やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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メリークリスマース!!
いつも感想、評価、お気に入り、誤字報告、ここすき、メッセージetcありがとうございます。

恐らくこれが年内最後の更新となります。
皆様良いお年を!!


第74話 繋がりそうで繋がらない少し繋がる点と点

「あ、ヒッキー! やっはろー!」

 

 教室に入るなり、そんなドコの国の挨拶かすら分からない妙な声を掛けられ、クラス中の視線が俺に集まった。

 ヒッキーって誰だ?

 ドコかで聞いたような気はするのだが……。

 そう思い声のした方角を見ると、朝だと言うのに妙にテンションの高い女子が一人こちらに向けて大きく手を振っているのが見えた。

 

「お、おう……おは、よ……」

 

 その女子は言わずもがな、昨日俺の初の友達となった由比ヶ浜結衣その人である。

 俺は何とか抑え平静を装い、片手を上げるだけの簡単な返事を返し、自分の席へと向かう。恐らく今の俺の顔はさぞ引きつっていることだろう。

 そうか、ヒッキーって俺のことか。

 俺が返事を返すと俺に集まっていたクラス中の視線がさざ波のように引いていくのを感じた。

 とりあえず、突発イベントはクリア出来たらしい。

 そうか、友達とは朝こうやって挨拶をするものなのか。

 

 そんな初めての気付きを得ながら、俺が自分の席へと向かうとに、由比ヶ浜が「ちょっとごめんね」と元いたグループの連中にひと声かけテテテっと俺の方へと駆け寄ってくるのが見えた。

 どうやら、友達との朝イベントはまだ終わっていないらしい。

 何ぶん初めてのことなのでこのイベントがどうすれば終わるのか分からないが……まぁ、もう少し頑張るとしよう。

 

「昨日バイトどうだった? 遅れちゃった?」

 

 俺が自分の机に鞄を置くのとほぼ同時に、由比ヶ浜が俺の目の前にやってくると、由比ヶ浜は机に手を付きながらそんな事を聞いてくる。

 え? なんでこの子俺がバイトしてるコト知ってるの?

 ってああ……そう言えば昨日はバイトがあるといって切り上げたんだったか。 

 

「いや、ギリギリ間に合った」

「良かったー、私のせいで怒られちゃったらどうしようって思ってたんだ」

 

 俺の言葉に由比ヶ浜が安堵の表情を浮かべ、ホッと胸をなでおろす、一瞬その胸元に視線が行ってしまったのは不可抗力というものだろう。

 卑猥な意味ではないし、すぐに逸したので許して欲しい。

 とはいえ、俺のバイトの遅刻状況を心配してくれているとは思わなかった。

 昨日の手紙での一方的な呼び出しから考えて、人の予定なんて気にしない奴なのかと思っていたのだが……割と良い奴なのかもしれないな。少し考えを改めよう

 

「そういえばヒッキーって何のバイ……」

「どうやら結衣も無事比企谷と仲良くなれたみたいだね」

 

 そうして何気ない会話から由比ヶ浜の人となりを確認していると、俺と由比ヶ浜の間に割って入るように一つの影が現れた。

 俺たちの前に現れたのはクラス──いや、この総武でも指折りのイケメン葉山隼人だ。

 葉山はいつも通り胡散臭い笑顔で俺の席の横にピットインすると、何やら訳知り顔で俺と由比ヶ浜を見つめてくる。

 ん? 『無事』ってどういうコトだ?

 こいつ昨日のコト何か知っているのか? まさか見てたとか……?

 

「あ、隼人君。うん! そうなんだ友達になったの。ね? ヒッキー?」

 

 しかし、由比ヶ浜は突然の葉山の登場にさして驚いた様子もなくそういって俺に同意を求めてくる。

 同意……でいいんだよな?

