やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

ギリギリ土曜日に間に合ったので八日連続投稿ってことで一つ……。



第38話 この素晴らしい契約の見直しを

「人の財布投げないでくれる?」

「……す、すみません……」

 

 俺の財布をおっさんに投げつけようとする一色の手を、すんでの所で掴み、なんとか回収すると、一色は何故か頬を赤らめながら謝罪をしてきた。

 上目遣いでもじもじと体を動かしている。

 いや、そこまで本気で怒ったわけじゃないんだが……。

 もしかしてトイレ? 早く行ってきなさい?

 俺にはまだ話さなければならないことがあるのだ、一色が席を外してくれるなら丁度良い。

 

「もみ……」

「じゃ、じゃぁちょうど話も終わったことですし、そろそろ部屋行きましょ? 時間無くなっちゃいますよ?」

 

 だが、俺の言葉を遮り、一色がシナを作りながらそんな事を言って俺の袖を引く。

 あざとい……。

 言葉だけを切り取ったら何か別の妄想をしてしまいそうだ。

 いいからトイレ行ってきなさい?

 

「いや、ちょっと待ってくれ、まだ話があるんだよ……」

「ええー、まだ何かあるんですかー? もういいじゃないですかー?」

 

 体を左右に揺らしながら、ぶーぶーと文句を言う一色の姿は駄々っ子そのものだ。

 なんというか、こういう所もみじさんそっくりだなぁと思う……。

 って、そうだもみじさんにちゃんと言わなければいけない事があるのだった。

 

「もみじさん」

「は、はい!! え? 私?」

 

 俺が改めて声をかけると、麦茶を入れ直そうとしていたもみじさんが驚いたように顔をあげる。

 そう、次に話すべきはもみじさん。

 これまで曖昧になっていた部分をしっかり話しておかなければならない。

 だからそのために……。

 

「これ、受け取って下さい」

「ええ!?」

 

 そう言って渡したのは、たった今おっさんから渡された封筒。

 それを見て、おっさんも驚愕の声を上げる。

 

「おい、返金不可だって言ったろ!?」

 

 いや、わかってるよそんな怒らないでくれる?

 怖いよ、泣いちゃうだろ……。

 

「返金じゃねーよ、これは食費だ」

「食……費……?」

 

 その場にいた俺以外の全員がまたしてもぽかんと口を開ける。

 いや、そんな変なことは言ってないはずなのだが……。

 

「えっと……どういうことですかセンパイ?」

「ほら……俺いつもここで夕食食わせてもらってるだろ? その分だ」

 

 そもそも俺は契約時、家庭教師終了後の夕食については断っているのだ。

 つまりこれまでのは全て契約外での事。

 しかし、それでもほぼ毎回この家で夕食をごちそうになってしまっている。

 こんな事が許されていいはずがない。

 正確に食費がどれだけ掛かったかはわからないが、仮に一食五百円として、月に約四回。それを四カ月。単純計算だと八千円だ。

 もちろん食べていかなかった日や、ここに来なかった日もあるが、もみじさんの料理は美味い上に豪勢なので、一食五百円で済まない可能性も高い。誕生日会も含めるなら八千円というのは正確ではないにしろ大きくは外れていない額ではないかと思う。

 ケーキなんて一カットで四百円位するしな。

 

「いいのよ? そんなの私が勝手にやってることなんだから、お金なんて気にしないで?」

 

 だが、もみじさんはそう言って封筒ごと俺の手を両手で包みこんで来た。

 柔らかく、温かい。

 すごく恥ずかしい、顔が熱くなってくるのが分かる。

 しかし、ここで流されるわけには行かないのだ。

 

「いえ、気にします。これは受け取って下さい……それで……代わりに一つお願いを聞いてもらえないですかね?」

「……お願い?」

 

 俺の言葉にまたしても一色家の面々が首をかしげた。

 全く同じタイミングで同じ動作をする一色家を見て、思わず笑いそうになるのを堪えながら、俺は言葉を続ける。

 

「……その……家庭教師の契約の時、夕食を食べてく事、断りました。でも、結局ずるずると先週もごちそうになっちゃって……本当申し訳ないと思ってるんです」

「ううん、本当に気にしないで? むしろ嬉しいんだから。いろはちゃんなんて最近「ダイエットだー」なんていって折角作ったご飯も残しちゃうのよ? 八幡くんが食べてくれると私もとっても嬉しいの」

「ママ!!」

 

 もみじさんの言葉を聞いて、一色が声を荒げた。

 なんだ、ダイエットしてるのか、さっきから一色がイライラしているのはそれのせいかも知れない。小町もたまに思い出したようにダイエットとか言うからなぁ。でもあれ、家族側は迷惑なんだよ。変にイライラされるし、こっちが普通に食ってるだけで鬼のような目で見てくる。

 別に見た目からして太ってるわけじゃないんだし、ちゃんと食った方がいいと思うぞ?

