やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
長らくお待たせいたしました
73話です。
その日の昼休み、私はセンパイのいるベストプレイスではなく奉仕部の部室に来ていた。
雪乃先輩と二人きり。
正直気まずい。
今すぐにでもセンパイの所へ走って逃げたい。
別に雪乃先輩のこと嫌いっていう訳じゃないけど、もしこうして二人でお昼を食べようとお誘いを受けたとしても、申し訳ないけれどセンパイとの約束を優先したいと思う。
だが、今日だけはそういう訳にはいかなかった。
ここ数日──というか昨日、私達は雪乃先輩の家で改めてクッキー教室を開いたトコロ『月曜日に渡す』ととうとう結衣先輩が意中の人にクッキーを渡す決心をした結果。その『作戦会議』をするという名目で今日の昼休み、三人で昼食を摂ることになったのだ。
こんな面白そう──もとい大事な日を見逃す手立てはない。
雪乃先輩との勝負のコトもあるし、ここは短期決戦の意味も込めて結衣先輩との時間を優先したほうが良いだろうという私の判断でもあった。
「遅いわね、由比ヶ浜さん」
「そうですねー、購買でも行ってるんですかね?」
しかし、その問題の結衣先輩が未だに部室に現れない。
一体どうしたのだろう?
すでに昼休みは五分以上が過ぎ十分が過ぎようとしている。
人によってはたかが五分十分、と思うかもしれないが、学生の昼休みの五分というのは非常に大きい。
授業が長引いているのか、はたまた購買にでも寄っているのか。
交換したばかりのLIKEにも連絡がないので少々ヤキモキしてしまう。
「もしかしたら、あのクッキーをお相手に渡している最中なのかしら?」
そうして、お弁当箱を広げたままボーッとしていると、雪乃先輩がポツリとそう呟いた。
ふむ、確かに結衣先輩の事情を知っていればそう考えるのは当然だろう。
だが、私はソレだけはないと確信を持って言えた。
「ソレはないかと、放課後に屋上に呼び出すっていう話になってますから」
実のところ、ここ数日私は雪乃先輩には内緒で色々と結衣センパイの相談に乗っていたのだ。
相手の呼び出し方や、呼び出し場所。そして告白の仕方まで、まさに手取り足取り全力サポートをしていたりする。
だって、結衣先輩が本当にクッキーを渡すつもりがあるのかと疑うぐらい弱気なんだもん。
いい加減見ている方もイライラしてきたので、発破を掛ける意味で我が家に伝わる秘伝のクッキーのレシピまで教えてしまったのは内緒である。
その一環として、放課後屋上に呼び出すというアイディアも渡してある、だから恐らく本番は今日の放課後。
昼休みに突発的に渡すなんてことはありえないだろう。
「屋上? 屋上は立入禁止のはずだけれど」
しかし、そんな私の言葉に雪乃先輩はそう言うと首を傾げ眉を潜めた。
あれ? 立入禁止?
「そうなんですか? でも私去年の文化祭の時入りましたよ、屋上。 結衣先輩も『屋上の鍵が壊れてるのは女子の間じゃ有名』って言ってましたけど……」
「呆れた……。鍵が壊れているから、入っていいというコトにはならないのだけれど……?」
ふむ、この感じだとどうやら雪乃先輩が知らなかっただけっぽい。
立入禁止なのを知らなかったのは私が悪いんだけど……でもなんで結衣先輩は知ってるのに雪乃先輩は知らないんだろう?
あ、そうか、雪乃先輩友達いないからきっと誰からも教えてもらえなかったんだ。
可哀想……。
「何かしらその目? なんだかとても不快なのだけれど?」
「なんでもありませーん。まぁ、うちの学校他に二人きりになれそうな場所とかも思いつかないですし。今回は大目に見てあげてくださいよ」
正直、ココで雪乃先輩の機嫌を損ねて結衣先輩のプランを壊すわけにもいかなかったので私は慌ててその話題を切り上げようと試みる。
すると、雪乃先輩はそんな私を見て一瞬だけ不機嫌そうに顔をしかめると、やがてハァと諦めたように小さくため息を吐いた。
どうやら、今回はお目溢しを貰えるみたい。
ふぅ、危なかった。良かったですね、結衣先輩!
