惑はかけなかった。……これでいい。

 

 司令官からのお褒めの言葉なんて、私には高望みだったんだ。

 

 空母のお二人は敵の空母を完封して、開幕から敵の戦力を大きく削いだ。その後も制空確保に敵艦隊の監視と貢献度は計り知れない。

 

 天龍さんは私を除いて唯一損傷している。おそらく、あの異常なまでに強固な敵戦艦を破る、その突破口となったのだろう。

 

 それでも敵戦艦の二人、これを落とすのは容易じゃない。扶桑さんに金剛さん、私が離れる直前は言い争っていたけれど、最後には協力して敵を落としたはずだ。

 

 ……こんなに凄い人達と、肩を並べて戦ったんだ。それだけで望外な幸せだ。役立たずは免れた。恥をかかずに済んだ。……これで、良かったんだ。

 

「……やっぱり、まだ具合悪いんじゃない?」

 

 顔を覗き込まれて、思わず息を詰まらせた。そうだ、霞が居た。考え事をしている場合じゃない。

 

「いえ、大丈夫です。それより……本当に、ごめんなさい。せっかく、出番を譲ってくれたのに……こんな……結果に……」

 

 言いつつも再び涙が込み上げる。情けない……本当に情けないっ……! これではただの駄々っ子じゃないか。ろくな戦果も挙げられなかったのに、涙で仲間の同情を誘うなんて死んでもごめんだ……っ。

 

 頭を下げ、どうにかこれ以上涙を見せまいとする。

 

「……いいわよ別に、そんなこと」

 

 私の姿を見てどう思ったのか、霞の声からは感じ取れなかった。でも、慮るような口調ではない……ように思う。

 

「それより、演習の祝勝会を開いてるから。朝潮姉さんも身体が落ち着いたら和室に来なさいな。主役の一人が最後まで顔も見せないんじゃ興ざめなんだから」

 

 そう言って霞は部屋を後にした。……やっぱり、感付かれていたのかも知れない。霞の思いやりが有難くも、やはり情けない気持ちになる。

 

「祝勝会……」

 

 再びベッドに身体を横たえ、天井に向かって独りごちる。私に参加する資格はあるのだろうか。

 

 ……いや、行かなければならない。祝勝会は関係なく、司令官に会わなければ。

 

 お叱りの言葉を受けるかも知れない。白い目で見られるかも。……何も言われず、何とも思われないのが、一番悲しいけれど。

 

 どんな目を、どんな言葉を向けられようとも、霞に代わった責任として。それを受け取る義務が、私にはあるはずだ。

 

「――……よし……っ」

 

 震える唇から細く息を吐き、気持ちをどうにか押さえつける。何のことは無い。気負うことはない。……気負う必要なんか、そんな機会なんか。今後きっと、訪れないだろうから。

 

「……行こう」

 

 意を決して起き上がり、一言呟いて部屋を出る。鼓舞するつもりで口をついた言葉からは、考えとは裏腹に沈鬱な感情が滲んでしまう。

 

(余計なことは喋らないようにしよう……)

 

 重い足を引きずりながら寮を出て、目指すのは霞が言っていた和室……畳が敷かれた宴会場だ。本来の用途で使われたことはほとんどない筈だけれど、和室と言えばきっとここだろう。

 

 近づくにつれ、建物からは賑やかな声が聞こえてくる。……私が入っても、場が白けたりしないだろうか。仲間たちは皆優しいから、きっと温かく迎えてくれると思う。だからこそ、それが気遣いから来るものだなどと実感したくない。

 

「…………あ……」

 

 膝の下が水に浸かっているような心持ちだったが、あれやこれや考えているうちに辿り着いてしまった。

 

(……今更悩んでいても仕方ない、か……)

 

 襖の向こうからはいくつも明るい声が上がっている。どうか仲間の盛り上がりに水をさすことがありませんようにと、そう願いつつ。

 

 私は出来るだけ音が目立たないよう、ゆっくりと襖を開いた。

 


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