やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
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焼肉の匂いを充満させながら帰宅した日の翌朝。
俺は小町の部屋の前に立っていた。
別に疚しい事をしているわけではない。
ただ昨日おっさんから話を聞いて。小町に何かを言わなければいけないのではないか、そんな衝動に駆られついここまで来てしまったのだ。
だが、ドアをノックする手の形のまま早五分。俺は動けないでいる。
小町が昔の事で俺に対して何かを感じているのか、もしそうだとしたら俺に何かしてやれるのか。あるとすれば一体どう切り出せばいいのだろう。
俺はそこそこ回転の早い頭をフル稼働させ、何度も何度も脳内でシミュレーションを繰り返した。だが一向に答えは出ないまま時間が過ぎていく……。
ここは一度戦術的撤退を図るべきか。そう思った瞬間、スマホが鳴った。
くっ、誰だこんな時に……って一色か。すまんが後にしてくれ……。
「お兄ちゃん……? 何してるの?」
ドアノブが回ったのに気がついた時には、もうすでに遅かった。
しまった、逃げ遅れた。
スマホの音に気がついたのか、それとも部屋の前にいた俺の不穏な気配を察知したのか、小町が開いたドアから顔だけを覗かせる。
右手はドアをノックする形で、左手にスマホを持つ姿勢のまま固まる俺はさぞや滑稽であろう。
でもいきなり自分のスマホで写真を撮ろうとするのはやめて欲しい。
証拠保全は大事だが。そこまで警戒されるとお兄ちゃんちょっと凹む。
「あー……その……なんだ。この間借りた金、返そうと思ってな」
「あ! そうだよ! 小町も金欠だったんだからね! 早く返して!」
とっさに思いついた言い訳だったが、金の話と聞いて、小町は勢いよく部屋から飛び出し、俺に詰め寄ってきた。
文字通り、現金な奴だ。
俺はスマホをしまい、尻ポケットから財布を取り出すと、その中から昨日貰ったばかりのキレイな千円札を三枚小町に渡した。
「はい、確かに……ってお兄ちゃん凄いお金入ってるじゃん……え? まさかとうとう犯罪を……?」
「ちげーよ、バイト代が入ったんだよ」
めざとく、俺の財布の中を物色する小町に俺がそう言うと小町は「ふーん……」と一瞬興味なさげに答えたと思ったら、にこりと邪悪な笑みを浮かべる。
そして次の瞬間には俺の腕に巻き付いてきた。
なんだろう、何かは分からないが、ろくでもない事を思いついたに違いない、だが引き剥がせない。その様子はまるで巨大な蛇に巻き付かれたようだ。絶対に離さないという強固な意思がそこには感じられる。
「離せよ」というと、小町は肩越しに俺を見上げる、媚びた表情でパチパチと大げさに瞬きをして、こう言った。
「お兄ちゃん、小町とデートしよ?」
くそっ。可愛いなコイツ。
*
「ケーキ買うんじゃなかったの?」
小町曰く「初めてのお給料が入ったらケーキを買って家族サービスをするもの」なのだそうだ。
まあ初給料で親孝行というか、家族にプレゼントをするという話は聞いたことが無いわけではないし、ケーキならそれほど高額な買い物でもない。ちょうどいいタイミングなので入院した時とか、以前のコンビニ飯の件も込みで、親孝行をするのも良いかと家を出たまではよかったのだが。
何故か今俺たちは電車に乗り、大手のショッピングモールまできている。
「コンビニで良かったんじゃないの……?」
「あのね、お兄ちゃん? コンビニはケーキ屋さんじゃないの、ケーキ屋さんはケーキ屋さんなの」
最近はコンビニのケーキも馬鹿に出来ないと思うんだがなぁ。
だが、小町はそれでは納得してくれないようだ。人差し指をたて、俺にコンコンとケーキのなんたるかを語ってくる。
まぁ、ここまで来てしまったのだから仕方がないか、さっさと小町の目当てのケーキ屋とやらに行って帰ろう。そう考えながら小町に続き、俺はモール内を歩いていった。
休日の午前中だがそこまで人は多くない、エレベーターで四階まであがり、小町に引っ張られるままサマーセールと書かれた店に入る。
「はい、とりあえずお兄ちゃんコレとコレ試着してみて」
「いや、ケーキは?」
そこはあまり耳馴染みのない店名のメンズアパレルショップだった。
入り口にはハットを被った小綺麗なマネキンとストールを巻いたオシャレ上級者なマネキンが左右から俺の侵入を拒んでいる。まるで阿吽像だ。
なんだ? やんのかコラ。動かない奴相手ならいくらでもやってやんぞ。
阿吽像を睨みつける俺に後ろに控える店員もタジタジだ。
「ケーキなんて先に買ったら駄目になっちゃうでしょ? 折角バイト代入ったんだから、ちょっと服も見ていこうよ。お兄ちゃんの服ヨレヨレだよ?」
「ええ……いいよ別に……」
服を買うにしても、もっと俺に合う店があるだろう、ウニグロとか今村とか……。
ここはどう考えても俺が普段着るような服が置いてあるタイプの店ではない。
騒がしく店内に入る俺たちの周囲をオシャレな店員が警戒しながらウロウロと歩き始め『商品を手にとったなら即座に話しかけてやるから覚悟しろよ』というオーラを放ってくる。
いや、買いませんのでお気遣いなく。
「とりあえず見るだけ、見るだけだから!」
小町はそう言うと俺をどんどん店の奥へと引っ張り込み、楽しそうに俺に服を当て始めた。
やがて、予想通りに店員が近寄ってきて、あーでもないこーでもないと小町と会話を始める。何この子、コミュ力高……っ! ちょっと前までは俺の陰に隠れていた人見知りする子だったのに……小町ちゃん……大きくなったのね……。
だが、そんな俺はというと、喋る間も与えられず、黙って小町と店員の波状攻撃を受けている。
小町とお買い物にきたよ! 今日のジョブはこれ! 「マネキン」!
