どうやら最弱らしい攻撃魔法とともに異世界を生き抜きます 作:エビネギ
いつも通りの午前の授業が終了し、いつも通りの昼休みが始まる。クラスメイトがそれぞれのグループを作り、いつも通りに昼食を食べ始める。周囲のことなど考えずに大声で会話をしているグループ、仲間内にだけ聞こえるような程の声量で会話をしているグループ。また、グループに入らず、自分の机で一言も発さずに昼食を食べている者、そもそも昼食を食べずに机に突っ伏して眠っている者など、どこにでもあるような昼休みの光景。
「八神ー、飯食おうぜー」
「ん、おう」
かくいう俺―――
「八神お前すげえ眠そうだな」
「ああ・・・授業中も危なかったよ」
友人のうちの一人、
「いやいや、四限に田中の古典だぞ?眠くない方がおかしいと思うね俺は」
フォローをしてくれた友人の一人、
「確かにな。これは学校側の致命的なミスだな」
笑いながら畑中が品野に同意する。それを見て友人の一人、
「全く・・・居眠りなんかしているから毎回試験が赤点ギリギリなんだよ、品野」
「その時は頼みます!神様仏様小林様ー!」
「・・・仕方ないやつだな、お前は」
「あ、俺も俺も―!頼むわ小林ー!」
「わかったわかった。八神も面倒見てやろうか?」
「ああ、お言葉に甘えるとするよ」
小林は毎回試験で高得点をとっている頭のいい生徒で、俺たち三人は試験の度に小林に勉強を教えてもらっている。その小林は真剣に勉強する気のない俺たちに若干呆れているようだが、頼られていることには満更でもないようだ。
「まあ、まだ試験までは遠いし、もう少し後でもいいだろ。部活もあるしな」
「さんせーい。というわけで次の休みにどっか遊び行こーぜ。予定悪いやついる?」
畑中の提案に俺と小林は承諾する。畑中は俺たちの反応に満足げに頷き、品野にも問いかける。
「品野、お前はどう―――・・・何見てんだ?」
「いや、羨ましいなーって」
「え、何が―――って、ああ・・・」
二人の視線の先を見てみると、多くの男女(主に女子)に囲まれている一人の男子生徒がいた。これも非常に見慣れた日常風景だ。
「ほんと、すごい人気だよな・・・優木」
その男子生徒の名前は
「まああいつは次元が違うからなー。俺らみたいなのと比べること自体が間違いだ」
俺も畑中と同意見だ。まあ、ただのクラスメイトというだけなら特に気にしないのだが・・・
「あれと幼馴染とか本当大変だな、八神・・・」
「・・・ああ、全くだ」
そう、なんと不幸なことに、俺とその完璧人間優木は幼馴染なのだ。そのせいで俺はずっと優木と比べられてきたので、プライドなんてものはもう俺にはなかった。ただ、俺は別に優木のことは嫌いではない。交流していて不快なことはほとんどない上、向こうから俺に接してくれるので、およそ十七年ほど付き合いが続いている。未だに比べられることはあるが、最早気にならなくなったので正直どうでもいい。
「全然悪い奴じゃないんだけどな・・・羨ましいよな、やっぱ」
はあ、と畑中と品野が深くため息をつく。小林はあまり優木に興味がないようなので、気が付くと読書を始めていた。
俺たち三人がぼーっと優木を見ていると、そのグループに一人の女子生徒が合流した。その女子を見た途端、畑中と品野の顔が晴れた。
「おお、一条ちゃん!」
「ああ、やっぱり可愛いなあ・・・」
その女子生徒の名前は
彼女をじっと見ていた畑中と品野に気付いたのか、一条はこちらに笑顔を向け、ひらひらと手を振った。それを見た二人はぎこちない、いや、正直気持ちの悪い笑顔を浮かべ、手を振り返した。
「うおおお!今、一条ちゃんが俺に手を振ったぞ!」
「バカ言え!どう考えても俺に振っただろ!」
二人はどんぐりの背比べ、という言葉がぴたりと当てはまるような小競り合いを始めた。十中八九社交辞令だと分かる対応によくそこまで盛り上がれるものだ。この二人は普段から一条にアプローチしているらしいので、そうなるのは仕方ないのかもしれないが。
「はあー、どうにかして一条ちゃんと付き合えないかなー」
「・・・正直無理だよなあ・・・優木とできてるって噂もあるし・・・」
はあ、とため息をつく二人。さっきの盛り上がりはどこに行ったんだ。
すると、先程まで読書をしていた小林が口を開いた。
