やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

21 / 115
いつも誤字報告、感想、お気に入り、評価、メッセージありがとうございます
蛇足回その2となります。

久しぶりの連続投稿!




第21話 その匂いの先に

<Hachiman>

 

「センパイお疲れさまです、暑くなかったですか?」

 

 一色の家につくと、一色が一人で玄関で出迎えてくれた。

 珍しい、いつもなら玄関にはもみじさんが満面の笑みで迎えてくれるのだが、今日はどうしたんだろう?

 いや、別にもみじさんに迎えて欲しいとかそういう意味ではないぞ。決して。

 

「今日は一人?」

「はい、パパは仕事で、ママは友達の所に行くって朝からでかけてます、お夕飯までには帰ってくるそうですよ。あ、変な事しようとしたらお爺ちゃんに言いつけますからね!」

「しねーよ」

 

 そうか、一色一人か……。

 そんな会話をしながら、一色とともに廊下を抜け、リビングへ向かう。いつもは賑やかな一色家が今日は随分とさみしげに思えた。

 

「センパイは今日どこか行ってたんですか?」

「ん? なんで?」

「そういうの持ってるの珍しいなぁって思ったんで」

 

 そう言って一色は俺の手の中にある、空のペットボトルを指差した。

 さっき健大から貰ったやつだ。

 そう言えば、道中で捨てられるところがないか探すつもりですっかり忘れていた。

 

「健史に呼ばれてな、来る前に試合見に行ってた」

「え?」

 

 一色が一瞬目を見開き、その動きを止める。

 

「試合、見に行ったんですか?」

「今朝電話があってな。どうしても来てくれって仕方なく、浅田にも会ったぞ」

「えー? 言ってくれれば私も行ったのに」

「別に大した話もしなかったぞ? そんな暇あったら勉強しとけ」

 

 試合内容は結局よくわからなかったし、健大とやらは自分の言いたいことを言うだけ行って去っていった。今日の収穫といえばLIKEで既読をつけずにメッセージを読む方法ぐらいだ。

 

「どっちが勝ってました?」

「あー、引き分け? 健史のいるチームのなんか一人やたら突出したやつが最後ゴール決めてなんとかって感じだった」

「誰です?」

「名前まではわからん、ちょっと髪が長い茶髪のやつだった」

「あー、多分、赤星くんですね」

 

 赤星。なんだか通常の三倍のスピードで動いたりしそうな名前だ。

 なんなら角も生えてそう。

 

「ほら、私がセンパイにサッカー部の話をした時『最悪部長になるのはこの人かなっていう人はいる』っていったじゃないですか? それが赤星くんです」

「赤星?」

「赤星亜土夢くん、頭にヘアバンドしてませんでした? 細い鉢巻みたいな」

 

 そういえば、そんなのをつけていた気がする。

 つまりあれが指揮官機のアンテナだったのか。

 しかし、アトム。原子とは親も中々洒落た名前をつけるものだ。

 ちなみに某国のスラングだとオナラの意。これ豆な。

 

「やってくれるならアイツが部長でも良かったんじゃないの? 結構上手い感じだったぞ」

 

 まあ健大は始めから二年を部長にするつもりはなかったらしいが……。

 これは黙っておくか……。 

 

「そうですね。でも私も最近知ったんですけど、赤星くん二学期には転校しちゃうらしいんです、なのでどっちにしろ他の誰かって事にはなってたかと。あー、だから麻子ちゃんも焦ってたんですかね?」

 

 一色はまるで他人事のように顎に指を当てながらそう言うと、キッチンへ向かい、アイスコーヒーをリビングのテーブルへと運んできた。

 そうだ、浅田といえばさっき「臭い」と言われたんだった。

 やばい、一色も臭いと思ってるんだろうか。

 別に好かれようとは思っていないが、やはり自分の匂いというのは気になるものだ。

 小町との邂逅を果たした一色に変な印象を持たれれば、俺の家での立場も危うくなる。

 ここは確認をしておいたほうがいいかもしれない……。

 

「あー、悪い俺、臭いか……?」

「へ? なんですか急に?」

「いや、観戦中暑かったんでな……」

 

 俺は立ったまま再び首元をつまみ匂いを嗅いで見る。

 汗でシャツが濡れるほどというわけではないが、確かにこうしてみると汗の匂いはする。

 やはり臭いのだろうか?

