やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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予告どおりニ日連続投稿となります。
楽しんでいただければ幸いです。





第5話 長い一日の終わりに──いろは──

──Iroha──

 

 比企谷さんが帰った後、ママが車で迎えにやってきた。

 少しお爺ちゃんに文句を言いたかったけど、それはまた今度かー。もう本当に信じられない。突然許嫁だなんて言われても納得出来ないし、したくない。

 そもそも退院のお手伝いにって言われて病院へ行ったのに、お爺ちゃんは「面白い友人が来る」ってずーっとその人の話ばっかり、「退院手続きが終わらないから先に帰っててくれ」って言われた時もてっきりお爺ちゃんと同年代ぐらいの人が来るのかと思っていたのに、現れたのは私より一つ上の頼りない感じの男の人。しかもその男の人と私が……? 許嫁? なんで? 同じ疑問がずーっと頭の中を行ったり来たり。あー、もう! やっぱりありえない!

 

 っていうかお爺ちゃんはあの人の一体どこを気に入ったんだろう?「これからの人生を二人で歩いていって欲しい」って私まだ十五だよ? いくらなんでも先を考えるの早すぎると思う。

 そんな一生の決断さすがに今すぐはできないし、したくもない。

 だけど、これまで風邪を引いたところすら見たことがないぐらい元気だったお爺ちゃんが突然入院なんて言われて驚いたし、折角退院したのに「最後のワガママだ」なんて言われたら、とりあえず一年という事で譲歩するしかなかった。

 うーん、一年かぁ。長いなぁ。あの人と一年やっていけるだろうか? しかも今年私は受験。普通なら集中して勉強しなさいって、余計な事を考えなくていいように周りが配慮してくれたりするんじゃないの?

 

 私にだって理想の恋愛はある。素敵な人と出会って、素敵な人と恋をする。

 でもきっと現実はそんなに甘くないから、今は誰からだってかわいいと思ってもらえるように。自分磨きだって欠かしてはいない。

 ただ、そのおかげで同性の友達は減る一方なんだよね……。ちょっと良いなぁと思ったらとりあえず手を出してみるってそんなに駄目なのかな……?

 まあ中学の男子はさすがに子供っぽすぎるから付き合うとかは考えた事ないんだけどなぁ。

 とにかく! 突然用意された許嫁なんていうよく分からない人に簡単に靡くような私じゃない。私には私の人生があるんだから。

 

 比企谷さんには、あくまで家庭教師を頑張ってもらって、来年には申し訳ないけどサヨウナラ。うん、これでいい。もうこの件は考えるのやめよう!

 そう決意し私は車の助手席で、鞄からスマホを取り出し未読メッセージをチェックする。

 

「で、どうだった? 相手の子は?」

 

 でもそんな私の決意の壁を壊したのはママだった。ママは何故か妙に楽しそうだ。

 

「どうって……ママも知ってたの許嫁のこと!?」

「もちろん、パパだって賛成したのよ?」

 

 ママもグルだったんだ……、そういえば両親の許可は得てるみたいな事言ってたっけ。すっかり忘れてた。

 っていうかパパも賛成なの……!? 普通こういう時は『娘はやらん!』とか言うものなんじゃないの? その発言にぽかーんとする私をママは横目でチラチラと見てくる。

 

「で、どんな感じ?」

「えー……どんな感じって……なんだか頼りない感じの人? あとちょっと目が腐ってた」

「あー、目が腐ってるっていうのは皆言ってたわね、でもお爺ちゃんは磨けばすぐ光るって言ってたわよ」

 

 光る、光るんだろうか? ふと比企谷さんの顔を思い浮かべる。死んだ魚のような目。引きつったような笑い。上ずっていた声。思い出したらちょっと笑えてしまった。

 

「何? 何か面白い事あったの? ママにも教えてよ~」

「なんでもないですー」

「でも、いろはちゃんがそういう反応をするなら、悪い人じゃなさそうね」

 

