やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも感想、誤字報告、評価、メッセージありがとうございます。

ちょっと書き直し作業で一週空きましたがエタってないです!


第42話 シン・文化祭 -序-

「いろはさーん! こっちです、こっち!」

「わー、お米ちゃん、ごめーん待った?」

 

 その日、電車を降りた私は、お米ちゃんとの待ち合わせ場所である駅前の広場へと小走りで向かっていた。

 

「大丈夫ですよ、小町が早く来すぎただけなので……ってお米じゃないです! 小町ですってば!」

「まあいいじゃんいいじゃん、可愛いし」

 

 腰に手を当て抗議するお米ちゃんに近づきながら、私はそう嗜める。

 お米ちゃんと知り合って早数ヶ月、最近はお互い遠慮もせず言いたいことも言えるようになってきたと思う。いや、そもそも始めから言いたいことは言えていたのかも知れない。

 センパイの事を抜きにしてもLIKEでは毎日のようにやり取りをしているし、ママと三人で話す事もあるから友達というよりは最早姉妹……訂正、仲の良い従姉妹みたいな距離感だ。うん。

 

 そんな二人がお互いの呼び名を変えようとした事はそれほど不思議ではなかったように思う。

 どういう流れだったかは思い出せないが。最初に彼女が私のことを「お義姉ちゃん」と呼んで、からかって来たのはよく覚えている。

 もちろん将来的に……? そういう可能性がないわけじゃないというか、寧ろ確定というか……そういう一面はあるんだけど……。でも、流石に今からその呼び方をされるのは色々問題があるし、私が言わせてるみたいで、逆にセンパイから敬遠される恐れさえある。

 だからこそ、私はその呼び方を拒否し、お返しのあだ名をプレゼントした。

 それが「お米ちゃん」。

 当然、彼女は難色を示したが、私はその呼び方を強行している。

 嫌われてもいいと思っているわけではないけど、この子、割と調子に乗りやすい所もあるから、今から「お義姉ちゃん」とか呼ばれて下手にいじられると一生頭あがらなくなりそうだしね……。女子的序列決めという意味合いも込めて。

 

「全く……ほら、とにかく行きますよ、急いでくださいお義姉ちゃん♪」

「お義姉ちゃんはやめてってば……!」 

 

 仕返しとばかりにお米ちゃんはそう言うと、ニッと笑って私の手を取り走り出す。

 仕方ない、今ぐらいは許してあげよう。だって今日は、待ちに待った総武高の文化祭。

 そう、私はこれからお米ちゃんと二人で、センパイの学校に乗り込むのだ。

 お爺ちゃんとの問題は何一つ解決していないけれど、今日ぐらいは全部忘れて楽しみたい。

 うー、最近は勉強ばっかで全然遊んでないし、なんかワクワクしてきたー!

 よーし、待っててくださいねセンパイ!

 

 

***

 

「……なんでお米ちゃんこんな足速いの……意味わかんない……」

 

 勢い込んだのも束の間、必死でお米ちゃんに追いつこうと全力疾走した私は総武高の校門が見えてきた時点で、既にバテていた。

 ぜぇぜぇと肩が揺れるのを感じながら、なんとか息を整える。

 うっ……脇腹が痛い……。

 

「いろはさん、運動不足なんじゃないですか? 少し運動したほうがいいですよ?」

「運動って……こちとら受験生だっての……」

 

 なんだか調子に乗っているお米ちゃんをギロリと睨むと、お米ちゃんは「あ、そうでしたね」と可愛く舌をだしておどけてみせる。

 本当にこの子は私に対しての遠慮がなくなってきてるなぁ。やはり早めに一発ガツンとかましておかないと一生いびられるかもしれない……。そんな恐怖が背筋を走る。

 

「あ、なんか入場者向けパンフレット配ってるみたいですよ、小町貰ってくるので、いろはさんは少し休んでてください」

「あー、ありがとー……」

 

 完全に動かない私を心配してか、それとも呆れたのか。お米ちゃんはそう言うと人混みの中へと消えていった。

 子供は元気だなぁ……って言っても一年しか違わないんだけどね。まぁいいや今のうちに少し休憩しとこう。

 あー、こんなに走ったのイツぶりだろう? 確かに運動不足かもなぁ。

 すー……はー……。すー……はー……。

 少し大げさに深呼吸をして、息を整える。……前髪崩れてないかな?

