やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。皆様からの新着通知が私の原動力です!

俺ガイル三期のPVキター!!
という喜びの一万文字超えです!(白目)
決して切りどころが分からなかったとか、諦めたとかではない……無いんだからね!


第29話 八幡の夏祭り

 一色家で誕生日を祝って貰ってからというもの、俺は少しだけ浮かれていた。

 どうにも部屋にあるギターを見るだけで口角が上がってしまう。

 いや、格好良すぎじゃね?

 まるで自分の部屋じゃないみたいだ。

 今は貰ったギターケースに入れて壁に寄りかかるようにして無理やり立たせてあるが、こうなってくるとギタースタンドなんかも欲しくなってくるな。

 あれ幾らぐらいするんだ? ちょっと購入を検討してみよう。

 

 もうあれから大分時間もたっているというのに、未だに地に足がついていない感じがするのは流石にやばいとも思いながらも、うまく自分の感情をコントロール出来ないでいる。

 それはまるで新作ゲームの発売日を待つような……いや、違うな。

 なんというか、この感覚は高校に合格した時の感覚に似ている。

 何かが変わるかもしれないと、心のどこかで期待してしまい、事故にあった入学式の朝。

 そう、あの日俺は事故にあったのだ。

 だから、こういう時こそ気をつけなければいけない。

 気を引き締めていこう。

 まぁ何に対してどう気を引き締めればいいのかはわからないけどな……。

 

***

 

 そうして時が経ち部屋にギターがある生活に慣れ始めた頃。

 その日、俺は朝からギターをかき鳴らしていた……ら母ちゃんに怒られた。

 まあ確かにまだ曲も弾けないし、音も安定していないから、不快な音を響かせたことに関しては申し訳ないと思うが、そこまで怒らなくていいんじゃないですかね……?

 いや、昨日残業で遅かったとかはよくわからんけど……あ、はい。やめます。

 朝と深夜はギター禁止、了解しました。だから小遣いは減らさないで下さい。お願いします。

 全く……自分の息子が他所様のご家庭で誕生日を祝ってもらったというのだからもう少し大目に見て欲しいものだ。

 というか……今更ですけど、高一の息子の誕生日に五千円のギフト券ってどうなんでしょう?

 さすがに一万円ぐらい貰ってもいいと思うんですけど……?

 え? 「バイトもしてるし、可愛い許嫁もいるんだからいいだろう」って?

 いや、それ俺が望んだ結果じゃないんだよなぁ……理不尽が過ぎる。

なんつーか、俺に対する扱いが一色家と雲泥の差すぎて逆に安心するまであるわ。

 

 そんな感じで朝からやることを制限された俺は、ベッドに寝転がりながら、ダラダラとスマホを眺めていた。

 今日は一色が打ち上げに行くということで、数カ月ぶりの丸一日休みな土曜日。

 八月ももう半ばを過ぎ暦上は初秋という時期に差し掛かっているというのに、今日も外は暑く、出かける気力は沸かない。

 ならばと取り出したのがこのスマホ。

 当然見るのは今月頭に加入した動画配信サービス。

 そう、八月も半ばを過ぎたという事は、夏休みも残すところ後一週間しかないのだ。つまり初月無料の期間もあと一週間という事になる。

 今のうちに見れるだけ見ておかなければ、なんとなく損した気分になるというものだ。

 そうだ、今日は時間もあるし劇場版を通しで見ることにしよう。

 

 そう思いついた俺は早速プリキュアの項目から劇場版を選択し、小さなスマホの画面で再生を始めたのだった。

 

*

 

 やばい、涙が止まらん。何故こうもプリキュアは俺の琴線に触れてくるのか。

 頑張れープリキュアー! 応援ライトは持っていないが俺が応援しているぞ!

