やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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第58話 二度目の場所、初めての空間

 『平塚先生』とセンパイに呼ばれた白衣の女教師に案内され、早足で教室に着くと、間もなくチャイムが鳴り、試験の説明が始まった。

 どうやら、間に合ったようだ。

 私は慌てて指示に従い、受験票と筆記具以外をカバンにしまうと、続いて、配られたシールに名前を書いていく。

 これはスマホ回収用だ。

 シールに名前を書いたらスマホの背面にそのシールを貼り、電源を切った後回収カゴが回ってくるのを待つ。

 

 でも、私は電源を切る前に、一度だけホーム画面を呼び出した。

 もう時間が無いのは分かっている、でもそれは私にとっては必要な儀式。

 そこに映るのは私の大好きな人の寝顔。

 センパイ、お陰でちゃんと間に合いましたよ。

 心の中でそう報告して、そっと目を閉じる。

 

 去年センパイもここで同じ様に試験を受けたのだろう。

 同じ席ではないかもしれない、同じ教室ですらないかもしれない。

 でも、センパイと同じ道を歩いているという事実が私の気分を高揚させていく。

 センパイと同じ学校に通うという第一目標がもう目の前に迫ってきているのが分かる。

 大丈夫、センパイも応援してくれた、落ち着いていけば大丈夫。

 

 そんな風に心を落ち着けながらスマホの電源を切って、回ってきたカゴにスマホを入れた。

 ふと視線を動かせば、教室内では見慣れない制服に身を包んだ見知らぬ男女が緊張した面持ちで試験の開始を待っているのが見える。

 恐らく、ここにいる何人かとは同級生になるのだろう。

 同時に、何人かとはもう二度と会うこともないのだと思う。

 こういうのを一期一会っていうのだろうか?

 ま、どうでもいいや。大事なのは私が受かること。

 ココにいるのは友達じゃなくてライバル。

 他の人のことなんて今は気にしていられない。

 

 ふぅ……。一度大きく息を吐いて視線を前に戻すと、タイミングよくプリントが回されてきた、

 これが、一科目目の試験。

 早く問題を見たい、名前だけでも書いてしまいたいという思いを抑え、自分の分を手に取り、裏に伏せたまま更にまた後ろへと回していく。

 一通りプリントが行き渡ると、試験官は自らの腕時計を確認し始めた。

 

 いよいよ始まるのだ。

 私は最後にシャーペンも、消しゴムも、その予備も忘れていない事を確認して、手を膝に置く。

 

 すぅ……はぁ……。

 

 静かに深呼吸をして、開始の合図を待つ。

 大丈夫、思ったよりは緊張していない。

 朝寝坊した時はどうしようかと思っていたけれど、最後の最後にセンパイに迷惑かけちゃったけど、センパイに会えたからこそ逆に凄くリラックスできたみたいだ。

 まぁ、ホワイトデーに同じもの三つと聞いた時はテンションだだ下がりだったけど……。

 

 いや、もう本当にあの時は凹んだ、凹みまくった。

 全く、いくらホワイトデーには三倍返しという風習があるとは言え、同じものを返すなんてどういう神経をしているのだろう?

 いくらなんでも適当すぎない? さすがにありえない。

 あまりにも適当なその内容に思わず泣きたくもなった。

 でも……元々私があげたのもアレだったんだよね……やっぱり義理だと思われてたのかなぁ?

 

 もし、あのまま本当にチョコ三箱だけだったら、ここまで落ち着いてはいなかったかもしれない。それどころか、もう入試なんてどうでも良くなっていた可能性もある。

 

 だけど、センパイはとんでもない爆弾を仕掛けてきた。

 私が贈ったメッセージまで三倍にして返してきたのだ。

 『今日までの成績表だ』なんて気軽にセンパイは言っていたけれど。

 本当あざとすぎますよ……。

 だってそれは、私が結局今日まで一度も取ることが出来なかった『A判定』という喉から手が出るほど欲しかった評価。

 ずっと心残りで不安の種でもあったソレを、一番好きな人が、一番欲しいタイミングでくれたのだ。

 それがあったからこそ、今私は自信を持ってここに座っていられる。

 

 人のことあざといあざといって言う癖に、一番あざといのはセンパイじゃないですか……。

 こんなの……ますます好きになっちゃいますよ……。

 

 そのままの勢いでセンパイに抱きついて、好きだと伝えてしまいたかった程だ。

 でも、今はまだ我慢。

 今はとにかく試験を突破しなきゃいけない。ココまでされて結果を出さなきゃ女が廃るってものだ。

 ちゃんとセンパイの思いに答えるためにも絶対合格するんだ!

