やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

現実世界は十月も終わりですが、まだまだ本編中は八月です……。
年内には九月に行けるようがんばります……。


第26話 八月八日は過ぎている

 誕生日という試練を終え、土曜日がやってきた。

 だが、今日はこれまでとは違い、どうにもバイトに行く気になれない。

 別に一色や一色家の人間に何かをされたわけではない。

 原因は明白、自己嫌悪。

 ただただ、自分がしてきた今日までの行いを恥じているのだ。

 

 おっさんやもみじさんに持ち上げられ、大して仕事もしていないのに時給二千円という高額なバイト代を支払われる、そんな状況を三ヶ月。

 その結果として完成したのがリア充になったと勘違いした恥ずかしい俺。

 例えば、先週の授業を思い出してみよう。

 誰かが作った去年の模試を持っていって、それをやらせて一時間二千円?

 随分と悪質なバイトもあったものだ。

 俺じゃなくてもできる。いや、俺なんかよりもそこらのリア充を雇ったほうが数百倍為になる授業が出来る。

 物知り顔で「問題用紙にも解答をかけば自己採点が捗る」なんて、そんなアドバイスよりも自称でも家庭教師ならもっと点数に繋がる事を教えるべきだろう。

 もし今のこの状況を他の誰かに説明されたら、かなり怪しい仕事か宗教の類ではないかと勘ぐりたくもなる。

 そんな環境に甘え、分不相応な期待をしていた。

 

 確かに俺は楽をしたいと思っている。専業主夫になりたい。楽して稼ぎたい。

 だから仕事をして、楽に稼げている今のこの状況はある意味では最高の状態と言ってもいい。

 実際そう思っていた。

 だが違う、こんな状態は俺の望んだ形じゃない。こんなものは本物とは呼ばない。

 

*

 

 そんな憂鬱な気分のまま、ここ数日はゲームや動画を楽しむ気力も失せていた。

 正直に言えば金を使ったことすら後悔している。

 出来ることならあの日に戻って、この契約を破棄してしまいたい。

 だが、現実はあいも変わらずクソゲー。

 リセットをすることは叶わず、こうしている今も時間だけが過ぎ去っていく。

 

 時計を見れば時刻はもうすぐ十六時半、今日はもうバイトを休んでしまいたい。

 しかし、ここで無断欠勤をしても状況は変わらないだろう。

 あのおっさんの事だ、また家に押しかけてくる可能性もある。

 今はあの場所へ向かうしかないのだ。

 

 そういえば、今日は小町が「今日バイトの日だよ」「遅刻しないようにね」とうるさかったが……、今はやけに静かだな? どこかに出掛けたのだろうか?

 「小町ー?」と薄暗い家の中を探し回っても、そこに人の気配はない。

 

 悪いなカマクラ、今日はお前一人で留守番みたいだ。

 早めに帰ってくるから、後は頼んだぞ。

 

*

 

 結局、家を出たのは十七時を回ってからだった。

 完全に遅刻。道中で何度かスマホが鳴ったが、電車の中ということもありスルー。

 夕方とはいえ、うだるような暑さの中なんとか一色の家のマンションの前まで行き、オートロックを解除してもらう。遅刻でなにか言われるかと思ったが無言だった。

 ちょっと肩透かしを喰らいながら、目的階までエレベーターで上がり一色の部屋の前でインターホンを押す。

 この後の展開はわかりきっている。もうすぐもみじさんが「いらっしゃーい」と扉を開け、俺を招き入れるのだ。

 だが、今日こそは失敗をしない。こんなバイト生活とはおさらばし、俺は俺の生活を取り戻す。そう決意し扉が開くのを待った。

 

「お兄ちゃん遅いよ! 早く早く!」

 

 だが勢いよく扉が開かれたと思うと、そこから顔を出したのはもみじさんでも一色でもなく、我が妹小町だった。

 あれ?

 

「小町……? 何してんだ?」

「いいからいいから、ほら、早く来て」

 

 状況をよく理解できないまま、小町に腕を引かれ、室内へと招き入れられる、なんとか靴は脱げたものの、スリッパを履く暇も与えられない。

 俺は転びそうになるのをなんとか耐え、薄暗い廊下を進んでいった。

 薄暗い……? あれ? なんでこんな暗いんだ?

