やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
古戦場!古戦場ですよー!
古戦場始まってますよー!
(2019/09/19~26)
走ってたら投稿忘れてたなんていえない……。
その日、いつものように一色の家へバイトに行くと、そこにはお喋りモード全開の一色がスタンバっていた。
「先週はごちそうさまでした」から始まり、例の店で撮った写真をプリントアウトしたものを見せてくる。
映っているのは楽しそうな女子二人に囲まれる半目の俺とブツブツドリンク。これが“映える”らしい。よくわからん。
それを見たもみじさんが「私も八幡くんの写真欲しい!」とスマホを取りに戻った所で、俺達は一色の部屋へと避難した。
──が、無駄だった。
あの日以来、一色と小町は大分親しくなったらしく、毎日のようにLIKEでメッセージをやり取りしているようだ。
今では家にいても小町経由で「いろはさんがどうしたこうした」という情報が入ってくる。
深夜遅くまで小町の部屋から電話の声が漏れ聞こえてきた時には「相手は受験生なんだから、あんまり付き合わせるなよ」と思わず注意をした事もあった。
やはりこの二人は会わせない方がお互いのためだったのではないだろうか?
しかもほら、今は俺の目の前で一色が「小町ちゃん可愛いですよねー」とか言ってくるんだけど? 釈迦に説法って知ってる?
小町が可愛い事なんて俺が一番よく分かってますけど?
受験に「小町」という科目があるのであれば、ここで全力で講義をしてやりたいところだが、残念ながら、高校入試には実装されていないという現実を理解して欲しい。
俺だって去年、試験にプリキュアの項目がないのはおかしいと思ったさ。
だが無いものは無い。だから……この話はここでお終いなんだ。
「っていうか……そろそろ模試とか考えてんの?」
もみじさんが写真撮影を終え満足気に退出したところで、やっと机に向かわせる事には成功したが、教科書とノートを開いたというのに、相変わらず「小町ちゃん小町ちゃん」とどうにも集中しきれていない雰囲気の一色に、俺は話を切り上げる意味もこめて、ふとした疑問を投げかけてみた。
親しくなることを否定はしないが、このままでは俺の存在意義が二人を繋ぐパイプでしかなくなってしまう。ここらで家庭教師としての威厳を復活させなければ。
先日の中間の結果を見て、俺自身反省……とまではいかないまでも、それなりに考える事もあったし。バイト代もきちんと出た以上、今はこれが俺の仕事だという自覚も以前よりある。この辺りで打てる手は打っておきたい。
そう考えての発言だったが、我ながら良い切り口だったようにも思う。
実際、受験生ならそろそろ考える時期だろうし、なんなら既に受けたという奴がいてもおかしくない頃だ。
その辺り、実際どう考えてるのだろう?
「いえ、全く。行かないと駄目ですか?」
だが、一色からの返事は予想通りというかなんというか、おざなりなものだった。
ずっと思っていた事なのだが。
どうにもこいつは受験を舐めている節がある、それなりに地頭がよいのも原因だろう、塾などに行かずとも平均以上の成績をキープしてきたことが自信になっているのか、危機感が足りない。
『今がダメでも次がある』とでも思っているのだろうか?