 

「あ、ああ……そうだな。と、友達……だな」

 

 言葉にするとなんとも気恥ずかしいが、間違ったことは言っていないはずだ。

 そう、俺は由比ヶ浜と友達。

 恥ずかしがる必要はない、双方合意の上での友達なのだ。

 少なくとも言質は取っている。

 葉山に恥じるようなことは何もない。

 

「そうか、やっぱり俺がお節介をやく必要はなかったみたいだな」

「なになに? 何の話?」

「これは……もしやフラグ回収!? ハヤハチきたぁ!! ぐふふふふ……」

「海老名、ちゃんと擬態しな」

 

 お節介?

 先程から葉山の言葉に引っかかりを覚えてばかりだが、次に俺が何か言おうとするより早く、その様子を見ていた葉山グループが続々と集まり始めた。

 戸部、金髪縦ロール、黒髪おかっぱ眼鏡さん。そして由比ヶ浜と葉山に囲まれ、俺はもはや自分の席を立つことすらままならない状況。

 まずい、これは罠だ。一刻も早く脱出しなければ。

 

「え? ヒキタニ君バイトしてるってマ?」

「てか、あーし今日メッチャ歌いたい気分なんだけど」

「いいね。でも今日は俺も戸部も部活あるんだよな」

「あー、ごめん実は私も……」

「は? 結衣部活入ったん?」

「うん、実は楽しそうな部活見つけたんだ」

 

 もはや俺がココにいる意味があるのか疑問なほどに、頭上ではワイワイと楽しげな会話が繰り広げられている。

 しかも一瞬で俺への話題ぶった切られたが……ナンナノコレ? 新手のイジメ?

 友達が出来たやつは皆こんな洗礼を受けてるの?

 その会話ここでやる意味あります?

 俺関係ない話ならどこか別の場所でやって貰えませんかね?

 

「……っていう部なんだけど」

「ふーん……」

 

 そんな事を考えながら、何とか自分を保っていると、何故か俺の頭上の空気がピリ付きはじめた。

 あれ? さっきまでの楽しそうな雰囲気は一体どこに……?

 しかも見た感じ俺の友達たる由比ヶ浜さんがピンチじゃないか。

 一体あの一瞬で何が……?

 ここは俺が何とかせねば、友達として。

 うん、友達として。

 えっと……何の話してたんだっけコイツら……金髪縦ロールさんがカラオケに行きたいって言ってて……。

 

「あー……。そ、それなら……次の休みとかでも……」

「ぁん?」

 

 ひぇっ。

 めっちゃ睨まれたんですけど……?

 

「いいんじゃないかなー……なんて思っちゃたりしたりなんかして……」

 

 まずい、泣きそうだ。

 俺が。

 

「比企谷の言う通りだな、丁度ゴールデンウィークだし予定も立てやすいんじゃないか?」

「俺も丁度ソレ言おうと思ってたんだわぁ、さっすがハヤト君分かってるぅ!」

 

 だが、そんな俺に助け舟を出したのは他でもない葉山と戸部だった。

 本当に助かった、もし後数秒遅かったら俺は完全に泣いていただろう。

 ナイス戸部。戸部ナイス。

 

「どうかな? 優美子」

「まぁ……ハヤトがそう言うなら……」

 

 葉山にニコリと微笑まれた優美子と呼ばれた金髪縦ロールは、その縦ロールをいじりながら少しだけバツが悪そうにそう言うと、ようやく場の空気が和み始める。

 はぁ……とりあえずコレで一難去ったか。

 これで解散してくれれば……

 

「オッケー、じゃ決まりだな。日程は……。比企谷LIKE交換してもらってもいいかな?」

 

 ってなんでだよ!

 今の流れでなんで俺がお前とLIKEの交換をしなきゃいけないんですかね?

 

「わ、私も!」

 

 だが、俺が葉山の申し出を断ろうとした瞬間、由比ヶ浜が勢いよく右手を上げ立候補をしてきた。

 いや、だからなんでこの流れで……?

