やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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第3話 続・青天の霹靂を絵に描いたような一日

「ちょ、ちょっと待ってよお爺ちゃん! 許嫁って何!」

「結婚を許された仲という事だ。わかりやすく婚約者でもいいぞ」

 

 衝撃の許嫁発言で状況を整理しきれていない俺が再起動するより早くお孫さんは笑うおっさんに詰め寄っていた。

 

「無理! 無理無理無理! 無理だから! 私結婚は好きな人とするし、こんな目の腐った人無理だから! むーりー!」

 

 さて問題です。この子は今何回無理っていったでしょうか? 正解はCMの後。

 頭の片隅でそんな事を考えていると邪念を感じ取られてしまったのかお孫さんに睨まれた。

 

「なんですか、一目惚れだとでもいいたいんですか? どうやってお爺ちゃんを丸め込んだのか知りませんけど、勝手に決められた相手との結婚とか考えられないので諦めて下さいごめんなさい」

 

 ものすごい早口でお断りされてしまった。頭を下げた丁寧な言い方なのに妙に上からなのは俺が振られている体だからだろうか?

 

「いや、諦めるも何も俺も初耳なんだが……」

 

 そんな俺の反論を聞いてか聞かずか、お孫さんは素早い動きでおっさんの左腕を掴む。

 

「ねぇ~、お爺ちゃん本当こういう冗談はやめよう? 高校入ったら彼氏作ってちゃんと紹介するから? ね?」

 

 上目遣いでおっさんの腕を左右にぶんぶんと振り、小さい子がおもちゃを強請るような猫なで声で説得を試みている。あざとい。耐性がなければ今すぐにでも屈してしまうだろう。ソースは俺と親父。小町のオネダリ技の一つでもある。

 見える、俺には見えるぞ、鼻を伸ばし、要求を飲んじゃおうかな? と揺れているおっさんの心の天秤が!

 いや、全然飲んでくれて構わないんだけどね。

 

「いろはちゃん、お客様の前ではしたないですよ。あなたも、話なら座ってしたらどう? ごめんなさいね八幡くん」

 

 陥落寸前のおっさんを助けたのは楓さんだった、おっさん達を嗜めお茶菓子を乗せたお盆を持ち部屋に入ると俺に視線を向け柔らかく微笑みかけてきた。俺は慌てて頭を下げ、挨拶をする。相変わらずの着物美人だ。いや、そんなほのぼのした状況でもないのだけど。

 

「楓さん、お久しぶりです」

「一週間ぶりね、あんまり固くならないで、今日はわざわざ来てくれてありがとう」

 

 挨拶を交わす俺たちを見ながら、おっさんは孫に握られていた手を振りほどくと頭をかきながら上座にある座椅子へと腰を落とす。

 それに倣い俺も座布団の位置を正し座り直すと、楓さんはそれぞれの前にお茶とお茶菓子を出し、おっさんの隣へと座り姿勢を正した。

 

「いろはちゃんも、ちゃんと座りなさい」

 

 楓さんに言われ、一人立っていたお孫さんはお茶菓子が置かれた席から少し離れたお誕生日席に陣取る、今は誰の隣にも座るつもりはないという一種の抗議なのだろう。

 

 

 おっさんは一度コホンと咳払いをすると、それまでの好々爺のような表情から一変、真面目な顔になり、俺とお孫さんを交互に見た後、真っ直ぐな瞳で諭すように語り始めた。

 

「いろは、今どき許嫁なんて古臭いと思うかもしれん、だが儂は本気でこれからの人生を二人で歩いていってほしいと思っている」

「冗談、じゃないの……? お爺ちゃんだってこの人と長い付き合いってわけじゃないんでしょ?」

 

 ちょっといろはさん? 人を指さしちゃいけないって教わらなかった? 全く、祖父母の顔が見たいわ。あ、目の前にいるじゃん。

 

「爺ちゃんは冗談でこんな事は言わん。確かに八幡と過ごした時間は爺ちゃんも短いが、お前に必要な男だと判断した」

「必要ってどういう風に……?」

「それは今は言えん」

 

 言えないのかよ! 思わずずっこける所だったぜ。危ない危ない。

 

「儂が口で説明するよりも、自分自身で八幡という男の存在を感じて欲しいんでな」

 

 おっさんはそう言うと再び俺を見た。

 

「まあ、初めて会った男を信用しろというのは難しいかもしれん。だが、儂がお前を幸せにしたいという気持ちで決めた事だ。押し付けがましいかもしれんが、今は少しだけ、爺ちゃんの事を信じて、とりあえず一年でいい、やってみてくれんか?」

「一年……?」

「ああ、一年。一年後、お前がどうしても嫌だというのであれば、爺ちゃんはもう何も言わん。お前たちの意見を完全に無視するつもりもない、どうしても合わないと分かれば儂の方から責任を持って今回の話をなかったことにしてもらう」