 センパイに会う前にもう一度ちゃんとチェックしておこう。

 

「……大丈夫? 良かったらこれ飲んで?」

 

 そんな事を考えていると、突如目の前に黄色いTシャツを着た女性がそう言って近づいてきた。

 総武生だろうか? 何やら左手に紙コップが二つほど乗った小さなトレーを抱え、右手で紙コップを握り、それを私に向けて差し出している。 

 

「あ……ありがとうございます」

 

 私はその紙コップを受け取り、中を覗いてみた。

 冷たい、どうやら透明な……水? のようだ。

 

「それね、手作りレモネードなの! 結構おいしいって評判なんだよ!」

 

 その女性は、とても人懐っこい笑顔でそういうと、何かを期待するような瞳でこちらを見つめて来た。恐らくは「早く飲んで」という事なのだろう。

 まあ、ちょうど喉も乾いてたし……。レモネードなら飲んでも大丈夫……だよね?

 流石に文化祭の入り口で変な物を渡してきたりはしないはず。

 いつまでもキラキラとした瞳を向けてくるその人の視線に耐えきれず、私は恐る恐るその紙コップに口をつけた。

 

「あ……おいしい」

「でしょー!?」

 

 それは甘みの中に、レモンの酸味があって、疲れていた体に一気に染み渡っていく。私はその予想外のおいしさに、もう一度コップを傾け、一気に飲み干してしまった。

 

「ありがとうございました、すごくおいしかったです。あ! おいくらですか!?」

 

 すべて飲み干したところで、ようやく少し頭が回るようになってきた。

 そう、ここは文化祭でこれは恐らく売り物、先に値段を聞くべきだったのだ。

 さすがに法外な値段を請求されるような事はないだろうけど、お祭り価格の可能性は十分にあり得る。

 

「え? いいよいいよ、なんか辛そうだったし? 試食ってことで!」 

 

 だけど私の考えとは逆に、その人は焦ったように首を何度も横に振った。

 この場合は『試飲』だと思うけど、ツッコミ待ちという感じもしないので余計なことは言わないほうが良さそう。

 でも、ちょっと休んでただけの見ず知らずの私に売り物を提供してくれるなんて、随分とお人好しのようだ、なんとなく幼い感じもするけど一年生かな?

 あ、よく見るとTシャツの中央のイラスト部分に何か大きく文字が、大きく……大きく……大きい……!

 これは……三年生だ……浅子ちゃんより大きい……!

 これが……高校レベル……!

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 別に私は自分の胸にコンプレックスなんて持っていない。

 いや、そもそも私はまだ中学三年生で、成長期。

 私も高校生になったらきっと……。

 

「由比ヶ浜さーん、それじゃウチ先行ってるよ」

 

 私がその巨大なものに意識を奪われていると、今度は人混みの方からそんな声が聞こえ、巨にゅ……売り子さんが一瞬振り返る。

 

「あ、うん、了解ー! ごめんね、私仕事中だったんだ、そろそろ行かなきゃ。もし具合悪かったら保健室行く?」

「いえ、大丈夫です、こちらこそすみません。本当においしかったです」

「そう? じゃあ私行くね?」

 

 間髪いれず何故か私に謝罪したそのユイガハマさん? は、慌てた様子で踵を返す。

 

「あ! よかったら今度はお店の方にも遊びに来てねー!」

 

 最後にそう言うと一瞬トレーの上の紙コップが倒れそうになり「わわわっ」と声を上げながら、彼女は慌ただしく走り去っていった。

 まるで台風みたい……。

 

