やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
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本年も変わらずどうぞよろしくお願いいたします。
それでは2022年一発目どうぞー。
今日から世間はゴールデンウィーク。
テレビやニュースでは有給休暇を使うことで休みを増やし『最大○連休になる』とはしゃがれるこの黄金週間だが、学生である私達は当然カレンダー通りのスケジュール進行。
とはいえ夏休み前の連休としては最長のこのチャンスを無駄にはしたくない。
ここしばらくは部活が忙しかったこともあって以前よりセンパイとの時間が減ってるんだよね、なんなら総武に入る前よりスキンシップの時間が減ってしまっている。
これは由々しき問題だ。
出来ることならばこの機会に不足分を埋め、センパイとの距離も一足飛びに進めてしまいたい、なんなら大人の階段を登ったりしちゃったり……。えへ。
でも、ゴールデンウィークに何をするかとか全然決まってないんだよね。
そもそもセンパイとの約束を取り付けられていなかったりする。
コレに関しては私の完全な誤算。
というのも、約束を取り付けようと思っていたセンパイのバイトが休みの日の放課後を、中二先輩によって潰されてしまったのだ。
しかも、一応その後LIKEでやりとりはしたんだけど……センパイってば「ゴールデンウィークは取り溜めしたアニメを見る」とか「五月病対策にしっかり寝ておかないといけない」とか適当なことばっかり言ってちっとも真面目に話聞いてくれないんだもん。
やはり強引にでも捕まえて無理矢理予定を組んでおくんだった……。はぁ……。
このままでは学校が始まるまでセンパイと一度も会えないなんて事にもなりかねない……それだけは絶対に避けなくては……。
でもなぁ、予定を考えてる時に気がついたんだけど、センパイはともかく、私はアルバイトをしているわけじゃないからドコかに出かけるにしてもお金がないんだよね。
センパイと旅行なんて出来るはずもなければ、そもそもの遠出も難しい。
……何かセンパイを誘う良い口実はないものか……。
そんな風に頭を悩ませながら私は朝から取り掛かっている宿題に視線を落とす。
実のトコロこれもまた一つの悩みの種だったりする。
この宿題はそれほど頭を使わない割に妙に時間がかかる、真面目に取りかかればそれこそ丸一日潰れてしまいそうなのだ。
出来ることならサボってしまいたいが……そういうわけにもいかないんだよね……。
何か良いアイディアが……そうだ!
宿題を手伝ってもらうっていう名目でセンパイの家に乗り込むのはどうだろうか?
困っている後輩が上級生で、しかも元家庭教師を頼るというのはそれほど不自然じゃないし、センパイのあの感じだと少なくとも家にはいるのだろう。
なら、そこをご一緒する、いわゆるお家デートだ。
うん、これならお金も掛からないし宿題も片付けられる、そして何よりセンパイとずっと一緒にいられる。最高のアイディアだと思う。
そうと決まれば善は急げだ。
私はお米ちゃんに連絡を取ると、持っていた宿題を無造作にカバンに入れ、そのまま出かける支度を始めたのだった。
*
それから約一時間後、私はセンパイの家の前にやってきていた。
最早ここまでの道のりも慣れたものだ。
だけど、まだセンパイには連絡を入れていなかったりする。
一応事前にお米ちゃんが今家にいる事と、センパイのゴールデンウィーク中のバイトは休みになっているらしいという情報だけは掴んでいるので、前情報と組み合わせると恐らく今日のセンパイはウチのパパ同様、家でゴロゴロ暇を持て余しているコトだろう。
そんな退屈しているセンパイの所へ許嫁が訪ねてくるという、ちょっとしたサプライズのプレゼント。ふふ、センパイどんな顔するかなぁ?
