やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
二日連続投稿。
こちら後編となります。
まいどまいど誤字が多くて申し訳ありません。
いつも本当に助かってます……。ありがとうございます。
「っていうかこれマジでどこ向かってんの?」
さすがに心配になった俺は再度おっさんにそう問いかけた。
すでに車が走り出して三十分以上が経っている。
雨で視界はどんどん悪くなり、一瞬ガタンと大きく車が揺れた。石でも踏んだのだろうか?
高齢者ドライバーの事故という嫌な言葉が脳裏をよぎり、不安を隠せなくなってきた俺に、おっさんは口角を上げ、口を開く。
「どこだと思う?」
うわぁ、また面倒くさい返しを……。疑問文を疑問文で返さないで欲しい。
QにはAで返すって学校で教わらなかった?
「……ディスティニーランドとか?」
パンダっぽいキャラクターのパンさんが有名な千葉ナンバーワンの遊園地。
雨だし多分空いているから行こうぜ! みたいなノリだろうか?
でもおっさんと二人でディスティニーランドとかゾッとしないな。
なんならちょっと身の危険を感じるまである。
「はずれ、まぁ、大分遠回りしてるからな、走ってる方角は関係ないぞ」
おっさんはそう言うと、また少しだけスピードを上げる。いや、横から結構抜かれているからコレでも遅い方なのか?
ってか方角関係ないのに「どこだと思う?」とかクイズにしても無理ゲーがすぎんだろ。
いや、マジどこ連れてかれるの?
冗談じゃなくドナドナな気分になってきた、俺も売られていくのかもしれない。
せめて今日中に帰れますように……。
アレ? ガチで泊まり込みとかいう可能性もある?怖っ!
「正直言うとな、今日あたり八幡がサボりたがるんじゃないかって心配して来たんだが。今後の事も真面目に考えてくれているようで安心した」
俺が目的地へと不安を募らせている最中、突然おっさんにそんな事を言われ、思わずビクリと体が震える。
なんなのこのおっさん、やっぱエスパーなの?
なんだか全てを見透かされていそうでおっさんの顔を見るのが少し怖い。
だが、おっさんは俺の心境など知らず「まさかな、すまんすまん」と笑ってる。
しかし、俺が目線を合わせようとしない事で何か察したのか、その笑いはすぐに止んだ。
「あ? 何だ? まさか本当にさぼろうとしてたのか?」
ぐ……。カマをかけられただけか。失敗した。
「……いや、サボるというか……ちょっと体調が悪い気がしてたというか……」
「はっはっは、そうかそうか、凄いな小町ちゃんは」
え? なんでここで小町? マイリトルシスター小町が近くにいるの?
俺は思わず後部座席を振り返る、だがそこには当然誰もいない、車の中にいるのは俺とおっさんの二人だけ、どうやらドッキリの線はないようだ。
知らない間に後部座席に妹が乗ってたら怖い説。立証ならず。
「小町ちゃんからな、「そろそろうちの兄が頭痛がするとかいってサボる頃かもしれません」って連絡があってな。儂もまさかと思いながら迎えにきたんだが。いや、流石兄妹だな」
くそぅ、小町め余計な事を……。今日は出かけるといっていたので油断した。
帰ったらきっちり問い詰めておかねば。
「小町ちゃんはいい子だな、ちゃんとお前の事を見てる」
兄のサボタージュをチクる行為のどこに良い子要素があったんだろうか。
良い子ならば「お兄ちゃん今日は小町と一緒に遊んで! 家庭教師なんてさぼって!」というべきではないのか。まあそれはそれでウザいが……。
そういや小さい頃は割とそんな感じだったな、いつ頃からあんなに生意気になったんだったっけ。
「やっぱり小町ちゃんにもいい相手をみつけてやりたくなってきたな。八幡は心当たりないのか?」
そんな相手がいたら俺がもうとっくに粛清しているだろう。いないよね?
そういえば俺、小町の交友関係もあんま知らないんだよな。この間家に勉強会に来た友人とやらの顔もろくに見ていない。男はいなかったと思うが……。まさか、俺の知らない彼氏がいたりするのだろうか? いや、いないはず、いない。小町にはさすがにまだ早いだろう。
「小町に許嫁だなんだは勘弁してやってくれ、あいつにはまだそういうのは早いし。そういう相手はその……ちゃんと好きな相手のがいいだろ……」
小町の好きな相手……俺は好きになれない自信があるが。
発した言葉自体は本心でもあった。
まあ俺自身も許嫁という関係に思う所もあるし、小町が裏で動いていたという面があるにせよ、わざわざ率先して仕返し……とばっちりを食らわす必要もあるまい。
だが、おっさんは俺の言葉を聞いてなにやらキョトンとした顔でこちらを見てくる。
「やっぱり兄妹なんだな……」
おっさんが感心したように呟いた。
あれ? 知りませんでした? 何? 似てないから実は血が繋がってないとか、そういう想像でもされてたんだろうか? 実は俺は川の下で拾われてきた子供じゃないかとか、そういう妄想は小学校の頃にした事はあるけどトラウマになるのでやめてください。未だに確証は得られていないのだから……。
「何をいまさら……義理じゃなくて正真正銘の兄妹だよ」
……多分。という言葉は心の中にしまって、口に出さないようにする。ほら、言霊ってあるじゃん?
