鬼の娘と鬼の腕   作:あじぽんぽん

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賢者……目(3)

 里に入ってから、私たちは早速調査を開始しました。

 私のように書物を調べる者たちと、里人と交流して話を聞きだすシューイチやエリーゼのような社交性の高い者たちに別れてね。

 え、古文書を見るだけでは?

 ふふ、シューイチいわく、ちょっと旅先で世間話するくらいは良いだろうと。

 その調査に関していえばですが、目新しい情報はすぐには発見できず、話を聞きに行った者たちも警戒心の強い里人に苦戦していたようです。

 気がついたらいつの間にか相手の懐に入っている、不思議な魅力をもつシューイチでさえ、まともに話が聞けなかったというのはよほどでしたね。

 それから里で滞在してしばらくがすぎ、里人とも徐々に交流が生まれてきた頃でした……。

 いくつかの書物を読み解き、私が今まで得た情報と照らし合わせることで、彼ら角付きの真祖たちと魔神との関連性が分かってきたのです。

 角付きとは……遥か古代に、見知らぬ異界からこの世界に渡ってきた来訪種族であることに。

 

 それ故に異界の異質な法則に囚われず、異界から来た者たちを打破することができると……!

 

 …………。

 信じられない話だと思いますか?

 私もその結論に至ったときは信じられませんでした。

 でも、紛れもない事実なんです……。

 ああ、大丈夫、安心してください。

 貴女の血は、貴女の祖先がこの世界の住人と交わって世代を重ねたのでしょう。

 一部を除いて非常に香りが薄い……貴女は、この世界の法則にしたがうただの倭人ですよ。

 

 私たちは里長に、異界の力をもつ純血の鬼に必死で頼み込みました。

 西大陸を救うために、その力を貸してくれと。

 ……しかし、あっさりと断られましたよ。

 この力を振るうべき、その刻はまだ来ていないと、ね。

 理由は……ええ、そのときはまったく分かりませんでした。

 ただ、予想はしていたのです……私たちの望みは、きっと叶えられることはないだろうと。

 彼ら真祖の鬼たちが異界殺しの力を使うのは、古文書に記されている限り……いつだって多くの命が失われた、そのあとなのですから。

 …………。

 時間がなかったのですよ……。

 神聖帝国には魔神の軍勢が侵攻していました……。

 そこにはシューイチの婚約者である皇女がいました。

 聖女エリーゼの所属する教会の信徒が数多くいました。

 大戦士長ガルドの同胞たちが戦支度をして待機していました。

 私の兄弟弟子たちが……仲間たちの家族がいました。

 多くの西大陸の民が、私たちが朗報をもって帰るのを信じて待っていたのです。

 …………。

 く、ふふふ……。

 私が書物からあの一節を見つけなければ……シューイチが親しくなった里の娘から、その話を聞きだして確認しなければ……私たちは諦めて帰国し、魔神との絶望的な戦いに挑んだでしょう。

 

 しかし、私たちは知ってしまったのです! 

 角付きの……鬼の力は他者に譲渡できることを!!

 

 あの日のことは今でも忘れません。

 紅蓮でした……里は紅に染まり、あちこちで火がつけられ、空が黒煙で覆われました。

 私たちは里長に迫ったのです……その異界の力を私たちに渡すようにと……!!

 異界の力は強引に奪うことができません……その力をもつ鬼が、認めた相手にだけ譲渡することが可能なのです。

 異界殺しの力を受け継ぐため、奪われないように編みだされた彼らの秘術なのでしょう。

 手足の健を切った里長の前で、一人、また一人と里人を殺していきました。

 老人から若者、そして女子供を……。

 それでも里長は首を縦に振りません。

 里長の孫娘が最後に残りました。

 恐らく血に狂っていたのでしょう……私たちは。

 そして、あの幼い鬼の娘の美しさに……異界の……魔性の美貌に囚われていたのでしょう。

 勇者シューイチが、聖女エリーゼが、大戦士長ガルドが、今は死んで消えた仲間たちが……鬼の娘を犯し、なぶり、むさぼりました。

 山奥に鬼の娘の叫び声が響きわたりました。

 何度も刃を突き刺し、魔術で治癒して生かし、延々と苦しめ続けましたよ。

 真祖の鬼が、もう止めてくれと泣きながら懇願するまでね……。

 鬼は私たちに、足を、腕を、背骨を、心臓を、体のありとあらゆる部位を譲渡しました。

 私もね……この右目を貰いまして……ほら、これ鬼の目なんですよ?

 ほらほら、左目と少しだけ色が違うでしょう?

 …………。

 そして最後に鬼の右腕が残って……それが譲渡される前に……鬼の娘は息絶えました。

 

 ………………。

 

 そのあとは貴女も知っている通り、仲間たちの犠牲をだしながらも魔神の首を取ることに成功し、西大陸は救われたのです……。

 

 ………………。

 

 後悔……しているのですよ。

 私はあの日以来ずっと後悔をし続けているのですよ。

 私は、鬼の娘がいたぶられるのを、皆から一歩離れて見ていました。

 何もできず、ただ見続けていたのです。

 私以外にも虐殺に参加してない者は何人かいました。

 たぶん、彼らも私と同じ気分をあとから味わったことでしょう。

 …………。

 え……違いますよ?

 その虐殺を止められなかったことが悔いだったのでありません。

 あれは西大陸を救うための仕方のない、そう、必然な犠牲だったのですから?

 私が後悔しているのは……。

 

 私は……何故、あの美しい鬼の娘を……彼女を犯さなかったのか……!

 

 何故、あの華奢な体に刃を突き入れなかったのか……!!

 何故、あの細い首を絞めなかったのか……!!

 何故、あの薄い胸から、綺麗な心臓を取りださなかったのかと!!

 

 ええ、ええ、私は激しく後悔しているのですよ!!

 

 …………。

 しかし、すべては終わってしまったことです……彼女は死んで……私の理想は、唯一愛した女性は永遠に消えてしまった。

 …………。

 そういえば貴女も角付きの倭人のせいか、どことなく彼女と雰囲気が似ていますね?

 おや、震えているのですか?

 大丈夫、なにもしませんよ、怖いことはなにもね……。

 逃げられませんよ……この鬼の目は相手を縛る異能がありますから……。

 

 ねえ、倭人のお嬢さん、夜は長い……もっと……私と楽しみましょう……ね?

 

 

 

 そうして賢者ミダスは唇を舌で濡らし、倭人の女に語り終えたのである。


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