「お前ら、そんなに彼女が欲しいのか?俺にはよくわからないが」
「欲しいに決まってんだろ!だって、毎日毎日全然代わり映えしないんだぜ?」
そう、本当に毎日この日常は変わらない。畑中のように変化を求める者もいるが、俺はこの日常を結構気にっている。そして、ずっと続いて欲しいと、切に願っている。
「・・・は?」
そんな日常は、いとも容易く壊された。
突然、俺の視界が揺らぎ出す。ぐわんぐわんと揺れる世界を見ていると、立っていることができなくなり、その場に崩れ落ちる。揺れる視界の中で周囲の様子を確認すると、クラスメイト全員が同じ状況のようで、あちこちから悲鳴がこだましている。その内には気絶している者もいるようだ。
「なんだっ、これ・・・」
俺も意識が遠のいてゆくのを感じる。揺らぐ視界はどんどん暗くなっていく。完全に見えなくなる直前、俺は見たことのない女性が目の前に立っているのを見た気がした。
そして、視界が真っ暗になり、俺は意識を失った。
「・・・八神・・・おい、八神!」
「・・・ん?」
俺は自分を呼ぶ声によって目を覚ました。すると、畑中、品野、小林の三人の姿が視界に入った。
「よかった・・・目が覚めたんだな」
「・・・ここは?」
俺は周囲を見渡す。そこには全く見覚えのない風景が広がっていた。
「分からない・・・俺たちも目を覚ましたらここにいたんだ」
俺よりも早く目覚めた分、少しは落ち着いているが、畑中たちも困惑しているようだ。周囲には他のクラスメイトたちもいて、状況を飲み込めているものはいないようだ。
「くそ・・・なんでこんなことに・・・」
「分からない・・・急に視界が歪みだしたことまでは覚えているが・・・」
やはり全員が同じ状況だったようだ。わけのわからない状況に見たことのない場所。クラスメイトは全員パニック状態に陥っている。
「落ち着くんだ皆!」
その時、聞き覚えのある声が響いた。
優木の声だ。
「こ、こんな時に落ち着けって言われてもよ・・・」
「こんな時だからこそだよ。皆がパニックだったら何もできない」
普通の人間が言ったなら、ただの気休め程度にしか思われないような言葉だが、信頼を積み重ねた優木が発したことによって、全員が素直に従うことができ、落ち着きを取り戻した。さすがイケメン。
「成る程。統率は中々取れているようですね」
その時、どこからともなく女性の声が聞こえた。俺たちが辺りを見渡すが、周囲にそれらしき人物はいない。全員が困惑していると、集団の中心に突如女性の姿が現れた。
「うわあ!?」
その女性の最も近くにいた者が驚いた声を上げながら飛び上がり、彼女から距離を取った。
「あら、驚かせてしまいましたね。ごめんなさい」
女性は微笑みながら謝罪の言葉を述べたが、全く悪びれている様子はない。しかし、一体どこから現れたんだ、この人。というか、この人、俺の意識が途絶える前に見た人だな。腰のあたりまで伸びた空色の髪と真っ白なワンピースのような服装が特徴的でよく覚えている。
「すみません、質問してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
怯えるクラスメイトをよそに、優木が一切怯まずにその女性に問いかける。それに対して女性は笑顔のまま質問を許諾した。
「ここはどこですか?そして、貴女は一体誰なんですか?」
「私は女神アクシス・レーヴェ、と申します」
・・・女神?なんだそのファンタジー感満載の肩書きは。こいつは何を考えているのだろうか。恐らく俺と同じような考えを持っているだろうクラスメイトたちは開いた口が塞がらない様子だった。
「うふふ、別にふざけているわけではありませんよ。私は正真正銘女神です。そして、ここはどこか、とお聞きになりましたね。お答えしましょう」
そう言うと、女神?アクシスは両手を広げ、先程よりも声を張り上げて口を開く。
「ここは、あなたたちの住んでいた世界とは別の世界、所謂異世界というものでございます。私があなたたちをこの世界にお招き・・・いや、召喚させていただきました」
・・・女神の次は異世界か。どんどんファンタジーワードが出てくるな。いつだったか、品野が話していたライトノベルというもので似たような状況を聞いた気がするが、クラス全員が一斉に意識を失ったこと、目が覚めたとき、全く見覚えのない場所にいたこと、彼女が一瞬のうちに姿を現したこと、そして、恐らくだが教室に彼女がいたであろうことから、嘘だと断定することはほぼ不可能になったと思える。