とでも呟けば慰みでいいねの一つでも貰えるだろうか、呟くタイプのSNSやってないけど。
いや、チョット待って? そのジャケットの値札おかしくない? そんな高いの買えるわけ無いでしょ? どこのプレミアグッズだよ。絶対買わないからな?
はぁ……帰りたい。
**
「はぁ……小町、一生の不覚だよ……」
あれから、数件の店を連れ回された後、昼時になったので近くのフードコートで食事を取る事にしたのだが。二人分のハンバーガーセットを載せたトレーを運び、席につくなり小町が大きくため息を付いた。
「いや、別に今まで問題なかったんだからいいだろ?」
「問題大有りだよ! あー、いろはさんに変な人だって思われてたらどうしよう……」
事の発端は直前に入った店で小町がトートバッグを持ってきた所から始まった。
「……そういえばお兄ちゃんバイトの時、勉強道具っていつもどうやって持っていってるの?」と言われ「手ぶらだけど?」と答えたのが余程お気に召さなかったらしい。小町は大きく目を見開き、ポカンと口を開けるとその場で固まってしまった。
一拍置いた後、店内で迷惑なまでにぎゃーぎゃーと喚く小町をなんとか宥め、現在に至る。
「だって仮にも家庭教師だよ? 筆記用具とか必要でしょ?」
「まぁ、必要になったら一色に借りればいいし、今の所そんなに必要だと思ってないしなぁ」
「必要だよ! 生徒に筆記具借りながら勉強教える先生なんて聞いたこと無いよ!」
そうだろうか? たまに「ちょっと貸してみろ」とシャーペンを借りる教師は学校にもいたと思うが……よく考えれば、確かに完全に手ぶらな教師というのはいなかった気もする。教科書は当然持っているとして、後は最低でも胸ポケットにボールペンとか入れてるイメージだな。
じゃあ次回からはボールペンぐらいは持っていこう。うん。
「まぁ……今の所は問題ないからいいだろ」
「駄目だよ、いろはさんに悪いし。ご飯終わったらまずカバン見に行くからね」
そう言いながら小町は山盛りポテトをつまんだ。
その振動でポテトの山が少しだけ崩れる。
棒崩しだったら俺の勝ちだ。あれ? 棒倒しだったっけ? それは大人数でやる競技だっけか。まあ地域差とかもあるだろうし名前にこだわる必要はないだろう。どっちも勝利条件は同じだ。あれ? それも違うんだったか。
「っていうか、『いろはさん、いろはさん』って、なんでそんな一色の事好きなの? 直接会ったことは無いんだよな?」
そう、会ったことは無いはずなのだ。
とはいえ、もし、こいつが一色と会っていれば、もっと色々酷いことになる気もしている。
なんといったらいいか……そう、波長のようなものが合うんじゃないかと思っているのだが、それ故に二人が出会ってしまうことを俺は恐れてもいるのだ。
きっと、家でもバイト先でも俺のあれやこれやが筒抜けになって、何かあれば二人に攻められ、俺の憩いの場がなくなる。そんな予感がする。
だが、その問が口からでた瞬間、俺は今の今まで忘れかけていた昨日のおっさんとの会話を思い出し、次の言葉を発していた。
「小町は俺と一色が許嫁になるの反対だったんだろ?」
「……え?」
小町が一瞬ビクリと体を震わせ、もう一本ポテトを摘もうした手を止める。
わかりやすく動揺したなコイツ。
「え、えー……? そんな事ないよ? お兄ちゃんが一色さんと結婚したら小町のお義姉ちゃんになるってことだし? 仲良くしたいなーとは思ってるけど、反対なんてするわけ……」
「昨日おっさんから聞いたぞ、許嫁の話『好きなやつが出来たら解消』って条件でOKだしたんだって?」
小町の言葉を遮り、俺が昨日聞いたことを喋ると、小町は観念したように溜息を付いた。
「……縁継さん、それ話しちゃったんだ……?」
つい数分前までの楽しそうな表情は消え、小町はまるで叱られるのを恐れる子供のように目線を落とし、ゆっくりと口を開く。