 

「……別に……いいけど……」

 

 何かがオカシイとは思いながらも、よくよく考えれば断る理由もないかと考え直し、俺はその申し出を受け入れることにした。

 まぁ……葉山の連絡先を知っておけば、後で一色の助けになることもあるかもしれないしな。

 俺はニコやかに微笑む葉山、そして力強くスマホを握りしめこちらを見つめる由比ヶ浜を交互に見つめた後、スマホを机の上に投げ出……そうとして思いとどまる。

 正直、操作めんどいからスマホ渡してやってもらおうと思ったのだが……。

 流石に一色家とのやり取りを見られたりしたらマズイか、一色の助けになるどころか逆効果にすらなりかねない。俺はフラグ管理の出来る男だ。

 ここは慎重に……。えっと確か連絡先交換する時は……。

 

「ヒッキー?」

「あ、いや、チョット待ってくれ……えっと」

 

 そうして少し戸惑いながら、何とか由比ヶ浜と葉山との連絡先を交換し、俺のLIKEの『ともだちリスト』に二人の名前が追加される事になった。

 なんか、一色家──おっさんに会ってからどんどん増えてるな……。

 まあこっちから連絡するのなんて小町ぐらいなんだけど。

 やっぱ妹最強なんだよなぁ……。

 

「そういえば比企谷ってクラスのグループにも入ってないよな?」

「まぁ……誘われてもないしな」

 

 そもそもそんなモノがある事すら知らなかった。

 というか、本当に存在するの? 都市伝説みたいなものなんじゃないの?

 よくあるイジメの温床になってる~とかいうやつ。

 まさかこんな身近に実在するとは思わなかったが、積極的に入りたいかと言われれば……。

 

「誘おうか?」

「いや、別に。入ってなくても困ってないし……」

 

 それは負け惜しみではなく、心の底から出た本音だった。

 少なくとも今日まで“クラスのグループに入っていなくて困った”という事態には陥っていない。もしかしたら今後そう言った事態が起こりうるのかもしれないが、その時はその時だろう。

 

「なら、とりあえずウチのグループに招待しておくよ」

「は?」

 

 だが、次に俺が何か言おうとした瞬間、俺は葉山グループに追加されていた。

 アレ? これが巷で噂の友達の輪っていうやつですか?

 いや、友達は由比ヶ浜だけなんだけど……。

 

「改めて、よろしくな」

「よろしくねヒッキー!」

 

 しかし、当の由比ヶ浜はそんな俺の状況を特に気に留める様子もなく、寧ろ受け入れているようですらあった。

 友達ってなんなんだろう。良く分からない。

 やはり、俺にはまだ少し早すぎる文化のようだ。

 

「ほら、ホームルーム始めるぞ。席につけー!」

 

 そうして、連絡先の増えたスマホを眺めていると平塚先生が登場し、俺の席に集まっていた葉山グループが蜘蛛の子を散らす用に各々の席へと戻っていく。

 なんだ、夢か。

 そうだよな、俺が葉山グループに入るなんてそんなコトあるはずがないのだ。

 あそこは陽キャのスクツでフインキが俺と合わない。

 

【ヒッキー、改めてよろしくね!】

 

 そんな通知を眺めながら、俺はボーッと平塚先生が出席を取るのを聞いていた。

 

***

 

**

 

*

 

 午前中、少しだけリア充の空気を感じた俺だったが、昼休みになるといつも通りのベストプレイスで 工場で大量生産されたおにぎりを片手にぼっちを堪能していた。

 ほんの数十秒だけ……。

 

「セーンパイ♪」

 

 俺がベストプレイスに座った数十秒後には満面の笑みの一色いろはが立ったまま体をくの字に曲げ俺の顔を覗き込んできたのだ。

 昨日の感じだと今日も昼は部の方で済ませるのかと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。

 もしかしたら俺に気を使っているのだろうか?

 まあ、俺には友達が出来て、こうして一人で要るように見えても実質ボッチではないから、気を使われる筋合いもないのだけどな。

 

「おう……」

「なんですか、その顔? 三日ぶりのいろはちゃんですよ? ほら、可愛い許嫁に会えて嬉しいでしょう?」

 

 何故かご機嫌な一色は、そう言うと慣れた様子で俺の隣に陣取っていく。

 手には小さな弁当箱が入った巾着袋。

 毎度思うのだが、あんなに小さな弁当箱で足りるのだろうか?