「・・・どうして貴女は俺たちを・・・召喚?したのですか?」
クラスメイトの中で最も冷静でいる優木が先程よりも慎重に女神に問う。優木も彼女が嘘をついていないと判断したのだろう。できるだけ刺激しないようにしているようだ。
「それに関しては詳しくお話しますので、落ち着いて静かにしていただけると嬉しいです」
「ふざけんなよコラ。何様だよてめえは」
突然、クラスメイトの内の一人がポケットに手を突っ込み、前のめりに女神を睨みつけながら彼女の前まで歩み出た。
「杉崎、やめろ!」
「うるせーよ優木。いい子ちゃんは黙ってろ」
優木の静止にも聞く耳を持たず、杉崎は女神に詰め寄る。
「お前が誰だが知らねーがよ、しょーもないままごとに付き合ってる暇なんてねーんだよ。俺は帰るぞ」
「あらあら、やんちゃさんですね。確かに強制的に召喚したのは失礼だったかもしれませんが、先程も申し上げた通りここは異世界です。ご自分の力で元の世界に戻ることは不可能でございますよ」
杉崎に一切怯むことなく、女神は微笑みながらそう言う。まあ、彼女の言うことが真実ならば、この世界の存在すら知らなかった俺たちが自力で元の世界に戻るなんて無理な話だよな。当然だ。
「あ?ふざけたこと言ってんじゃねーよ、ぶん殴られてーのか?」
「うふふ、威勢がいいのは結構ですがご自分の立場、というものをわきまえた方がよろしいかと思いますよ?」
「舐めてんじゃねーぞ、ゴラア!」
女神の言葉を挑発と捉えた杉崎は彼女に殴りかかった。彼は普段から暴力をふるっているため、一切の躊躇なく拳を振り下ろした。しかし、女神はその拳を人差し指一本だけで静止した。
「なっ・・・!?」
杉崎は目を見開いて驚きながらもなお拳を押し込もうとしているが、それは一向に動く気配がない。勿論、杉崎以外のクラスメイトを目を見開いて絶句している。
「うふふ、ただの人間如きが女神に敵う訳がないでしょう」
女神はそう言うと右腕を大きく振るい、杉崎をなぎ払う。すると杉崎は尋常でない速度で吹き飛ばされ、直線上にある大木に強く打ち付けられ、気を失った。
「ああ、殺してはいませんので安心してください。ですが、次に反抗されると、どうなるかは分かりませんよ?」
女神は薄く目を開いて俺たちを見る。先程の光景を目の当たりにしたクラスメイトたちは、目に見えて戦慄している。この状況で口を開くことなどは優木にも不可能で、辺りが静まり返った。
「そんなに怯えなくても、私の言うことに従えば何もしませんよ」
満足げに微笑んだ女神は杉崎に近づいて、彼に手をかざす。すると、杉崎の傷が治っていき、杉崎は目を覚ました。
「・・・ぐぅ」
それを確認した女神は再び俺たちの正面に立った。
「ではでは、皆さんが静かになったところで説明を致しましょう。まずは、あなたたちを召喚した理由ですね」
それは全員が気になっていることだろう。無理矢理異世界に召喚されたのだ。その説明はする必要がある。
「まだあまり詳しくは申し上げられませんが、とりあえずあなたたちにはこの世界の人間を救っていただきます」
救っていただきます、か。依頼するわけではなく強制的に義務を課すとはなんとも自分勝手なものだ。
「流石にお分かりかとは思いますが、あなたたちに拒否権はありません。現在この世界の人類は様々な魔物と交戦状態にあり、はっきり言って崖っぷちです。なので私達は時々このように異世界から人間を召喚して、魔物と戦う戦士を育成しております」
「魔物、とは一体なんですか?」
殆どの者が理解できていないであろう部分を優木が質問する。先程の光景を見てまだ口を聞けるとは、すばらしい度胸だ。さすがイケメン。
「この世界には人間の他にも高い知能や身体能力、特殊能力等を持った生物が存在しており、人間はそれらを魔物と呼んでいます」
成る程、この世界の人間が俺たちと同じならば、そんな連中と戦えば勝てないだろうな。しかも複数の種類と魔物と交戦状態か。この世界の人間は何を考えているんだ。命知らずの無鉄砲ではないか。
というか、その魔物とやらを倒すのなら俺たちよりもこの女神が適任なのでは?