 

「お兄ちゃーん? いる?」

 

 物語もクライマックス、散り散りになっていたプリキュアが集結し始めた頃、突然小町が部屋に入ってきた。

 小町もプリキュアなのかもしれない。

 そう考えるとちょっとテンションが上がる。

 

「あ、いたいた。何してんの?」

「劇場版プリキュア見てる」

「またプリキュア? 好きだねー」

 

 小町はそう言って、俺が仰向けで寝転がりながら持ち上げているスマホを腰を曲げて覗き込むと、そのままベッドにボフンと寝転がり、俺の頭と肩の間にその小さな頭を潜り込ませ、スマホを見上げた。

 なんだ、小町もプリキュアが見たかったのか、言ってくれれば、最初から誘ったのに。

 

「ねぇお兄ちゃん。暇ならお祭り行かない?」

 

 しばらく、二人で漢字の「八」の字のように仰向けでベッドに寝転がりながら、プリキュアを見ていると、小町がそんな事を言い出した。

 あれ? このまま一緒に劇場版二作目、三作目と見ていく流れじゃなかったの?

 

「んー? 今日はこれからプリキュア見なきゃいけないからなぁ」

「これ配信だからイツでも見れるんでしょ! ねぇ行こうよ。二人でお祭りに行けるのなんて今年で最後かもしれないんだよ?」

 

 すると小町は、ガバっと起き上がると、そう言って俺を責めてきた。

 何を言っているんだ?

 別に祭なんていつでも行きたい時に行けばいいだろう。

 え? もしかして地球滅亡でもすんの? 怖い。

 

「祭なんて毎年やってるんだし、気が向いた時に行けばいいだろ」

「……ううん。来年は小町受験でしょ? 再来年はまたお兄ちゃんが受験。その次はお兄ちゃんは浪人中。だから多分小町とお兄ちゃんが二人で行けるのは今年が最後なんだよ」

 

 俺のそんな返答を聞くと、小町はまるで誰かに言われた言葉を反芻するかのように、一言一言指折り確かめながらそんな事を言った。

 いや、待て待て、なんで俺が浪人する事が確定してるの? 現役合格してみせるわ。

 

「考えすぎだろ……」

「考えすぎじゃないよ、仮にそういう未来じゃなかったとしても、小町に彼氏が出来たらもうお兄ちゃんと一緒になんて行かないよ? 絶対お兄ちゃん後悔するよ? 『あー、あの時小町と一緒にお祭り行っておけば良かったー』ってなるよ? それでもいいの!?」

 

 小町に彼氏……出来るんだろうか?

 いや、まぁ確かに小町は可愛い。可愛いが……。なんかまだこいつの隣に男がいる姿っていうのが想像できないんだよなぁ。

 

「それに……お兄ちゃんにはいろはさんっていう人もいるんだし? 小町もお邪魔虫にはなりたくないしね」

 

 こいつは一体何を言っているんだろう。お邪魔虫も何も一色と俺がそういう関係になる事はない。そもそも今年の時点で一色と祭りに行く状況にないのだから、契約が切れる来年以降小町が邪魔者になるなんていう未来がありえない。

 ないのだが……。

 

「まぁ、最後だとは思わんが……じゃあ行くか」

 

 俺が少しだけ思案してそう言うと、小町は「やた!」とベッドから飛び上がる。

 まぁ、プリキュアは今日中に見なきゃいけないものでもないし、もしかしたら……本当に今年が最後なのかもしれない。

 だが、その言葉を口にすると本当になってしまう予感がして、俺は心のなかに留めておくことにした。

 

「じゃあ十五分後に玄関に集合ね、あ、お兄ちゃんはちゃんと着替えて! 小町そんなダルダルのTシャツの人と一緒に歩くの嫌だからね!」

 

 俺は勢いよく部屋を飛び出した小町に「おーう」とやる気のない返事をし、ベッドから起き上がる。まあ、そういう事なら前に買っておいたアレを試してみるか……。

 そんな事を考えながら、スマホを覗き込むと、どうやらプリキュア達は無事敵を倒し、大団円を迎えたらしく、エンディングのダンスムービーが流れていた。

 ああ、一番大事なシーンを見逃した。

 

*

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! かき氷食べよ! この合成着色料たっぷりなやつ!」

「焼きそば! やっぱり屋台といえば焼きそばだよねぇ、このお肉も入ってない大味な焼きそばが屋台って感じがする」

「たこ焼きー、このたこの小ささが堪んないよね! ケチくさい!」

「お兄ちゃーん!」

 

 小町はとても楽しそうに、出店をみては騒ぎ立て、俺に買った食べ物を見せてくる。

 お店の人がすごい目で睨んでくるからやめて欲しい。 

 

