やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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第31話~第37話まで連日投下中です!(2019/11/30~2019/12/06)
なんのこっちゃわからないという人はお手数ですが第31話の前書きを御覧ください。
本日四日目! 連日投稿も折返しです!


第34話 大丈夫

「それで……一色を嵌めたってことか」

「麻ちゃん……なんで? なんでそんなに悩んでる事話してくれなかったの!?」

 

 健史が登場し、浅田に寄り添うようにしながら「何があったかちゃんと話して?」と優しく語りかけた事で、浅田はぽつりぽつりと自分の気持ちを吐き出していった。

 

 最初はサッカー部の部員の態度や、妙な部訓のせいで疎外感を感じていた事。

 一色を嫌いになっていった事。

 赤星に告白し、振られた事。

 そして、一色を万引き犯に仕立て上げようとした事。 

 

 しばらく黙って聞いていた俺たちだったが。

 浅田はすべてを告白し終えると。まるで壊れたおもちゃのように「私は悪くない」と繰り返し、床を見つめ始めた。

 

「ね? 謝ろう? 僕も一緒に謝るから。大丈夫、お店の物を取ったんじゃないなら一色先輩もお店の人も許してくれるよ! ……そうですよね比企谷さん?」

 

 少なくとも万引の件に関しては理解した。

 というか、こいつは万引をさせたかったんじゃない、一色にデジタルタトゥーを入れようとしたのだ。

 だが店員が勘違いした事で、浅田の計画は失敗に終わった。何がどう転ぶかわからんな。

 まぁ、浅田のこの状況をみるに、もし計画が成功して情報が拡散されていても、こいつは責任を感じていたんじゃないかとも思う。

 それを気軽にやろうとしていたのは、ネット社会の弊害とも言えよう。一度拡散されてしまえば二度と消すことは出来ないというのに。

 

 とにかく、浅田の言葉を信じるなら万引の件は誤解さえ解ければ問題ない。

 しかし……こいつが謝って許してもらえるかどうかは正直なんとも言えない。

 そもそも俺は被害者ではないからな、権限がない。

 それを決めるのは俺じゃない。

 だから、俺は黙って浅田を見つめる。

 ここから先どうするかはコイツ次第で、一色次第だ。

 とはいえ……真相さえ分かればこれ以上俺が浅田に関わる必要性はないのかもしれない……。

 信じてもらえるかは別として、最悪俺一人でも一度スーパーに戻れば事情の説明は出来るだろう。

 というか、もし浅田の言う通りなのだとしたら、もしかしたら俺が行かなくともアチラはアチラで、すでに解決している可能性だってある。

 だが……そんな希望的観測に縋って後悔はしたくない、今俺がやるべきことはなんだ?

 誤解の解き方を考える事?

 店側が勘違いをしているのであれば、ある程度時間がかかっても防犯カメラをチェックしてもらうなり、在庫の確認をしてもらえれば万引なんてしていないと分かってもらえるだろうか? 怖いのは店側が誤解を認めない場合や別件で万引があって数が合わない場合とかか。

 しかしそれを考える前に……。

 

「大丈夫……です、ね? 麻ちゃん?」

「……悪くない……私のせいじゃない……」

「うん、そうだね、麻ちゃんは悪くないね。皆僕たちが悪いんだ」

 

 一向に返事をしない俺に痺れを切らせた健史が、俺から視線を逸らす。

 相変わらず浅田はブツブツと同じことを呟いている。健史によって赤子のようにあやされ、落ち着いているように見えるが。違うな……。

 もはや浅田は考えるのをやめていた。

 ただ健史に……誰かに「悪くない」と言ってもらう事を目的として殻に籠ろうとしている。

 俺にはそれが分かってしまった。

 しかし、真相が分かった今となってはこれ以上こいつに時間をかけたくないという思いもある……いっそもう警察を呼ぶか?