 まあそれはさておき。

 

「……ええ、だからっていうわけじゃないんですけど……その……、改めて来週からも、仕事の後ここで夕食食べさせてもらうわけにはいきませんかね?」

「え!?」

 

 三度、もみじさんが驚愕の声を上げる。

 一体何を言っているのかわからないという顔だ。

 もしかして、駄目、なんだろうか?

 

「ほら……その……折角食器も用意してもらったんで……」

 

 そう、食器。

 一色に誕生日に買ってもらった食器。

 正直に言おう、俺はあれが欲しい。

 いや、恐らく一色家の認識としても、あれ自体は俺のものなのだが、

 できれば持って帰りたいと思っている。

 なにせ、俺が初めて家族以外の誰かからもらった誕生日プレゼントだ。

 まあその後鍵やらなんやらも貰ったが『一番最初』という意味ではあの食器が正真正銘初めてだろう。

 正確に言えばあれはただの物だ。同じものを買ってくれば事足りるのかもしれない。

 だがやはり……なんというか。そう、コレクター魂とでも言うべきか、折角貰ったものだし、記念に取っておきたいそんな欲が俺の中で渦巻いている。

 その感情の正確な名前は分からない。

 ただ「あれでなければ駄目だ」という。そういう酷くワガママな意思のようなものが確かに俺の中に生まれていた。

 だが、その願いは敵わない。

 なぜなら、持ち帰り不可だと送り主に言われているからな。

 使うのは『この家でだけ』だと。

 ならどうする?

 

 正直、もみじさんの料理は美味い。

 食えるものなら、毎週食いたいとも思っている。

 だが、やはり毎回タダで食わせてもらうなんて図々しすぎるだろう。

 俺だったら確実に図々しい奴だと罵る自信がある。

 なんだったら追い出す。

 

 だからといってその事を口に出さず、今までのようになんとなく夕食の席に呼ばれるのを待つのか?

 本当は食いたいのに、食いたくない振りをして誘ってもらうのを待ち続ける?

 そんな浅ましいマネができるわけないだろう?

 だから……もういっそ、最初からおかしかったこの契約内容を変更してしまおうと思ったのだ。

 

 そう、この曖昧な状況に理由をつけてしまえばいい。

 先程の時給に関する問題と同じ様に、この項目も修正。

 時給二千円という契約に『OK』を出した自分をなかった事にする。

 『夕食は食べていかない』と言った自分をなかった事にする。

 そうすれば、いざという時、一色家としても俺を排除しやすいはずだ。

 優しいこの一家が、いつか俺の事を負担だと思った時に、いつでも『契約を破棄して追い出せる』という手札を残すことができる。

 

「……だから……これからはちゃんと食費を払うので……バイトの後はここで食事をするっていう形で……駄目っすかね?」

 

 これで断られたらどうしたらいいのかわからん。

 折角時給も並になったのだ、どうにかここも押し通しておきたい。

 それか……いっそもう『お前には夕食は作らない』と言い切って欲しい。

 俺の心の安寧のために……。頼む……。

 俺は祈るような思いで、もう一度封筒をもみじさんの方へと押し出した。

 だが、もみじさんは何も言わない。困ったように視線を彷徨わせている。

 僅かな沈黙が俺の体に突き刺さった。

 

「八幡……ちょっとそれ貸せ」

 

 その沈黙を破ったのはおっさんだった。

 おっさんは、俺からもみじさんを引き剥がすと、俺の手から封筒を奪い取る。

 そして一瞬だけ考える素振りを見せると、中から五千円札を抜き取った。

 え?

 

「一ヶ月千円。どれだけ食ってこうが食ってくまいが変動なし。今月分も含めて五ヶ月分だ。これで今月は胸張って飯食ってけ。来月からも同様だ。それでいいんだろ?」

「……それだけ……?」

 

 一月千円はちょっと安すぎるんじゃないだろうか?