 って……さっきから私センパイの事ばっかりだ……。

 いけないいけない、もう試験本番なんだから、ちゃんと集中しなきゃ。

 気合を入れろ! 一色いろは!

 

「始め!!」 

 

 そうして試験官の試験開始の合図とともにプリントが捲られる音が教室中……いや、学校中に響き渡り、試験が始まった。

 

*

 

*

 

*

 

*

 

*

 

 試験は五科目、各五十分。午前と午後に行われた。

 午前に三科目、お昼休憩を挟んでから、午後に二科目。

 

 お昼はママが持たせてくれたお弁当と、センパイがくれたチョコレートを一箱。

 もちろん、何も書いていない方の奴を開けて午後に備えた。

 結局開始前には食べられなかったしね……。

 

 でも、そのお陰もあってか、かなり手応えはあった……と思う。

 それほど時間に余裕はなかったから、見直しをする時間は少ししかなかったけど、空白は全て埋めたし、去年のマークシートの時のようなミスは起こるはずもない。もちろん名前は忘れずに書いた。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 

 私はそう自分に言い聞かせながら、帰り支度を済ませ、ザワつく教室内を見渡した。

 既に試験は終わり、半分以上の生徒は帰路についている。

 残っているのは恐らくは同じ中学に通っている友人同士であろう数グループが「数学の五問目できた?」「あー、まじか!やばい俺落ちたかも」等と反省会を繰り広げていた。

 

 私も自己採点はしなきゃだけど……。

 さてと……これからどうしよう?

 このまま帰って自己採点でもする?

 それとも、どこかに寄っていく?

 

 これまでだったら学校が終わったら真っ先に家に帰って、センパイが来るのを待っていた。

 でも、センパイが家庭教師として来ることはもうない。

 そう考えるとどうにもやる気が出ない。

 そもそも、このタイミングで自己採点をする必要があるのかも分からない。

 どの程度の正解で合格できるのかも分からないのだから、結局不安が消えるわけじゃないし、待っていればどうせ結果はでるのだから、いっそ、結果が出るまでは試験の事を忘れてしまうというのもありなんじゃないだろうか?

 もし落ちてたら……それはその時考えよう。どうせセンパイがいないならどこの高校に行っても同じだ。

 

 そうと決まれば、久しぶりにどこかに遊びに行こうか?

 でもどこへ?

 一人で行ける場所なんてたかが知れているし、今からじゃそれほど遠出も出来ない。

 逆に、さっさと家に帰って寝ちゃう?

 昨晩はあまり眠れなかったし、それはそれで有りかもしれない。

 今までの私ってこういう時何してたっけ?

 なんだか全てが遠い昔のことのようで思い出せない。

 何か……何かやる事……。

 

 あ、そうだ。

 

 そこでふと閃いた。

 それは昨日の晩の思いつき。

 絶対に楽しい事になるのは保証されたようなアイディア。

 センパイのお宅訪問。

 

 今朝の事、ちゃんとセンパイにお礼も言いたいし。

 割と良い案なんじゃないかと思う。

 でも、さすがにまたセンパイに迎えに来て貰うわけにも行かないので、当初の予定通り、お米ちゃんに連絡して迎えに来てもらおう。

 私はそう思いたち、名前シールが貼ったままのスマホの電源を入れ、センパイの顔を一撫でしてから、LIKEを起動した。

 

【今日暇?】

 

 さて、返事は……と。

 

 しかし、五分待てども十分待てども返事は来ない。それどころか既読すら付かない始末だ。

 全く使えない。

 となると、センパイの家もお預けかぁ……。

 まあ、今から行ってもあんまり時間ないし、後日改めてかなぁ。どうせ時間はたっぷりあるしね。

 