「お前、ディスるのか楽しむのかどっちかにしろよ」

「えー? でもこれ昔のお兄ちゃんのマネだよ?」

「俺はそこまで楽しんではいねーよ……」

 

 昔の俺は金も無かったので買うものはしっかり見定めなければと、思っていただけだ。

 実際出店の中には、かなり粗悪な物もあったりするからな。

 あのクジ屋『一等が出たら Thousando(サウザンドー) Button(ボタン)とソフトをセットで!』とか書いてあるけど本当に一等入ってるの? 『千葉県民は嘘つかない』という嘘を爺ちゃんから教え込まれていた頃の幼い八幡君だったら有り金全部つぎ込んでる所だぞ。

 

「ねぇお兄ちゃん、そろそろ花火始まるし、コンビニ寄ってかない?」

「コンビニ? なんで?」

「やっぱ飲み物買うなら出店よりコンビニの方が安いし? あと……トイレにも行っておきたい……」

 

 そう言うと小町はモジモジと身を捩らせた。

 

「トイレなら、会場備え付けのがあるんじゃないの」

「すっごい混んでるんだよ。お兄ちゃんは分からないかもしれないけど、女子トイレは特に」

「そ、そうか、すまん」

 

 なぜだろう、別に疚しい気持ちはないのだが。妹とはいえ女子のトイレ事情を聞くというのはなんとなく恥ずかしくて、つい謝ってしまった。

 

「ちょっと遠いけど反対側の道路にコンビニあるから、そっち行けば多分借りられると思うんだ、だから着いてきて」

「ええ……一人で行ってこいよ……」

「行くまで結構暗いんだよ、ついてきてよ。可愛い妹が心配じゃないの!?」

「しょうがねぇな……」

 

 そうして俺達は人混みを避けるように高台にある公園を抜け、階段を降り。横断歩道を渡った先にあるコンビニを目指した。

 なんか公園内で一瞬、抱き合ってるカップルが視界に入ったような気がするので一言だけ……、リア充爆ぜろ。

 

*

 

「じゃあ小町行ってくるから」

「おう」

 

 小町がコンビニ店員にトイレの使用許可を求めてレジへ向かうのを確認して、俺は店内を物色することにした、お、十番くじやってるな……。

 人気がないのかまだあまり引かれていないらしい。これは数ヶ月後にはワゴン行きだな。

 そんな事を考えながら次にお菓子コーナーを覗き、雑誌コーナーでボロボロの週刊少年シャンプーを手にとった。

 週末のこの時期にまだ残っているのは珍しいな。ああ、合併号か。

 『Panzer(パンツァー)Panzer(パンツァー)』は…………今週も休みだな。目次を確認し、気になっていた作品を幾つか立ち読みして、最後にドリンクコーナーへと移動。

 マックスコーヒーは……ないか。

 そういや、外に自販機もあったな。ここで何か買う前に一回見てくるか。

 俺はそう思いたって、一度改めてコンビニを見回す。

 それなりに時間は経っていると思うが、小町はまだ戻ってきてないようだ。

 というか、よく見たら店内には浴衣姿の女子の姿がチラホラあり、トイレの前に数人並んでいた。もしかしたら小町と同じ考えで、ここにトイレを借りに来ているのかもしれない。

 まあ、深く考えるのはやめよう。下手するとセクハラ認定されかねないからな。

 触らぬ神に祟りなしだ。

 とりあえずLIKEしておくか。

 

【ちょっとマッカン探しに外の自販機見てくる、スグ戻るから外に出ないでコンビニの中で待ってろ】

 

 これでよし、まあそれほど距離も離れてないし大丈夫だろう。

 俺はスマホをポケットにしまい込むと、店員に無言で見つめられながら、コンビニを後にした。

 いや、マッカン無かったらここでちゃんとドリンクも買うんで。

 そうじゃなくても、何かしらは買いますから、本当。

 流石にトイレ借りるだけ借りて何も買わないのは失礼というものだろうからな……。

 

 そうして俺はコンビニを出て、今度は横断歩道を渡らず、数メートル公園側に歩いたところにある自販機へとやってきた。

 マッカンは……ないか。ちょっとショック。

 仕方ない、諦めてコンビニのコーヒーでも買おう。

 そう思い、自販機から視線をそらした瞬間、背後で大きな音が聞こえた。

 花火が始まったのだろうか?

