妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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59.結実―SIDE霞―

 

 大本営の用意した艦隊との演習、その祝勝会で盛り上がる宴会場。そこで私は出入り口の横、立ったまま周りを見渡していた。

 

 仲間たちの表情は明るい。当然ね、さんざん下に見られてた私たちの艦隊が、鎮守府の総本山である大本営の戦力に比肩する……どころか、あっさり勝ててしまったのだから。

 

 まぁ? どの鎮守府よりも危険な場所にあって、常に前線を維持している私たちなんだから、当然といえば当然だけど。……私も、内心喜んでいないと言えば嘘になる。

 

 座布団に腰を下ろして料理に手を伸ばし、笑い合う仲間の顔を見ていると、今までやってきたことは無駄じゃなかったんだと実感できた。……司令官が来るまでは想像も出来なかったこと。

 

 そんな司令官は上座に座って、代わるがわる艦娘たちと言葉を交わしていた。実のところ、最近はアイツと艦娘たちは距離が近いとは言い難い。

 

 司令官は基本的に執務室で仕事をしているし、艦娘は当然海に出る。アイツが着任してすぐに資材を枯渇させ、出撃もままならなかった頃に比べれば接点が減って当然。後退していた前線を押し上げるべく、ここのところは休日をローテーションしつつも忙しい日々だった。

 

 もっとも、非番の日でも司令官を慕っている艦娘はアイツに会おうと執務室に行ってみたりするけれど。やんわりと身体を休めるよう言われてしまえば引き下がらざるを得ない。それに司令官は作業をするために執務室に居るんだから、好んで仕事の邪魔をする訳もなかった。

 

 必然的に、司令官の休日に運よく非番の艦娘だけがアイツと同じ時間を過ごせる。一度もMVPになっておらず、寝所を共にする権利すら得られずにいた艦娘は言わずもがな。司令官と添い寝する心地よさを味わってしまった艦娘もできるだけ司令官の隣にいたいと、そう思っている。

 

 わ、私は別にそんなことないんだけどっ! MVPになったときは仕方なく添い寝しただけだし、執務を手伝うことも多いから特別一緒に居たいなんて思わないしっ!!

 

 ……長ったらしく前置きをしたけれど、結局言いたいのは今現状、司令官はたくさんの艦娘に囲まれて鼻の下を伸ばしているってこと。デレデレしちゃってはしたない……!

 

 できれば直接文句を言いに行ってやりたいけど、そうもいかない理由がある。それはさっき部屋に様子を見に行った朝潮姉さんのことだ。演習で活躍していたように見えたけど、途中で気を失ったことがショックだったみたい。……多分、だけど。

 

 なんたって相手はあの『風』……。最初の駆逐艦と名高い島風だったんだから。私も司令官に言われるまで知らなかったんだけど……。アイツが作戦説明の際に出撃メンバーへそれを言わなかった訳がないし、他に落ち込む理由は思いつかない。

 

 なんにせよ、朝潮姉さんが来るまではここで待っていないと。思い込みが激しいタイプだし、もしかすると自分が来るのは場違いなんて考えてる可能性もある。というか、部屋での様子を見るに間違いない。

 

 とりあえずここに来たら、すぐに司令官の前に連れていく。そうすれば、あとはアイツがどうとでもするだろうから。

 

 …………来たわね。思ったよりは早かったみたい。

 

 足音を殺すみたいに、静かに近づいてくる気配がする。でも、妖精が修繕してくれたとは言え年季の入った建物。和風の木造建築で、廊下を歩けば多少は床板の軋む音が聞こえてくる。

 

 少しだけ入り口の前で立ち止まって、朝潮姉さんはゆっくりと襖を開きながら入ってきた。……部屋では遠慮して室内灯もつけなかったから気づかなかったけど、顔色はかなり悪い。どうして、そんなに思いつめた表情を浮かべているのか。

 

 ――きっと、アンタなら。何とかしてくれるわよね? 司令官――

 

 後ろ手に襖を閉めて、輪から外れた卓へ静かに行こうとする朝潮姉さんの腕を、私は掴んで引き寄せた。

 

「っ!? か、霞……」

「どこ行こうとしてんのよ。まずは司令官のところでしょ?」

 

「い、いえ……。司令官はお忙しそうですし、私は……」

「ハイハイ気にしない。無礼講よ無礼講。クズ司令官! 朝潮が来たわよっ!!」

 