 

「うーん……?」

 

 一色は、少し不思議そうな顔をすると、トテトテと俺の近くへ歩み寄り、匂いのチェックに入った。

 なんだろうコレ、めっちゃ恥ずかしい。

 

「……」

 

 一色が俺の周りを一周して、首元に鼻を近づけた所でスッと目を閉じ動きを止める。

 なにこれ……この状況他の人に見られたらやばくない?

 むしろ距離の問題もあって俺がやばい……女子特有の甘い匂いがもろに……。

 

「い、一色さん?」

「……っ! すみません」

 

 俺が声をかけると一色は、閉じていた目を開き、慌てて俺から離れた。

 何? びっくりするからやめてほしい。

 

「え、えっと、まぁ確かに匂いはしますけど、言われなければ分からないというか、そんなに気にするほどじゃないと思います!」

「そ、そうか、なら良かった」

 

 一色が早口でそう捲し立てるので俺も思わず早口で返す。

 まあ一色があれだけ近づかないと気にならない程度なら問題ないだろう。

 

「サッカー部の部活後なんて酷いですよ? もう鼻が曲がるんじゃないかっていうぐらいですし」

 

 確かに運動系の部活は臭いイメージあるよな。

 剣道部とか。まあ、あれは防具が蒸れるからまた少し次元が違うのかもしれんが。

 

「実際それで何度やめようと思ったことか……だから引退して割とホッとしてるんですよねぇ」

 

 一色はそう言って、軽く笑う。

 

「まぁ、運動部マネージャーの私から言わせてもらえば、この程度の匂いなんて可愛いもんですよ」

「いや、お前と同じマネージャーの浅田からめっちゃ臭いって言われたんだがな……」

「うーん、その場所が臭かったんじゃないですか? 試合中だったんですよね? あ、それか、単純にセンパイの事が嫌いで遠ざけたかったとか!」

 

 クスクスと冗談めいて言う一色だが正直笑えない。

 例え冗談だろうと女子に臭いと言われるのは男としてはクルものがあるのだ。

 女子が軽率に使う「キモイ」「臭い」「うざい」は女子が思っている以上に攻撃力が高く男子を傷つけるということを女子の皆さんにはもっと周知して頂きたい。

 周知していただきたい。大事なことなので二回言った。

 

「気になるならシャワーでも浴びていきますか?」

「いや、さすがにそれは……」

 

 こんな所でラッキースケベを起こすつもりはない。

 いや、この場合覗かれるのは俺か。

 他に誰もいないのにシャワーを浴びたなんて事がおっさんにでもバレたら後々面倒なことにもなりそうだし。

 他に証言してくれる人がいない状態だと、マジで推定有罪が成立しかねないからな……。

 っていうかそうだよ、他に誰もいないんじゃん。

 つまり今、俺はこの家で一色と二人きり……やばい。考えたらなんかちょっと意識してしまう。

 

「別に遠慮しなくてもいいですよ? なんならお風呂も入れます?」

「い、いやいい、そもそも着替えも持って来てないだろ……」

 

 俺が慌てて断ると、一色は。その様子を不審に思ったのか、少しだけ首を傾げた。

 

「そうですか? じゃあ、シャツだけでも着替えます? パパの貸してあげますよ」

「いや、ほんと、いい……一色が気にしないなら……」

「あ……あ、そ、そうですか……そうですね、気には……ならないです」

 

 めっちゃ気まずい。

 女子に匂いを気にされるというのがこんなにも恥ずかしいことだなんて知らなかった。

 いや、相手は一色、妹みたいなもんだ、平常心平常心。

 

「と、とにかく、授業始めるか」

「は、はい」

 

 俺たちはなんとなくふわふわした空気を身にまとったまま、一色の部屋へと移動した、

 今年の夏はちゃんと制汗スプレーを買ってニオイ対策しておこう。

 そう心に決めながら。

 

***

 

 

「んじゃ、今日はここまでだな」

「お疲れ様でしたぁぁぁ」

 

 授業終了を告げると、一色は机に突っ伏し、大げさに息を吐く。

 最初の空気を払拭するように、俺達は勉強に没頭した。今日は気持ち厳し目に休憩なしでやったので、普段自分のペースでしかやらない一色には少し堪えたのかも知れない。

 だが俺としても、模試の前であり期末で挽回してほしいという時期だったので、よいタイミングだったとも言えるだろう。

 

「結局、もみじさん帰ってこなかったな」

「うーん、もうすぐ帰ってくると思うんですけどね、お夕飯ちょっと遅くなっても大丈夫ですか?」

「? いや、今日は帰る」

 