間違っていても言い続けてたら本当になる事もあるだろう。きっと。多分。恐らく。
「そういう事じゃなくてな……。儂がお前を「いろはの許嫁として迎えたい」って頼みに言った時、小町ちゃんも同じこと言って反対してたんだぞ?」
おっさんの口から発せられた衝撃の事実。
それは本当に衝撃的で、信じられない言葉だった。
あの小町が? むしろ積極的にくっつけようとしているようにすら思えたんだが?
反対? 嘘だろ?
「一回目の話し合いの時は梨の礫でな、二回目でようやく条件付きで承諾をもらったんだ」
「条件?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔というのはきっと今の俺のような事をいうんだろう。
なんだ条件って?
家庭教師をやること? だがこれは許嫁になった上で接点を増やすという意味合いが大きそうなので『許嫁に反対している側』の条件としては成立しないだろう。
ならば、「一年だけ許嫁になる」という期限の方か? これなら納得はできるが、しかしあれはあの場で一色の反対を退けるための条件のようにも思える。
何か聞き逃している事があったか? 思い出せ、思い出すのだ八幡。この関係を終わらせるカードを手に入れるチャンスだ。
「なんだ、聞いてないのか? ……失敗したな、この話は忘れてくれ」
「いや、そこまで言ったら言ってくれよ、なんだよ条件って、気になるだろ」
おっさんが話を終わらせようとしたので俺は慌てて言葉を繋ぐ。
だが、このおっさんにしては珍しく「あー」だの「うー」だのと言葉を濁そうとしているようだった。
チラチラと俺の方を見ては、俺がなにか言葉を発するのを待っている。しかし俺としてもここは譲れない。
俺はじっとおっさんの横顔を見つめ、おっさんは気まずそうに前を見て運転をする。
時間にしてみればほんの一分程の沈黙の後、おっさんは観念したように。口を開いた。
「はぁ……小町ちゃんの条件は“他に本気で好きな相手ができたら許嫁を解消する事”だ」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
本気で好きな相手ができたら?
つまり俺が今ここで、適当に誰かの事を好きだと言えばそこでこの関係は終了するということか?
「あ、当然、そこら辺の適当な相手は認めんぞ? 儂を納得させるぐらいの相手ならという意味だ、もしそういう相手が出来たらちゃんと連れてこいよ?」
珍しくおっさんが焦ったように、早口で捲し立てる。
それはあれか、俺にはどうせそんな相手用意できっこないだろうプギャーみたいな事だろうか? 大正解だよ、くそっ。
唯一見えていた出口が塞がれていくのがわかる。
「なんでもな『お兄ちゃんにはしっかりした相手じゃないと駄目』なんだと、兄思いのいい妹じゃねぇか」
いい妹……なのだろうか?