「いろはさーん、お待たせしましたー。いやー、結構並んじゃいましたよ」

 

 そうして売り子さんが消えていった人混みの方を見ていると、入れ違いにお米ちゃんが戻って来るのが見えた。

 こちらは手に小冊子のようなものをもっている。どうやら無事パンフレットをゲットしたみたい。

 

「……ってあれ? もう何か買ったんですか?」

 

 お米ちゃんが私にパンフレットを手渡すと当時に、目ざとく紙コップを指摘してくる。

 しまった……。

 お米ちゃんの分として一杯買っておけばお礼にもなったのに……。

 って、そういえばどこのクラスかも教えてもらってなかった!

 

「ううん、試飲で貰っちゃった。レモネードだって。おいしかったよ」

「えー、いいなぁ小町も飲みたいですー」

「あっという間に行っちゃったからね、お礼も言いたいし、お店探して二人で行ってみよ」

「はい!」

 

 この辺りにいたという事は近くに出店があるのだろう。

 その時の私は、そんなふうに気軽に考えていた。

 

 

**

 

「ありませんねー、レモネード屋さん」

「そうだねー」

 

 途中で買ったクレープを啄みながら、私たちは未だに校舎には入らず校庭側の出店を回っていたが、先程のレモネード屋さんは一向に見つからなかった。

 

「うーん、やっぱ校舎の中なんですかね?」

「かもね、うーん、とりあえず別の飲み物買ってく?」

「うー、それはそれで何か悔しいような……」

 

 先程の感じだと校庭で売り歩いているかと思ったのだが、どういう訳か全く見当たらなかった。

 パンフレットも見てみたが、そこにはお店の名前しか載っておらず、そこで何が売っているかまでは書いていないみたい。レモネード専門店とかではないのかな?

 単純に人が多くて売り子さんの姿を見つけられないという可能性もあるとはいえ、それにしても見つからなすぎて不気味なぐらい。

 校門近くにいた事を考えて、すぐに見つかると思っていたからこそ、クレープを買ったという面もあって飲み物がない今の状況には少し不満もある。

 私達は顔を見合わせながら、どうしたものかと苦笑いを浮かべていた。

 

「「「──────!!」」」

 

 そうしてレモネード屋さんを探し歩いていると、突然背後からものすごい歓声があがった。

 咄嗟に振り返るが、声が聞こえた方角には校舎とは違う大きな建物が立っているだけで、今いる位置からでは何が起こったのか分からない。

 あの形状からして恐らくは体育館か……講堂の中?

 

「なんでしょう? 行ってみます?」

「そうだね、行ってみようか」

 

 私たちは好奇心に逆らえず、クレープの残りを口に放って、歓声がした建物へと行ってみる事にした。

 

*

 

 人集りが出来ている入り口をなんとか抜けて、ようやく入れた建物の中は薄暗かったが、スピーカーから聞こえてくる大音量でそれが音楽のライブなのだと分かった。

 

「わー、熱気が凄いですね!!」

「そうだねー!!」

 

 ステージ上では華やかなライトを浴びる四人組のバンドが、最近流行りの歌を演奏している。

 最初は誰かプロを呼んだのかな? なんて思っていたけれど、パンフレットを見ると、有志のバンド演奏らしい。今日は他にもここで演劇だったり、クイズ大会だったりと入れ替わりで公演があり、最後の閉会式もここで行われるようだ。

 

「あのボーカルの人、凄いイケメンさんじゃないですか?」

 

 盛り上がる周りの音にかき消されてしまうので、少しだけ大きい声でお米ちゃんが喋りかけてくる。

 言われてみれば確かに格好いい、爽やかで清潔感がある、清涼飲料水のCMとかやってそうなアイドルっぽい感じ。

 よく見ると最前列は女子で固まっていて、黄色い声援が私達のいる最後列まで聞こえてくる。

 きっと、この学校ではかなり人気の男子なのだろう。

 でも……そんな凄いっていうほどイケメンかなぁ?