「……少し由比ヶ浜さんの様子を見てくるわ。一色さんはどうする? 先に食べていても構わないけれど」
「そうですねー……入れ違いになっても困りますし、待っててもいいですか?」
「そうね、それが良いわ。それじゃ」
雪乃先輩は短くそう言うと、ガラガラと扉を鳴らし奉仕部を出て行ってしまった。
残されたのは私一人。さて、どうしよう。
先に食べていても良いとは言われていたけれど、流石に一番の後輩である私がここで先に食べるのは少々ハードルが高い。
はぁ、こんなコトならやっぱりセンパイと一緒にご飯食べるんだったかも。
しかし、そうか屋上って立入禁止だったのか。
もしかして──センパイも知らないのかな?
もし知らなかったら今度案内してあげよう、うん、たまには屋上でセンパイとご飯も良いかもしれない。
そんな事を考えながら、私はスマホを取り出し恐らく一人でベストプレイスにいるであろうセンパイにLIKEを送った。
あ、寂しがってるといけないから自撮り送ってあげよ♪
***
「やっはろー。いろはちゃん待たせてごめんね!」
「やっは……戻ったわ……」
そうして何度かセンパイとLIKEのラリーをしていると、再び扉が開き先輩二人が帰ってきた。どうやら、無事合流できたみたいだ。
入れ違いにならなくて良かったとホッと胸を撫で下ろす。
「おかえりなさーい。遅かったですね、何かあったんですか?」
私がそう問いかけると、雪乃先輩は少しだけ不機嫌そうに席に戻りながら
「由比ヶ浜さんが類人猿に絡まれて威嚇されていたのよ」
と呟いた。
「類人猿?」と今度は結衣先輩の方を見ると、結衣先輩は「ア、アハハ」となんともいえない笑い声を上げながら私の横の席へと陣取る。
どう見ても問題ないという感じではないが、遅れた理由はそれなりにあったっぽい。
「まぁ気にしない気にしない。さ、食べよ! 休み時間なくなっちゃう」
苦笑いを浮かべる結衣先輩が空気を変えるようにパンと手を叩き、そう言ってお弁当箱を広げ始める。
どうやら、ソレ以上話すつもりはないみたい。
ふむ……少し気になるけど……まあ、いいか。
それよりも今日はもっと話さなきゃいけないことがあるのだ。
「えっと……結衣先輩、お相手の呼び出しはちゃんと出来たんですか?」
「あ、うん、そっちはバッチリ! 下駄箱に手紙入れてきた。めちゃくちゃ緊張したよー!」
話題が変わって助かったとでも言いたげに、結衣先輩は大げさなほどに手を広げながらそう説明してくれる。
とりあえず心配ごとの一つは解消だ。
「でも来てくれるかな……? 言われた通り名前書かなかったんだけど……」
「大丈夫ですよ、もし来てくれなかったらちゃんと慰めてあげますから!」
それは私のアイディアだった。
今時呼び出しに手紙なんて流行らないし、最悪公開処刑にされる可能性もあるのでリスクも大きいのだけれど、結衣先輩の話を聞くに、お相手の人はそれなりに誠実そうな人っぽかったので、なんとなく大丈夫だろうと判断したし、名前を書かないほうが送り主がどんな人か期待してくれるんじゃないかとも思ったのだ。男子って単純だしね。
当然、もし本当に何かあった時のための保険という意味合いもある。
最悪名前を書いて無ければなんとでも逃げられるだろう。
「そっちの意味で大丈夫なんだ……」
だが、結衣先輩は私のフォローが不服らしく口を尖らせて抗議してくる。
でも実際来てくれるかどうかまでは保証できないので、それは諦めて欲しい。
キチンと相手を教えてくれれば、ソレこそ首に縄をつけて引っ張ってくることも出来たのだけれど。
「仕方ないじゃないですか、だって結衣先輩お相手のコト全然教えてくれないんですもん」
「それは……だってなんかドンドンハードル上がってる感じするんだもん……」
ハードルかぁ。
まあ確かにここまで引っ張られると相当なイケメンとか逆に凄く太っていたりする人なんじゃないかとは思い始めている。
だって、なんでお礼を言うだけの人の事を隠すのか分からないんだもの。
何か特殊な事情があるとしか思えない。
だからこそ、今日は凄く楽しみでもあるのだ。
「まあ、それも今日解決するからいいんですけどね」
「へ?」
だが、私の言葉を聞いて、結衣先輩が目を見開き口元まで運んでいたご飯をぽろりと落とした。
ん? 私今そんなに驚くようなコト言ったかな?