 時間的には夕方だが今は夏、この時間はまだ明るかったはずだが……。

 そんな疑問を浮かべながら、廊下を抜け(恐らく)リビングへ出て……さらにその先? 暗くてよく見えないが、一色の部屋の反対側の襖の部屋って俺入ったことない部屋だと思うんだが……。

 

「ちょ、ちょっと待て小町」

「待たないよ、ほらほら。はーい、お待たせしましたーお兄ちゃん入りまーす!」

 

 俺はなんとか小町を静止して、この状況を説明させようとしたが、小町は強引に襖を開いた。

 

「せーの……!」

 

 何やら部屋の中央でゆらゆらと炎が揺れているのが見えている。

 一体なんだろう? だが俺の思考が纏まるよりも早く、今度はその声を合図に歌が始まった。

 

「ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪」

 

 それは、毎年、どこかの場所で俺以外の誰かのために歌われる歌。

 ああ、そうか、今日は一色家の誰かの誕生日なのだろう、そう思えば合点が行く。

 ならば俺も歌ったほうがいいのだろうか?

 

「ハッピバースデーディア……」

 

 しかし、相手がわからない『Dearもみじさん』なのか『一色』なのかそれとも……。

 だが、その答えはすぐに分かった。

 

「セーンパーイ♪」

「八幡くーん♪」

「お兄ちゃーん♪」

 

 いや、統一しろよ! そして語呂が悪いわ。あと語呂が悪い。

 って……え? 俺……?

 

「ハッピバースデートゥーユー!」

 

 歌が終わる頃には、そのケーキは俺の目の前まで運ばれていた。

 ろうそくの煙がちょっと目に痛い。 

 

「ほら、センパイ、消して消して」

「え……? あ、お、おう」

 

 俺の誕生日はもう過ぎてるのだが……いいのだろうか?

 暗闇に少し慣れた瞳で周囲を見回すが、皆俺の次の動作を待っているように頷いている。

 俺は言われるがまま、ふぅっと一息でロウソクの火を消すと、同時に部屋の明かりがつき『パン!』と大きな音が鳴った。

 それに続くように、三度の破裂音。

 うるさ……! そして火薬臭い、しかもなんか頭の上に紐みたいなのが一杯飛んできたんだが……何これ? クラッカー?

 

「お誕生日、おめでとうー!」

 

 へ……?

 明かりがついた部屋を見回すと、そこには一色とその両親、俺の横では何故か小町が何度も何度も拍手を繰り返し、俺の反応を待っているようだった。

 俺は訳も分からず、初めて足を踏み入れたその部屋を見回した。そこは和室で、中央に大きなテーブル。しかし、その部屋は手作りの装飾で豪華に彩られ、部屋の壁には大きな文字で書かれた「HAPPY BIRTH DAY HACHIMAN」のパネル。壁には手作りっぽい装飾。四方には様々な形のカラフルな風船が浮いていた。

 

「おめでとうございます、センパイ」 

「お兄ちゃんおめでとうー!」

「おめでとう八幡君」

「おめでとう!」

 

 え? 何これ? エ○ァ最終回?

 っていうかなんで小町いんの……?

 駄目だ、頭がついていかない。 

 

「もうー、センパイ、遅いですよー、今日は遅刻しないで下さいっていったのに!」

「いや……え? 何これ?」

 

 え? 俺が悪いの?、いや、まぁ確かに遅刻はしたが……なんだか俺の想定していた怒られ方とは少し違う、妙に楽しそうな一色の表情に俺はうまく現状を処理しきれないでいた。

 

「お兄ちゃん、驚きすぎだよ、ほらこれぜーんぶお兄ちゃんの為に用意してくれたんだよ」

「え? 俺に? なんで?」

 

 繰り返すが今日は俺の誕生日じゃない。

 俺の誕生日は既に過ぎているのだ。

 俺のために何かしてもらう言われがない。

 あれ? 俺どこかでタイムマシンにのったっけ?。もしかしてラベンダー? 未来ガジェット204号機は完成していた?

 って、そんな筈無いだろう。落ち着け比企谷八幡。

 

「もー、何いってんの、お誕生日様だからでしょ!」

「いや、だから俺の誕生日はもう過ぎて……」

「模試と同じ日だったから気を使ってくれたんですよね? でも、そういうのはちゃんと教えてくれないと駄目ですよ? 危うくスルーしちゃう所でしたよ」

「いや、別に気を使ったとかでは……」

 

 単純に自分の誕生日を言い出す事に抵抗があっただけだ。

 いくら勘違い野郎の比企谷八幡でも、自分の誕生日をそれとなく伝えて、何かをして貰おうという浅はかな発想だけはしてこなかった。

 それでも、どんなに気にしないようにしたって、自分の誕生日を忘れる事なんてできなかったから、だから誰かが祝ってくれるのではないかと期待して自己嫌悪に陥ったのだ。

 この程度で傷つかなくても済むように、もっと自分の心を強く持ちたいと、そう願ったのだ。

 

「ささ、主役がいつまでもそんな所に立ってないで、座りましょう」

 

 どうしたら良いか分からず立ち尽くしている俺の腕をもみじさんが取り、部屋の中央へと引き入れる。俺はただ促されるまま、テーブル中央の座椅子へと座らされた。

 目の前には豪華な料理。

 これまでの一色家の夕食も豪華だったが、今日は更に輪をかけて豪華な内容だった。

 

「これ、小町ちゃんが手伝ってくれたのよ?」

「え?」

 

 小町が……?