 いや、下手な騒ぎになればそれこそデジタルタトゥーという事にもなりかねない。

 俺個人の問題なら良いが、これは一色の問題だ。

 最低でも、向こうが警察を呼んでいる事を確認すべきだろう。

 つまり最後の手段。

 勝手に動いている俺が判断していい事ではない。

 かといって俺一人向こうに合流して確実に解決できるかと問われればやっぱり微妙。

 となると……仕方ない。やはりもう少し勝率を上げておこう……。

 まあ最後丸く収まるかどうかは賭けだが……。って今日賭けてばっかだな、俺はいつからギャンブラーになったんだ? 安定した専業主夫を希望しているはずなのに。

 はぁ、なんで俺がこんな事を……。

 ざわ……ざわ……。

 

「私は……悪くない……」

「……悪くないわけないだろ」

 

 浅田のつぶやきに合わせ俺は言葉を紡ぐ。

 突然発せられたその一言に、浅田の体がビクリと跳ね、それをみた健史も驚きの表情を俺に向けてきた。

 

「お前の言い分は分かった。だけどな、どんな言葉を尽くしてもお前がやったことは消えないぞ」

 

 その言葉でとうとう浅田の無意味な呟きが止まる。

 とりあえずこちらの言葉はきちんと届いているようだ。

 これならまだ勝算はある。俺はちらりと健史の顔をみた。

 少し怒っているような、困惑しているような顔で俺を見上げている。

 そう睨むな……。こっちも必死なんだ……。

 

「そうやって、健史に慰めてもらえれば満足か? 自分がやったことが消えるのか?」

 

 俺は所詮ぼっちで、このやり方が正しいのかも分からない。

 それでも今の俺にはこれしか出来ないのだ。

 状況を動かすために、俺は今俺にできる最善を尽くす。

 誰にどう思われても構わない。

 認められなくても良い。

 ただ……きっとおっさんは笑ってくれるだろう。

 根拠はないが何故かそう確信し、俺は言葉を続けた。

 

「そうやって私は悪くないって言ってれば、誰かが許してくれると思ってるんだろ? 可哀想な私をこれ以上苦しめないで下さいって? お前が一色になれないのはそういう所なんだよ。多分みんな分かってるぞ? 俺でさえ分かるぐらいだ。八つ当たりで人を貶める。お前はその程度の奴だって、だから……」

「ひ、比企谷さんは少し黙ってて下さい!!」

  

 俺の言葉を遮るように、健史が声を荒げる。

 それまで心配そうに優しく語りかけていた姿からは想像も出来ない形相で立ち上がり、俺を睨みつけてくる。

 そうだよな、どんな事をしてても、お前はそいつの事が好きなんだもんな? お前はここで立ち上がらない男じゃないだろ。

 とはいえまずい……殴られるか……? 

 健史が拳を握り込むのに気付いて、俺は思わず足を一歩引いてしまった。情けない……。そういう所だぞ俺。

 俺は歯を食いしばり、その時を待った。

 ……だが、一向に衝撃は飛んでこない。

 

「どうした? こないのか?」

 

 俺がニヘラと強がって笑ってみせると、健史は俺を一瞥し、ふぅと息を吐いた。

 

「……いえ。僕が……今ちゃんと話さなきゃいけないのは、麻ちゃんですから……」

 

 そう言って、再び浅田に向き直り、もう一度しゃがみこんでその肩を掴む。

 ……どうやら、今度こそ俺の出番は終わりらしい。

 

「麻ちゃんの辛さは……僕には分からないかもしれない。でも麻ちゃん、一個勘違いしてるよ……」

「勘、違い……?」

 

 浅田がゆっくりとその顔を上げた。

 この場で初めて浅田と健史の顔が向かい合う。

 その顔はまるで亡者のように真っ白だった。

 

「あの部訓はね、僕が兄さん……ヒロ兄に頼んで作ってもらったんだ」

「え?」

 

 健史の言葉に、浅田が目を見開く。

 いや、それは俺も驚いた。

 部訓ってさっき言ってたあれだろ?