「貴女がその魔物から人間を守ることはできないのですか?」
うん、見事に思っていることを言ってくれた。さすがイケメン。
「勿論、実力の上では可能です。しかし、私達が直接介入してしまうと問題が複雑かつ大規模になってしまうのですよ。まあ、それは今はお話しませんが」
どうやら女神には女神の事情があるようだ。というか、自分で解決できるならそもそも俺たちのこと召喚しないよな。そこは一応納得できるな。
個人的にはまだ気になっていることがあるんだが・・・
「・・・それは分かりましたが、俺たちは普通の高校生です。魔物と戦うなんてできません」
その通り。俺たちは戦いとはかけ離れた世界で生活していた普通の高校生。そんな連中に人間が滅びそうだから救え、なんて言われてもできるわけがない。当然、そんなことが分からないわけではないだろうが。
「今のあなたたちには不可能だということはわかっています。そのため、あなたたちには力を授けます」
女神がそう言った直後、彼女の手に水晶玉のようなものが顕現した。今更そんなことには驚いてやらないが。
その水晶玉には何かの文字・・・だろうか、それが浮かび上がっていて、超高速で回転している。文字かどうかを正確に認識できなかったのはそのためだ。
「これは?」
「見ての通り水晶玉です。あなたたちにはこれを使って
「・・・
「ええ。
・・・うーむ、よくわからんな。向こうからすれば当たり前の常識を説明しているからどうしてもそうなるのだろうが・・・
「成る程、ゲームで言うキャラ補正みたいなやつか・・・」
隣で品野が呟く。ゲームでは似たようなことがあるのだろうか、俺はあまりそれを嗜まないのでやはりよく分からない。
「説明するより実際に授かる方が分かりやすいと思います。とりあえず優木様、この水晶玉に触れてください」
「どうして俺の名前を?」
「私は女神ですよ?その位は分かります。そんなことより、さあ」
女神が優木に水晶玉を差し出す。優木は不審に思いながらも、渋々水晶玉に触れた。すると、水晶玉に浮かんでいる文字の回転が止まり、【勇者】という文字だけが鮮明に浮かび上がった。
「これが俺の
「はい、そうです。優木様の
「・・・体がものすごく軽い」
「
「ステータスオープン、ですか?」
優木がそう言うと、優木の目の前に様々な文字が記された薄い板のようなものが現れた。板といっても、実際に物体として存在しているわけではなく、視覚のみによって認識できるというものだ。
「うおおすげえ!マジでステータスウィンドウじゃん!」
品野が興奮気味にそう言う。どうやらゲームではこのようなものが存在しているらしい。
「これには
優木の
「俺は偶々【勇者】を授かったのですか?」
「いいえ。あなたは授かるべくして【勇者】を授かりました。異世界の人間であろうと生まれた時から授かる
「ええ・・・」
「ふふ、この方がわくわくするでしょう?」
この人、マイペースが過ぎるな・・・いや、自己中心的の方が適切だな。自分が世界の中心だと思っているのか。実際にそうなのかもしれないが。
「というわけで、皆さんどんどん
いや、あんたそれ意味ないって言ってただろ。直接授けてくれたら良くない?
というか、全員警戒しまくってるな。誰ひとりとして進んで触れようとしない。
「あら、皆さんどうしました?何も危険なことはありませんよ?」
女神が少し困ったように俺たちに声をかけるが、それでも誰も動かない。
すると、同じく困ったような表情の優木がこちらに向かって歩いてくる。
そして、俺の肩に手を置いた。うーわ。
「・・・なんだよ」
「頼む」
そんな真っ直ぐな目で見られても・・・俺だってもうちょっと流れができてから適当なタイミングで授かりたいんだよ。・・・と言いたいのだが、周りからの目線が痛すぎる。主に優木の。
「・・・しかたないな」
俺は抵抗を諦め、女神の前まで歩み出る。そして、水晶玉にそっと触れる。
すると、水晶玉に【魔道士】という文字が浮かび上がった。
【魔道士】と言うと、魔法というものを使う、というイメージがあるな。ということは、俺は魔法が使えるようになるのか?もしかして大当たりなのでは?