「え? チョット待って! もしかして渡す所見にくるの?」
「当然ですよ、ね? 雪乃先輩?」
「……私は何も聞いていないけれど」
あれ? そうだったっけ?
あ、でもそういえば直接は言ってなかったかも?
てっきり雪乃先輩も分かってるものだと思ってた。
「で、出来たら恥ずかしいから辞めて欲しいなー……なんて……見られてると思うと緊張しちゃうし……」
「えー? でも結衣先輩のお相手見たいじゃないですか。今日までずーっとはぐらかされてますし、ね? 雪乃先輩も気になりますよね?」
「興味ないわ、何より本人が嫌がっているのだからアナタも辞めておきなさい」
まさか雪乃先輩にまで裏切られるとは思わず、私はガタッと音を立て椅子から立ち上がる。
いや、まぁ。賛成してくれるとも思ってなかったけど……。なんとなく付いてきてくれると思ってんたんだけどなぁ。
だって、今日までこんなに結衣先輩のサポートをしてきたのに、このいちばん大事な場面を見れないなんて誰も思わないじゃない?
え? 私がオカシイの?
「ええー!?」
「ほ、ほらゆきのんもこう言ってるし、やっぱり辞めよ? ね?」
結衣先輩が懇願の瞳で私を見上げてくる。
いや、なんで本当にそんなに嫌がるんだろう……?
もしかして訳あり?
え? ひょっとして……相手は教師とか……じゃないよね?
不倫……とか?
人気のある先生って誰がいたっけ?
「今回の依頼はあくまでクッキーの作り方を教えるだけ、由比ヶ浜さんが告白の手伝いをしてくれというのならともかく、それ以上の干渉はすべきではないわ」
「ぶー……」
続けて、雪乃先輩にそう言われた私は頭の中で該当しそうな教師を思い浮かべながら、渋々と椅子に座り直す。
うわー……俄然気になってきたぁ……。
どうしよう、最悪一人でも覗きに行ったほうがいいだろうか?
知らないほうが良いっていうこともあるのかもしれないし。
「分かりました、けど……。もしかして……言えないようなお相手とか?」
「そ、そういうんじゃないけど……多分いろはちゃんの思ってるようなタイプじゃないというかなんというか……」
少しだけカマをかけてみたけど、これはどっちか分からないなぁ……。
ううう……気になる。
私のタイプじゃないっていうコトはセンパイ以外の全男子って言うことだから全然絞れないし……。
「う、上手くいったらちゃんと紹介するから!」
はぁ、仕方ないこれ以上の追求はやめておきますか。
別に結衣先輩をイジメたいわけじゃないしね。
「……分かりました。それで告白の言葉はちゃんと考えたんですか?」
「やっぱり告白することになってる!? しない! しないからね!?」
告白、という言葉に結衣先輩がオーバーに反応すると、そのバンドエイドだらけの指をブンブンと左右にブンブンと振った。
あれ? バンドエイドだらけ?
おかしい、私は巻くなら五枚までって言ったはずなのに、よく見ると結衣センパイの指全てにバンドエイドが巻かれている。
「あ、あくまでお礼だから! それ以上の事は考えてないから! そ、そもそももう付き合ってる人とかいるかも知れないし……お見──女の子──たし……」
……ゴニョゴニョと最後の方はよく聞き取れなかったが、どうにも結衣先輩のお相手には女の子の影があるらしいというのは分かった。
となると最悪既婚者? それか彼女持ち?
やはりかなりのイケメンの可能性があるのだろうか?