 もう少し食べたほうが良いんじゃないの?

 授業中にお腹鳴ったりしない?

 あれメチャクチャ恥ずいんだよな。

 

「今日のおかずは何かな~♪」

「……今日は作戦会議とやらはいいの?」

 

 フンフンと鼻歌を歌いながら弁当箱を広げていく一色に放ったその言葉は、自分でも驚くほどに冷たく攻撃的だったように思う。

 マズイ、と口元を抑えたところで吐いた言葉が戻るはずもなく。

 俺は恐る恐る一色の横顔を覗き見た。

 

「それは昨日終わりました、もしかして昨日一緒に御飯食べれなかったから拗ねてます?」

 

 だが、一色はそんな俺の言葉に一瞬だけキョトンとした顔を浮かべると、何故か少しだけ嬉しそうにそう言って、ソレこそまるで俺の心の内を見透かしたようにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ俺に詰め寄ってくる。

 

「いや、別に……」

「ふふ。やっぱり昨日寂しかったんですね? 仕方ないですねぇ。それじゃぁ、よいしょ」

 

 そして持っていたお弁当箱を一度横にずらすと、一色がジリジリと俺に近寄ったかと思うと次に一色の左手が俺の脇の下を通り、そのままするりと俺の右手を絡め取られる。

 俺と一色の密着度が十上がった。

  

「……そ、そんなにくっついたら食べにくいんじゃないですかね……?」

「いいじゃないですか三日ぶりなんですし、私も充電しないと♪」

 

 少しだけ戸惑う俺に、続けて一色はそう言うと、準備完了と言わんばかりに横に避けていた弁当箱を膝の上に乗せ「いただきまーす」と手を合わせる。

 正直食べづらい、というか一色も食べづらそうだ。

 ソレもそうだろう、だってお互いの肘が自分の胸元に来ているのだ。

 だが、一色はそんな様子を物ともせず、俺の右手と絡んだままの左手で弁当箱を押さえると、反対の手で箸を持ち普通に食事を始めていく。

 

「食べないんですか?」

「いや、食べづらい……」

 

 一色は右手が完全にフリーな状態だからまだ良いだろうが、俺の方はといえば完全にホールドされてしまっているので食事どころではない。

 この状況だと右手に持ったオニギリを口に入れれるタメには、顔を直接近づけるしかないので凄く窮屈だ。

 そう思い、なんとかこの体勢を辞めてもらおうと抗議の意を示したのだが、一色は一瞬だけ考えるような素振りをした後、再びニヤリと笑い俺の方に箸を差し出してきた。

 

「しょうがないですねぇ、はい、じゃあ、あーん♪」

 

 箸の先には半分に切られたウインナーが一つ。

 どうやら、一色はこの体勢を辞めるつもりはないらしい。

 ……結局俺は一色の箸から口を逸し、右手で持っていたオニギリを左手に持ち替えることでなんとかその場を回避する事に成功した。

 いや、厳密には何一つ回避出来ていないのだけれど……。

 

「残念♪」

 

 そんな俺を見て一色は楽しそうにそう言うと、俺の方に向けていたウインナーをパクリと頬張り、再び食事へと戻っていく。

 はぁ……うかつに右手を動かすと俺の肘が一色のその……胸に当たりそうだし……ああ、もう味とか分かんねぇなコレ。

 

「あー……そういや一色」

「はい?」

 

 しかし、そのまま無言というのも流石に気まずかったので、この姿勢のことは諦めて、気を紛らわすためにも、今のコレとは別に、気になっていたことを一色に問いかける。

 それは昨日のことであり、由比ヶ浜のことで。

 当然、クッキーのことだ。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「なんでしょう?」 

 

 だが、俺の言葉にまるで小動物のように無邪気な顔で小首を傾げる一色を見て、一瞬言葉に詰まる。

 というのも、俺の中に『本当に、直接聞いても良いコトなのだろうか?』という疑問が湧いたからだ。

 昨日由比ヶ浜から貰ったクッキーは確かに一色の家で食べたクッキーに似ていた。

 でも、それがタダの偶然だったとしたら?