 

 だが、俺が振り返ると、階段の下で浴衣を着た女性らしき人影が倒れ、身を捩らせているのが見えた。

 まさか落ちたのか? この暗闇で足を滑らせたというのは確かに有り得そうだが……。

 周囲に他に人もいないようだし、見捨てるのも忍びないか……。

 俺は左右を見て車が通っていないことを確認すると、そのまま道路を渡り女性の元へと歩み寄っていく。変質者だと思われませんように……。

 

「大丈夫ですか?……って一色?」

 

 苦しげに顔を歪めているその女性の顔は最初はっきりとは見えず、その見覚えのあるシルエットに、つい口をついたが。

 次の瞬間、花火の光で夜空が一瞬照らされ、それが本当に一色だとわかった。

 一色も、痛みに耐えるように閉じていた目をゆっくりと開き、俺を視認したようだ。

 

「セン……パイ……? なん、で?」

「なんではこっちのセリフだ。大丈夫か? ああ、頭打ったなら動かないほうがいいぞ」

 

 しかし、俺の静止を聞かず、身を捩らせながら起き上がろうとする一色に、俺は慌てて腰を落とし、その背中を支える。

 そして俺は改めて一色の体を確認しようとした。だが暗くて細部まではよく見えない。

 

「頭は……多分大丈夫です、そんなにぶつけた感じはないので……。それより……足と背中が……っ痛!」

 

 足と言われて視線を下げると、はだけた浴衣の裾部分は捲られ、一色の白い太ももまでが顕になっているのがわかった、そして一色は両足に何も履いていなかった。落ちた時に脱げたのだろうか?

 なんとなく、じっと見つめてはいけない気がして、目をそらすと近くに何かが転がっているのが見えた。……下駄だ。下駄が片方だけ転がっている。おそらくこれを履いていたのだろう。

 俺は一色の背中を支える手とは反対の手を伸ばし、その下駄を拾い上げる、もう片方は……どこだ?

 

「ってか今日打ち上げなんだろ? こんな所で何してんの? 健史達は一緒じゃないのか?」

「それが、私はもう帰ろうとしてた所で……ちょっと……その……」

 

 何やら一色は言いづらそうにボソボソと口を動かしていたので、俺はそれ以上の追求をやめた。

 まあ無理に聞き出すような事でもないだろう。

 今が帰りで、一色が一人だというならやることもシンプルだ。

 

「……まあいいけど。ほら、下駄片方だけだが落ちてたぞ、これ一色のであってる? 履ける?」

「あ、ありがとうございます。でもちょっとこのまま履くのは無理かもです……血もでちゃってるので」

 

 拾った下駄を渡そうとすると、一色が苦しげにそう言うので、俺はそのまま下駄を預かり、改めて一色の足を見た。

 すると右の足首は赤く腫れており。左足には小石で切ったような細かい傷が数箇所、少しだが血も出ており。膝には大きなアザもできていた。太もものあたりは……それほど目立った傷はないな。どうしたものかと傷を確認していると、突然足を隠された。どうやら一色が裾を戻したようだ。どうしたのかと顔に目を向けると、少しだけ顔を伏せていた。

 ん? よく見れば手からも出血しているか?

 

「他に痛むところは?」

「せ、背中……ですかね」

「指は動くな? 骨が折れたりはしてなさそうだけど……救急車呼ぶか?」

「流石にそこまでは……でも、ママに連絡して迎えに来てもらいたいかもです」

 

 『……ははは』と力なくそう笑う一色。

 いつもの一色からは考えられないほどの弱々しげな態度に俺も気が急いてしまう。

 とりあえず止血だけでもしたいが……。

 

「なあ、なんか血を止められそうな物あるか? バンソーコーとか。ハンカチとか」

「一応この袋の中に両方入ってますけど……バンソーコーじゃなくてバンドエイドですけど」

 

 そういって一色が手に持っていた巾着袋からハンカチとバンソーコーを取り出したので、俺はそれを受け取った。

 しかし、どうでもいい所で地域差がでてしまったな。

 千葉県民で統一されているわけではないのか。俺の学区と一色の学区の間辺りが境目なんだろうか?