「あー・・・【攻撃魔法職】ですか・・・」
えっなにその微妙な反応。魔法職って言ったよね?じゃあやっぱり魔法使えるんでしょ?いいじゃん。
・・・一応、ステータスとやらを見ておくか。
「ステータスオープン」
俺がそう言うと、先程の優木と同じように板のようなものが現れた。品野はウィンドウとか言っていたか。
俺はそこに書いている内容に目を通す。
ふむ、わからん。優木のステータスをしっかりと見たわけではないので、比較対象がないのだから善し悪しなんてわかるはずがない。
「女神、俺の
「非常に申し上げにくいのですが・・・攻撃魔法職は・・・まあ、正直に言ってカスですね」
わお。そんなどストレートに言わなくてもいいだろ。オブラートに包みようのないカスって・・・どれだけ低性能なんだ、攻撃魔法職。
「待ってください。魔法が使える、ということは俺たちにとっては大きなアドバンテージのように思えるのですが」
「生物を治療したり、人間や武器を強化したりする魔法は強力とされており、戦闘においてもよく使われています。しかし、魔法そのものを使っての攻撃は、人間の魔力では全くと言っていいほど威力が出ないのです」
「魔力?」
また聞いたことのない言葉が出てきたな。恐らく魔法に関係するものだと思うが。
「生物の体内に存在する魔法の使用に関する物質です。魔力によって発動する魔法の威力、性質などが異なります。これも感覚で覚えてください。魔力の保有量は
うん、全く分からない。女神が感覚で覚えろと言っているから、これは深く考えなくてもいいかもしれないな。
「まあそんなわけで、攻撃魔法職はハズレですね。残念ですが先程も申し上げた通り
女神が笑顔でそう言い放った。いまいち実感していないが、ここまで堂々とハズレと言われると悲しくなってくるな。俺の中の魔法というものへの憧れは粉々に打ち砕かれてしまった。
「では、どんどん参りましょう。次の方どうぞ~」
そんな俺を尻目に、クラスメイト達にそれぞれの
「はい、お疲れ様でした。これで皆さんは魔物に立ち向かう力を手に入れました。その力を存分に発揮し、この世界の人間を救ってくださいね」
俺たち全員に
それとは裏腹に、クラスメイトたちは不安そうな表情を浮かべている。
「勿論、いきなり魔物と戦っていただく、なんて無茶なことは言いません。あなたたちにはしばらくの間とある国の王都にて生活し、戦闘の修練をしていただきます。衣食住の用意もそこの者にさせますので、安心して楽しくおかしく血なまぐさい異世界ライフをご堪能ください」
どうやらそこら辺は向こうで用意してくれるそうだ。そのことを心配している者は多数いたようで、安堵の表情を浮かべた。
というかなんだ楽しくおかしく血なまぐさいって。
「では、早速王都まで行きましょうか」
しかし王都に行くのはいいのだが、周囲にそれらしきものはないんだよな。結構歩かないといけないのだろうか。
そんなことを思っていると、俺たちは一瞬のうちにどこかの街へ移動していた。
「なっ・・・」
全員が絶句する。なんの予兆もなく周囲の風景が一変したのだから驚くのは当然だ。十中八九女神の仕業だろうが。
「うふふ、驚きましたか?これも魔法の一種ですよ。
「
ことごとく夢を壊されていくな。もう少し夢を見させてくれよ。
それより、魔法には上級とかの区分が存在するらしい。俺が使える魔法は・・・期待しない方がいいだろうな。
「ここが皆さんに生活や鍛錬をしていただく、ニュートリア王宮でございます」
女神が指し示した方向には、巨大で豪華な建造物があり、その門前には目立つ格好の人間が三人と、その周りを武装した人間が取り囲んでいるのが見えた。
「あれがこのニュートリア王国の国王、王妃、姫です。彼らもあなたたちの手助けを致します」
女神が国王の元へ向かったので、俺たちもそれに続く。俺たちの接近に気がついた国王たちは、非常に礼儀正しい態度を取った。
「お待ちしておりました、女神アクシス様」
「お待たせしました。しっかりと連れてきましたよ」
「その方々が異世界人ですか」
「ええ、全力で支援してくださいね」
国王との業務的な会話を終えると、女神は俺たちの方向に振り返った。