なるほど、結衣先輩が尻込みする気持ちが少しだけ分かった気がする。
なら、私としてはもう少し背中を押してあげても良いのかもしれない。
「それなら尚更早めに手を打たなきゃじゃないですか!」
「で、でも迷惑、じゃないかな……?」
「女の子に思われて迷惑な男子なんていませんよ。ね? 雪乃先輩」
「私に振らないでくれるかしら……」
私の言葉に結衣先輩は「そうかなぁ……?」と雪乃先輩の方へとチラリと視線を動かす。
しかし、雪乃先輩は我関せずとでも言いたげに優雅にお弁当を食べていた。
なんか、雪乃先輩って本当何してても絵になるよね……羨ましい。
でも、この場では頼りにならないというだけだ。ここは私が頑張らなきゃ。
「例え付き合ってる人が居たっていいじゃないですか──諦めなくて良いのは女の子の特権なんですよ?」
その言葉は以前私がママから貰ったアドバイスでもあった。
そう、もしセンパイにそんな相手が居たとしても、どんな既成事実を作ってでも奪い取ってやればいい。諦める必要なんてないのだ。
だって他の誰でもない『私が』好きなのだから。そんな簡単に『はい、そうですか』なんて諦められない。
だから、同じ恋する乙女として、結衣先輩にも諦めてほしくなかった。
「そ、そう? そうかな……?」
「そうですよ、別に結婚して子供がいるわけでもないなら、隙を見てガンガン攻めないと!」
「高二で子供は流石に居ないと思うけど……。うー……ゆきのーん! 何とか言ってよぉ」
「だから、私に振らないで貰える……?」
あ、良かった、教師では無さそうだ。そういえば同じクラスになったのが今回のお礼のきっかけなんだっけ。すっかり忘れていた。
でも、それなら尚更雪乃先輩も頼りにならなそうだし、ここは私が頑張って結衣先輩を応援してあげないと!
「でも明日から彼氏持ちだと思ったらちょっとやる気でません?」
「私が……彼氏持ち……」
「あ、少しその気になりましたね?」
私がそう言うと、少しだけ結衣先輩の顔が赤くなる。
どうやら狙い通りやる気は上がったらしい。
「な、なってない! 告白なんてしないから! 今日はあくまでお礼だけ!」
「今日“は”ね」
「今日“は”ですね」
「あぁ! また引っ掛け問題だぁ!」
そういって頭を抱える結衣先輩を見て、私と雪乃先輩は視線を交わし、少しだけ笑った。
***
**
*
「結衣先輩、今頃屋上ですかね?」
「そうね。お相手が来てくれれば、だけれど」
そうして昼休みを終え、各々の教室に戻り午後の授業を終えた私達は、放課後再び奉仕部の部室へとやってきていた。
元々の予定だと、雪乃先輩と一緒に屋上で結衣先輩の様子を見るつもりだったのだが、結衣先輩自身に止められてしまったので完全に暇になってしまったのである。
「雪乃せんぱーい、今日は何時まで部活やるんですか?」
「いつも通りよ、依頼者がイツ来るかわからないもの」
「えー……でも、それだと一人も来ないかもしれないじゃないですかぁ……」
実際この部は基本的にはやるコトがなかったりする。
ココ数日は結衣先輩の依頼があったからこそ色々と動いていたが、ひっきりなしに相談者がやってくる人気占い店という訳でもないので、ソレ以外の時間は暇なのだ。
「何か予定でもあるのだったら早退も考慮するけれど?」
「……特に……ありませんけど……」
今日はセンパイがバイトの日でもあるので、早退したトコロで合流するコトも出来なければ、デートも出来ない。
家に帰っても特に予定はないので、ココに要るのと対して変わらないだろう。
結局のトコロ、私には選べる選択肢すらなかった。
「なら、待つのも部活動の一環よ。諦めなさい」
「むー……」
そう言うと、雪乃先輩は私との会話も切り上げ、読書へと戻ってしまう。
ああ……私も何か本でも持ってこようかなぁ……。そういえばセンパイとお爺ちゃんって同じ本読んでるんだよね。
何冊か貸して貰おうか。
でもどっちにしても今日は暇なままだ。何かやることやること……。
お米にでもLIKEする?
あ、そういえば今日課題出てたんだ、先そっち済ませちゃおう。
色々考えた結果私は読書をする雪乃先輩の横で一人英語の課題に取り組むことにした。
ああ、少し前まではこうやって勉強している横に居たのは雪乃先輩じゃなくて家庭教師のセンパイだったのになぁ……。
はぁ……。やる気が出ない……。
*
「やっはろー!! 二人共おまたせー!」
そうして、英語の課題をこなし半分ほどが終わったところで、突然ガラガラと扉が開き、結衣先輩が現れた。
あれ? もしかしてクッキー……渡せなかった……?