 まぁ本当にどうでもいいが、そんな雑談をする程度には余裕が出てきたと、今はプラスに考えておこう。

 

「どっちでもいいよ……とりあえず傷口を洗わないとな」

 

 傷口の周りには細かい砂利が無数に張り付いており、とてもではないがこのままバンソーコーを付けられる状態ではなかった。

 とはいえ、この辺りには水場がない。

 最近は公園の水飲み場も使用不可になってるしなぁ……。仕方ない、ここは誕生日の借りを返すと思って、自腹を切るか。

 

「少し移動しよう、ここじゃ暗いしよく見えない。あそこのコンビニに小町もいるから、そこまで頑張れるか?」

「あ、はい……頑張ります」

「んじゃ、これちょっと預かっとくぞ」

 

 そう言ってバンソーコーとハンカチを尻ポケットに突っ込むと。

 一色の肩を持ち上げ、立たせようとする。

 だが、一色は立ち上がろうと片膝立ち状態になった所で、そのまま力なくへたり込んでしまった。

 

「あはは……ちょっとスグには立てないかもです」

「仕方ないか……ちょっと待ってろ」

 こういうのは俺のキャラじゃないんだがなぁ……。

 俺は一度スマホを取り出し、小町にメッセージを送る。

 

【今からそっち戻る、悪いんだけど水買っといてくれるか?】

 

 すると今度は即座に既読が付き【りょ】というスタンプが返ってきた。

 どうやら今なら小町も手が空いているようだ。

 よし、これで一手間稼げた。

 俺はスマホをポケットにしまうと、今度は一色に背を向けるようにしてしゃがみこむ。

 

「え……? センパイ?」

「ほら、乗れ」

 

 一色が目を丸くして、固まってしまったので、俺は少しだけ語気を強めてそういった。

 

「で、でもほら、それはちょっと流石にあざとすぎじゃないかなー? って……思うんですけど……」

「別にやりたくてやってるわけじゃねーよ、歩けるなら置いてくけど、立てないんじゃないの?」

 

 俺の問いかけに、一色は一瞬「う……」と言葉をを詰まらせ、しばらくウンウンと頭をひねっていた。

 よっぽど恥ずかしいのだろう。

 まあ俺だって出来ることならやりたくはない。

 だが現状では他に良い案が思いつかないのだ。

 

「どうする? オンブが嫌なら抱えるか? それともやっぱ救急車呼ぶ?」

「い、いえ、オンブで! オンブでお願いします。でも……変な所触らないでくださいよ?」

 

 一色は決心したようにそう言うと、おずおずと膝立ちの姿勢になり、遠慮がちに俺の肩に手をかける。

 思っていたより小さいな……。

 

「し、失礼しまーす……」

 

 ゆっくりと一色の体が俺の背中にのしかかり、女子特有の柔らかい感触と匂いが俺の理性を容赦なく攻撃してきた。

 だが、これは救命活動だ。幼い頃に小町をおぶった記憶を思い出せ。比企谷八幡。邪念を捨てろ、お前ならやれる、立ち上がれ、立ち上がるのだ。うおおおおお!

 

「……重」

 

 これは言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、一色の事を特別重いと思ったわけではない。

 なんとうか、一色のオブられ方が下手なのだ。

 想像していた幼い頃の小町にしたオンブと今の一色のオンブでは、あまりにもその体重に差がありすぎたというのもある。

 立ち上がった瞬間、俺の口から思わずそんな言葉が漏れてしまったのも不可抗力と言えよう。

 

「あー!! 重いって! 重いって言った! 下ろして! 下ろして下さい!」

「あ、こら暴れんな! しょうがないだろ、変な姿勢なんだから」

「うう……もうお嫁に行けない……」

 

 暴れる一色の恨み節を聞きながら俺はバランスを整える。

 でもな? 一色が悪いんだぞ?