 腕を引いて歩きだす私に、朝潮姉さんは一瞬抵抗する素振りを見せたけれど。私が声を上げてそう言えば、当然仲間の視線はこちらに集まって、朝潮姉さんは体を竦ませた。

 

「おーっ、待ってたぜぇーっ!」

「体は大丈夫ネー?」

 

「あら、英雄の凱旋ね」

「オラ道開けろお前らっ! オイ夕立! いつまで引っ付いてんだ!?」

 

「わひゃあっ!? て、天龍がお尻触ったっぽいー!!」

「触ってねぇっ!!」

 

 朝潮姉さんの姿を確認すると、皆そろって顔を綻ばせる。体調を心配するような声や歓迎する仲間の様子に、朝潮姉さんはやっぱり困惑しているみたい。

 

 それを意図的に無視して私が進むと、思い思いに座っていた皆が道を開けてくれる。……一人、司令官にべったりで引きはがされてるのが居た気がするけれど。

 

 ともあれ歓声に包まれつつ、私と朝潮姉さんは司令官の前に歩み出た。といっても私の役目はここまで。朝潮姉さんの背中をポンと叩いて、私は一歩下がる。

 

 ――さぁ、頼むわよ。司令官――

 

 私の思いが伝わったのか、司令官は……俯いたまま立ち尽くす朝潮姉さんの手を引き、胡坐をかいて胸に抱き寄せた。……って、え?

 

 なっ、なにしてんのこの司令官!? 一体何考えて……っ!?

 

 ――酔ってる?

 

「あっはっはっはっ! 提督やるぅ~!」

「……いいなぁ~……」

 

 遠目にはわからなかったけど、顔全体が赤みを帯びていて、表情はかなり緩んでいる。司令官の背後では隼鷹がからからと笑いながらグラスを傾けて……その隣では、龍驤が伸びていた。

 

 ……この二人に付き合って飲んでいた? いつから? 龍驤が隼鷹に付き合って飲んでいて、司令官も最初から? だとしたらかなりの量になるはず。だって龍驤が倒れるくらいなんだから。……龍驤がお酒に強いのか弱いのかは分からないけれど。

 

 とにかく、司令官がアルコールで酔っているのは間違いない。なら……今の司令官は、正常な思考回路を保っているの? もしそうでないなら、朝潮姉さんにとっての地雷を踏み抜くかもしれない。

 

 普段であれば、艦娘のことを第一に考えて気遣っている司令官のこと、そんな心配はしなくてよかった。落ち込んだ様子の朝潮姉さんも、安心して任せられた。だから連れてきた。でも、これじゃあっ……!

 

 ――とりあえず、見守るしかない。何をされたのか理解が追い付いていないのか、朝潮姉さんは司令官の股座に腰を下ろしておろおろしている。……少なくとも、混乱がネガティブな思考をどこかへ追いやったのは間違いないみたい。今は、様子を見る……!

 

「朝潮は凄いねぇ」

 

 ……ああ、やっぱり酔っぱらってんのね。誰が聞いてもそうわかる声色だった。覇気や威厳なんて欠片もない、孫に接する年寄りのような口調。まともに考えて喋ってない。でも……朝潮姉さんは、びくりと身体を震わせた。

 

「最強の駆逐艦と一騎討ち! それで引き分けまで持ってくんだもん。もうあれだよ、朝潮も最強なのと一緒だよねぇ?」

 

 うふふふ、と気持ちの悪い声を発しながら。司令官は朝潮姉さんの体を抱きしめつつ、その後頭部に顎を載せてニマニマしている。……あれ、なんでかしら? ぶん殴ってやりたくなってきた。

 

「さ、最強の駆逐艦……?」

 

 思わずといったように朝潮姉さんが漏らす。……まさか、言ってなかった? 相手に『風』が編成されてるってこと……!

 

「そう! 一番最初に現れた駆逐艦、島風。朝潮はその島風と戦って引き分けたんだよ。凄いよねぇ」

 

 朝潮姉さんが落ち込むのも当たり前じゃないっ! 島風をただの駆逐艦だと思っていたってことでしょ? それと相討ちなんて、うちの艦娘が他の鎮守府より優れているって事前説明が根本から覆る!

 

「最初に説明すると、変に緊張したりとか。逆にやられても仕方ないって思っちゃうかも知れないと思って。それで黙ってたんだけどね?」

 

 ……まぁ、話さなかったことに理由があるならいいけれど。これで言い忘れとかだったりしたらタダじゃおかないったら……!