 「マネージャーに邪な気持ちで接しない事」みたいなやつ。

 健史の案だったのか。

 

「ヒロ兄が部長になった時……『折角だから何か部長らしい事をしたい』って言ってて。よく一色先輩の話も聞いてたから、一色先輩の事をカモフラージュに使わせてもらって。僕が考えたんだ」

 

 健史は照れくさそうにそう言うと、右手で自分の頬を掻いた。

 そう『一色に』と断定しているわけではないのだ。

 対象はあくまで『マネージャー』つまり当然浅田も含まれる。

 浅田自身がそれに気付いていなかった為に、妙に一色に寄り添った形に見えるが。守られていたのは一色と、浅田の二人なはず。

 そこに気付いていればあるいは……。いや、意味のない仮定だな。

 

「本当は麻ちゃんと他の誰かが付き合ったりしないように……僕、麻ちゃんの事好きだから……僕が中学に入るまでに麻ちゃんに彼氏とかが出来たら凄く、嫌だったから……」

 

 ……ん? 今「好き」って言ったか?

 もしかして俺、今人生で初めて他人の告白現場に立ち会ってる?

 あれ? というか、完全にそういう流れだったな?

 ど、どうしよう。外出てたほうがいいかしら?

 いや、それはそれで不自然か。 

 と、とりあえず目を瞑っておけばいいか?

 俺は岩……いや、木だ……小学生の頃の学芸会を思い出せ……。

 

「う……そ……嘘! あれはいろは先輩のための……」

「うん、実際そういう面もあったんだと思う。当時はいろは先輩に近づきたくて部活に来る人達もいたらしいから。だからそういう人達の抑止力になればいいって。ヒロ兄は僕の案を採用してくれたんだ。でも、僕が提案したのはあくまで麻ちゃんの為だよ。麻ちゃんを他の誰にも取られたくなかったんだ。だから、そういう決まりを作ってってお願いしたんだ」

 

 どうやらこいつ本人の知らないうちに外堀から着実に埋めていくタイプのようだ。

 なんか俺こういうタイプを他にも知ってる気がする。誰とは言わないけど。

 おっと、俺は今電信柱だったな。考えるな、感じろ……。

 

「そんな……だって……私……」

「ね? 赤星先輩との事でその……きっと色々考えすぎちゃってたんだよ。麻ちゃんが魅力的な女の子だって、僕はちゃんとわかってる。昔からいつも僕の手を引っ張って、僕を守ってくれてありがとう。……でも今度は僕が守るから、だからちゃんと謝りに行こう? まだ間に合うから。……ですよね? 比企谷さん?」

 

 健史は、そう言って俺に目配せをすると、優しく微笑んだ。

 どうやら、浅田の目にも僅かだが光が戻ってきたようだ。

 これならいけるか?

 なんだ年下だと思っていたが、コイツのほうがよっぽど大人じゃないか。一時はマジで殴られるのも覚悟したが。

 なるほど、健大がこいつを部長にしたのは案外こういう所なのかもしれない。

 少しこいつの評価を見直したほうが良いかもな。

 さて、そろそろ俺も人間にジョブチェンジするとしよう。

 

「……一応もう一度だけ確認するぞ? そのスーパーで万引したものじゃなくて、別の店で買ったものなんだな?」

「……はい」

 

 浅田は一度小さく頷いて。健史に支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「レシートとかはあるか?」

「えっと、ここに……」

 

 浅田が自分の財布からレシートを取り出し、俺に手渡してきた。

 そこには四つの商品が書かれている。ペットボトル飲料も書かれているので、恐らくそれ以外のどれかを一色の鞄に忍ばせたということなのだろう。後は信用してもらえるかどうかだな……。

 正直装備品としては心もとないが、他に武器はないし、あちらの状況もわからないためこれ以上時間は掛けられない……まだしばらく胃痛に悩まされそうだ。

 

「よし、じゃあ行くか」

「はい。麻ちゃんもほら、急ぐよ」

「う、うん」

 