 変な所を触るなと言われたので、太ももの下に手首、手の甲をかませる形で無理やり持ち上げている状態なのに、浴衣だからか恥ずかしがって足もさほどこちらに回してくれず、俺が立ち上がった瞬間胸の部分を反らし、今は俺の腰と一色のお腹の辺りしか接触していないのだ。

 一色の体重のほぼ全てが俺の手首に掛かっている。こんな状態で人間を運ぶという苦労も理解して欲しい。

 これは決してオンブではない、組体操だ。

 しかも今からこの姿勢で横断歩道を渡らなければならないのだという。

 やっぱやめておけばよかった……。

 早くも後悔。

 

「なぁ、もっと体重預けてくんない? 不安定なのは自分でもわかるだろ?」

 

 俺がそういうと一色は渋々という感情を隠そうともせず、少し逡巡した後に俺にゆっくり体重を預けてきた。だが今度はその胸と俺の背中の間に何か硬いものが当たったのが分かる。

 どうやら巾着袋を間に挟んだらしい。

 まあ、それはいいか。とにかくコンビニに向かおう。

 決して『残念だ』なんて思ってはいない。これは人命救助なのだ。いや、本当に。

 

「ん?」

 

 そうして、ようやく一歩歩き出そうとした瞬間、ふと誰かに見られているような気配を感じて、俺は一色が落ちてきた階段の上をチラリと見上げた。

 だが当然のようにそこには暗闇が広がるだけで誰もいない。……気のせいか?

 

「センパイ?」

「いや、なんでもない。んじゃ行くぞ。しっかり掴まってろよ」

「……はーい」

 

 先程までと比べると随分大人しくなった一色がそう言うのを確認すると、俺はゆっくりと足を進めた。

 急に黙られるとそれはそれで対応に困るのだが……何か話したほうがいいのだろうか?

 だが、気の利いた話題も思い浮かばず、静寂の中、ドンドンと花火が打ち上がる音だけが聞こえてきた。

 目的地まではほんの十数メートルという所だが……ああ、信号が赤だ。どうやらタイミングも最悪らしい……。気まずい。

 

「……あれ?」

「ん? どした? なんか忘れ物?」

「あ、いえセンパイ……香水か何かつけてます?」

 

 突然一色にそんな事を言われ、俺の心臓が跳ねるのが分かった。そうか、この距離だと流石にバレるのか。

 

「いや、そんな大層なもんじゃねぇよ……普通の制汗スプレーだ……」

 

 そう、実は俺は今日初めて、制汗スプレーというものを使っていた。小町の見えない所で。

 変に『色気づいてる』とか『格好つけてる』とか思われるのも嫌だったので黙っていたのだが。無香料って書いてあったし小町に何も言われなかったから、気にするほどじゃないと思ったんだがなぁ。

 一体この事に一色はどんな感想をもつのだろう?

 あまり辛辣な言葉ではありませんように……。

 

「……センパイは、そういうの……使わないほうがいいと思いますよ……」

 

 だが、俺が何かキツイことを言われるのだと、少しだけ身構えていると。一色は何か考えるように一拍置き、そう言って、首に回していた手の力を強めた。

 どういう意味だろう? 『お前にはそんなの似合わねーよプギャー』と言うことだろうか?

 まあ、心配しなくても、今後も定期的に買おうとは思ってないがな……。それにもうすぐ夏も終わる。

 

 お、信号が青に変わった。

 あれ? 足元になんか落ちてる……ってもう片方の下駄か……まじか、一回しゃがまなきゃ駄目じゃん……。

 

*

 

「あ、お兄ちゃんどこ行ってたの!……っていろはさん!?」

「あ、あはは。小町ちゃんヤホー」

 

 一色をおぶったままコンビニまで戻ってくると、俺と一色の姿を確認した小町が慌てて駆け寄ってきた。

 中で待ってろって言ったと思うんだが……まあ今はそれどころじゃないか。

 

「そこの階段から落ちたらしい」

「ええー!? 大丈夫なんですか!? ってうわ、本当だ、痛そう……」

「それで、傷口洗いたいんだが水買っておいてくれた?」

 

 俺がそう言うと小町はビクリと背中を震わせた。

 ん? なんか俺変なこと言ったか?

 事前に連絡もしておいたよな?