 一食辺り二百五十円。コンビニだったらおにぎり二個がギリギリのラインだ。

 

「バーカ、こっちは定食屋じゃねーんだ、きっちり幾らなんて決めてねーんだよ。時給半額にまでした学生が格好つけんな。ここらへんで譲歩しとけ」

 

 しかし、おっさんはそう言ってバンっと俺の胸元に封筒を突きつけてきた。

 俺はどうしたもんかと、一度ちらりと楓さんの顔を見る。

 するとにっこり笑いながら一度頷いてくれた。

 これ以上言うのは野暮ということか……。

 

「……わかった……サンキュ。それで頼……お願いします」

 

 俺がそう言って三千円の入った封筒を受け取り頭を下げると。

 おっさんは満足げに笑った。

 

「え、でもお父さん!」

 

 だがどうやら、もみじさんはまだ少し不満なようだ。

 その五千円を受け取ろうとはせず、おっさんに食って掛かる。

 

「もみじ……八幡の気持ちも汲んでやれ、こいつも男なんだ」

 

 しかし、おっさんはそれを抑え込み、五千円札を無理矢理もみじさんに握らせると、そのまま楓さんにパスする。

 

「はいはい、もみじちゃんは向こう行きましょうね」

「え? えええぇぇ? 八幡くん!? 八幡くーん! じゃ、じゃあ今日も美味しいの作るからね! いっぱい食べてね!? 待っててね!」

 

 俺はその二人を苦笑いで見送りながら、手元に残った封筒をカバンの中にしまったのだった。

 

「本当に、成長したみたいだな……」

 

 女性陣がいなくなった後のテーブルで、おっさんはシミジミとそう呟く。

 いや、だから成長なんてしてないんだよなぁ……。

 あ、でも身長は伸びたのか? そういや最後に身長計ったのいつだっただろう?

 俺まだ成長期だったりするんだろうか?

 

**

 

「さて、久しぶりに授業やるぞ」

「はーい♪」

 

 それから、ようやく俺達は一色の部屋へ行き、授業を行うことになった。

 時刻は十八時、もうあと一時間しか授業時間がないが、まあ仕方ない。

 

 一色の部屋に入るのは実に一ヶ月ぶりだ。

 そういえば前回来たときに見たあのパネルはもう消えているな。

 もう誕生日も過ぎたので、用済みになったのだろう。

 それ以外は特に一色の部屋に変化は見当たらない。

 まあ、部屋なんてそうそう変わるもんじゃないか。

 俺はいつも通りのクッションに座り、一色と二人で丸テーブルを囲んだ。

 ん?

 

「なんで一色もこっち座ってんの? いつもはそっちの机でやってるだろ?」

「えー? いいじゃないですかー、この方が色々教えてもらいやすいですし?」

 

 いや、教科書類がほとんど机の棚にあるんだから。一色がこっち座ったら手間だろ。

 よくわからんな……。

 

「まあいいけど……そういえば模試の結果は? 返ってきた?」

「あ、はい! 見て下さい。ジャジャーン!」

 

 そういって一色が手を伸ばし机の引き出しをあけると三つ折りにされた紙を取り出して見せてくる。

 俺はそれを受け取ろうとして……一瞬一色の手と触れた。

 すると、一色は「あっ……!」と慌てた様子で手を引っ込め、その紙を落とす。

 

「え?」

「ご、ごめんなさい……!」

「い、いや……俺も悪い……」

 

 え? 何? 静電気じゃないよな……?

 触られるのが嫌だったとかなんだろうか。ちょっと凹む。

 そして、心なしか一色との距離が少し遠くなっている。

 もしかして……避けられてる?

 あれ? 俺なんかしたっけ?

 先週とかはむしろ向こうから過剰にスキンシップしてきたイメージなんだが……。やっぱ俺臭いんだろうか?

 ……まあ、深く考えないでおこう……俺が傷つくだけだ……。

 どうせ他人から避けられるのは慣れている。いつもの事だと、割り切って、俺はそれ以上の詮索を辞めて小さなテーブルの下に落ちた紙を拾いあげた。

 

 少しだけ気まずい二人きりの部屋で、俺がその紙を広げると、中には『海浜総合高校 合格可能性 B』と書かれていた。

 どうも俺が受けた時と比べるとデザインが変わっているようだ。

 細かく成績の分析もされており、『この学校に合格するためには!』というアドバイスまで書いてある。

 なんというか至れり尽せりだな。

 

「Bか。まあ評判通りって感じだな」

「……評判ってなんですか? どこかで私の評判聞いたんですか?」

「いや、一色の成績がよくわからなかったからな。前に担任からは志望校海浜総合で「問題ない」って言われてたんだろ? そういう評判だよ」

「あー、なるほどですねぇ」

 

 なんだか一色の敬語が少し怪しい。

 何? ポンメルンなの? ヒゲとか生えちゃうの?