 そもそも小町はなんでいんの? 一色の家に来たことがあったのか?

 いや、もみじさんが嘘をついていないのであれば、そうなのだろう。

 しかし、いつから?

 

「ほら、八幡くんの誕生日当日はいろはちゃんの模試があったでしょ? だからいろはちゃんが勉強に集中出来るようにお手伝いしますって、毎日通っていろはちゃんの代わりに買い物も行ってくれたのよ」

「えへへ、まあいろはさんみたいには出来ませんでしたけど」

 

 もみじさんにそう言われ、小町は恥ずかしそうに自分の頭を掻きながらそう言った。

 

「え? でも小町そんな事一言も……」

「そりゃそうだよ、バレないように行動するの苦労したんだからね、それなのにお兄ちゃん当日『今日俺の誕生日なんだけど?』とか言うから小町焦っちゃったじゃん」

 

 いや、そんな事になってたなんて知らないんだから仕方ないだろ……。

 俺がされた事あるサプライズといえば、中学の時、休憩時間のトイレから戻ったら、教室に誰もいなくて、先生もこないから職員室行ったら『この時間は視聴覚室に変更のはずだけど、日直か委員長から聞いてない?』って学年主任に言われた時以来だ。アレは本当にサプライズだったわ。

 

「さ、じゃあパーティ始めましょう!」

「え? 今日の授業は?」

「そんなのお休みに決まってるじゃないですか、私も模試終わりましたし、今日はセンパイもぱーっと騒ぎましょう?」

 

 どうやらいつの間にか休み扱いになってるらしい。

 という事は今月のバイトは二週休みか、いや、まぁ正直やめようと思っていたしそれはそれでいいのだが……。どうも今日はそういう事をいう雰囲気でもなさそうだ……。だからこの話は今日は……やめておくか……。

 それは言い訳で、怠慢だとわかっていながら、俺はあえてその選択肢を選んだ。だって、こんな事されたの初めてなんだから仕方ないだろう……。

 

「はい、じゃあセンパイにはちゃんとプレートも着けてあげますからね」

 

 そう言って一色は、ケーキを切り分け、小皿に乗せると俺の目の前に置く。

 そこには「センパイ」と書かれたチョコプレートが乗っていた。

 だが、テーブルにはケーキより先に処理しなければいけない物が沢山あると思うのだが……。

 

「え? 一色の家ってケーキをおかずに飯食うの?」

「そんな訳ないじゃないですか! 今日は特別ですよ! 本当は食後まで取っておこうと思ったんですけど。センパイ、またママに気を使ってケーキ入らなくなるまで食べそうだったから……」

「ふふ、このケーキはね、いろはちゃんが作ったのよ」

 

 徐々に聞こえなくなる一色のセリフを引き継ぐように、もみじさんがそういった。

 一色の手作りだと……?

 どこにでもありそうな生クリームをベースにしたショートケーキだが。

 パッと見では素人が作ったという感じはしない。

 本当に一人で作ったというならば普通に称賛されるべきレベルのものだ。

 

「八幡くんにちゃんと食べてほしかったのよねー?」

「ママ! 余計な事いわないの! ママがこんなに張り切らなきゃ別に問題なかったんだからね!」

「はいはい、ほら八幡くん、食べてあげて」

 

 言い合いをする一色親子を横目に、促されるまま「いただきます」と言って渡されたフォークでケーキを一口、口に入れた。

 横で一色がめっちゃ見てきて正直食べづらい。

 

「ど、どうですか……?」

「……ちょっとでも変な味がしたらはっきり言うし、甘すぎたりしたら文句の一つも言ってやろうと思ったんだけどな、そう出来なくて残念だ」

「えっと……それってつまり……?」

 

 一色が一瞬考え込むように、俺の言葉を反芻する。

 

「……! 美味しかったなら素直に褒めてくれたらいいじゃないですかぁ!」

「相変わらずお兄ちゃんは捻デレてるなぁ」

 

 おい、変な造語を作るな。

 俺は小町を軽く睨んだが、小町はそんな事おかまいなしという様に、自分もケーキを口に入れた。「うーん、おいしいー!」という小町の言葉に続き、俺も二口、三口と口に入れていく。