 いや、今のはそういう笑いではなかったんだけど……。まあ悪い人ではないのかもしれない。でもいい人かと聞かれると……うーん? まだよくわからない。

 

「っていうか、今どき許嫁とかなくない? 何考えてるんだろお爺ちゃん……」

「あら、あなた知らなかったの?」

「知らなかったって……何を?」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんも許嫁同士なのよ?」

「え!? ホントに!?」

 

 それは今日何度目かの驚きだった。

 

「ホントホント。それにママとパパもお爺ちゃんが決めた許嫁同士よ? 」

「えええ!?」

 

 一体今日は何度驚きの声を上げたらいいんだろう? お爺ちゃんとお婆ちゃんはまぁ、時代的にそういう事もあったのかもしれないな。と納得できなくもないけど、ママとパパは全く想像ができなかった。

 

「まぁママも初めてパパを紹介された時はいろはみたいに許嫁なんて嫌だなぁって思ってたんだけどね」

「嘘……」

 

 ママがパパを嫌がっていた時期があったっていうのが信じられない。

 そもそも私はママとパパは初恋同士だって聞いてた、二人が昔話をする時は、いつだって惚気百パーセントって感じで砂糖を吐いちゃいそうなぐらいラブラブだったから、てっきりロマンチックな出会いから始まった結婚だと思ってた。だからこそママとパパみたいな恋愛がしたいって思ってたのに……。ちょっとショック。

 

「それに、お爺ちゃんってそういう相手を見つける目……っていうか直感? みたいなのが優れてるみたいでね。仲人さんっていうの? ほら、親戚のマコトちゃん。一昨年結婚したでしょ? あの相手もお爺ちゃんが見つけてくれたのよ。会って一年で結婚っていうからよっぽど相性が良かったんでしょうね。お爺ちゃんに『誰か紹介して下さい』ってお金包んでくる人だって昔から結構いるのよ?」

 

 またまた驚きの内容だった。お爺ちゃんがそんな事してたなんて。

 「だからこそママ達も賛成してるのよ。お爺ちゃんが選んだ人ならってね」と続けるママの言葉は上手く頭に入ってこなかった。

 ということは、私もあの人とそのまま結婚……なんて事があるのだろうか?

 いや、ないない。だって向こうもこっちの事苦手そうにしてたし、多分お爺ちゃんの間違いだ。どんな凄い人だったとしても百パーセントなんてありえないもん。

 

 そんな事を考えているとスマホが鳴った。噂をすればなんとやらという奴なのだろうか?

 まぶしく光る画面を見るとそこには比企谷さんからのメッセージ通知があった。

 

【改めて……なんだろうな、あまりにも特殊な状況すぎて頭が追いついてないんだが、これからよろしくな。いろは? でいいか?】

 

 減点1。いきなり呼び捨ては無いかなぁ……。仮にも許嫁に名前呼び捨てにされるの、なんだか後々面倒な事になりそうな気もするし。この先変に馴れ馴れしくされても怖いから、相手の人となりも分からない今は、とにかく距離感を取っておきたい。

 

「なになに? もしかして八幡君? ママにも見せてよー」

「駄目! っていうか危ない! ちゃんと前みて運転してよ!」

 

 相手に聞かれる訳でもないのに二人共何故か少し小声だ。私はママに見られないように、ちょっとだけスマホを傾けながらメッセージを打つ。

 

【なんですか、許嫁って言われたからってもう彼氏面ですか、男の人に名前呼び捨てされるのはちょっとキュンとする事もありますけどそういうのはもっと段階踏んでからにしてもらいたいので出直してきて下さいごめんなさい】

【じゃあなんて呼べば? いろはす?】

 

 私は最近お気に入りの赤い犬の怒りスタンプを一つ押した。

 その呼び方は学校の友達もたまに使うけど……と悩み、頭の中で「いろはす」と呼ぶ比企谷さんを想像してみる、ちょっとイメージと違う気がする。一応年上みたいだから『さん』づけもおかしいよね。うーん……とりあえず。