 多分似合わないから辞めておいたほうがいいぞ。

 

「まあ、これなら今まで通りの勉強方法で心配ないだろ。Cとかだったら全体的な見直しも必要かと思ったが、一色の場合、足引っ張る程特別苦手な科目があるわけじゃないし、無理せず底上げを狙っていこう。ここにも書いてある通り、ケアレスミスにも気をつけてな」

 

 俺は紙に書いてあったアドバイスも見ながら、そう言って判定用紙を返す。

 だがふと視線を落とすとその紙のフッター部分に「1/2」と書かれているのが見えた。

 「これは二枚あるうちの一枚目ですよ」ということだ。

 つまり志望校判定の二枚目がある?

 そういえば、模試の申し込みの時「判定できるのは一校だけか?」とか聞いてきてたな……。どこかもう一校試してみたんだろうか?

 ちょっと気になるが……。

 まあ、渡してこなかったということは、見せたくないか、本当にお試しで書いただけなのだろう。

 第一志望さえわかっていればいいか。 

 俺はそう思い、今度は手が触れないよう、端っこを持って一色にその紙を返した。

 だが一色はなんだか少し考えごとをしているような妙な雰囲気でその紙を受取ると、今度はクッションではなく机への椅子へと向かっていった。

 やっぱそっち戻るのかよ……。

 

「……センパイは去年の模試、判定どれぐらいだったんですか?」

「Bプ……Bだな」

 

 Bプラスといいそうになって俺は慌てて口を噤む。

 プラスというのはあくまで俺の負け惜しみの自己評価であって公式の評価ではないからな。

 世間的にはB。ソレ以上でもソレ以下でもない。

 

「夏の模試で……B……」

「ああ、だからそのレベルならそこまで落ち込む事もないと思うぞ?」

 

 あと半年もあるのだ、Bなら十分合格圏内。なんなら少し余裕を持てるレベルだ。

 

「……Cなら見直しが必要……」

「C“なら”な、同じことをずっとやってても駄目な事もあるってことだ。まぁBなんだしソコまで気にしなくていいんじゃないの?」

 

 一色の呟きを聞いて、俺は立ち上がり、その紙を覗き込みながら改めてそう言うと、一色は飛び上がるように耳を押さえて、立ち上がった。

 

「わ! セ、センパイ!? な、な、な、なんですか急に!」

「いや、急にも何も……ずっとここにいただろ……」

 

 何? 話しかけられるのも嫌だったの?

 やっぱ食事の件は早まったかもせんな……。まさかここまで嫌われてるとは思わなかった。

 俺も慌てて一歩距離を取る。

 

「あ、あはは、そうですね。そうでした」

 

 一色は取り繕うようにそう言うと、不自然に笑った。

 大丈夫かこいつ? なんていうか……情緒不安定にも見える、もしかしてあの万引の件まだ引きずってるとか……?

 一回おっさんに話しといたほうがいいかもな……。

 

*

 

「というわけでな、あのスーパーで会ったレジの姉ちゃんが俺と同じ学校だった」

「……へぇ、世間って狭いですね……」

 

 なんとなく気まずい雰囲気だったので、模試の問題をおさらいしながら、俺は学校であった出来事を話した。

 だが、一色の反応は薄い。

 もしかして、スーパーを思い出させるような事をいったのが失敗だったか? ちょっと反応を見たいというのもあったんだが……。

 問題に取り組むスピードも遅いし、どうにも上の空だが、特別そこに反応したという感じもしない……。

 なら、B判定がそんなに不服だった?

 そういえばAを取るって息巻いてたような気もする……

 でもあくまで模試は模試、そこまで落ち込むような結果じゃないはずなんだよなぁ……。

 

「……センパイって……総武一本だったんですか?」

 

 とうとう一色がペンを完全に止めた。と思ったら、俺にそう問いかけてきた。

 困った、質問の意図が全く読めない。普通に答えて大丈夫かこれ?