 一色の家のクッキーと似たような味をしただけの、全く関係のないクッキーだったら?

 

『一色の作ったクッキーと似たクッキーを貰ったんだが、お前何か知ってる?』

 

 文章にしてみればなんともオカシナ質問だ。

 もし違った場合、由比ヶ浜にも一色にもどちらにも失礼ではないだろうか?

 それに、やぶ蛇……の可能性もある。

 なんというか、浮気の告白をしているような……そんな感覚。

 いや、別に俺が一色と付き合ってるわけではないのだから浮気にもならないし、そもそも由比ヶ浜とは友達になっただけなんだけども……。

 ああ、でも一色とは許嫁ではあるのか、ややこしい。

 

 ただの友達相手に考えすぎだとは思うものの、そもそもまともな人付き合いというのをしたことがないから、こういう時どうしたらいいのか全くわからない。

 どうすれば他意なく現状を一色に確認できるのだろう?

 それでもきっと、葉山ならこういう時上手く立ち回れるのだろうと思うと、何だか無性に悔しくもあった。

 

「センパイ?」

「あー……えっと……さ、最近忙しかったみたいだけど、何してたの?」

 

 悩みに悩んだ末、ようやく絞り出したのそんな間の抜けた質問。

 我ながら情けない、まるで子供との会話が上手く出来なくて悩む父親のようですらある。

 だが、俺のそんな問いかけに、一色は少しだけ笑みを浮かべると、目をキラキラと輝かせグッと俺の方へ体重を掛けてきた。

 あ、なんか今肘に柔らかい感触が……なんだろう? マシュマロかな?

 

「やっぱり気になります? 気になりますよね? あ、でも大丈夫ですよ? 浮気なんてしてませんから」

 

 続けて出てきた『浮気』という単語に思わず胸が跳ねる。

 こいつ……ニュータイプか!?

 いや、待て待て。だから俺は別に浮気なんてしてないし、コイツがしてたとしても別に俺にはなんのダメージもない。落ち着け、比企谷八幡。

 

「別にそんな事はきいてない……」

「そうですか? 実はですね……って、詳しい内容はヒミツだったんだ。……えっと、大まかに話すとですねクッキーを作ってたんです」

「クッキー?」

「はい、クッキーです」

 

 続く一色の言葉に、俺の中で『やはり』という思いが浮かび上がる。

 どうやら、俺の質問は間違っていなかったらしい。

 そうだ、自分から話しにくいのなら相手に話してもらえばよいのだ。

 あれ? でも待てよ……? 

 寧ろ、俺がここで一色に由比ヶ浜の事を話すか話さないかという、ある種の試金石にされている可能性も出てきたか?

 

「クッキーの作り方を教えて欲しいっていう人が居て、昨日も雪乃先輩の家でクッキー教室を開いてたんですよ」

 

 更に由比ヶ浜の可能性上がった。

 というより、このタイミングでクッキーの作り方を教えて欲しいというならほぼ確定だろう。

 何故一色が? とか。もしかしたら昨日のアレも見てたのか? とか色々疑問もでてくるが。とにかく今言えることは、やはり一色と由比ヶ浜は繋がっていたのだろう。

 ここは変に隠さず素直に話すのが正解かもしれない。

 つまり、次に俺が言うべきは『ああ、だからか』とか『それでか』とか何となく知ってましたよ感のある返答。

 こうしておけば、一色が俺にドッキリのようなものを仕掛けようとしていた場合、少なくとも『俺は気付いていましたよ』というアピールにもなる。

 よし、コレで行こう。

 

「もうちょっと話しちゃうとですね……恋のお悩み相談を受けてたんです」

「ああ、だか……恋のお悩み?」

「はい、その人がお相手に告白する時渡すクッキー作りのお手伝いです」

 

 ほな由比ヶ浜ちゃうやないか。

 手のひら返しも良いところだ。

 恋の相談? 告白のお手伝い?