 健史が浅田の手を握るのを確認して、俺は一足先に宿直室を後にする。

 校庭からはすっかり生徒の姿が消えていた。

 

*

 

「比企谷さん、遅いですよ」

「……ハァ……ハァ……」

 

 先陣を切ったのは良いものの、息一つ切らせていない健史に急かされながら、俺は息も絶え絶えにスーパーの中へと入っていく。

 いや、まじ疲れた……こいつ足早すぎんだろ……さすがサッカー部。

 浅田も息があがっているが俺ほどではない、そういや俺入院して以来体育もずっとサボってたしなぁ……。二学期から頑張ろう……。

 なんとか息を整えると、ふと浅田の左手が震えているのが見えた。恐らく疲れや店内の冷房のせいではないだろう。

 だが反対の右手は健史によって強く握られていた。それは逃げ出さないためか、はたまた別の意図からか俺には測りかねた……。

 

「すんません、さっき万引で捕まった奴がいると思うんですけど。まだいます? ちょっと話しさせてもらいたいんですけど」

「あ? 万引? 何あんた達?」

 

 まずは店員のお姉さんに事情を説明して一色と合流させてもらおうと思ったのだが、お姉さんは話しかけた瞬間にメチャクチャ睨んで来た。

 べ、別に怖くなんてないんだからね!

 

*

 

 お姉さんになんとか事情を説明し、俺たちはスーパーの奥の事務所へと案内される。

 そこには、五十代ほどのおっちゃんと。気の強そうなおばちゃん、そしてもみじさんと一色が長椅子を挟んでパイプ椅子に座っていた。

 

「店長、なんかこの人達が万引の件で話があるって」

 

 レジのお姉さんに紹介されたので、俺は一歩前に出て発言した。

 先手必勝だ。

 

「あー、すみません、こいつの関係者なんですけど、ちょっと今回の万引の件でお話しさせてもらっていいですかね?」

「え!? 八幡くん!?」

「……セン……パイ……?」

「ああ、貴方たちが万引グループなのね? ちょうどよかった、今更自首しても遅いわよ? さ、あなた達も連絡先書きなさい?」

 

 俺の姿を見て驚くもみじさんとは反対に一色は俺の姿を見てもあまり驚いていない、万引の件で相当のダメージを受けているのか、大分消沈しているようだ。少しだけ心配になる。

 とりあえず……警察を呼ばれる事態にはなってないみたいだな。

 一先ず間に合ってよかった。

 

「……もう大丈夫だ」

 

 俺は不安そうに見上げてくる一色の頭にポンと軽く手をおいた。

 おっと、こういうのは女子にやると嫌われるんだったか。

 これが許されるのはハーレム系ラノベの主人公だけらしいからな、自重。

 しかし、俺が慌てて手をどけても。一色はゆっくりした動きで自分の頭を擦るだけで他にリアクションがない。そのノロノロとした動作はいつもの一色からはかけ離れたもので、心配の度合いが少しだけ上がる。

 だが、とりあえず一色の事はおいておこう。今は問題の解決が先だ。

 俺は店長と呼ばれたおっちゃんとおばちゃんに向き直ると、事情を説明するべく口を開く。さて、最後の仕事だ。

 

**

 

「勘違いさせるような事してごめんなさい! でも万引したものじゃないんです!」

「……っていわれてもねぇ? 店長」

「うーん……」

 

 事情を説明し、浅田が頭を下げたが。店長とおばちゃんの反応は薄い。

 やはりすぐに信じては貰えないか……。

 そもそもグループでの犯行だと思われているらしいので、逆に俺たちが来たのが失敗だったのかもしれない。

 相変わらず一色が俺の方をじっと見つめている。

 『何しに来たんだ』と責めているのだろうか?