「では皆さん、この世界の人間のことはお任せしますね。またしばらくしたらあなたたちに会いに来ますので、何か聞きたいことがあればその時にお願いします」
そう言うと、女神は一瞬でその姿を消した。
俺たちが呆然としていると、国王が俺たちに声をかける。
「はじめまして異世界人の皆様。私はこの国の国王、ガーランド・ニュートリアでございます。こちらは我が妻で王妃のオリビア・ニュートリア、そして私の娘、つまり姫であるマリア・ニュートリアです」
国王が俺たちに会釈し、王妃と姫もそれに続いて会釈する。
「女神様から我々に協力していただけると聞いています。我々が皆様の生活や鍛錬の手伝いを致します。どうぞよろしくお願いします。とりあえず今日のところはお疲れでしょう。個人部屋をお一人ずつ用意しておりますので、そこでお休みになってください」
すると、王宮の使用人らしき人たちが、俺たちに王宮の中へ入るように促した。俺たちは戸惑いながらも、使用人たちに従うことにした。
「では、何か困ったことがあればなんなりとお申し付けください」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺が礼を言うと、使用人は笑顔で部屋を後にした。女性の使用人、所謂メイドというものはいいものだな。かわいい。
そんな馬鹿なことを考えながら、俺は部屋の中を物色する。それほど豪華な部屋ではないが、快適な生活を送ることが出来るだろう。ベッドも丁度よい固さで、心地よく眠れそうだ。
「おお・・・」
部屋の中のクローゼットを開けてみると、かなりの数の男性服が収納されていた。そのうちの一つを取り出してみると、どうやら俺の身体の大きさに合っているようだ。ということは、かなり前から俺たちを呼び出すことは決定されていたようだ。なんと迷惑な。俺はその服をクローゼットにしまい、なんとなく窓の外を眺める。そこにはやはり全く見覚えのない、発展した城下町が広がっている。
「本当に異世界に来たんだな・・・」
俺は思わずそう呟く。平凡で平和な日常は突如崩壊し、非日常へと放り込まれた。そのことを再び実感する。
俺がそんな感慨にふけっていると、部屋の扉が軽く叩かれる音が聞こえた。
俺が扉を開けると、そこには優木が立っていた。
「どうした?」
「全員で話し合いをする場を設けたいんだ。一つの広間を使わせてもらうことになっているから、そこに行って欲しい」
「それどこだよ。こんなだだっ広い王宮の一つの部屋とかまだわからないぞ」
「王宮内の地図をもらったんだ。ほら」
優木が俺に手渡した地図を見ると、王宮内の構造が細かく記されていた。これも俺たちのために用意されたらしい。
「俺は別に構わないが、今日は休みたいやつもいるんじゃないか?」
「そう思ったんだけどな、明日以降そんな時間を取れるかわからないから今日やっておきたいんだ」
「確かにな・・・わかったよ」
「ありがとう。まあ俺も全員来てくれるとは思ってないけどな」
俺が承諾すると、優木は満足そうに去っていった。
特にやることもないので、俺は早速指定された部屋に向かうことにした。
優木が指定した部屋の扉はかなり大きく重い両開きのものだった。軽く押すだけでは動く気配がない。
いちいち踏ん張らないといけないのか・・・非常にめんどくさいがしかたない。俺は膝を曲げ、腰を入れて強く扉を押す。すると扉がゆっくりと開いたので、俺は広間に入った。俺の押し込みが足りなかったのか、扉は少し後に閉じてしまった。開けておいた方がいいと思ったが、正直辛いのでそのままにしておいた。
広間には人影が一つもなかった。俺が先客のようだ。暇なので俺はその部屋を探索してみたが、特にめぼしいものは見当たらなかった。本格的にやることがなくなったので、大人しく座っていることにしよう。
数分ほど待っていると、扉が外側から押されたらしい。俺と同じように優木に呼ばれた者が来たようだ。
「あれ、開かない・・・」
扉の向こうから困惑する声が聞こえる。どうやら来客は女子のようだ。流石に俺が開けるべきだと思ったので立ち上がろうとすると、扉がかなり豪快に開いた。
「おおー、すごいな私!」
え、めっちゃ軽々開けるじゃん。俺はあんなに苦労したのに。俺のクラスにはとんだ怪力女がいたようだ。