 

 ステージに立つその人は短めの金髪に長身のさわやかイケメン。

 確かに格好いい。バンドもやって女子からモテモテ。ちょっと前の私だったら飛びついていきそうな状況なのに。不思議と全く心が動かされなかった。

 いや、理由は分かっている。だって……センパイの方がかっこよくない……?

 そりゃぁ、第一印象勝負とかだったら? 多少分は悪いかもしれないけど?

 でも、センパイだって改善の余地は有るわけだし? そう、そこは伸びしろとも言える。

 そもそも他の誰が知らなくても、センパイが一番格好いいという事を私だけは知っている。

 なんだかその事が妙に誇らしかった。

 

「お米ちゃんはああいうのがタイプなの?」

「え? そうなんですかね? よくわからないです! 普通に格好いいなーって!」

 

 熱心にステージを見るお米ちゃんに、思いつきでそんな事を聞いてみたのだが、返事は随分あっさりとしたものだった。

 どうやら、恋愛感情とかとは無関係らしい。

 そう言えばこの子は将来どういう男の子と付き合うんだろう?

 たまにブラコンっぽい雰囲気醸し出してくるから、結構油断できなかったりするんだよね……。

 センパイはセンパイで重度のシスコンだし、お米ちゃんが早めに誰かとくっついてくれると私としても安心できるんだけど……。

 意外と私の最大のライバルはこの子だったりするのかもしれない。

 私が横目でお米ちゃんの顔を見ていると。くりんとした丸い瞳で「何かついてますか?」みたいな目で可愛らしくこちらを見返してくる。うーん、侮れない……。

 

「あ、終わりましたね、次は……少し休憩挟んで、何か演劇やるみたいですよ、見ていきます?」

「うーん、長くなりそうだしパスかな。そういうのはセンパイと合流した後にしない?」

「そうですね、そろそろ校舎の方も見たいし、一回出ますか」

 

*

 

「コスプレ喫茶だよー、可愛い子沢山いるよー そこのシャチョさん寄ってかなーい?」

「テニス部のミュージカル! 午後の部のチケットまだ残ってます! お早めに!」

「クイズ千葉リーグ遊んでいってくださーい!」

「カラオケ大会参加者募集中ー! 飛び入り大歓迎! お気軽にー!」

 

 一度講堂をでて、校舎に向かうと、そこは校庭側とはまた違った活気で溢れていた。

 教室の前では各種の客引きが行われていたり、何かのアニメのコスプレをした人が廊下を闊歩していたりと賑やかで、その事だけでこの学校がとても楽しい学校なのだと感じられる。

  

「さて、どうしましょうか、喉も乾きましたし、喫茶店でも寄ってみます?」

「うーん……折角だし先にセンパイの教室行かない?」

「え? でもお兄ちゃんとの合流時間までまだありますよ?」

 

 そう、実のところ、今日センパイに校内を案内してもらう予定だったのだが。午前中はクラスの出し物の手伝いをしなくてはならないらしく、暫くは二人で見て回るようにと言われている。

 まあ、なんだかんだ仕事があるという事は付き合いもあるだろうし、それは別に良いんだけど。

 

「まあいいじゃん、働いてる所も見てみたいし」

 

 折角総武まで来たんだし、まずはセンパイの顔を見ておきたいというのもある。

 よく考えたら制服のセンパイに会うのも初めてだし?

 急ぎの用事があるわけでもない今、とりあえずセンパイの所へ行きたいと思うのも当然というものだと思うのだけど……。

 

「へー……ほー……?」

 

 でも、そんな私の意図を理解してかしないでか、お米ちゃんはジト目で何かを訴えかけて来た。

 

「な、なに?」

「脈がないわけじゃないとは思ってたんですけど……これは意外に……?」

 