 ならどう転んでも相手は由比ヶ浜ではない、なぜなら由比ヶ浜は俺と『友達』になったのだ。

 そこに恋愛的な意味合いは含まない。

 由比ヶ浜のアレを告白だと認識するのは無理があるし、曲解もいいところだろう。

 そんな奴が居たとしたらそれはとんでもない自意識過剰野郎だ。

 

 しかし、そうなってくるとまた話が変わってくる……。

 つまり……一色に相談した人物と由比ヶ浜は関係なくて、偶然同じタイミングでクッキーを作ろうと考えた人間がこの学校に二人居た……のか?

 

「告白する時に渡す……?」

「はい、そっち方面に関してなら私も一日の長があるので、色々アドバイスもしてあげたんですよ」

 

 その言葉が事実なら、やはり一色と由比ヶ浜は無関係ということになる。

 本当にそんな事がありえるのだろうか?

 いや、実際そうなのだからありえるのか……。

 

「まぁ、私もほとんどママからの受け売りなんですけどね……ってセンパイ? どうかしました?」

「ん? あ、ああいや、別に」

 

 頭が混乱してきた。

 なら何故あの由比ヶ浜のクッキーは一色の作ったものと同じ味がしたのだろう?

 本当に偶然だったのか?

 

「あ、そうだセンパイ。コレどうぞ」

 

 そうして答えの出ないクッキーの謎について考えていると。一色が突然そう言って組んだ腕を解き、鞄の中から何かを取り出すと、その何かを俺の手に乗せてきた。

 それは薄ピンク色のなんとも可愛らしい小さな袋。

 中には何かが入っているらしく、少々厚みはあるがそれほど重さは感じられない。

 これは一体……?

 

「なにコレ?」

「クッキーです。センパイも久しぶりに食べたいんじゃないかなーと思って作ってきました」

 

 そう言われ、俺がその袋を開いてみると中から出てきたのは、ケーキ屋に並んでいるものなんじゃないかと思う程キレイなハート型をしたクッキーだった。

 見た感じは昨日由比ヶ浜がくれた物とは別物で、少なくとも『一緒に作った』というコトはなさそう。

 コレを食べれば……俺の疑問は解けるのか?

 

「……もうこれ売れるんじゃないの?」

「センパイ専属の職人だったらなってあげてもいいですよ?」

 

 そういって笑う一色を横目に、俺はそのクッキーを一つ口に放り込む。

 サクッと小気味良い音と供に口の中に含めば、その瞬間から蜂蜜の香りが広がり、以前一色の家で食べたものと同じだと確信が持てた。

 こうして食べてみると、やはり由比ヶ浜から貰ったクッキーと似ている。

 似ている……が、向こうは少し焦げていたので違うと言われれば違うのかもしれない。

 正直、もう何が何だか分からない。

 やはり、俺の勘違い。偶然なのだろうか?

 

「……うん、うまい、な」

「愛情たっぷり詰めときました♪」

「お、おう……サンキュ」

「えへへ♪」

 

 冗談だと分かっていても一色レベルの女子から「愛情」とか言われるのは流石に照れる。

 少なくともその言葉で、クッキーの味が少し増した気がした。

 全く男というのは単純に出来ているのだから、もう少し言葉のチョイスには気をつけて頂きたい。 

 一歩間違えたら危うく告白してるトコロだぞ……。

 まあ……クッキーのことはもういいか。どうでも……。

 

 よくよく考えれば、別々の人間が作ったものを比べる事自体が野暮というものである。

 蜂蜜が入ったクッキーなんて珍しくもないアレンジの一つだろうし、俺の人生初の許嫁から貰ったクッキーと、人生初の友達から貰ったクッキー。そこに優劣をつける必要はないだろう。

 それこそ、グルメ漫画ではないのだから。

 

「そういえばセンパイって今日バイト休みですよね?」

 

 そうして、改めて由比ヶ浜の件を俺の頭の中で解決させ、デザート代わりにもう一つクッキーをツマもうとすると一色がそんな事を聞いて来た。

 