 

「ん? まあ……一応滑り止めは考えてたけど、学校見学とかは総武しか行かなかったな」

「学校、見学?」

 

 まるで初めて聞く単語の様に、一色が首をかしげる。

 

「え? 嘘? お前学校見学とかしてないの? 学校説明会とか、文化祭とか」

「あ! 文化祭! い、いつですか!?」

「ん? ウチは確か今月の末じゃなかったか、まだクラスごとの出し物とかはちゃんと決まってないけど、そろそろ文実が動き出してるみたいだし……確か……ああ、月末の土曜だ」

 

 俺がスマホのカレンダーを確認すると、一色が慌てた様子で椅子から立ち上がる。

 まあ土曜と行っても後片付け含めて十七時までには終わるだろう、まあバイトには影響ないはずだ。もしかしたら少し遅れるかもしれないが……。

 

「わ、私行きたい! 総武高の文化祭行ってみたいです!」

「ってウチの? いや、海浜総合の行けよ」

 

 ウチの文化祭なんか行っても学校見学にもなんにもならないだろう。

 多分規模も違う。海浜総合の方が色々派手そうなイメージだ。

 

「どっちでも同じですよ! っていうか海浜総合のは去年行きましたし。なんていうか……そう! ほら! 中学とは違う高校の雰囲気みたいなのを感じてみたいっていうか……」

 

 そんなン感じてる暇あるんだったら勉強しとけよと思うんだが……。

 どうにもそういう空気でもなさそうだ。

 一色は両手を合わせるお祈りのポーズをすると、上目遣いで瞳をうるませながら俺を見てきた。

 

「……駄目……ですか?」

「あざとい」

 

 俺がそう言うと、一色はぷくっと頬を膨らませ、俺を睨んでくる。

 

「むー、あざとくないですよぉー。それに、息抜きも大事だと思うんです!」

「お前しょっちゅう息抜きしてんじゃん……俺、夏休みほぼ家庭教師の仕事してないんだぞ?」

「最後、これで最後ですから……! 文化祭の日以外はちゃんと勉強しますから、ね? お願いしますよ、センパぁイ」

 

 最後ったってなぁ……。判断に困る。

 打ち上げの時はなんとなく、流したが。

 今は俺も収入が減っているので、できるだけ真面目に取り組んで欲しい。

 この時期にこれ以上こいつの勉強時間減らして、後で文句言われるのも避けたい……。

 だが、明らかにさっきまでとは一色の様子が違う。きっとこれはコイツにとっては大事なことなのだろう。

 

「甘ったるい声をだすな……最後ならそれこそ海浜総合行ったほうがいんじゃないの?」

「だーかーらー、それじゃ意味がないんですってば! ほら! 課外授業? みたいな感じで!」

 

 課外授業……。家庭教師って言葉の意味知ってる? 家庭教師の「家庭」って「家」って意味なんだぜ?

 とはいえ、これ以上この話題で時間も割きたくもない……こういう時は……。

 

「……はぁ……一応、後でおっさんに聞いてからな」

「だ、大丈夫ですよ、お爺ちゃんには後で私から話しておきますから! センパイはもっと別のお話をしてあげて下さい、ほら、お爺ちゃんセンパイの事大好きみたいですから。なんでしたっけ? あの『らノべ』? の話とか!」

 

 「らノべ」じゃなくて「ラノベ」な。微妙に発音間違えられると気持ち悪いのは何故だろう。

 というか、別におっさんに好かれても嬉しくないんだよなぁ……。

 でもそういや、おっさん先月の新刊買ったのかな……ちょっと気になる。

 

「あ! そうだ! スーパーで思い出しました。センパイ。コレ」

「ん?」

 

 俺の思考が少しだけずれると、一色が突然パンっと手をたたき、机の上の小さな小物入れっぽい箱から、何かを取り出した。

 なんだか露骨に話をそらされた気もするが……。

 まあおっさんに話が行くならどっちでもいいか……。

 

「はい、これ食べたかったんですよね?」

 

 そうして一色が手の平を見せてくる、するとそこにあったのは例のガム……。

 俺があの日譲ってもらおうとしたタピオカガムが置かれていた。

 ある所には結構あるもんなんだろうか?