 うん……悪くない……。

 気がつけばその場にいるみんながケーキを食べ始め、ホールのケーキはあっという間に小さくなっていった。

 

「お口にあったみたいで良かったです。あ、そうだセンパイ、はいこれ」

「何? この準備にかかった費用の請求書?」

 

 これだけの準備をしたのだそれなりに金もかかったのだろう。

 一体いくら請求されるのか、せめて五千円ぐらいで収めて頂きたい。

 

「違いますよ、プレゼントです。私の事なんだと思ってるんですか。セ・ン・パ・イ・の、お誕生日プレゼントです!」

「えっと……いくら払えばいい?」

「だからお金なんていりませんって! プレゼントですから」

 

 一色は少々呆れ気味にそう言うと、黒色のシックな包装紙にラッピングされた長方形の箱を俺に押し付けてきた。

 それは俺が人生で初めて家族以外の女子から貰ったプレゼント。

 

「あ、でも、私の誕生日は四月十六日なので、忘れないでくださいね」

 

 それならそれで、やはりこれが幾らしたのか確認しておきたいんだが……。

 しかし、なぜだろう。そんな不吉な事を言われながらも、ちょっと期待してしまっている自分がいる。期待してはいけないと反省したばかりだというのに、くそっ、落ち着け。

 

「開けていいの?」

 

 一応聞いては見たが、正直、中身が気になって仕方なかった。もし開けるなと言われても開けていたかもしれない。

 だが、なんとか理性を働かせ、「どうぞどうぞ」という一色の返事を待ってから。包装紙を剥がし、中の箱を開けていく。

 すると中から猫の肉球のイラストが書かれた黒い茶碗とお椀、そして箸が出てきた。

 

「食器?」

「はい、持って帰らないでくださいね?」

 

 持って帰っちゃ駄目なの? くれるのではなく一時的なレンタルという事だろうか?

 斬新だ……。

 

「ほら、センパイってうちに来た時、いつもお客さん用の使ってるじゃないですか? だから今日からはコレ使って下さい」

 

 つまり……俺専用の食器という事だろうか。

 という事は、暗に今後も夕食食ってけよと?

 それはそれでちょっと困る。出来れば持って帰りたいのだが……。

 まあ、送り主にそう言われては仕方がない。

 ないと思いたいが『うちの食器使うんじゃねーよ』という意味かもしれないからな……。

 

「……ありがとな」

「いえ、どういたしまして、ちゃんと使ってくださいね? というか、今これによそってきますからちょっと待ってて下さい」

 

 俺が礼を告げると、一色は少し照れたように、そそくさと立ち上がり、俺の手元から食器類を奪って部屋をでていった。

 ちょっと待て……よそってくる? つまりこの場にある料理が全てではないという事なの?

 明らかに作りすぎじゃない? 確かに日本人として米が欲しい所ではあるのだが、目の前にピザとかもあるんですけど?

 そんな一抹の不安を抱え、一色が出ていった廊下を目で追っていると、今度は小町が隣にやってきた。

 

「はい、次は小町からね。お誕生日おめでとう」

 

 そういって、渡してきたのは黄色のラッピングバッグ。

 俺は「サンキュ」と一言添え、中身を確認すると、こちらの中からは布らしきものが出てきた。

 

「Tシャツか」

「うん、色々悩んだんだけど今年もこれにした」

 

 そう言えば一昨年もTシャツだったな。

 よく見ると、あの時と同じよく分からないキャラクターが描かれている。同じシリーズなのだろうか?

 

「おう、サンキュ……ってこれは何のTシャツ?」

「はぁ!? お兄ちゃんが前好きだって言ってた声優さんの奴じゃん!小町毎年この人のグッズ手に入れるの苦労してるんだからね! 去年だって何回くじ引いたことか……!」

 

 そ、そうだったのか……知らんかった。いらない物をくれたんじゃないかとかちょっとでも思ってごめんな……。

 というか、俺この人の事好きだったのか。

 『CHIBA Perfect ARENA』って書いてあるから、きっとそこそこ有名な人なんだろう。俺ライブとか行ったことないからよくわからんけど。

 まあそういう事なら大事にしよう。

 一体誰なんだ……。

 

「じゃあ最後は私達からと、こっちはお爺ちゃん達からね」

「あ、ありがとうございます。開けても?」

 

 続けてもみじさんから渡された箱を開けてみると。

 中から現れたのは、どこかの鍵が入っていた。それも二本。

 おっさんからの方は黒い皮の長財布。基本は黒一色だが、よく見るとメビウスの輪? 無限? のような刺繍が見てとれる。むちゃくちゃ高そう、なんだこれ。

 

「鍵……と、財布?」

「ええ、これからは私達の帰りが遅くなることもあるし、八幡くんを外で待たせるのも悪いでしょ? だからもういっそ鍵渡しちゃった方が早いかなーって♪」

「いや、さすがにこれは……」

 

 『かなーって♪』とか言われても……いや、流石に鍵を渡されたからと、人様の家にずかずか上がりこんでいくような神経は持ち合わせていない。

 これ、泥棒とか入ったら俺が真っ先に疑われるやつなのでは?