・・・流石に失礼だな。恐らく
「あ、八神君だ。やっほー」
その女子、一条は俺に軽く手を挙げ、笑顔で挨拶をする。それに「やっほー」と返すようなことは俺にはできないので、目は合わせずに軽く手を挙げて応えた。
「八神君も優木君に呼ばれたの?」
「ああ、話し合いがしたい、って」
「そっかー。優木君行動力すごいよねー」
「昔からあんな感じだよあいつは」
「八神君と優木君は幼馴染だったっけ」
おお、クラスのマドンナに認知してもらえているのか。ほとんど話したことなどないが普通に話しかけてくれる気軽さも彼女の魅力の一つのようだ。
「そういえばさ、八神君の
「俺のは【魔道士】ってやつだよ」
「あ、優木君のすぐ後だったっけ。女神さんにボロボロに言われてたね」
ケラケラと笑う一条。俺からしたら笑い事ではないのだが、可愛いので許そう。
「そういう一条はどうだったんだ?」
「私?私のは【
俺は一条に促されるまま、彼女のステータスを見せてもらう。
一条の【
「他の子たちの
もしかして俺は嫌味を言われているのだろうか。そういえばさっきも俺の
「誰かと戦う、とか全然想像もつかないし、正直ちょっと怖いけどさ、自分がどのくらい強いのかとか楽しみではあるんだよね。早く明日が来ないかなーって」
自分が強いと思われる場合は楽しみもあるだろうな。だが、はっきりと弱い能力だと言われている俺は期待よりも不安の方が圧倒的に大きい。
「俺は楽しみではないな。何もしない平和な生活を送っていたかった」
「確かにそうかもね。でも、楽しみを見つけないとやっていけないと思うよ」
楽しむ、か。なるほど、そんな適応の仕方もあるか。
「色々大変なことばっかりだろうけどさ、お互いがんばろうね」
「ああ」
そんな普通の励ましあいをしているうちに、優木に呼ばれたクラスメイトたちがぽつぽつと姿を現し始める。結局半数に満たないほどの人数が集まり、話し合いを始める。内容としては各々の
再び女神と会った時にする質問をいくつかまとめると、その話し合いはお開きになった。
「なあ八神、ちょっといいか?」
広間から自分の部屋に帰る道中、俺は優木から声をかけられた。
「どうした?」
「今日の話し合い、どう思った?」
優木はそんな漠然としたことを真剣な顔つきで聞いてきた。わざわざ二人きりの時に聞いてくるのは優木なりの配慮なのだろう。
「どう、とは?何についてだ?女神への質問についてか?」
「・・・そうだな。それについても聞きたい」
「うーん・・・特に異論はないぞ。女神に聞いても問題ないことだと思う」
「・・・そうか」
俺の返答に優木は少し不満そうな顔を浮かべた。俺みたいなのに期待を寄せられても困る。
「で、お前が聞きたかったことはなんなんだ?」
俺は優木の反応から俺に明確に聞きたいことがあると思ったので、自分からそのことについて触れてみる。すると、優木は少し渋ってから口を開く。
「・・・話し合いに参加していた皆の様子、どう思った?」
「・・・ほう」
自分のことや状況の把握などで手一杯のはずだが、こいつは常に周囲のことを気にかけているな。流石はクラスの人気者、といったところか。
「そうだな・・・想像よりもうまくこの世界に適応しているようだな。素直に感心しているよ」
「・・・なるほど、わかった。ありがとう」
先ほどと同じように優木は不満そうな顔を浮かべたが、用件を終えたため自分の部屋に戻っていった。
俺も特にやることもないので、同じように自分の部屋に戻ることにした。
「はあ、疲れた」
身体的疲労よりも精神や頭の疲労の方が大きいな。こちらに来てから聞き慣れない単語を多く聞いてまだ戸惑っている部分があるようだ。このまま眠ってしまえる自信がある。食事や風呂の準備をしてもらっているはずなのでそういうわけにはいかないが。
「こんな生活、いや、これ以上に未知の生活が続くのか・・・」
俺が気に入っていた元の生活に戻るためには女神の望みを叶えなくてはいけない。しかも俺には大きなハンディキャップ付き、か。
「なんとも迷惑な話だ」
こちらに来てから何度思ったか分からないことを呟きながら、俺はどうやら最弱らしい攻撃魔法とともに異世界を生き抜く覚悟を決めた。
やっぱり異世界召喚はいいものですよ。なんだかんだ好き