 いや、さすがそこまでは頭が回らなかったんだから仕方ないだろ……。

 

「証拠はある?」

「レシートがあります」

 

 俺は浅田から預かっていたレシートを場に出し。

 店長に見せた。

 すると店長は一瞥した後、フム。と考え込んだが。

 おばちゃんはマジマジとそれを見つめ、手に取ると何やら光に透かしたりしている。

 いや、それで何がわかるんだよ。

 

「うーん、でもこれだけじゃぁねぇ。そのレシートに書かれてるのがこの商品だとは証明できないじゃない? ここに来るまでに用意したものかもしれないわ。ねぇ、店長」

 

 おばちゃんの言葉に店長も困ったように後頭部を掻き始める。

 まあ、アリバイ工作をしてきたと思われても仕方はない時間ではあるので駄目だとは思っていたが、実際そのとおりになると堪えるな……。

 おばちゃんは何故か得意げにフンフンと鼻を鳴らしながら腕を組んでいる。ガン○スター気取りかよ。

 

「防犯カメラとかを見てもらえば……」

 

 次に、浅田が恐る恐るという様相で発言した。

 少なくとも浅田が盗んでいない以上、決定的な場面は撮られていないはずだ。さて、どうくる?

 

「防犯カメラは見てみたわよ、残念ながらお客さんの影に隠れていて盗る瞬間は映ってなかったけど。お菓子コーナーを通った所も、あなたたちが商品を受け渡している瞬間もばっちり映っていたわ」

 

 だが、おばちゃんはそう言って、一色と浅田を交互に指差すと得意げに胸を張った。

 それが相当ショックだったのか、浅田の顔色も一瞬で青ざめる。

 いや、浅田の話を聞いた上でなお、決定的な瞬間がなくてもそこまでマウント取れるとか逆に尊敬するわ。なんなのこのおばちゃん? つよい。

 

「じゃ、じゃあ在庫を確認してみて下さい! 数が合わないはずです!」

 

 続けて、健史がそう提案した。

 健史も浅田の顔色を見て焦っているようだ。

 内心では俺も焦っている。

 やってない事を証明するのがここまで難しいとは。

 まさに悪魔の証明。

 

「それをするなら店が閉まってからだね、じゃないと正確な数がわからないだろう。他のお客さんも居るからね」

 

 店長にそう断られ、健史が落胆した。

 しかし、これに関しては店長もこちらが憎くて言ったわけではないだろう。

 データ上の在庫の有無だけならともかく、今回は正確な数を確認する必要がある。

 客が持ち歩いていたり、どこか別の場所に置かれていたりしたらそれこそ万引の疑いが強まってしまうのだから。むしろフェアな提案とも言える。

 

「だから! もう警察を呼んで、諦めて何か言いたいならあとはそっちで勝手に言い訳しなさいよ! こっちも忙しいのよ!」

 

 俺たちが粘るのがよほど気に入らなかったのか、おばちゃんが突然声を荒げた。

 このおばちゃん、自分の立ち位置分かってんのか?

 一歩間違えれば即崖下に転落だぞ……? 

 仕方ない……もう最後の手段に出るか……。

 俺は一度ふぅとため息を付き、自分を落ち着かせる。

 

「分かりました、警察呼んでもらいましょう」

 

 そう提案する俺に、場にいた全員の視線が集中した。

 

「は、八幡くん? あんまり大事には……」

 

 もみじさんが慌てた様子で立ち上がったので俺は片手でそれを制する。

 

「いえ、これはきっちり調べてもらったほうがいいです」

「でも……」

 

 もみじさんはチラリと一色の方を見た後、不安げに俺を見つめた。 

 分かっている。

 どうにもさっきから一色の様子がおかしい。

 未だにうんともすんとも言わず、じっと俺の方を見つめている。

 それはつい先程までの浅田のようでもあった。

 最早考えるのをやめてしまっている。

 だからこそ、俺も焦っているのだ。

 下手をしたら自棄になって余計なことを言い出しかねない……。

 

「そうよそうよ! そうしましょ!」

 