 うっ……。何か勘付かれたようだ。

 正直に言えば私自身、センパイとの仲を進展させるための協力者はほしいとは思っている。

 まぁママとかはヤリ過ぎるから例外として……。

 外堀から埋めるというのは全然有りだし。

 ソレ抜きにしても、お米ちゃんとはこれからも仲良くしたいとも思う。

 ただ、お米ちゃんはセンパイの“妹”という揺ぎようがないほど強いポジション持ち。

 相談することが裏目にでるという可能性もなくはない。

 だからもう少し……私の準備が整うまで、例え悟られていたとしても、私から協力を求めるわけにはいかないのだ。

 

「怒るよ?」

「あー、嘘です嘘です、ごめんなさいー! 許してお義姉ちゃん」

「お義姉ちゃん言うな!」

 

 キャッキャと笑いながら頭を隠すお米ちゃんを、拳を振り上げて叩くフリをする。

 今の私は友達に男の子との仲を誂われて怒っている女の子。

 お米ちゃんとの今の関係はそれで十分だ。

 

*

 

「もしかして反対なんじゃない?」

 

 お米ちゃんとパンフレットを見ながらセンパイの教室を探し歩くこと数分。

 私たちは職員室を抜け、廊下の端までやってきていた。

 行き止まりではなく、一応扉はあるがその先は外に通じていて、窓から見る限りではここを進むと別の棟に行ってしまいそうだ。

 

「引き返す?」

「うーん、人多いし一回上がっちゃいません? ちょっと前に階段ありましたよね?」

 

 言われてみれば、またこの人混みをかき分けながら反対側まで進むのは億劫だ。

 私はお米ちゃんの提案にうなずくと、二人で来た道を少しだけ戻って、階段を昇る。

 そうして階段を上がった先には2-Aと書かれた教室が目に入った。

 

「あれ? ってことは一年の教室は下?」

「えええ? また降りるんですかぁ?」

 

 どうにも複雑だ。初めて来る学校なんてこんなものだろうか?

 別に私が方向音痴ってことはないと思うんだけど……。

 

「ちょっと聞いてみます?」

「うん、そうだね」

 

 そうして私たちは近くの教室の前で客引きをしていた魔法使いの帽子のようなものを被った女生徒に近づき、話しかけてみることにした。

 

「すみません、ちょっと聞きたい事があるんですけど……」

「はーい! 占い教室へようこそー! どんなお悩みもすぐに解決ですよー! 二名様ご案内ー!」

「占い教室? え、いや、あの。私達そういうんじゃなくて……!」

「大丈夫大丈夫、色々な占いがあるから、なんでも聞いてね。相談料は百円ぽっきり!」

 

 しかし、話しかけた相手が悪かったのか。

 はたまた私達の話しかけ方が悪かったのか、笑顔のお姉さんは私達を完全に客と勘違いしたのか、そのままグイグイと教室の中へと押し込んでいく。

 

「どうします?」

「仕方ない、とりあえず何か頼んでいこうか……」

「そうですね、百円らしいですし……」

 

 まあ百円ぐらいなら許容範囲だろう。

 私たちは諦め半分で、言われるがまま机が四つくっつけられ、隣の席から見えないように左右をダンボールで仕切られたテーブル席へと案内された。

 教室の中は全体的にオレンジ色のライトで照らされており、妙に怪しげな雰囲気を醸し出している。

 本当に安全なお店なのだろうか?

 これが文化祭という状況じゃなかったら確実に逃げ出していただろう。

 いや、本当怪しいお店って感じ。

 

「いらっしゃいませー、お二人ですね? こちらメニューになります」

 

 私達が恐る恐る教室を見渡していると、入り口にいた人とは別の魔女のような格好をしたお姉さんがそう言って私達にメニューを渡してくる。

 

「メニュー?」

 

 私たちが首を傾げながら、それを受け取ると、そこには様々な占いの種類が書かれていた。

 

 星座占い、血液型占い、恋占、タロット、水晶、サイコロ、トランプ、ルーン、手相、四柱推命、弁慶、風水、亀甲、姓名判断……。

 