完全に俺の退路を断ってくる辺り、割と楽しんでいるようにも思えるのだが……。
そもそもしっかりした相手ってなんだろう。俺にはよくわからない。
俺がそういった相手に求めるのはそんな曖昧な言葉じゃなくて、もっと……こう……。
「知ってたか? 小町ちゃんなぁ、お前の話をする時、そりゃもう自慢気に話すんだ。お前の失敗談なんかも含めて、楽しそうにな。前に一緒に焼肉食いに行った時も、ずっとお前の話をしてたんだぞ?」
俺の話? なんだろう、そもそも俺の話をする小町というのが想像できない。というか、それは、共通の話題が俺しかなかったというだけではないのか? 失敗談とかいう時点で碌でもない話な気もする。
「まぁ、儂が色々聞いたっていうのもあるんだがな。昔、家出した小町ちゃんを迎えに行ったんだって? 『小さい頃はいつでもお兄ちゃんがいてくれた』って嬉しそうに話してたぞ」
それは俺が高校に入るよりもっと前の話だ。
両親が共働きで必然的に家には子供だけが残る。中学にもあがれば小学校に通う小町との帰宅時間がずれるのは当たり前になり、小町は一人家で留守番という事も多くなった。
それに不満を持ったのか、ある日家に帰ると、書き置きが一枚。あの時は慌てて探しに行ったなぁ。まあ割とすぐ見つかったが。
それからというもの俺もできるだけ早く家に帰るようになった。
小町が家に帰ってきた時、一人にならないように。
……といえば聞こえはいいが、実は単に俺が他に予定がなかったからというのが大きい。
あの時の俺は小町を口実にしたのだ。誰かと放課後を過ごすでもない俺にとって、家にいれば小町が帰ってくるという環境はとても楽だった。
「ただな、同時に申し訳なかったとも言っていた……」
「は? それってどういう……?」
おっさんが何を言っているのか全く分からなかった。
そう、あの時の家に早く帰ったのは俺のためでもあって、小町のためだけに存在したわけじゃない。小町が申し訳なく思う必要なんてないはずだ。
ならば一体何を申し訳なく思う必要があるのだろう。それともそれは別の話なのか? 正直見当がつかない。
「少し喋りすぎたな、これ以上は儂の口からは言えんが。ただ、下の子には下の子なりの苦労ってのがあるもんだ。小町ちゃん、大事にしてやれ? 時には見守るのも優しさだぞ?」
見守る……。見守れていなかったのだろうか。俺にはよく分からない。
小町には何か不満があるのか? いや、まぁ俺に対する不満は沢山ありそうだが……。
小さい頃の記憶をたどり、小町のことを思い浮かべる、泣いている小町、怒っている小町、笑っている小町。
なんだか無性に小町と話をしたくなった。こういうのをシスコンというのだろうか。
でも俺がそんな事を言っても、きっと小町は嫌そうな顔をして「熱でもあるの?」とか言うのだろうな。
「というわけで、小町ちゃんに合いそうな男、探さないとな」
「いや、それ見守ってねーだろ。さっきまでの話台無しじゃねーか」
「見守ってるさ、儂なりにな」と真面目な空気を吹き飛ばすように、おっさんは大きな口で笑う。
本当ならもう少し追求すべきなのかもしれないが、これで話は終わりだと空気が語っていたので。
その雰囲気に俺も乗る事にした。
助手席の背もたれに思い切り体を預け、ふぅと息を吐く。
あ、この車ドラレコついてるじゃん。今の会話とかも全部録画されてたりするんだろうか?
悪用されませんように。
「……っていうか、その解消条件なら一色にも当てはまるんじゃねぇの?」
一色に好きな人が出来たら許嫁は終了。
そう一色に伝えたほうが、今の状況も円滑にすすむのではなかろうか。
実際今の一色にそういう相手がいるのかどうかは分からないが、俺よりは確率が高そうだ、悲しいことにな。
なぜなら現状俺のスマホに連絡先が入っている異性というのは一色家を除けば、小町とお袋ぐらいしかいないのである。ちくしょう。
「その心配はない」
だがおっさんは自信満々に俺の言葉を否定した。
「いろはが男を連れてきても、お前以外だったら儂が認めないからな」
不思議そうな顔をする俺に。おっさんはそう言ってニヤリと笑う。なにその笑顔怖い。
既に何人か殺った的な笑い方だ。
いや、マジでこのおっさんの中の俺のイメージどうなってんの? さっき俺のことを過小評価してたとか言われたが、評価が高すぎるにも程がある、持ち上げられすぎて逆に降りるのが怖い高さまでいってない? マジ勘弁してほしい、俺は一介の高校生だ。そこまでして俺を一色とくっつけようとする意味がわからない。
そのうち逆恨みで一色のファンとかから刺されたりしないかしら?
しかし、同時に思う。
きっと一色に本当に好きな奴とやらが出来て、その本気がおっさんに伝われば、おっさんは俺に「スマン」と一言頭を下げ、場合によっては土下座をしてでも許嫁の解消を頼みに来るのだろうと。その情景は容易に想像がついた。
まだそれほど長い付き合いというわけではないが、このおっさんは独裁者のようにみえて、本当に一色のためにならないことはやらない人だ。それだけは確かに確信を持って言えた。
まあ土下座なんてされなくても、用が済んだら関わらないつもりだが……。
そういった事を今ここで言っても納得はしてもらえなそうなので、俺は口から出かけたその言葉を黙って飲み込み、別の言葉を吐き出した。
「なら、俺も小町に許嫁なんて認めない」
そう言うと、おっさんは一瞬驚いた顔をして、その後今日何度目かの大笑いをした。
*
それから、おっさんは昔の一色や、ラノベの話をしながら、車を走らせた。
途中でガソリンスタンドに寄ったり、こんな立地で本当に客がくるんだろうか? と思う広い駐車場のあるコンビニで飲み物を買ったり、見たこともない海岸沿いも走ったりをしたが、未だに目的地は教えてもらえていない、一体どこに向かっているのだろう?