普段の中間や、期末ならそれで問題はないのだろうが、俺が家庭教師である以上、万が一にでも受験に失敗という事になれば、それこそ何を言われるかわかったものではない。大げさではなく高校受験は一生に関わる問題であり、おいそれと責任を取れるものでもないのだ。
まあ俺が教師としては素人であることは何度も確認済みなので責任を問われても困るのだが……。
「行かなきゃ駄目ってことはないが、行っておいたほうがメリットは多いな」
「例えば?」
「まず、合否の可能性が目に見える形で出てくる」
実際一色の実力で、現状どの程度通用するのか知っておきたい。
一色の学校の担任の言葉を信じたいが、中間の惨敗を見ているので楽観はしたくない。なんなら俺の独自評価ではちょっとマイナスに寄っている。
ここらで模試の結果を見て、今のまま一色のペースに合わせるか。もう少し厳しく行くか、判断しても良いだろう。
「目に見えるって、A判定とか言うやつですか?」
「まあそうだな。Aを取れるかどうかは知らんけど。あとは本番で緊張しないように練習、という意味もある」
これも意外と大事だ。
中間の件も考えると、意外とメンタル弱い部分もありそうだし、会場で受けて損をするという事はないだろう。
模試段階なら失敗してもリスクはないのだ。
「へー……。そういえば通信のやつにも似たようなのがありましたね……あ! 学校でも模試の申し込み用紙何通か配ってました」
一色は、わかりやすく人差し指を立てて「思い出しました」というジェスチャーをして、ゴソゴソと引出しからクリアファイルを取り出しその中から何枚かの用紙を俺に渡す。
日程は……七月開催のものはいくつか申込締切が過ぎているな……。お、去年俺が受けた所のがある。ここならまだ受けられそうだ。開催は八月だし、これから後二ヶ月もあると考えれば勉強へのモチベーションにも繋がるだろう。
「ここなら俺も受けたし、そこそこ評判良いぞ、とりあえず行ってみたらいいんじゃないか?」
俺はそう言って一色に有名塾の名前が書いてある申込用紙を返した。
ちなみに回し者ではないので、俺が紹介したところでマージンは入ってこない。
評判が良かったのは本当だし、問題の質も良かった、ただそれだけだ。
「でもお金かかるんですよね?」
「まあタダじゃないわな」
実際この申込用紙にも申込費用が記入されている。
あれ? でも模試ってこんなにするんだったか……四千円か意外と高いな。
普段何気なく受けている学校のテストがありがたく感じる値段だ。
去年は確か数回受けたと思うが、どうやって捻出したんだったか……。
損する場所あったわ……。
「……ママに相談してきます」
「あいよ」
一色は一瞬悩んだあと、そう言って模試の申込用紙を眺めながら、フラフラと部屋を出ていった。
どうやら親に頼む算段らしい。ほら、ちゃんと前見ないと危ないぞ。
小町の友人ポジションを身に着けたのもあってか、なんだか妹がもう一人出来たんじゃないかという気分になる事が多くなっているな。距離感を間違えないようにしなければ……。
俺はそんな事を考えながら一人残された部屋を見回す。
なんだかんだここに来て一ヶ月、この部屋にも随分慣れたものだ。
最初の頃は女子の部屋というだけで、少し緊張もしたものだが、今となっては勝手知ったるなんとやら。棚の本を手に取る余裕すらある。
お、これ小町も読みたいって言ってた少女漫画だな。
ちょっとだけ読んでネタバレしてやろうか……。
そう思い本棚を見回していると、ふと机の上の棚にある通信教育講座の教材に目が止まった。俺は手に取っていた少女漫画を棚に戻し、今度はその教材の一冊をペラペラと捲る。
表紙には七月号と書かれているので、恐らく今月届いたものなのだろう。
ならば、今後はこれを授業の教材にするのも良いか。
そう思っていたのだが……予想とは裏腹に、その中身のほとんどは既に埋められていた。
自分で正誤チェックも済んでいるようで、赤ペンやマーカーでぎっちりと書き込みもされている。
あいつ……、一人の時は割と真面目にやってるのか……?
そうなってくると話が変わってくる。
そもそも俺ってなんなんだ?
毎週ココに来て、適当にだべって、少し勉強を見て、金をもらっている事が果たして一色にとってプラスなのか?
邪魔をしているだけという可能性もあるのではないだろうか?
ん? ということは成績下がったのやっぱ俺のせいなの……?
「センパイ? 何勝手に見てるんですか? 女の子の部屋の物いじるとか普通に引かれますよ?」
自問している所に突然声をかけられ、俺は思わず、教材を床に落としてしまった。
振り返ると、帰ってきた一色がジト目でこちらを睨んでいる。怖い。
イヤ、ナニモシテマセンヨ?
「お、おう。早かったな。いや、コレどれ位やってるのかと思ってな、スマン……」
「まぁそれぐらいなら別にいいですけどね……とりあえず、模試OKだそうです」
俺が教材を拾い、棚に戻しながらそう答えると、一色はそう言って右手で丸のジェスチャーを作り、俺に見せながら机に戻ってきた。
どうやら金銭面の問題はクリア出来たようだ。
「なら、しばらくはそこを目標にするか」
「はーい」
あざとく片手をあげ『わかりました』アピールをしながら、一色は再び模試の用紙へ目を落とすと。必要事項を記入し始めた。
いや、それは別に俺が帰ったあとにしてくれても良いんですよ?