「いや、一年も待たんでも分かる……」

「八幡、お前は口を出すな」

 

 えええぇ……これ俺の事でもあるんじゃないの? おっさんは俺を睨みつけると再びお孫さんの方へ向き直る。相変わらず真剣な表情だ。

 お孫さんはおっさんに黙らされた俺を一瞥すると「頼りにならない」と判断したのか、おっさんの言葉を引き継ぐ。

 

「一年間だけ? 本当に……?」

「ああ、爺ちゃんの最後のワガママだ。頼む」

 

 そう言うとおっさんは胡座をかいたままの姿勢で深々と頭を下げた。一体彼の何がそこまでさせるのだろう。

 俺と出会ってまだ一ヶ月も経っていないというのに。俺の何をそこまで買ってくれているのか皆目見当がつかなかった。俺にそこまでの価値はない。というかちょっと引いてる。

 お孫さんの方を見ると、さすがに実の祖父に頭を下げられたままいられるのはバツが悪いのか「うぅぅ……」と小さく唸り声をあげている。長い沈黙が訪れた。

 

 どれだけ時間がたっただろう? 一分か、それとも十分以上経過したのか、長い硬直状態は続き、今なおおっさんは頭を下げ、その様子をお孫さんがいたたまれない表情で見ている。なんだか見ていて可哀想になってきた。

 時計の針の音だけが室内に響き渡る。俺のことでもあるはずなのに俺が口を出す空気じゃない、耐えきれずチラリと楓さんの方を窺うと首を横に振られた。やっぱり口を挟んじゃいけないらしい。不思議。

 そんな無理してまでなるもんじゃないだろ許嫁なんて……。下手に拗れてこの二人の関係が壊れたら、それこそとばっちりを受けかねない、やはりここは俺から一言言って諦めてもらうしかないか。そう決心し、息を吸い込む。

 

「おっさ……」

「……わかっ、たから……頭あげて……」

 

 俺がおっさんに声を掛けようとしたその瞬間、お孫さんは諦めたようにそう漏らした。きっとこういうのを『断腸の思い』と言うのだろう。とても辛そうだ。聞いている俺も辛い。

 いやいや待て待て、普通に断っていいんだよ?

 お孫さんのその言葉を聞くとおっさんは一瞬ニヤリと口角を上げると

「……ありがとう」と小さく答えながら、ゆっくり神妙な面持ちで頭を上げた。え? 待って? ニヤリって何? 角度的に俺にしか見えてなかったみたいだけど今絶対笑ったよねこのおっさん? 何真面目な顔してんの? ねえちょっと?

 

「きっと、後悔はしないと思う。お前が思うよりよっぽどいい男だよ、彼は」

 

 おっさんは何食わぬ顔でそう言うと、今度は俺の方を見ながらニカッと笑った。

 

「というわけだ八幡。一年頼むぞ」

「頼むぞったって……今笑っ……」

「そうかそうか、頼まれてくれるか」

 

 ガハハと笑うおっさんに俺の言葉は遮られた。えええ……。一体何をどう頼まれればいいのかすら分からん。

 

「年は一つ下だからな、ちゃんとリードしてやれよ。まあお前なら心配いらんと思うが……泣かせるなよ?」

 

 なんでこのおっさんは俺に対する評価がこんなに高いんだろう? 俺は今の状況に心配しかない。マジで何か特別な事をした覚えがないんだがなぁ……そんな本日何度めかの思考のループをしているとおっさんは笑うのをやめ、今度は俺をまっすぐに見つめてきた。

 

「頼んだぞ、八幡」

 

 そう告げてくるおっさんの顔は真剣そのもので、どうにも居心地が悪い。まずい、今ここで俺が断るのも変な感じになってしまった。どうしたものかと逡巡していると横から長く大きなため息が聞こえてきた。

 

「一年! 一年だけですからね! 付き合ってるわけじゃないので彼氏面とかしないでくださいよ! あくまでお爺ちゃんが勝手に決めた許嫁っていうだけですから!」

 

 お孫さんが立ち上がり、ビシッと俺を指差しそう言うと、おっさんはその様子を見て「今はそれでいい」と呟いた。

 

「まぁ、今年は受験で私も忙しいんで、お会いすることはないと思いますけど」

 

 フフンと勝ち誇った顔で腰に手を当てながら彼女がそう告げる、端々に現れる妙にあざとく子供っぽい仕草を可愛いと思ったら負けなんだろうな。

 

「積極的に会いに行こうなんて思ってないから安心しろ……」

 

 なんでこの子は俺が『許嫁になってくれ』って頼んだみたいなスタンスで来るの?

 なぜか話が進んでいるけど。そもそもおっさんが勝手に言ってるだけで俺がお願いしたわけじゃないって事まず理解してもらえません?