 未だ二人きりというのもあり、変な間を作りたくなかったので、俺は一色が机の上を片付けているの傍目にそそくさと帰り支度をする。

 といってもカバンを持つだけだけどな。

 正直、本当に必要なのか疑問だったカバンだが、自分の筆記具というのは持っていれば使うもので。割とこのカバンは買ってよかったと思っている。小町に感謝。

 

「え? 待ってくださいよ、私、ママに引き止めておいてって言われてるんですけど」

「毎回飯食わせてもらうのも悪いだろ、この間も高い店連れてって貰ったわけだしな」

 

 何度も繰り返すが、そもそも家庭教師を引き受けたときからずっと、『夕飯は遠慮する』という話しだったのだ。

 それなのに今までズルズル来てしまっているので、多少の申し訳なさも感じている。

 やはりどこかで線引きはするべきだろう。

 そういった意味で今日は絶好のチャンスだ。

 

「まあ、今後は俺夕食は家で食うからっていっといて。っつーわけで、帰るわ」

「……本当に帰っちゃうんですか?」

 

 なぜか一色が食い下がる。

 やっぱこいつも一色一族だから「客に飯を食わせたい病」にでもかかっているんだろうか。

 出来ればそういう伝統は早めに断ち切って欲しい。

 

「なんか問題ある?」

「あとでママに文句言われそうだなぁと……センパイ、ママのお気に入りみたいなので」

 

 気に入られたからどうという事もあるまい。

 いや、むしろ気に入られたらヤバイまである。

 

「じゃあせめて送っていきますよ」

「いいよ、一人なんだろ? 戸締まりしっかりしとけ」

 

 玄関で、俺の後を追って靴を履こうとする一色を静止する。

 

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 すると、一色は少し驚いたような表情で、俺をマジマジと見つめてきた。

 

「センパイって意外と紳士ですよね」

「こういうのは紳士とは言わん……本当の紳士ってのは良い子の所にしか現れないんだぞ」

「サンタさんじゃないですかそれ……?」

 

*

<iroha>

 

 センパイが帰ると、家の中は一気に寂しくなった。

 自分の足音がパタパタと響き、一人なのだと実感させられる。

 少し気を紛らわせようとテレビを付け、そのままキッチンに向かい冷蔵庫を開けてみる。

 中身から推測するに今日はトンカツ?

 センパイが来てからというもの土曜の夕食のお肉率が天井知らずに上がっている気がする。

 太ったりはしてないつもりだけど、こう毎週だと私も気をつけないと……。

 時計を見上げると十九時十五分。

 ママもそろそろ帰ってくるだろうし……少し準備しておこうかな。

 そう考え、私はキッチンにかけてあるエプロンを付け。夕食の準備を始めた。

 

『……つまりですね、結婚相手を探すときには匂いも重要になってくるんです』

 

 ふとテレビからそんな声が聞こえてきて、料理の手を止める。

 振り返ると、どうやら未婚の芸能人の婚活番組をやっているようだ。

 「必見!運命の相手の見つけ方教えます!」なんていう大仰なタイトルが付けられたその番組では眼鏡をかけた年配の女性が、その未婚の芸能人に向かって話しかけていた。

 

『良い匂い、好きな匂いだと感じる相手というのは遺伝子レベルで相性の良い相手。だから人間は本能的に運命の相手の匂いを嗅ぎ分ける力を持っているという事でもあるんです』

 

 ドキリとした。

 そういえば、今日センパイに「臭いか?」と聞かれ、匂いを嗅いだ時。

 クサイとは思わなかった、それどころか、ほんの一瞬、本当に一瞬だけだけど。汗のニオイの先にあるほんのりと漂ってくる不思議な香りをもう少し嗅いでみたいとさえ思ってしまったのだ……。

 でもきっとそんなのは気の迷いだし、こんな話もきっと迷信。

 

「ありえないよね」

 

 私はそれ以上考えないよう、手に持っていた菜箸を置いて、リモコンを使ってテレビを消す。

 再び静寂が訪れた家の中に今度はパチパチと油の跳ねる音が響き渡る。

 気にしない気にしない。

 センパイが運命の相手とかありえないから。

 でももし……本当だったら……?

 いやいや。

 でも……。

 

「ただいまー! ごめんなさいね遅くなって、すぐご飯作るから!」

 

 そんな思考のループに嵌っていると。

 タイミングよくママが帰ってきた。

 もうこの件について考えるのやめ!