「これってA判定がでたら百パー合格なんですか?」
「百パーなんてでねーよ……そもそも、そういう確率とはちょっと違うんだが……」
模試で百パーセントなんていう結果を出してしまったら。それ以降勉強しないで慢心するやつも増えそうだし。落ちた時訴訟ものだろう。
誰だって他人に対して責任なんて負いたくない。
俺も負いたくない。
「模試の種類にもよるんだが、A判定で八十パーセント以上、B判定で六十五パーセント以上、C判定で五十パーセント以上とか言われてるな」
あくまで一例だが。そんな話を去年聞いた気がする。
「AとBで大分差がつくんだ……。でもCでも半分以上なら結構安心ですね」
「おいおい、よく考えてみろ。武器強化成功率五十パーセントで挑む奴なんていないだろ? 無謀にも程があるぞ」
素材ロスト系の武器強化施設で、成功率五十パーセントなんて怖くて手がだせない。やるなら成功率アップアイテムが必須だろう。
これが命中率だったとしても信用してはいけない数字だ。
味方の攻撃命中率五十パーセントは外れるが、敵の攻撃命中率五十パーセントは当たると見ていたほうが良い。精神コマンドでの底上げ大事。
ソースは俺。
「えっと……何を言ってるかはよくわかりませんけど。じゃぁ……もしC判定以下だったらどうなるんですか……?」
あれ? かなり分かりやすく例えたつもりだったんだけど伝わってない?
これがジェネレーションギャップという奴だろうか。
小町には通じるのにおかしいな、地域差かもしれない。
そうか、千葉県民にしか伝わらないのか……。ってここも千葉じゃねーか。
「まぁ……その時は勉強の時間を増やすなり、やり方を変えるなりするとか。最悪志望校のランクを下げる事も考えたほうがいいかもな」
「……結構シビアなんですね」
そもそも受験というシステムがシビアな世界だ。必ずしも行きたい高校に行けるわけではないのだからな。これで一色も現実がクソゲーだと分かってくれただろうか?
それでも一色と俺の難易度が同じだとは思いたくないが……。
とはいえ少し脅しすぎたかもしれない。
申込用紙を見つめる一色の表情はいつになく真剣だ。
気負いすぎて逆に失敗なんて事にならなければいいが……。
まぁ、模試だし。そういう事も含めての経験か。
とりあえずこれで二ヶ月モチベーションを稼げれば良いだろう。
実際どうなるかはわからないが、そこで良い判定が出れば一色の心にも余裕が出来るというものだ。
良い結果がでたからと、その後慢心されても困るのだが……。
「じゃあA判定以外はダメって事ですか?」
「そこまで厳しく言うつもりはないが、出来ればBぐらいだと安心する。具体的に俺が」
まだ本番まで半年ある、これが冬ならともかく、夏の模試ならC判定以上ならギリギリ許容範囲という所だとは思うが。まあ最初から目標を低く持っても意味はないし、俺の心の平穏のためにもBはとってほしい所である。
「センパイを安心させる為なんですか……なんかやる気あんま出ないですね」
「基本的には自分のためだよ。忘れてるかもしれないが、俺家庭教師なんてやったことないんだぞ? 場合によっては別の家庭教師雇うなり、塾通うなりってこともあるんだ、やる気出せ」
しかし、俺がそう言うと、一色は「え?」と素っ頓狂な声を上げた。素っ頓狂って今日び聞かねぇな。
「結果悪かったらカテキョやめるつもりなんですか?」
「結果次第ではそういう事にもなるだろうな。……っていうかさっきそこの教材見せてもらったけど……もしかして一人の方が捗るタイプだったりする?」
やめてくれるなら喜んで悪い結果を出す。という意味じゃないことを信じたいが、実際一人じゃないと勉強ができないというタイプもいる。
あの教材がいつ届いたのかは分からないが、すでに終わらせてあるという時点でそれなりの勉強時間を俺の家庭教師の時間とは別に確保しているという事になる。
家庭教師の時間でだらけて、それ以外の時間に学習をするというのであれば本末転倒も良い所だ。
今すぐにでもおっさんに相談すべき案件だろう。
「うーん、そんな事ないですけど、そこらへんの教材は大体新しいの届いたらすぐ終わらせちゃうっていうだけなんですよね、どんどん来るから整理もしなきゃいけないですし、なんていうか習慣みたいな?」
だが一色から帰ってきたのは、そんななんとも言えない回答だった。
まぁ、すぐ終わらせるという事ができるのはある種の才能と言える。夏休みの宿題を七月中に終わらせられる人間が何人いるのか? という話に近い。
ちなみに俺は夏休みは他にやることもないので、当然夏休み前半に終わらせる派だ。
今年もそうなる予定。恐らく来年も。
でもこれだと判断が難しいな。予め課題を与えてしまったほうが燃えるタイプなのか?