 

「あ、あはは……買うには買ったんだけど……」

 

 小町がおずおずとコンビニ袋を俺の目の前に広げてくると、一色も俺の頭越しにその中身を覗いていた。

 その中に入っているのは、アイス。メロンソーダ。そしていろ○す……梨味。

 

「なんで梨味とか買っちゃうの? 水って言ったよね?」

「だって……だって小町も飲んでみたかったんだもん! 傷口洗う用だなんて聞いてないし……」

 

 まぁ、確かに用途を言わなかった俺も悪いか。

 しかし、どうしよう、この辺りに水場なんて無いし、もう一本買うしか無いのか……というかそもそも一本で足りるのか?

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

 だが、そんな事を考えていると、小町が慌てた様子でコンビニの中へと戻っていった。

 買い直しに行ったのだろうか?

 俺と一色は何事が置きたのかと一瞬視線を交わすと、小町を目で追う。すると小町は自動ドアを抜け、そのままレジへと向かうと店員と二~三言言葉をかわし戻ってきた。

 

「OK、そういう事なら裏にある、水道使っていいって!」

「お、ナイス小町」

「えへへ」

 

 そうして俺達はコンビニの裏手に周り、水道の蛇口を見つけた。

 正面に比べると随分暗いが、まあこの際贅沢は言えないだろう。

 お、台車もあるな。車椅子代わりに少し貸してもらうか。

 

「んじゃ、一回下ろすぞ? 小町、そこの台車持ってきてくれ」

「はーい。ささ、いろはさん、ここ座って下さい」

「あ、小町ちゃんありがとう……痛っ!」

「大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫大丈夫」

 

 一色は台車の上に座ると、痛みに顔を歪めながらそういった。

 少し元気がでてきたと思ったが、やせ我慢だったか。

 

「痛いですか?」

「う、うん。ちょっと……でもさっきよりは大分楽になってきたから」

「んじゃ、とりあえず傷口洗い流すぞ、砂利落とすから足出せ」

「へ?」

 

 俺が水道の蛇口を捻り水温を確かめながらそう言うと、一色は何を言われたのか分からないという表情で聞き返して来た……面倒くさいな。

 ん? 知らない間に手に何かついている……って一色の血か。よく見るとズボンにも血の跡が点々とついていた。一色をオブッた時についたのだろう、まあ仕方ない。

 

「ほら、いいから足出せ。あー、小町あと消毒液とかあったら買ってきくれるか?」

「ラジャ!……あ、でも小町もうお金ない……」

「……心配しなくても俺が出すよ」

 

 オズオズと足を伸ばしてくる一色を横目に、おっさんから貰ったほぼ新品の財布を小町に渡すと、小町は「うわ、お兄ちゃんが大人みたい……」と驚愕の表情を浮かべ俺を見て来た。

 まあ出費は痛いがこれは先週の……うん、先週の借りみたいなもんだ。

 バンソーコーはさっき一色から預かったのがあるが……これ足りるか?

 よく見ると枚数はそれほど多くない。小さな可愛らしいデザインのものがたった四枚。

 はぁ……。

 

「それと包帯とガーゼなんかもあったら頼む。あ、そうだ小町。これの事なんて言う?」

 

 俺はそのままコンビニへ行こうとしていた小町を呼び止め、そう告げると先程一色から預かったバンソーコーを取り出し、小町に見せた。

 まあ聞くまでもないか、小町は当然「バンソーコー」派だろう。

 この場で地域差が出るのは一色ぐらいなものだ、我ながら大人げない事を聞いてしまった。

 

「へ? サビオ?」

 

 だが、小町は一瞬不思議そうな顔をしてそう言うと、コンビニへと走っていった。

 なんで兄妹間で地域差が生じてんだよ……。もしかしてウチ時空歪んでんの?




また八小って言われそうだけど、ちゃんと八色要素も入ってるから(震え声)
というわけで八幡がいろはと合流するお話でした。

冒頭にも書きましたが、原作の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の三期の情報がついにでてきましたね。
アニメ三期のタイトルは
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 完』
放送開始は2020年春だそうですが。
11月19日には原作最終巻も出るみたいだし色々楽しみです。

あれ? というかあなた様は騎空士様では……? こんな所で何を……?
古戦場始まってますよ……?
(2019/11/14~2019/11/21

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