 どうやらこの場で賛同者はおばちゃんだけみたいだな。

 浅田も警察と聞いて不安げだ。今度こそ捕まると思っているのだろう。健史の手を強く握り、離そうとはしない。

 そして……店長も俺の提案を渋っている。ということは、店長は誤解の可能性があると考えてくれているという事だ。なら……いけるかもしれない。

 

「そうしたら閉店後と言わず、きっちりお店の中も調べて在庫確認してもらって、もし数が合わなかったら今来てる客が持ってないかちゃんとチェックもしてもらう。それと、数が合わない場合は他の万引き犯が映っていないか、防犯カメラも徹底的にな」

「そ、そこまでしなくても……ねぇ?」

 

 おばちゃんが焦ったように店長を見た。

 店長も更に顔をしかめている。

 及び腰になっているようだ。まあ当然だが……。

 

「で、でもそれは閉店後だってさっき店長さんが……」

「閉店後だと店側にマイナスが無くても、無かったことにしてこっちが罪を着せられる可能性もあるだろ? なにしろ冤罪をふっかけてくるような店だからな。警察ならフェアだ」

「そ、そんな事するわけないでしょう!!」

 

 健史と俺の会話に、おばちゃんが奇声をあげて割って入ってきた。

 相変わらず店長は何も言わない。

 だからこの場はおばちゃんは無視。

 

「それと指紋も取ってもらおう。健史、お前はこれを買ったコンビニ行ってくれ。そっちの店員の指紋も必要になるだろ。レシートに担当者の名前書いてあるからその人と連絡とれるようにな」

「わ、わかりました」

 

 健史が、慌ててテーブルの上のレシートを取ろうとするので、俺はそれより先にレシートを拾い上げ、担当者を確認するふりをする。

 一瞬不思議そうな顔をする健史、今にも走り出しそうな勢いだ。

 ちょっと待て。慌てるな。ステイ。

 

「それと……オバサン。あんた犯行現場見たわけじゃないんだよな? これ、無実が証明された後は。完全に女子中学生監禁事件だからな、きっちり責任は取ってもらうぞ? 覚悟しておけよ?」

「そ、そんな監禁だなんて人聞きの悪い……!」

 

 おばちゃんが慌てて反論するが、これは無視。俺の狙いは……。

 

「よく確認もせず証拠もない状況で、無理矢理荷物チェック。後から証拠を作り上げて客を閉じ込めた店となれば警察も問題にすると思いますし、客の評判もだだ下がりだと思うんですけど。どうっすかね? 店長さん?」

 

 ハッタリに次ぐハッタリ。

 ブラフに次ぐブラフ。

 だが、脅しのような俺の言葉に……おばちゃんは相当ビビってくれている。

 正直俺もやばい橋を渡っている。

 警察が来たとしても、すぐに解決はしないだろう。第一、本当にそこまで動いてくれるかは分からないし、指紋にしたってどの程度残っているのかも俺にはわからない。

 だが、これ以上長引かせたくないのは恐らくどちらも一緒。

 ならばあえてここは徹底抗戦の構えを示す。頼む……折れてくれ。

 

 こんな事。俺の柄じゃない事はわかっている……でも、おっさんに頼まれたのだ。

 こいつを……なんとか守ってやりたい。

 それが俺の……。

 俺の……そう、仕事なのだから。

 

*

 

 場に沈黙が流れる……。

 店長も判断に悩んでいるのだろう。

 くそっ、これでもダメか?

 恐らくあと一歩なのだ。

 せめてもう一つ何か押し切る材料があれば……何か、何かないか?

 考えろ、考えろ、考えろ!

 

「あの……ちょっといいすか?」

 

 そうして俺が思考を巡らせていると、突然さっきのお姉さんが俺を押しのけるように、挙手したまま一歩前に出てきた。

 

「万引された商品ってこれ?」

 

 お姉さんは、テーブルの上に置かれている小さなその商品を指で摘むとシゲシゲと眺め始める。

 なんだろう?