 少しだけ肩を落としながらカバンを持って一人教室を出る。

 もう少ししたら通う事になるかもしれない校舎を眺めながら、ゆっくり長い廊下を抜け、昇降口で靴を履き替える。

 そういえば、総武にくるのもコレで二度目だっけ。

 文化祭の時と比べると人が少ないのもあって随分印象が違う。

 そういえば、校門に立ってた大きな『総武祭』の門も無くなってるんだ。当たり前か。

 そんな事を考えながら、ふと校門に視線を向けると、そこに人影が立っているのが見えた。

 当然、人は沢山いる。

 私と同じように試験を受けた生徒だ。

 それぞれ、不安げな表情でぞろぞろと校門を抜けていっている。

 でも、その人が受験生ではないことはひと目で分かった。

 

「センパイ?」

 

 そう、そこに居たのは朝の格好のまま自転車を傍らに立たせ、校門で佇むセンパイの姿。

 私は慌ててセンパイの元へと駆け寄った。

 どうして? なんでセンパイがまだここに?

 え? あれから大分時間経ってるよね?

 

「おう、どうだった?」

 

 なんだか疲れた声で、センパイが私にそう聞いてくる。

 朝よりもやつれている様に見えるのは気のせいだろうか?

 もしかして……私の事待っていてくれた……?

 嬉しい誤算だ、もうこのまま帰ろうと思ったけど、これでこの後はセンパイと……!

 

「ちゃんと全部埋められましたし、結構自信ありです! 多分大丈夫だと思います!」

「そっか、んじゃ帰るわ」

 

 だけど、私の喜びとは裏腹に、センパイはそう言ってそのまま踵を返し私に背を向けようとした。

 

「ま、待ってくださいよ! っていうか、なんでセンパイがここに? まさかずっとここで待って……?」

「ずっとって……んな訳ないだろ、どんだけ経ってると思ってるんだ。こっちはこっちで色々あったんだよ……まぁ、丁度いい時間だったし? 一応どんな感じだったか聞いておこうと思って少し待ってたんだけど……迷惑だった?」

 

 私の疑問にセンパイはため息を吐きながら、うんざりという様子でそう答える。

 色々って半日近くも一体何をしていたんだろう?

 でもそっか……少しは待ってくれたんだ。

 現金なもので、たったそれだけの言葉でまた私の口元が緩んでいく。

 

「いえ、全然! むしろ嬉しいぐらいです!」

「? よく分からんが、なら良かった。んじゃ、帰るわ」

「だーかーら! 待って下さいってば!」

 

 そんな私の気持ちも知らず、再び帰ろうとするセンパイの自転車の荷台をつかみ、なんとかセンパイの動きを静止する。

 全く、なんでここまで来てこのまま帰ろうとするのこの人……!

 

「何? 帰らないの?」

「いえ、その……なんていうか……このまま帰っちゃうんですか?」

「疲れたから帰るけど? お前も一日試験で疲れただろ?」

「いや、そりゃまぁ少しは疲れましたけど、ここで帰るなんて選択肢は私にはないです」

 

 私の言葉を聞き、センパイが不思議そうに首を傾げてくる。

 これは、チャンスだ。

 神様が作ってくれたチャンス、これを見逃す手はない。

 私はそう思って、言葉を続けた。

 

「あの……出来たらセンパイの家に行ってみたいなー……なんて思ってるんですけど……」

「うち?」 

「はい、駄目……ですか?」 

 

 少しシナを作り、上目遣いでアピール。必殺のおねだりポーズだ。

 まぁ……どうせセンパイの事だから「あざとい」って思うんだろうけど……。

 そう思いながらもセンパイの顔を見ると、センパイは顔を赤くしながら、目を逸らした。

 よしっ、効いてる。

 センパイは口ではあざといあざといと言いながら、案外ちょろいのだ。ちょっと心配まである。

 私以外の女に引っかからないで下さいよ?

 

「べ、別に駄目じゃないけど……ウチ来てもなんもないぞ? 小町も帰ってるか分からんし……」

「そっちはむしろ帰ってこなくてもいいんですけど……。ただ一回行ってみたいなぁって」

 

 そう、あくまで今日は下調べ。

 とりあえず一回行って場所を把握しておけば、今後色々作戦も立てやすいしね。

 

「……まぁ、別にいいけど。結構歩くぞ?」

 

 やた!