 世界中の占いを網羅しているのではないかと思うほどに沢山の占いの種類が書かれている。

 一応、その下に「※素人の占いです、当たっても当たらなくても責任はもてません」と注意書きが書いてあるのが、なんとも文化祭らしい演出だ。

 

「それで占いはどうしましょう? 女の子にはやっぱり恋占とかオススメだよ?」

「えっと……どうしよっか?」

 

 あまりにも多すぎる占いの種類に私達はメニューを凝視した。

 さて、どうしたものか。

 そもそも、占いをしてもらうつもりでは無かったので占う事なんて何も考えていない。

 確かに乙女として気になるのは恋占だが、私の現状進路とも直結している用に思える。

 なら進路について占ってもらう?

 いや、でももしそれで私の選択が間違ってる……なんて事を言われたらと思うとちょっと怖い。

 たかが百円の占いに自分の将来を賭けたくないし、適当にお願い出来るほど軽い悩みでもない。

 うーん。気軽に入ったのはいいけど、ちょうど良さそうな悩みがない。

 困った私はチラリとお米ちゃんの方を見る。

 すると何かを察したのか、お米ちゃんが口を開いた。

 

「えっと……じゃあ兄の今後の運勢とか占ってもらえますか?」

「お兄さん?」

「はい、総武の一年なんですけど、色々心配な兄でして……ここにいないと駄目ですか?」

「ううん、駄目じゃないよ。それじゃお名前と生年月日だけ教えてもらえるかな?」

 

 そういって店員さんが紙とペンを机の上に置いた。

 それを拾った小町ちゃんが素早くセンパイの名前と誕生日を記入していく。

 

「比企谷八幡君ね」

「ご存知ですか?」

「ううん、私あんまり一年生の子とは接点ないんだ、ごめんね」

「いえいえ、むしろ誰とも接点のなさそうな兄なので、こちらこそ変な事きいてすみません」

 

 小町ちゃんが小声で「ボッチですからね」と言ったのが聞こえてしまった。

 実際の所、センパイは本当に友達がいないのだろうか?

 そういう所も今日確認できたらなぁと思っているので、出来れば早く合流したい所だ。

 

「それじゃえっと……タロットでいいかな?」

「あ、はい。おまかせします」

 

 占い師さんがタロットを用意してそう言うので、特に反対するでもなく、お米ちゃんが頷く。

 まあ、この場にいない人の手相を見てもらうなんて事もできないし、多分オーソドックスなチョイスという事なんだと思う。

 

 一体どんな結果になるのだろう?

 流れで入ってしまったお店だったけど、私は初めて生で見るタロット占いという物にいつの間にか興味を惹かれていた。

 まあどうせどんな結果がでてもセンパイの事だと思えば、この後の笑い話にもなるだろう。

 そんな事を考えながら、私は一枚一枚カードを並べる占い師さんの手元を見ていた。

 

「絶対浮気ですよ!」

 

 だけど突然隣のダンボール越しにそんな声が聞こえ、私の意識が全て持っていかれてしまった。お米ちゃんも少しびっくりした顔で、こちらを見ている。占い師さんも苦笑いだ。

 「まぁまぁ落ち着いて」という友達だか、担当している占い師さんだかの宥める声と共に、興奮しているのかその荒い息遣いまで聞こえてくるようだった。

 浮気? こっちは恋愛相談かな?

 

「中学の時は凄い優しくて、『別々の高校に行っても好きなのはお前だけだよ』なんて言ってたのに……」

「え、えっと、それじゃ続けるね」

 

 「隣の声は無視しましょう」とでも言いたげに、占い師さんが慌ててタロットを捲り、それぞれのカードの意味を解説しはじめた。

 まあそれ以降は気にしなければ聞こえないような音量だったし、別に聞き耳を立てるつもりもない。人の悩みを盗み聞きするなんて褒められた事じゃない。

 でも、そう頭で理解していても、仕切り越しに聞こえてくるその言葉がどうしても他人事に思えなくて、私は目の前の占い師さんがセンパイの事を占ってくれているにもかかわらず、ほとんど無意識的にその隣の声に集中して聞き入ってしまっていた。

 

「高校入って、最初は毎日電話もしてたのに……夏頃には全然連絡とれなくなって……。今日だって……驚かせようと思って朝一で来たのに知らない子と一緒に……楽しそうに……」

 

 徐々に嗚咽まじりに聞こえてくる声が辛そうで聞いていられない。

 私だったら、なんて考えたくもないなぁ……。

 というかまぁ、私だったらそんなヘマしないし?