 

「片方はオートロックの鍵だから、次からは気にせず入ってきていいからね? あ、でもなくしちゃ駄目よ?」

 

 重い……なんなら今日貰ったプレゼントの中で一番重い……。

 サイズ的には一番小さいけど……。

 どうしよう……。めっちゃ返したい。

 だが、もみじさんはニコニコモードだ。恐らくこれを返すと言っても聞いてはくれないだろう。なぜならこの人はおっさんの娘だから。

 ママはすはもうダメだ、こうなったらパパはすに……! と視線で助けを求めたのだが。

 

「まぁ、そんなに深く考えないで、僕も仕事で帰りが遅い事が多いからね。『緊急用の鍵を預かった』とでも思ってくれればいいよ」

 

 だが、パパはすにも笑顔でそう告げられ、俺は完全に逃げ場を失った。

 どうやら受け取るしか道はなさそうだ……。

 鍵か……とにかく、無くさないようにだけ気をつけなければ……。

 

「あ……ありがとう……ございます?」

「どういたしまして。あ、お爺ちゃんの方は今度でいいから直接お礼を言ってあげて? 今日参加できなかったこと凄い悔しがってたから」

 

 まあおっさんへの礼ぐらいは普通にいうつもりだけど。

 果たしてこの場合の返事は『ありがとう』であっていたのだろうか?

 緊急時の鍵を預かっただけなら礼をいうのはおかしいだろう。俺が使う事はまずない。

 だが、なんだか釈然としない俺とは裏腹に、もみじさんはウンウンと満足げに頷いていた。

 

「さ、それじゃ一通りプレゼントも渡し終えたことだし、パーティー始めましょう」

「はーい!」

 

 いつの間にか戻ってきた一色が、先程の茶碗によそった赤飯を俺の前に置くと、そう言って席につき、それぞれの席の前のグラスに飲み物を注いで、乾杯をした。

 

「センパイは何から食べますか? オススメはこの唐揚げです、これも私が作ったんですよ」

「……じゃぁ、そっちのピザくれ」

「なんでですかー!」

 

 誕生日会。

 俺にとってそれは、いつも自分のためではない、他の誰かのために用意されたもの。一種のトラウマ製造機。

 子供の頃から羨望の眼差しで見ながらも、自分には無関係なものだと切り捨てた光景。

 それが今、何故か俺の目の前で行われている……。

 顔を上げれば、変わらずそこにある「HAPPY BIRTH DAY HACHIMAN」の文字。

 ワイワイと騒ぐ、一色達の楽しそうな会話はまるでどこか遠くの国の出来事のようだ。

 駄目だ、どうにも背中の辺りがむず痒い。気を抜くと頬が緩む。

 手元には、一色から送られた新品の食器。

 こいつらはこれから、俺専用の食器として一色の家に置かれるのだという。

 これではまるで俺が歓迎されているみたいじゃないか、まるで内側に入り込んだみたいじゃないか……。

 やめろ比企谷八幡、俺は外側の人間だ、勘違いをするな……!

 今まで体験したことのない感情に、今恐怖さえ感じている。

 これは、俺が求めていた物なのだろうか?

 それとも俺が舞い上がっているだけなのだろうか?

 しかし、誰もその答えを教えてはくれない。

 

「センパイ」

「ん?」

「改めて、お誕生日おめでとうございます」

 

 どうしたら良いか分からず、ただ黙っていた俺に一色がそう言って自分のグラスを俺のグラスと重ねた。

 オレンジ色の液体が入ったそのグラスはキンッという高い悲鳴を上げた後、一色の口元へと吸い込まれていく。

 俺は何故か、その瞬間。一色から目が離せなかった。




 先日また大分前の話の誤字報告を頂きました……。本当ありがとうございます……。この作品は皆さんの応援で出来ています。

夏休み編が終わったら少し投稿ペースを落とし、誤字チェックを多めにしてから投稿したいと思っていますので、それまでは誤字多めでもご容赦頂きたく……。※9月編に入ったら誤字が無くなるとは言っていない。

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