 でも……歩くってことは……。

 

「今度は乗せてくれないんですか?」

「さっきなんで俺がここに居たのか聞いたな? 今朝の二人乗りの事でめちゃくちゃ怒られてボランティアさせられてたんだよ、今日はもう勘弁してくれ」

「す、すみません」

 

 まさかそんな事になってるなんて思わなかった……。

 うー……これが原因で二度と乗せてくれなくなったらどうしよう……。

 

*

 

「ここ」

「……夏祭り以来ですね」

 

 駅とは逆方向に歩き、ようやくたどり着いた住宅街にある一軒家の前でセンパイが立ち止まった。

 確かに、見覚えのある外観だ。

 あの日は夜だったからあんまりはっきりは見えていなかったけど。

 こうやって見ると凄く立派なお家。

 そっか……ここが、センパイのお家なんだ。

 ここで毎日センパイは生活してるんだ……。

 

「ああ、そういやそんな事もあったな」

「忘れちゃったんですか?」

 

 だが、センパイはまるで覚えていなかったとでも言うように、そう言ってガサゴソと玄関の扉を開ける。

 あの日の事、忘れちゃったんだろうか?

 私はずっと、いや一生忘れないと思う。

 

「あ、そうだ。これ忘れないうちに渡しておくわ」

「へ? セ、センパイこれって!」

 

 そうしてあの日のことを思い出しながら、センパイの家を眺めていると、不意にセンパイがガチャガチャとキーホルダーから何かをはずし私に渡してきた。

 それは小さな、どこにでもあるタイプの家の鍵。

 うちと同じメーカーなのだろうか? 取っ手部分のデザインも同じで妙に手に馴染む

 こ、これってもしかしなくても……合鍵!?

 え? ど、どうしよう。貰っていいの? いいのかな?

 これをくれるって事は……次からはコレを使えって事?

 流石に早すぎないかな? も、もしご両親とバッタリなんて事になったらどうしよう……?

 

「まあ、流石にもう俺が持ってるわけにもいかないだろうからな。もみじさんにもよろしく伝えておいてくれ」

「え? ママに……? なんでよろしく?」

 

 だけど、渡された鍵をしげしげと見つめていると、センパイがそんな事を言ってくる。

 なんでここでママが……?

 

「何故って……それ一応もみじさんから貰ったって事になってるからなぁ……郵送しようかとも思ったんだが丁度いいからお前から渡しといてくれ」

「はぁ?」

 

 通りで見覚えがあるはずだ。これ、本当に私の家の鍵なんじゃん。

 はぁ……私の喜びを返して欲しい。

 

「こんなの受け取れませんよ!」

「は? いや、受け取れないも何も、元々お前の家のだろ。もうお前の家行く機会もないだろうし、何かあった時困るだろ、俺が犯罪者に間違えられて逮捕されるし」

「なんでセンパイが捕まる事前提なんですか……泥棒が入ったらちゃんと調べてもらいますよ」

「いや……でも……」

 

 なんだか頭痛くなってきた。

 何でこの人はこうもネガティブなんだろう。

 かといって、言葉で説明しても分かってくれないだろうなぁ。

 

「とーにーかーく! これは返品不可です、失くさないようにちゃんと持っていて下さい! わかりましたか?」

「は、はい……」

 

 勢いに任せて、鍵をセンパイに返しその手に握らせる。

 こんなの持って帰ったら私がママに怒られちゃいますよ……全く。

 

「えっと……じゃぁ、まぁ……とりあえず上がってけよ」

 

 腰に手を当てて、私は怒っていますというポーズをしながらセンパイを睨んでいると。

 やがてセンパイがその空気に耐えられなくなったのかようやく玄関を開けてくれた。

 

「……お、お邪魔しまーす」

 

 スタスタと家の中へと入っていくセンパイに続いて、私も玄関を通り、コートを脱ぎながらセンパイの家へと入っていく。

 マンションである自分の家とも、和風な作りのお祖父ちゃんの家とも違う。

 二階建ての一軒家、夢のマイホームってこういう家の事を言うのかもしれない。

 

「ここが、センパイのお家なんですねぇ」

「俺のってか親父のだけどな、しかもローン残ってるから厳密に親父のとも言い難い」

 