 

「うお! タピオカガムじゃん。売ってくれんの? いくら?」

「お金なんていりませんよ、この間のお礼です。っていうかコレ買ったんじゃなくてあの時の奴なんです、センパイ欲しがってたみたいだから譲ってもらいました」

「おお、マジか、サンキュ」

 

 あの時の……ということはやはり、万引事件についてはもう然程尾を引いていないのだろうか? それならそれで問題ないが……。

 まぁとにかくこれで小町に自慢できる。

 きっと泣いて喜ぶだろう。

 ふふふ、久しぶりに兄の威厳の前にひれ伏すが良い。

 

「折角だし、一緒に食べましょうよ、私もこれ気になってたんですよねー」

「あ、いや、その……」

 

 しかし、一色はそんな俺をみて楽しそうに笑いながら、そのまま封を開けようした。

 俺はそれを慌てて止める。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「えー? なんですか? その反応……もしかして一人で全部食べたかったとか? ふふ、そんなに欲しかったんですかこれ? センパイってそういう所可愛いですよね」

「いや、俺じゃなくて小町がな」

「小町ちゃん?」

 

 少しだけ予想外という顔をした一色に、俺は経緯を説明する。

 小町への土産にしようとしたこと。俺が小町を驚かせようとしていること。そのため出来れば未開封でほしいこと。

 一色なら説明すればきっと納得してくれただろう。俺はそう思い、一色の手の上からそのガムを受け取ろうと手を伸ばした……だがその瞬間、何故かすっと、一色の手が閉じられた。

 

「えーと……一色さん?」

「むー……なんですかそれー! じゃあやっぱりあげません!」

「ええ……」

 

 女心と秋の空とは言うが、九月に入ったからやっぱりそういう傾向が顕著に現れるんだろうか?

 たった今くれると言ったものを今はくれないという。

 本当女子の考えること分からん。

 

「いや、くれよ。今くれるっていったじゃん。なんなら金も払うけど?」

「ダーメーでーすー。センパイ、シスコンも程々にしないと、大事な人が見えなくなっちゃいますよ? だからこんなものはこうしちゃいます!」

 

 そう言って、一色は手早く封を切る。

 

「な!」

 

 なんだよ大事な人って……!

 だが俺が抗議するする間もなく、一色はポンポンとガムの包み紙を開け、三つほど口の中に放り込んだ。

 なんという早業だ。

 

「太るぞ?」

「あ! あー! はん回目! 三かひもいった!!」

 

 口にガムを入れた一色は俺を指指し、反対の手で口元を覆いながら、地団駄を踏んで威嚇してくる。

 え? 何? なんて? 『三回も言った』?

 っていうか、下の階の人に迷惑だからやめなさい?

 全く、ここマンションの上層階なんだぞ。

 

「三回も言ってねーよ……」

「言いましたよ! お祭りの時に一回でしょ……その後……あれ?」

 

 そう言って一色が指折り数えようとするが一本目を倒した所で指が止まる。

 そもそも祭りの時にも『太る』なんて言ってないんだよなぁ……。

 一体何を勘違いしてるんだコイツは……。

 まあこの手の水掛け論では女子に勝てないというのは分かっているので、これ以上の追求はやめておこう。

 こうなると例え、こちらが正しくても何故か俺が悪い事にされるのだ。

 幼い日の苦い思い出が蘇る……。う……頭が……。

 

「と、とにかく! もうセンパイにはあげませんからね! センパイはもっと許嫁に対するデリカシーっていうものをですね」

「分かった分かった……」

 

 口をモゴモゴさせながら、デリカシーとかいわれてもなぁ……。

 こういう所本当小町とそっくりだわ。

 女子って皆こうなんだろうか。

 はぁ……。

 

「もういいから……ほら、とりあえず時間までは模試の見直しするぞ。もうあんま時間ないんだろ」

「むー……」

 

 ってあれ? 今コイツ『許嫁』っつった?

 いや、気のせいか……。きっとガムのモゴモゴで聞き間違えたんだろう。

 俺も疲れてんのかな……

 

「おーい、八幡、いろは! 飯できたってよ」

 

 そんな事を考えていると、おっさんが部屋の扉を開けて入ってきた。

 どうやら今日の夕食はいつもより十五分ほど早いらしい。

 こりゃ来月の給料も少なめだな……。




「あの俺」に続いて
アニメ風サブタイ第二弾!
また適当に思いついたら変えるかも知れません……。

一応言っておくと明日は投稿ないです!
来週は……わかりません。
新しいあやねるヒロインのゲームも出るので
のんびり書いていきたいと思っています(白目

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