 

【名字でいいじゃないですか】

【お前の家、全員一色じゃねぇか】

 

 思わずふふっと笑ってしまった。特別何かをしたわけではないのだが、まるでこっちの返答を予測してたみたいに早い返信だった。読まれてる? まさかね。

 私が笑ったのに気づいたのか、またママが「見せて見せて」とダダをこねる。

 

【でもお爺ちゃんのことは「おっさん」って呼んでましたよね? おばあちゃんは「楓さん」だったし、私が一色でも問題なくないですか?】

【まぁ、そっちがそれでいいならいいけど……】

【じゃあそういうことで、あ、許嫁のこと言いふらしたりしないでくださいよ! 秘密厳守でお願いしますね!】

【言わねぇよ、どうせ一年だけだろ】

【そうですね、どうせ一年です……】

 

 一年という期限がなんだかちょっとだけ寂しく感じる。あれ? なんか私このやり取り楽しいって思っちゃってる? まだたった数回のラリーなのに?

 

【とりあえず家庭教師の方は金もらう以上ちゃんとやるつもりだから、そっちはよろしくな】

【はい、よろしくおねがいしますセンパイ♪】

【あ、先生じゃないんだ】

【えー、センパイって先生って感じあんまりしないじゃないですかー?】

【まあ一つしか違わんしな、先生感出せるように頑張るわ】

 

 先生感ってなんだろう? ちょっとヒゲをはやして教鞭を持つセンパイを想像し、またしても笑みが溢れる、似合わない。

 

【はい、頑張って下さい♡】

 

 追加でスタンプを送るとそれきり、返信はこなかった。切り上げるのが早い。

 もしかしたら何を打つか悩んでるのかな? と少しだけ画面をつけたまま待っていると、ママに横目で見られているのに気が付き、私は慌ててスマホを仕舞った。

 他の男子とのやり取りはもうちょっと気を使うし、相手の方から話を引き延ばそうとしてくるのに。

 最後にハートマークを入れてしまった私の方が恥ずかしくなってきた。男の人ってこういうのすぐ好意と勘違いするらしいけど、大丈夫かな? 仮にも許嫁という関係を考慮するなら控えるべきだったかも。

 でも、と私は思う。このセンパイとの短いLIKEになんだか物足りなさを感じてしまっていたのだ。

 もしかして、本当に相性がよかったりするのかな……?

 まさかね。

 一瞬だけ浮かんだありえない考えを、頭の中から追い出す。きっと今は周りから色々いわれて意識しちゃってるだけだよね。

 

 気がつくともうマンションの駐車場についていた。

 

「で? 比企谷君なんだって?」

 

 車を止めたママがシートベルトを外し、芸能人の熱愛報道に群がる記者のように詰め寄ってくる。

 

「もうママしつこいー!!」

 

 私は慌ててスマホと鞄を抱きかかえ、助手席から降りると一足先に家の中へと避難する。

 こんな調子で来週、センパイが来た時どうなっちゃうんだろう? そうだ、こんな目に遭うのも全部センパイのせいだ。きちんと責任を取ってもらわなければ。一体どうしてくれよう?

「これから、一年かぁ。まずは来週だよね……。何話せばいいんだろ?」

 

 後ろから追いかけてくるママにうんざりしながらも、結局その後もずっと『次にセンパイと会う時の事』を考えていることに、その時の私は気がついていなかった。 




というわけで、初のいろはす視点に挑戦してみました。
そしてママハス登場です。

今回はお爺ちゃんの秘密をちょろっとだけ公開。
皆さん、この事は平塚先生には秘密ですよ!
絶対!絶対ですからね!(笑)

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※前話のサブタイトルを変更しました。
サブタイトル考えるのが死ぬほど苦手です……。

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