 なんだか知りたくもない情報まで知ってしまった。

 でも、やっぱり家を買うって大変なんだな。

 いつか私もセンパイと……。

 そんな事を考えながら、玄関を入ってすぐのリビングらしき部屋へと通された。

 

「お米ちゃんは?」

 

 中学生女子が読みそうな雑誌がちらほらと見受けられたのでついそんな事を聞いてしまったがソレ以外は本当アットホームなどこにでもあるリビングという感じ。

 カウンターキッチンに、四人がけのテーブル、ソファと大きなテレビ。

 どこにでもありそうなごく平凡な組み合わせだけど、そこにセンパイがいるというだけでどうしてこう特別に見えるのか。

 

「あー……まだ帰ってきてないみたいだな……」

「へー」

 

 その答えに思わず緊張が走る。

 ということは、今この家に私達二人きり……ってことだよね?

 これはチャンスだ。

 今のうちに……。

 

「とりあえず……茶でも淹れるか、そこらへん適当に座って……」

「あ、あの……! 出来たらセンパイのお部屋見てみたいんですけど」

 

 そう、これはチャンス。

 だから、私は邪魔者が入る前に自分の願望をぶつけてみた。

 まぁ細かい事を言うとここでお喋りをしている時にセンパイのお父さんやお母さんが帰ってきたらどうしようという思いもあったりする。

 実際、どうやって挨拶したらいいか、まだ考えてないんだよね……。

 

「俺の部屋?」

「駄目……ですか?」

 

 センパイの左腕をつかみ、ブンブンと揺らしながらお願いしてみる。

 本日二度目のオネダリだ。

 さすがに効かないかな?

 

「いや、別に駄目じゃないけど……面白いもんは何もないぞ?」

「別に面白い物なんて期待してませんよ、センパイのお部屋を見てみたいだけです」

「……い、一応、片付けてくるからチョット待っててくれる? あと袖離して? のびちゃうから」

「はーい♪」

 

 でも、センパイは観念したように一度小さくため息をついた後そう言って承諾してくれた。

 やっぱりちょろい。来年度からはちゃんとガード固めておこう。うん。

 私はそんな決心を固めながら、タンタンとリズムよく二階に上がっていくセンパイの背中を見送った後、もう一度リビングを見回した。誰かの視線を感じたのだ。

 あれ? センパイの兄弟ってお米ちゃんだけだよね?

 他にはいないと思うんだけど……。誰も……いないよね?

 あ、猫!

 センパイ猫飼ってたんだ?

 君のお名前はなんていうのかな? にゃーにゃー。

 

「お待たせ、んじゃ行くか」

「あ、はい」

 

 センパイを待っている間、警戒しながら私の回りをグルグル回る猫ちゃんと遊んでいたのだが、センパイが声をかけてきたタイミングで猫ちゃんは私の足元からサッと移動し、冷蔵庫の上へと上っていった。

 あそこが定位置なのかな?

 ばいばい、またね。

 

「ま、なんもないけど……」

「わぁ……ここが……センパイの部屋」

 

 二階に上がり、通された部屋を見て私は少しだけ感動した。

 だって、とうとうセンパイの部屋に来てしまったのだ。

 いつもは私の部屋で二人きり。

 でも、今日はセンパイの部屋で二人きり。

 あくまで下調べのつもりだったけど、何かが起こりそうな、そんな予感さえして自然と鼓動が早くなる。

 

「あれ? ギタースタンド買ったんですか?」

「まあ、一応な」

 

 なんとか平静を装い、そう問いかけた先にあったのは、専用のスタンドに立てかけられたギター。

 このギターは去年の夏パパがセンパイにプレゼントしたものだ。

 スタンドを買ったという事は結構大事にしてくれているということだろう。

 昔家に有ったものが、センパイの部屋にあるのってなんだか不思議な気分。

 センパイがウチで弾いてる時はパパのコレクションのどれかを使ってるみたいだけどセンパイがこれを弾いてるところってあの日以来みてないんだよね。

 今、お願いしたら聞かせてくれるかな?