「うーん……なんていうかな。別にお兄ちゃんに許嫁ができるのが嫌だ! とかお兄ちゃんを奪られるのが嫌だ! とかそういうんじゃないんだよ? ほら……親同士の決めた結婚とか、政略結婚とかってドラマとかでもいいイメージないじゃん? だからなんとなく嫌だなぁって思ったっていうか……」
小町が足をブラブラさせながら、ぽつりぽつりと語り始めるのを見て、俺は買っておいたコーヒーを一口、口に含み喉を潤す。う……やっぱマッカンにしておけば良かった。あんまり美味くない。
しかしそうか『お兄ちゃんを奪られるのが嫌』とかじゃないのか、ちょっとだけ期待していたのが残念だ。
まぁ確かに昨今の許嫁という言葉にそれほどいいイメージはないな。ラノベなんかでヒロインに許嫁がいる場合は大抵が主人公の当て馬だ。
ヒロインが主人公の元を離れて許嫁と結婚してバッドエンド。なんていうのも見かける。
俺もそのうち誰かと一色を取り合ってバトルを繰り広げるのだろうか。嫌だなぁ、普通に身を引くから変な事に巻き込まないで放っておいて欲しい。
「だからさ、縁継さんの話を聞いた時、お兄ちゃんが可哀想じゃないかなぁって、なんとなく反対しちゃったんだよね」
可哀想だと思うなら、ずっと反対していてくれても良かったのに。
まぁ、とりあえず話はわかった、
「なるほど、つまりツンデレか」
「ツンデレじゃなーいー! ほら、お兄ちゃんにとっては彼女ができる千載一遇のチャンスかもしれないわけじゃん? だからそういう貴重なチャンスを小町が潰しちゃうのも良くないと思ったから、どこかで折れるつもりではいたんだよ」
俺の軽口に、んべっ、と舌をだした小町は、早口でそうまくしたてると買ってきたメロンソーダを一口含み、再び真面目な顔に戻った。
「お兄ちゃんだって別に彼女が欲しくないわけじゃないでしょ? 中学の時はちょっと痛い人ながらも女の子に興味持ってたし『俺、近いうちに彼女できるかもしれない』とか言って夜中に気持ち悪く笑ってた事もあったじゃん?」
ちょっと小町さん? なんて話をしてるの?
いや、まぁ確かに「あいつ俺の事好きなのかも」なんて勘違いをして盛大に盛り上がっていた時期もあったからなぁ……。あの頃の俺は若かった。ぜひとも忘れて頂きたい。
「で、実際の所どうなの?」
「どうって?」
「いろはさんだよ。仲良くやれてる?」
まるで初めて幼稚園に通う子供を心配するような顔で、小町が俺に問いかけてくる。
「別に、普通」
「普通……ね……」
小町は呆れたようにそう言うと、再びメロンソーダのストローを口を含み。今度はブクブクと空気を吹き込んだ。
こら、お行儀悪いからやめなさい。
「あー、小町もいろはさん会ってみたいなー」
「会わなくていい、お前絶対変な影響受けるだろ」
「えー、何それ?」
いや本当、絶対ろくな事にならないと思う……。
「小町お姉ちゃん欲しかったんだよね、お兄ちゃんはこんなだし?」
「こんなで悪かったな……」
そもそも姉が欲しいという件は俺に話すより親父とお袋にでも愚痴ってくれ。
その辺りに俺の裁量権は皆無だ。
だが、小町は俺の返答に「ふふっ」と笑うと、俺の口に一本、ポテトを放り込んできた。
「それでもね、十四年も一緒にいたらこんなお兄ちゃんでも愛着も湧くものですよ。あ、今の小町的にポイント高い」
「ま、十四年一緒にいればな」
そう言いながら、小町がもう一本俺の口の中にポテトを放り込んでくる。
「……小町は心配なんだよ、お兄ちゃんがどんなに捻くれた事を言っても、こういう人だって小町はわかってる。しょうがないなぁって思える。でも、他の人は違うよ? 全然意味分かんないし凄く面倒くさいと思う。もしいろはさんと喧嘩とかしたらすぐ小町に話してよね? ちゃぁんとどうやって謝ればいいかアドバイスしてあげるから」
何故俺が謝る側になる事が確定しているのか。
喧嘩の仲裁ならばこちらの言い分も聞いて欲しい。
だが反論ができない。なぜなら小町は俺の口にポテトを入れるのが楽しくなってきたのか、次々と俺の口にポテトを入れてきていて物理的に喋ることが困難になっているのだ。
や、やめ、やめろー!!