「由比ヶ浜さん?」
「結衣先輩?」
突然の来訪者に私も雪乃先輩も思わず顔を見合わせてしまう。
それはそうだ、放課後にクッキーを渡すと言っていたので上手くいったならその後はそのまま二人でどこかへ行くなり、話をするなりをすると思っていたのだから。
だが、放課後という時間帯に入ってまだ三十分も経っていない。
もしかしたら、相手が現れなかったとかだろうか?
そう考えると、なんと声を掛けるのが正解なのか分からず私は「あ」とか「う」とか良く分からない音を発し、結衣先輩の次の言葉を待つことしか出来なかった。
「無事渡せましたー!」
しかし、私達の心配を他所に、結衣先輩は両手を上げてそう言うと嬉しそうに笑っていた。
良かった。本当に良かった。
満面の笑みの結衣先輩を見て、心の底から応援して良かったと思える。
「そう、それは良かったわね」
「おめでとうございます! 結衣先輩!」
「もう、いろはちゃんがずっと『告白』『告白』って言うから危うく『付き合って下さい』って言っちゃうところだったよー。でも普通に友達になれた!」
友達かぁ。
まあ、結衣先輩にとっては大きな一歩というところだろう。
思わず口をついて出てしまったというのはきっと心の底でそういう思いもあったということなのだと思う。
少なくともそれなりに好意を持っていることには代わりは無いだろう。
だって、そうじゃなければここまで喜ばないはずだ。
「じゃあ、今度こそ紹介してもらえますね」
「うん、今度紹介するね。今日はバイトがあるからって帰っちゃったんだけど」
「へー、バイトしてるんですね」
ん? バイト?
センパイも今日バイトなはずだけど……。そういえば結衣先輩のお相手は結衣先輩と同い年なんだよね……。
まぁ、バイトしてる人なんて幾らでもいるか。
お金があるのは良いことだ。これでダブルデートのプランも組みやすくなった。
ふふっ、楽しみがドンドン増えていく。
「それで……はいコレ! ゆきのんにも」
「私も?」
「なんですか? コレ?」
そうして今後のプランを色々と考えていると、今度は結衣先輩が鞄から小さなラッピングバッグを二つ取り出し、私と雪乃先輩に渡してきた。
これは何だろう?
「色々手伝ってくれたお礼。実は昨日二人に色々教わった後、家帰ってから作ったんだ。流石に二人ほど美味くは作れなかったし思いっきり失敗しちゃって、指火傷しちゃったんだけど……一番焦げてない奴にしたから良かったら食べて?」
結衣先輩の言葉を聞きながら中身を覗いてみると、そこには顔ほどの大きさの巨大なクッキーが入っていた。
ココ数日、ずっとクッキー教室を開いていたから正直クッキーは食べ飽きているのだけれど……。
どうやら雪乃先輩も同じことを考えたらしく、私と目が合うと、苦笑いを浮かべていた。
まぁ、折角の気持ちだし無碍には出来ないか。
「ありがたく頂くわ」
「ありがとうございます。火傷って……だからバンドエイド巻いてたんですね」
なるほど、私のアイディアを使ったわけではなく、巻かざるを得ない状況になってしまったのか。
でも、本当に全指損傷する人がいるとは思わなかった……。
これが天然という奴なのかもしれない。
「うん、バンドエイドっていうかカットバンだけどねコレ」
「あなた……どこの出身なの?」
「へ? なんで?」
「いえ、なんでもないわ……」
「そ、そう?」
そんな雪乃先輩と結衣先輩の会話を横目に、私は貰った巨大クッキーを少しだけ割って口に含んで見る。
うん……まぁ、及第点かな?
少なくとも最初の頃に比べれば雲泥の差だ。
大成功。かどうかはわからないけれど、成功なのは間違いない。
平塚先生だってこの結果に文句は言わないだろう。
もしかしたらこのまま雪乃先輩との勝負も勝てるかもしれない。
その時の私はそんな妙な達成感と高揚感に駆られ、なんだかとても気分が良かった。
だから気が付かなかったのだ、結衣先輩が出していた沢山のヒントがタダ一人の人を指しているという事を……。
私がそれに気がつくのは、まだ少し先のお話……。
少々蛇足気味ですが73話。これにて由比ヶ浜結衣の依頼は終了となります。
間隔が開いてしまい申し訳ありません
74話はホボ出来ていますので
次は遅れないと思います
今回の活動報告は色々言い訳祭りの予感。
そういうの読みたくない方は注意ということで。
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