 

「あー……えっと、とりあえず、適当に座っててくれ、なんか取ってくるわコーヒーでいいか?」

「あ、はい。お構いなく」

 

 でも、私がそれを言い出すより早く、センパイが改めてそういって部屋を出ていってしまったので、また一人取り残されてしまった。

 仕方ない、お部屋の物色でもさせてもらうか。

 といっても当然、引き出しを漁ったりはしない。

 変な事していきなり出禁にでもなったら困るしね。

 とりあえず、今日のところはセンパイの部屋に入れたという事実だけで満足なのだ。

 

「あれがセンパイの机」

 

 最初に目に入ったのはやはりセンパイの机。

 どこにでもあるような、何の変哲もない勉強机だけれど、私のものと違って「男の人が使っている」という感じがするのは何故だろう。

 単に私がセンパイをイメージしすぎているからだろうか?

 

「こっちはセンパイの本棚」

 

 私の部屋にある本の倍以上の本が収納できる大きな本棚は、見たこともないようなタイトルの本で一杯だった。

 あ、でもこれはお祖父ちゃんの家で見たことあるかも。

 センパイが好きなら私もこういうの読まなきゃ駄目かな?

 何かオススメの本がないかあとで聞いてみよう。

 

「それで……ここが、センパイがいつも寝てるベッド」

 

 その場でぐるりと一回転して部屋を見回し、足元に荷物を下ろすと、適当に座れと言われていたことを思い出した私は遠慮なくセンパイのベッドに腰掛け、ぽんぽんと布団を叩きながらそう呟く。

 このベッドで毎日センパイが寝て、今朝もきっとここで目覚めたのだろう。

 センパイの寝起きってどんな感じなのかな?

 あんまり寝起きに強いっていうイメージもないし、やっぱり二度寝とかしちゃうんだろうか?

 

「ふぁー……」

 

 いけない、センパイが寝ているところを想像したら私も眠たくなってきちゃった……アクビが……。

 きっとここで眠ったら気持ちいいんだろうな……。

 いやいや、何考えてるの私!

 流石に初めて来たセンパイの部屋でそのまま寝るなんてあり得ない。

 もうすぐセンパイも戻ってくるだろうし、ちゃんと待ってないと!

 でも……。

 

「……ちょっとだけなら……いいよね?」

 

 私は、その悪魔の誘惑に抗いきれず、ぽふんっとベッドに寝転び、センパイが毎日頭を乗せているであろう枕に顔を埋めていった。

 そして、その事を後悔することになる。

 

「センパイの……匂いがするぅ……」

 

 ああ……これは駄目だ……。

 まるで……センパイに抱かれてるみたいに、そこら中からセンパイの匂いがする……。

 早く起きないと、センパイが……戻って……きちゃう……。

 

 だが、そう思えば思うほどに、体はベッドの中へと沈んでいく。

 もうちょっと……もうちょっとだけ……。

 そういえば、昨晩は全然眠れていなかったんだった……。

 でも……ここで眠るわけにはいかない。

 そうだ、いっそこのまま寝たフリをして、センパイが戻ってきたときに驚かせるのもいいんじゃない? だから……ギリギリまでこの体勢で……。

 

「悪い待たせた……って一色……?」

 

 センパイの声が聞こえ、一歩一歩、センパイが私のところへと近づいてくる気配を感じる。

 ふふ、驚いてる驚いてる。

 もうちょっと……もうちょっと近づいてきたら……ガバーって起き上がって……。さぷらーいず……。

 

「寝てんの?」

 

 寝てませんよー……ちょっと横になってるだけですー……。

 ああ、でも駄目だ、やっぱり瞼が重い……。

 起きなきゃ……起きてセンパイを……びっくり……。

 

「……セーラー服の美少女が俺のベッドで寝てるとか……どんなシチュだよ……」

 

 ……早く……起き……ないと。起き……て……。

 

「ま、お疲れ……」

 

 センパイは今どんな顔をしているんだろう?

 初めて部屋に上がり、そのまま眠ってしまった私に呆れているのだろうか? 

 それとも、優しく私を見下ろしているのだろうか?

 だが、結局私にソレを確認する事は出来ず、ぽんぽんっと優しく私の頭を叩くセンパイの手の平の感触を最後に、私は完全に意識を手放してしまった……。




ゴールデンウィークとはなんだったのか……
ガンガン話進めてストック作ろうと思ったのに、試験当日の話が長すぎて分割する羽目になりました……
というわけで、もう少しだけ試験日が続きます(試験自体は早々に終わってるけど)

白大河さんは文字数が読めない。

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