 単品で買っていればシールが貼られていると思うんだが……。

 これは他のペットボトルと一緒に買ったものだ。恐らく最初は袋に纏めて入れられていたのだろう。シールは貼られていないはず。

 

「え、ええ。全く困った子達よね……素直に認めてくれればこっちだって大事にするつもりもないのに……ほら、さっさとゴメンナサイしなさい? 許してあげるから」

 

 その様子を見ながら、おばちゃんが再起動した。

 まずい、俺が作った空気が霧散していくのが分かる。

 ここまで来て、なぁなぁで終わるわけにはいかないというのに……!

 

「これ、うちの商品じゃないですよ」

「「「え!?」」」

 

 それはお姉さんを除いた、その場にいる全員の驚きの「え!?」だった。

 なんだ? もしかして他店のシールが貼られていたとかなのか?

 それとも他に何か、ひと目で他の店の物だと分かる証拠があったのか?

 

「え!? ど、どういう事? だってこれ例の……!」

「ええ、例の『タピオカガム』ですよね? 今流行ってるっていう奴。でもウチに一昨日入った奴は、昨日までで全部はけてますよ? まとめ買いしてった客もいて、次に入荷するのは十月以降になりそうだって、担当の松岡さんも言ってましたし……ってああ、そういえば店長は昨日休みでしたっけ? うちに残ってるのは『マカロンガム』とかいうパッケージ似せた類似品の人気ない方です。タピオカの方は在庫ゼロだからウチから万引なんてできないですよ」

 

 慌てるおばちゃんの言葉に、お姉さんは冷静にそう答えると、手に持っていたガムをテーブルの中央へと戻した。

 おばちゃんの顔もみるみる青ざめていく。

 え? これ、小町が探してたっていうあのタピオカガムなの!?

 Amazingで三~四ヶ月待ちとかいう?

 浅田の手に戻されたら後で譲ってもらえないか交渉しよう。

 帰ったら小町に自慢出来る。

 

「ほ、本当かね? おい、ちょっと松岡呼んで来い!」

「は、はいぃぃぃ!」

 

 突然の事態の変化に店長が慌ててそう指示をだし、おばちゃんはドタバタと店の方へと走っていった。

 

「んじゃ、あたしは上がりの時間なんでこれで。……お先失礼しまーす。あ、お嬢ちゃん、あんま兄貴に迷惑かけんなよ?」

 

 そうしている間に右目の下の泣きぼくろ(・・・・・)が印象的なお姉さんは俺たちにそう言い残し、長いポニーテール(・・・・・・)を揺らしながら去って行く。

 カッケー……!

 俺が女だったら危うく惚れてる所だったわ。

 ってかそういう事なら在庫の確認だけで良かったのか。やっぱ俺始めから要らなかったじゃん……。うわ、色々恥ずい。何が警察だよ。何が覚悟しておけだよ……。ああああああ……。

 走って来て損したわ……。

 

「えっと……ということは?」

「どうやら無実が証明されたみたいだな」

「よ……良かったぁ……」

 

 俺の解説に浅田と健史がその場でへたり込む。

 どっと疲れた。

 こういうオチなら俺が一色の家で留守番してても問題はなかったのだろう。

 まあその場合は多少時間が掛かったかもしれないが。

 この店に商品が存在しない以上、一色の無実は揺るがなかったはずだ。遅くとも警察が来ればすぐに判明しただろう。

 

「八幡くん!」

「うぉっ!?」

 

 ふぅと一息つこうとしたところで、突然何かとてつもなく柔らかい衝撃が俺を襲った。もみじさんが抱きついてきたのだ。

 心臓に悪いから辞めて欲しい。

 

「ありがとう、ありがとうね」

「あ、いえ、俺は別に……」

 

 俺はただいつものように空回りしただけだ。

 ほんの少し歯車の先が当たって、物語が進むのを早めた程度の存在でしかない。

 絶対に必要だったか? と言われたら百パーセント『ノー』。

 こんな事で礼を言われても困る。

 

「私一人じゃどうにもならなかったわ……駄目ね、母親なのに。もっとしっかりしないと」

 

 もみじさんは俺の後頭部を撫でながらそういうと、目元を拭いながら

ゆっくり俺から離れていく。もしかして泣いていたのか?