「んぐっ……ん……んっ……ま、まぁ……その……色々考えてくれた事に関しては、感謝しとく、ありがとな……」
「別にー、小町が勝手にしたことだし?」
なんとかそれ以上のポテトの侵入を手で防ぎ、コーヒーで流し込みながらそう答えると。
小町は、俺に聞こえるか聞こえないか、という声量でそう言って、再びポテトをつまみ、今度は自分の口へと運んだ。
どうやら『お兄ちゃんの口にポテトが何本入るかチャレンジ』は終わったようだ。助かった。
まぁ少々鬱陶しくはあるが、小町は小町なりに俺の事を考えてくれたという事なのだろう。
ほんの少し前まで俺の後ろをちょこちょこついて回りっていたこの妹も、いつの間にか成長していたという事だ。
まあやってる事はまだまだ子供のようだが……。
あー、死ぬかと思った。
「小町も、悩んでる事とか、俺に何か言いたい事があったら遠慮すんなよ? 一応お兄ちゃんだからな人生相談には乗るぞ」
それは昨日から俺の中でつっかえていた言葉。
過去、小町が一体何を思っていたのかは、わからない。
今このタイミングで言うことではないのかもしれない。
おっさんは「年下には年下なりに苦労がある」と言っていた、もしかしたら兄である俺だからこそ言えない事もあるのかもしれない。
あの日の夜、小町が言っていた言葉の意味も全てわかったとはいい難い。
だが、例えそれが俺のエゴだったとしても、それだけは伝えておきたい俺の本心だった。
まああまり面倒くさいのは勘弁してほしいが……。
多少のワガママを聞く度量はあるつもりだ。今までも、そしてこれからも。
「お兄ちゃんが何でも解決してくれるってこと?」
「俺になんとか出来る範囲で、なおかつ時間的余裕がある時ならな」
つい、怖気づいて予防線を張ってしまう、俺の悪い癖だな。
いや、しかし今の世の中「なんでも」なんて言ったら「今なんでもっていったよね?」と容赦なく攻められる事もある。予防線大事。
「何それ……、凄く範囲狭い気がするけど」
小町は俺の言葉を聞いて呆れたように息を吐く。
「でも、ありがとね」
だが、次の瞬間には、穏やかな笑顔を浮かべていた。
どうやら俺の気持ちは伝わったようだ。
「小町も、お兄ちゃんみたいに誰かに認めて貰えるようになりたいな」
最後の言葉は、俺に向けて、というよりは。独り言のような言い方だった。
一体俺がいつ誰に認めてもらったというのか。
どうせまたおっさんに何か変なことを吹き込まれたんだろう。
思いっきり突っ込んでやりたいという衝動に駆られたが、小町の志を否定するのも何か違う気がして、俺は喉元まででかかった言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「さ、辛気臭いからこの話おしまい! 食べよ食べよ、午後もいっぱい回るんだから覚悟しといてよね、お兄ちゃん」
もう帰りたいという気持ちは大きいが仕方ない。
俺は覚悟を決め、すぅっと息を吸う。
「……まあ久しぶりに遊んでくか。じゃあさっさと食うぞ、今日はお兄様の奢りなんだ、残さず食えよ?」
「うえー、偉そうだなぁこの人。……でも、ありがたく頂きます」
「ははー」とハンバーガーを掲げ、頭を下げる小町に俺は「苦しゅうない」とふんぞり返る。
次に目があった時、俺達はどちらからともなく笑い始め、すっかり冷めてしまった残りのハンバーガーにかぶりついたのだった。
兄妹シリアス回(多分)
今回の話は本当自分でも色々あった回なのでよかったら活動報告の愚痴も読んでやってください……。
あと、これから数話は繋ぎ回(?)です……。
物語が動くまでもうしばらくお待ち下さい。
あ、古戦場がまたやってきますね……(震え
ところで今更なんですが
タグ表記方法って「八色」じゃなくて「八いろ」なんですかね?
誤字報告、感想、評価、メッセージいつでもお待ちしています。