彼が降りたとき目にしたのは、それはそれは色鮮やかな紅であった。
まず天井が紅だった。
壁にも床にも、木材で作られた部屋を紅が覆いつくしていた。
それだけではない、移った身と服さえも紅に染まっている。
彼は仰向けで、だらしなく足を広げて寝ころんでいた。
手の平が貫かれたように痛んだ。
股が裂かれたかのように痛んだ。
首が折れたかのように痛んだ。
胸が抉られたように痛んだ。
そのどれも心当たりのある痛みに、赤子のように身を縮めてしくしくと涙を流した。
痛みには慣れている。
それ故に、痛みを逃がすのに涙が有効であることも知っていた。
やがて、鈍痛をまとわせたまま、彼は起きあがる。
着ていた前あわせの服……着物の裾が重なり剥きだしになっていた足を隠した。
彼は紅の世界を見渡してあるものに気がつく。
一振りの刀。
抜き身の刃で垂直に、板間の床に深く刺さる紅色の刀剣。
奇異なことに、その刀の柄には人のものらしき右腕が掴まりぶら下がっていた。
刀を振るおうとして、肩口から切られて落されてしまったような、そんな有様だった。
筋肉隆々としていて太くて長い、この腕の持ち主はよほどの大男だったと予想できた。
そんな刀をしばらくジッと眺め、そして彼は柄頭に手のひらを乗せた。
途端に、
彼はその変異に構わずに刀の柄を握ると片手で易々と引き抜いた。
ほうっ、と声をだす。
その刀身の何とも見事な在り方に感動を覚えたのだ。
美術品としての刀の良し悪しは分からない。
彼にとって刀剣とは武器であり、武器とは使えるか否か、そのようなものだから。
だがしかし、この刀に宿る確かな魔性は感じとれた。
打ち手が、あるいは使い手が、己が命すべて注いで完成させた魔剣の類であると。
故に、その不退転の決意……覚悟を見事なり、と感じたのだ。
顔の前にかざした紅の刃に今世の姿が映った。
紅色の眼……それは十の年を数えたかくらいの少女。
額に二本の角を生やした、濡れ羽色の黒髪をもつ、美しき少女であった。
服の裾をはだけて股間を見下ろす。
なにもない丘を見て改めて認識した……今度の生はやはりおなごであったかと。
角が生えている……問題にならない。
女になった……問題にならない。
化生も、男も女も同じくらいに経験して、出産までしている。
そして、どうやら今回もやることは変わらんようだと溜息を一つ。
ならば、存分に生きることを楽しむべきだろう。
どうせ死ねば今世の記憶も大半は消えるのだから。
そうさな、まずは……飲んで、打って、抱いて、そんで……。
彼は……彼女は己のふっくらとした頬を、ちまっこい手で撫で叩きながら呟いた。
「なぁ、わしが手伝ってやる、そん代わり使わせてもらうぞ?」
少女の言葉に、紅色の……血を吸った刀身がギラリと光った。