今はとりあえず教科書とノート。過去のテストを使っての復習をメインにやらせているが、別のやり方を考えてみてもいいのかもしれない。
「実際、センパイにわからない所教えてもらえるのは助かってますし? この間LIKEで質問した時は返信なかったですけど……」
「悪かったよ……」
一色がジト目で俺を責めてくるので、ここは素直に謝っておく。
やはりLIKEでの質問対応も業務に含まれているようだ。
今後はそこらへんのサポートも考えないとダメか……三営業日以内の返信でなんとか許してもらえるだろうか。
「まあ、邪魔じゃないならいいんだが、それならもうちょっと真面目に取り組んでくんない?」
「えー? メチャクチャ真面目にやってるじゃないですかぁ?」
「でもー、思いっきり口動いてるじゃないですかぁ?」
細かいことを言えば、この時間でさえももったいない。
模試に行けと言ったのは俺なのだし、これぐらいは大目に見るべきかもしれないが。
まさか模試の説明からしないと行けないとまでは思ってなかったからなぁ……。
「とりあえず、しばらくは模試対策ってことでいいな?」
「はーい……」
これでもしC判定以下で、おっさんが家庭教師の変更なり辞めるなりを許してもらえなくて、志望校落ちたらどうなるんだろう……? あぁ、責任取りたくないぃ……取りたくないよぅ。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
俺がそんな先の不安と戦っていると、一色は一瞬何かを考えるように俺に問いかけてきた。
真っ直ぐに俺の顔を見つめるその顔は、それまでとは違い、何かを迷っているような、少し自信なさげなそんな表情。
なんだろう、ちょっと怖い。
「模試の志望校判定って、一校だけですか?」
だが、一色の口から出てきたのはそんな言葉だった。
志望校判定?
もっと凄い事を聞かれるのかと思って一瞬身構えてしまったじゃないか、ふぅ、驚かせやがって。
「いや、そんな事はない、何校かは出せる、それで志望校を変える奴もいるからな。実際、俺も最初の模試の時点では四校出した」
総武と滑り止めと、後はまぁ適当な学校の名前を書いただけだったので進学先で悩んだりはしなかったけど。
俺がそういうと、一色は「ふーん」と、事も無げに再びペンを回しはじめる。
一体なんだろう?
「海浜総合以外に受けたい所あんの?」
「……そういうんじゃないんですけど、なんていうか……どうなのかなー? って思って」
一色は歯切れ悪くそう答えると、申込用紙を裏返し。そのまま隠すように机の引き出しにしまった。
本当に海浜総合やめたいとかだったらどうしよう……。
とはいえどこの高校を受けるかという点において俺に裁量権はない、最終的に決めるのは一色と、その家族だ。
だから、というわけではないが、俺はそれ以上深く突っ込まないように「ふーん」と軽く返事をするだけに留め、一色から目を逸らした。
だが、椅子に座ったままの一色はじっと俺を見上げている。
「何?」
「いえ、なんでもありません」
後頭部に突き刺さる視線に耐えきれず、俺がそう言うと、今度は一色が目をそらし、そのままノートに視線を落とすと、大きくペンを回す。
「さ、続きやっちゃいましょ」
「お、おう」
しかし、その言葉とは裏腹に、一色はボーッと何かを考えるように、教科書を見つめたまま、顎をペン先で叩く仕草をした。
心ここにあらずというのはこういう事をいうのだろうか。
「何かわからないとこある?」と聞いても「えっと……じゃぁここ?」と教科書を指差し、投げやりな返事をするばかりで原因もはっきりしない。
だが、俺が説明を始めると、真剣に聞き入り、まるでロボットのようにノートに黙々と要点を書き加えていく。
それは今までにない変化で、それまでのように楽しげな会話は一切なくなり、ある意味では俺の希望通りの展開ではあるのだが……。
これ……モチベーションアップ作戦に成功したってことでいいのか?
よくわからん。
いっそゲームみたいにパラメータ表示してくれればいいのに……。
だが、俺の希望も虚しく、そんな少しだけ気まずい状態はもみじさんが部屋をノックしにくるまで続き。
一色のステータス変化はわからないまま。
俺は毎度のように夕食に誘われ、リビングへと向かうのだった。
俺、なんかやらかした?
古戦(ry
というわけで19話でした!
今回はちょっと短めですが、まぁたまにはこんな回もね……。
相変わらずサブタイトルを考えるセンスが欠片もありません。
誰か助けて……。
では古戦場走ってきます!