 もし万が一にでもそんな事があったら、徹底的に問い詰める所だけど。

 

「へぇ、面白いですね、あとでお兄ちゃんに教えてあげよ。ね、いろはさん……いろはさん?」

「え? あ、う、うん」

 

 そうして隣の会話を盗み聞いていた私の体が突然揺さぶられた。

 どうやら、こちら側の占いも大分進んでいるらしい、気がついたら見たことのないカードが沢山目の前に広げられていて、お米ちゃんがキョトンとした顔で私の顔を覗いている。

 いけないいけない、全然聞いてなかった……。

 

「……それで、これは少し気をつけないといけないカードなんだけど、疑心暗鬼……勘違いとか誤解……すれ違いとかが原因で人間関係に問題が起こりそう。でもこっちに『恋人』のカードも出てるから、その問題さえなんとかなればすぐに彼女さんとか連れて帰ってくるかも……?」

 

 何やら少し不穏なことを言われている気がするけど、でもセンパイって元々素直じゃないっていうか、そういう所あるから割と当たってるかも?

 ジェンガの遊び方とかも変な勘違いしてたもんね。

 という事はすぐに出来る彼女って私……? えへへ……。

 えー、どうしよう。やっぱり結構当たってるんじゃないですか? たかが文化祭の百円占いだと思って正直バカにしてましたごめんなさい。

 

「っていう感じかな。どう?」

「すごい当たってると思います!」

「そう……ですね。お兄ちゃんにも伝えておきます。ありがとうございます」

 

 お米ちゃんがそう言うと、占い師さんは満足気に笑った。

 私も満足だ。

 お金を払おうとした小町ちゃんを制して、自分の財布から百円を支払い席を立つと、占い師さんが私達を出口まで誘導してくれる。

 百円にしてはサービスがしっかりしている、まるでどこぞのアパレルショップだ。

 

「あの、最後に一ついいですか?」

 

 教室の出口まで案内されたところで、小町ちゃんが占い師さんにそう尋ねる。

 まだ何か占いたいことでもあったのかな?

 

「はい、何か?」

「私達1-Fに行きたいんですけど……」

 

 そうだ、そういえばまだセンパイの教室を見つけてなかったのだった。

 うっかりしていた。こういう所、本当にしっかりしてるなぁと思う。

 

「1-F? それなら二個隣の教室だよ? もしかして例のお兄さん?」

「ええ、そうなんです合流予定でして」

「そっか、会えるといいね」

「はい、ありがとうございました」

「こちらこそ、よかったら今度はお兄さんも連れて遊びに来てね」

 

 にこやかに手を振って見送ってくれる占い師さんに手を振り返し、私たちは再び廊下を歩き出す。

 思わぬ所で時間をとられてしまったが、人混みをかき分け、教えられた通りに廊下を進むとようやく目的の1-Fという看板とポスターが見えてきた。

 そういえばセンパイが文化祭で何をやってるかとか具体的な事は何も聞いてなかったんだよね。

 OTS? 一体何のお店だろう?

 そこそこ人も入ってるみたいだけど……センパイは……居た!

 

「あ、あそこ!」

「セン……!」

 

 お米ちゃんより僅かに早くセンパイの姿を見つけた私が、自分の存在に気付いてもらおうと手を大きく伸ばし、声を掛けようとした瞬間。

 

「サンキュ、愛してるぜ川崎」

 

 そんな言葉が私の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 は?




というわけで42話でした。
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