「……一応、今日は休みだけど?」

「じゃあ私も今日は部活お休みにしてきます!  帰りにセンパイのお家寄ってもいいですか?」

 

 恐らく一色は以前言っていた、『俺がバイト休みの日は一緒に帰る』という約束を気にしているのだろう。

 だが、部活があるなら優先すべきような約束でもない。

 そう思い、俺は持っていたクッキーを口に含み、軽く手をふりながら一色に応える。

 

「別に態々休んでまで来なくて良いだろ……」

「いいじゃないですか、ちょうど依頼も一段落したところですし。ゴールデンウィークの予定とかも決めちゃいましょ♪」

 

 うーん? まぁ、一段落したなら良いのか……?

 ってあれ? ちょっと待て。ゴールデンウィークの予定?

 今年のゴールデンウィークは家でダラダラするという重大な予定で埋まってるはずなんだが……。

 何を決めるつもりなの?

 

*

 

 満面の笑みで「それじゃぁまた放課後に!」と手をふる一色と別れ、午後の授業をこなした俺は、駐輪場から自分の自転車を持ち出し、校門で一色の到着を待っていた。

 我ながら律儀だと思う。

 だが、ここで何も言わずに先に帰ればきっと家で小町にどやされるだろうし、あの様子だと一色は俺の家まで押しかけてくるだろう。

 どちらにしても結果が同じなら、俺は怒られない方を選びたい。

 

 しかし、待てども待てども一色は現れなかった。

 徐々に校門を通る生徒の数も少なくなり、そこら中から部活に勤しむ若人の声が響き渡る。

 うーん……アイツ何してんだ?

 もしかして居残りでもさせられてるんだろうか?

 

 そう思い、俺が思わずスマホに手をのばすと、タイミングよく俺のスマホがピコンと通知音を鳴らした。

 

【センパイ! なんかウチの部に中二先輩が来てて帰れないんですけど!】

 

 そこに書かれていたのはまったくもって意味のわからないメッセージ。

 中二先輩……材木座だよな?

 そうして首を傾げていると、更に続けてメッセージが入る。

 

【さっきから私、中二先輩の通訳みたいに使われてるんですけど! センパイのお友達なんですから助けてくださいよー】

【知らん、そもそも友達じゃない】

 

 勘違いしてほしくないのだが、俺の友達は今のところ由比ヶ浜一人で、材木座は単に体育でペアを組んだ関係というだけに過ぎない。

 なので俺に材木座の事を相談されても困るのだ。

 そもそも、なんで材木座が一色のところに……? しかも一色が通訳に使われてる?

 一色の話だと、奉仕部はお悩み相談みたいなことをやってるらしいが……アイツ悩みとかあるのか……。

 女性声優さんと結婚したいとかそんな悩みじゃないだろうな。

 まぁ、アイツの悩みとか興味ないけど……。

 とりあえず、一色が部活で忙しいのは分かった、俺に出来ることといえば……。

 

【んじゃ、俺先帰るわ。頑張れ】

 

 一色にそうメッセージを送ることぐらいか。

 本当なら連絡が遅くなったことに文句の一つも言いたいところだったが、全く我ながら気が利く先輩だ。

 俺は最後にそう自分を褒めると、颯爽と自転車に跨り総武高を後にする。

 決してこれ以上ココに要ると厄介事に巻き込まれそうだったからとかではない。

 無いったら無い。

 

 なんだかさっきからスマホがメチャクチャ鳴っている気もするが、運転中は見れないからね仕方ないね。

 スマホ運転、駄目絶対。

 

 さぁて、帰ってゴロゴロするかぁ。




というわけで少々季節感がオカシイですがようやく作中での四月が終わり
そして、年内の更新はこれで最後となります

次回、来年からゴールデンウィークへと突入予定です。(日本語が迷子)
お楽しみに。

少々早い挨拶となりますが、今年一年大変お世話になりました。
皆様良いお年を!
来年もよろしくお願いいたします。

年末年始も感想、評価、お気に入り、メッセージ、誤字報告、ここすきetc
お待ちしております!

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