 

「それはそれでなんかムカつきますね」

「どうしろってんだよ……」

 

 女子というのはかくも理不尽な生き物である。

 

「機会も口実もないんだ、受験勉強の邪魔してまで会おうとは思わん」

 

 そこまで言ってふとある考えが脳裏をよぎった。

 学校という俺にとって数少ない、家族以外の女子との接点の場で出会う可能性がゼロである以上、仮にこのまま許嫁とやらが成立しても、お互いよくわからんまま一年が経過、気がつけばこの関係もおしまいって事になるんじゃないのコレ?

 お孫さんも渋々とはいえ納得してるなら、下手に俺がゴネるより自然消滅を期待した方が労力を使わなくてすむ気がしてきた。

 これならおっさんのワガママとやらも聞いてもらえて、お孫さんは受験に専念、俺は高校生活を満喫できる(満喫できるとはいってない)。Win-Winだ。三人だからWin-Win-Winか。なんか機械音みたいだな。ウィーンウィーンウィーン。

 勝利の方程式が見えた! だが同時に視界の端でおっさんが不敵に笑うのも見えた。え、何怖い。まだなにかあるの?

 

「ああ、それなら心配ない。八幡にはしばらくお前の家庭教師をしてもらう事になってる」

 

「「はぁ!?」」

 

 本当にまだ何かあった。第二の爆弾投下である。何このおっさん爆弾魔なの? 比企谷八幡は静かに暮らしたい。

 これだとWin-Winじゃなくておっさんの一人勝ちだ。許嫁に続く、俺の知らない俺の新情報に思わず目を見開く。これでは俺の計画が水泡に帰してしまう。なんだろうこの全てにおいて先手を打ってくる感じ。用意周到すぎない……? そこまでする必要ある?

 

「お爺ちゃん!? 聞いてないんだけど!?」

 

 お孫さんがまたしても抗議の声を上げた。

 

「そりゃ、今言ったからな。だが家庭教師はちょうどいいだろう? なに、心配いらん、八幡は現役の総武高生だ、しかも妹もいるから教師としては最適だぞ?」

 

 妹がいるから教師に最適というのは一体どこの国の理論なのか是非詳しく教えていただきたい。何? 世の教師って皆お兄ちゃん属性なの? そもそも俺は家庭教師なんてやったことがないから期待されても困る。

 

「え? 総武!? 本当に?」

 

 俺が『お兄ちゃん教師最適説』について考えているとお孫さんが驚愕の表情で俺を見て声を上げた。

 何その「お前総武入れる頭もってんの?」みたいな顔。なんなら今日一で驚いてない? まだ会ってからそんなに時間たってないけどそこまで頭悪そうに見えた? 期待裏切っちゃってごめんね?

 

「とりあえず、週一だな。八幡には来週からいろはの家に行ってもらう、いろはが気に入れば週二でも週三でも、毎日だっていいぞ。ちなみにこっちは許嫁と違ってバイト代も出る双方の両親の許可を得た『契約』だから、文句はいわせんぞ、八幡?」

 

 そう言うとおっさんは俺たちの抗議の声を掻き消すようにガハハと笑いはじめた。楓さんもつられたのか「おめでたい日になったわね」と笑いはじめる。どうやら楓さんもあちら側らしい。

 

 「両親の許可は得た」という所でこれまでの流れに少し合点がいった。おっさんに入れ知恵をした奴がいる。きっと『こ』で始まって『ち』で終わる名前の天使だ。KMT。小町たんマジ天使。いや、この場合は悪魔だな。兄を貶める悪魔妹小町。矢印尻尾に悪魔の羽。チューブトップにミニスカート。あ、ちょっと可愛いかもしれない。いかんいかん惑わされるな比企谷八幡!

 そう言えば小町の奴、俺がここに来る前も何か知ってる風だったな。帰ったらきっちり問いたださねば。

 

 笑い声は未だやまない、もはや許嫁も家庭教師も断れる雰囲気ではないようだ。

 俺は『お孫さん』改め『許嫁』兼『生徒』と肩書きが一気に増えたJCをちらりと見る。

 どうやら向こうも笑い続ける祖父母の前に抗議する気力が失せたらしい。

 俺たちは同時に息を吸い込むと大きな溜息を吐いた。

 恐らくこれが俺と一色いろはの初めての共同作業。もうどうにでもな~れ。

 

 こうして俺と一色いろはの許嫁生活は幕を開けたのだった。




八幡が本気出したらもっと色々難癖つけるんだろうなぁと思う所もあるんですが
あんまり引っ張ってもなぁ……ということでタイミングと縁継さんの強引さを持って無理矢理収めてもらいましたw

というわけで3話にしてやっとタイトルの土台が完成、という感じです。
次回から少しづつ話を動かしていく、いきたい、いけたらいいなぁ……いくつもりですので、更新はちょっと遅れるかもしれませんが読んで頂けると嬉しいです。

感想、評価いつでもどこでもお待ちしてます。お気軽な気持ちでどうかよろしくおねがいします!


※2019/03/17 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます.
※2019/03/25 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。

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