 やっぱり一人って嫌いだ。自分の頭の中を上手くコントロールできなくなる。

 私は少しほっとしながら、ママを出迎えた。

 

「おかえりー。センパイもう帰っちゃったから急がなくてもいいよ?」

 

 それは私なりに疲れているであろうママを労っての言葉だったのだけど、ママは信じられないという顔をして、こっちを見てきた。

 

「えー!? なんで引き止めておいてくれなかったのー」

「ママが遅すぎるんだよ」

「だってー、帰りの電車間違えちゃったんだもん」

 

 「だもん」と子供っぽく言うママだったが、それは娘にやる事じゃないと思う。

 

「あーあ、折角買ってきた杏仁豆腐無駄になっちゃったわ」

 

 そういって、ママが私に小さな箱を渡してきた。

 中には丸くて可愛い容器に入った白いプルプルの杏仁豆腐。

 いや、私が食べるから別に無駄にはならないよ……?

 

**

 

<Hachiman>

 

【八幡くんなんで帰っちゃうのー!】

 

 電車に乗るなり、スマホにそんなメッセージが入った。

 どうやら、もみじさんはほぼ入れ違いで帰ってきたようだ、もしかしたら道中ですれ違っていたのかも知れない。暗い夜道でよかった。危ない危ない。

 

【帰りが遅いみたいだったので悪いかと思って……】

【悪くないわ! 八幡くんの為に色々買ってきたのに!】

【お気持ちだけ頂いておきます】

 

 あんまり気を使わないで欲しい、その分こちらも気を使うのだから。

 そういや、色々食べさせてもらってるけど初日以降、こっちから何か渡した覚えがないな。

 大人としてそういうのも必要なのだろうか。

 

【八幡くんは私の事が嫌いなんだ……? 私がおばさんだから?】

 

 うわぁ、面倒くさい。これどう答えても俺に損しか無いやつだ……。

 

【いえ、好きとか嫌いとかじゃなく、毎回ご馳走になるのも悪いなぁと……】

【もしかして、私の料理美味しくない?】

 

 無難な返事を返したつもりだったが、再び疑問形でメッセージが送られてくる。

 誰か助けて。

 

【いえ、毎回凄く美味しいです】

【本当?】

【本当です】

【じゃあ、来週は食べていってくれる?】

 

 いや、だからそもそも、俺がそっちで夕食を食べるという設定がすでにおかしい事に誰か気付いてくれないのだろうか。

 だが、そんな事を言えばまた同じような質問のループにハマるのだろう。

 ロールプレイングゲームでたまにある。

 「はい」と答えるまで延々ループするあの現象が今まさに俺の目の前で起きている。

 

【……はい】 

 

 俺は唯一のループ回避手段を取り、ため息を吐いた。

 

【来週は今週の分も張り切って作るからね♪ いっぱいお腹空かせてから来てね♪】

 

 最後にはハートマークを付け、LIKEのやりとりが終わる。

 一体何を出されるのだろう。

 すでに毎回腹を減らせた状態でも、胃袋がはちきれんばかりの量を出されている気がするのだが……。

 ん? まだ通知が残ってるな……?

 未読メッセージがあることを知らせるマークが残っている事に気がついた俺は、もう一度LIKEを開く。

 

【比企谷さんなんで帰っちゃうんですかー!?】

 

 それは健史からのメッセージ。

 こちらはこちらで挨拶もせず帰ったのがお気に召さなかったらしい。

 いや、一応浅田に伝言は頼んだんだが……一色といい浅田といい、あの中学に通う女子は伝言ができなくなる呪いでも受けてるんだろうか?

 はぁ……。

 LIKEやめようかな……。

 

***

 

**

 

*

 

 翌週。俺はその時の会話をすっかり忘れたまま一色家へと向かい、少しだけ後悔することになる。

 何故ならそこには何かのパーティーか? と思うほどの豪華な料理が並べられていたのだ。

 

「だから、先週帰らないで下さいって言ったのに……」

「一回遠慮したぐらいで、こんな事になるなんて普通予想できないだろ……」

「ちゃんと責任取って食べてくださいね? センパイ」




※いろはに匂いフェチ属性をつけようとか、特殊性癖をつけようとかそういうつもりは全くありません。(念の為)

長く辛かった繋ぎ回もこれで終了です……。
次回からは本筋に戻ります、そしてあの人が登場!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。