 

「ほら、いろはちゃんもお礼言いなさい?」

 

 そうして、俺の視界からはずれるようにもみじさんが移動して、ポンと一色の肩を叩く。

 一色は相変わらずパイプ椅子に座っているが。なんだかまだ様子がおかしい。妙に頬が赤く、その瞳は潤んでいる。

 ん? 一色も泣いてんの? いや、だからそんな泣くほどの案件じゃなかったっぽいぞ……。

 

「一色……?」

「セン……パイ……」

 

 よほどショックだったのだろうか?

 一色は俺が呼びかけると、フラつきながらパイプ椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

 マジで大丈夫? 病院呼ぶ?

 

「……無実が証明されたぞ、良かったな」

「無……実……?」

「なに? 嬉しくないの?」

「……私……万引なんて、してない……してないんです」

 

 どうも会話が噛み合っていない。

 もしかして、あまりのストレスで脳がやられたとか?

 まずいな、受験まで半年切ったっていうのに。

 

「ああ、だからそれが証明されたって……うぉっ!」

 

 だが、俺の言葉が言い終わる前に、今度は一色が俺に抱きついてきた。

 な、な、な何事? 

 う……もみじさんとはまた一味違う柔らかさがダイレクトに……!!

 

「セン……パイ! センパイ! センパイセンパイ……!!」

 

 俺がパニクる暇もなく、一色は俺の胸の中でワンワンと泣き始めた。

 ええー……どうしたらいいのこれ……。

 

「……あー、ほら、泣くな……もう大丈夫だから……」

 

 一色は俺の背中に手を回しているが、俺はその背中に手を回すこともできず、両手を所在投げに彷徨わせている。

 今の姿は傍から見れば、さぞ滑稽であろう……おい、健史笑うんじゃない。

 こっちはどうしようもないんだよ。男のお前なら気持ち分かるだろう。

 ってかいつまで浅田と手握ってんの?

 

「私……万引なんて本当に!」

「わかってるよ、だからもう終わっただろ」

「へ……?」

 

 俺がそう言うとようやく一色は顔を上げ、周囲を見回した。

 どうやらやっと状況に気がついたようだ。よほど錯乱していたのだろうか?

 一色はその場にいる一人ひとりの顔を確認するように、全員見回すと、再び俺の顔を覗き見た。近い。

 んじゃ……わかったらいい加減少し離れてくれませんかね?

 

「大丈夫、もう終わった。お前は無実だ」

「うっ……うわぁぁぁぁ!」

 

 だが、なぜか一色は再び俺の胸に顔をうずめ泣き出す。

 ええええ……? なんで?

 どうしたものかと視線を彷徨わせていると、もみじさんが親指を立て小声で何かいっている……なに? GO?

 全くこの人はこんな時に何を……。

 はぁ……。頼むからセクハラで訴えたりしないでくれよ?

 

「よく、頑張ったな」

 

 俺は恐る恐る、一色の背中をポンと叩いた。

 だが、それでも一色の涙を止めることは出来なかった……。

 どうしろっていうんだよ……誰か助けて。




伏線回収していくの楽しい。
さて、皆さんの予想はあたっていましたでしょうか?

色々言いたいことはあるけど長くなりそうなので
連日投稿後の活動報告でまとめて投下予定です。よろしければ覗いてみて下さい。

ひとまずこれで事件は解決となりますが……夏休み編はもうちょっとだけ続きます。

いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。
連続投稿もあと半分!よろしければもう少しだけお付き合い下さい。

※この物語はフィクションです。実際に同じようなこと(万引・虚偽申告)をすると法で罰せられる可能性があります。絶対に真似しないで下さい。

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