そんな疑問を何度か口にしながら車に揺られ、すっかり日も落ちきった頃、車が止まった。
「さて、着いたぞ」
そこは駐車場。そして眼の前には地元では決してお目にかかれない看板。
一瞬、こんだけ走ってファミレスか? と少しだけがっかりしながらその看板を見上げた。
だがそこには大きな文字で知っている漢字が三文字書かれていた。
「蛇々……庵……?」
それは以前、小町がおっさんに連れてきてもらったと言っていた高級焼肉店の名前だった。
来たことはないのにテレビや雑誌で紹介されるので、名前と外観だけは何故か知っている。幻の蛇々庵。それが今まさに俺の眼の前に……!
夢……? え? 今日の家庭教師は?
「お前の初給料と、そろそろ許嫁一ヶ月記念を祝してな」
一ヶ月記念とか付き合いたての面倒くさい彼女みたいな事を言い出した。なんだろう、このおっさんは意外とそういう所があるんだろうか。
だが、今はそんな事はどうでも良かった。
幻の焼肉店が俺の目の前にあるのだ。あ、でも手持ちで足りるかしら?
俺は手早く財布の中身を確認する。
一人前いくらぐらいなんだろうか、ワンコインのメニューとかがあればいいが……最悪バイト代が全部吹き飛ぶかも知れない。
「何を金の心配してんだ? 心配するな、お前に払って貰おうなんて思ってねーよ。奢りだ」
「ま、まじすか!?」
思わず体育会系みたいな返事をしてしまった。
だが奢り……いいんだろうか? そういえば先週も一色に奢ってもらったんだよな……後輩に奢って貰うのがどうとか考えるのはこの際無しとして、一色家は人に奢りたがる一族なのかもしれない。
俺はゆっくりと助手席のドアを開け、車の外へと出る。
雨はまだ少し降っていたが、この程度なら傘をさす必要もなさそうだ。
何よりこのまま屋内で焼肉だしな。
おっと、ヨダレが……。
「あー、センパイ! お爺ちゃんも遅いー!」
「一色?」
声のした方を見ると。
そこには一色ファミリーが全員集合していた。
いろはす夫妻の後ろには楓さんもいる。前方の一色、後方の一色(おっさん)だ。完全に挟まれている。明らかに俺がここにいる事に場違い感があるな。これがオセロだったら俺も一色になっていたかもしれない。
「ま、とりあえず今日は一ヶ月お疲れさんってことでな、パーッと行こう」
おっさんは俺の後ろに立つと、俺の背中を押してくる。
こうやって並ぶとやっぱおっさんでかいな……。何食ったらこんなにでかく……肉か……。
「ほらあなた、やっぱりこんなに遅くなって! だから皆で来たほうが良いって行ったじゃないですか」
「はは、すまんすまん、色々寄り道しててな」
だが、そのおっさんは、到着早々楓さんから怒られていた。
少しだけ大きく見えたおっさんが今ではとても小さく見える。
この二人、力関係はやっぱり楓さんが上なんだろうか。
「センパイ……? どうかしました? もしかして焼肉苦手です?」
「いや、肉は好きだぞ、肉は」
「健康の為にも野菜をいっぱい食べたほうがいいですよ? お肉は私が処理しますんで」
あざと一色さんが、ウインクを決めながらそんな事を言ってくる。
「ありがとう! じゃあお言葉に甘えて」と返すとでも思っているのだろうか? 焼肉にそんな優しさはいらない。
「ほら、予約の時間があるんだから、早く入りましょう」
もみじさんにそう促され、俺たちはやっと駐車場を後にする。
小町に自慢話をされてからというもの、夢にまで見た蛇々庵が今俺の目の前に……。
俺は、柄にもなく心を踊らせ、田舎者のように店内をキョロキョロと見回した。
一体どんな肉が振る舞われるのだろう。期待に胸が膨らむ。
「あ、ちなみにうちのお爺ちゃん焼肉奉行で順番とか焼き方とか色々煩いんで、覚悟してくださいね?」
「えぇ……マジで?」
なんだかすごく気分の下がる事を言われた気がする。
焼肉奉行ってなんだよ……。やっぱり高級店だからか? お奉行様に頼らないといけないシステムが残ってるの?
第一焼肉の順番ってなんだよ……。好きに食っていいんじゃないのかよ……。
そういえば、焼肉のタレを白飯にバウンドさせるのはマナー違反とかいうのも聞いたことあるな。そういう厳しさだろうか?
高級焼肉。俺、楽しめるのかしら?
そんな一抹の不安を残しながら、俺は一色と並び店内へと入っていった。
というわけで後編でした。
目的地がどこなのか、前半時点で分かっていた方もいたかと思いますが。
皆さんの予想はいかがだったでしょうか?
ヒロイン成分が大分少ないですがこの作品は八色です……w