 

「……で……」

「うん?」

 

 司令官の言葉に、茫然と畳を見つめていた朝潮姉さんだったけど。わずかに唇を動かしたのが、私にも司令官にも分かった。

 

「では、私は……。皆さんの……。司令官の、お役に……。立てたのでしょうか……?」

 

 ……その声は、とってもか細くて。集中して耳を澄まさないと聞き取れないくらいに震えていた。でも、聞こえた。きっと、司令官にも。その声に、司令官は――。

 

「もちろん! もし島風に陣形を乱されてたら、旗艦を狙われて判定勝ちを許してたかも。朝潮がいたから、文句なしの勝利判定だったんだ。……朝潮は、しっかり力になってくれたよ?」

 

 声を張り上げて、そう答えた。

 

 酒が入って陽気になっているのか、朝潮姉さんを抱きしめながらゆらゆら身体を揺らしているけれど。その言葉に虚飾はないと、この場の誰でも分かっただろう。

 

「ああそうそう。身体は大丈夫? 大破判定になるほどダメージがあったのに、その上魚雷でしょ? 演習用に威力は抑えていたって言っても、気を失うほどの重傷だったんだから。無理しちゃダメだよ?」

 

「……はい……。ぐすっ。はい……っ!」

 

 とうとう泣き出してしまった朝潮姉さんだったけれど、司令官は気にした様子もなくにこにこと身体を揺らしていた。

 ……よかったわね、朝潮姉さん……。

 

「あと、演習はあくまで本当に戦う時のための練習なんだ。実戦も練習通りにこなすのが当たり前でしょ? 今回みたいなこと、深海棲艦相手には絶対にしないでね? 朝潮が帰って来なかったら、みんな悲しいよ」

 

「……も」

「ん~?」

 

「司令官も……私が居ないと悲しいと。そう……言ってくださるのですか……?」

 

「それこそ、もちろんだよ。君たちには軽率な発言に聞こえたかもしれないけど……。僕が以前、この鎮守府のみんなと家族になりたいって言ったのは嘘じゃない。……いや、もう家族だと思ってる。君たちがどう思っていようとね。家族が……朝潮が居なくなったら、悲しくて何も出来なくなるよ。きっとね」

 

 酔いつつも、そこだけは普段と変わらない穏やかな声で。司令官は言葉を続けた。

 

「だから……自分を大切にしてね? 仲間想いの君たちだから、仲間が居なくなると悲しいでしょ? 自分が悲しいように……自分が居なくなっても、同じように仲間が悲しむってこと、ちゃんと覚えておいて欲しい。……できれば、僕のこともね」

 

「……っ! はい……はいっ……!」

 

「じゃあ、約束だ。何があっても、きっと……ここに、帰ってきてね。朝潮は強いんだ。仲間を守りながら、必ず自分も無事に帰ってくるんだ。僕は、朝潮を頼りにしてるから」

 

「はいっ……! 必ず……必ず、司令官のもとに、私は帰ります……! 何があろうと、必ずっ……! 約束、させてくださいっ……!!」

 

 抱きしめていた腕を緩めて司令官が小指を立てると、朝潮姉さんも鼻を啜りながら自分のソレを絡めた。

 

 ――羨ましい、と。そう思ったのは、きっと私だけじゃない。艦娘として、こんなに嬉しいことはないだろう。

 

 仲間を全力で守れと。自らも必ず帰還しろと。愛情と信頼をもって、その言葉が司令官から贈られるのを。きっと私たちは無意識に、それでも激しく求めている。司令官からのその想いが、どんな勲章よりも誉れになる。

 

 ああ、本当に。本当に、よかったわね……朝潮姉さん。

 

 自らの理想と現実の齟齬に。仲間とすら苦悩を共有することすらできない、そんな苦しみに喘いでいることを、私は……私たちは、知っていた。知っていたけれど、何も出来なかった。

 

 救われたのは朝潮姉さんだけじゃない。その苦悩を知っている、仲間の誰もが救われた。ほかでもない、朝潮姉さん自身の奮闘によって。……羨ましくて、だけど誇らしい。私たちの仲間は……朝潮型駆逐艦のネームシップは。艦娘の誰もが欲するそれを、きっと誰より早く手に入れたんだ。

 

「……おめでとう、朝潮姉さん……」

 誰にも気づかれないよう。私は小さく、そう呟いた。

 


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