「はーい」
センパイの驚いた顔を想像しながらインターホンを鳴らすと、そこからは若い女性の声がした。おそらくはお米ちゃん。
でも万が一ということもあるので、私はよそ行きの声で「一色です」と小さく返答する。
というのも、実はまだセンパイ達のご両親にキチンと挨拶できてないんだよね……。
こうやって家まで来るようになってるから、そう遠くないウチに会うことにはなるんだろうけど、失敗しないように気をつけないと……。
「はへ? いろはさん? ちょっと待ってて下さい」
そんな私の心配をよそにインターホンから聞こえてきたのは表情が想像できそうなほどのバカっぽい……もとい素っ頓狂な声。
どうやら声の主はお米ちゃんで合っていたらしい。
私は「はいはーい」と返事をして、前髪を直しながら玄関が開くのを待つ。
すると程なくして、目の前に春先とはいえ少しラフすぎる格好をしたお米ちゃんが現れた。
「いろはさんこんにちは。どうしました?」
「やほっ、暇だから来ちゃった。あ、これお土産ね。陣中見舞いってことで」
私と入れ替わるようにお米ちゃんは今年受験だ。
まだどこを受験するかとかは聞いていないけれど、一応これからも長い付き合いになりそうだし、この程度の応援はしてもバチは当たらないだろう。
「それは……わざわざどうも……?」
「えっと、センパイいる?」
そうして、お土産の入った紙袋を渡しながら、私が玄関から家の中を少し覗くようにしてそう尋ねると、お米ちゃんは小さく首を軽く捻る。
「……お兄ちゃんなら出かけてますけど……?」
「は!?」
今度は私が間抜けな声を上げてしまった。
いやいや、でもそりゃそうだ、センパイだって出かける事ぐらい有るだろう。
サプライズが裏目に出てしまった。これは確認をしなかった私が悪い。
「ど、どこにいったの?」
でも、センパイが一人で休日に遠出をしているという状況も考えにくかった。
もしかしたらちょっとコンビニに行ってるだけかもしれない。
それなら少し待たせてもらえばいいだろう。
そんな希望を籠めて、私はそう聞いたのだが、次にお米ちゃんの口から出てきたのはさらなる驚愕の事実だった。
「さぁ? 『友達と遊びに行ってくる』って朝からイソイソ出かけていったので小町はてっきりいろはさんとどこかに行ったのだとばかり……」
「友達!?」
というと中二先輩だろうか?
というか、センパイの友達と言えそうな人を私は中二先輩以外に知らない。
ああ……私思っている以上にセンパイのコト知らないのかも……。
「あー……とりあえず上がります?」
「あ、うーん……どうしようかな……」
そうして玄関先で項垂れていると、お米ちゃんが気を使ったのかそんな事を行ってきた。
元々センパイの家にお邪魔するつもりだったのだけれど、センパイがいないならお米ちゃんの勉強の邪魔するだけになってしまう。
ここは一度出直したほうが良いだろう。
「あら小町、お友達?」
「あ、うん。いろはさん」
だが、そうして一歩後ずさろうとした瞬間、廊下の先からそんな見知らぬ女性の声が響いた。そして同時に私の体に緊張が走る。
いや、こういう事もあるだろうとは思っていた。
実際今日がその日になるかもという覚悟も決めていたはずだ。
だけど、頭の処理が追いつかない。
「え? いろはさんって……あの!? ちょっと! そんな所にいないで上がって貰いなさい! すぐお茶用意するから!」
「だ、そうです。ささ、どうぞ♪」
フリーズした私の腕をお米ちゃんが引っ張り、玄関の中へと引きずり込んでいく。蟻地獄にハマった蟻ってこんな気分なんだろうか?
「ね、ねぇ……今の声って……?」
だから私は 無駄だとは知りつつも、お米にそう尋ねた。
いや、分かっている、恐らく十中八九。想像通りの人物だろう。
でも、もしかしたらワンチャンお米の年の離れたお友達とか、私の空耳っていう可能性だってあるかもしれない。
しかし、そんな私の願いも虚しくお米はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「母です。“小町とお兄ちゃん”の」
ああああ……まさかのセンパイ不在での初対面。
しかもちょっとご挨拶、という雰囲気ではない。ガッツリお喋りパターンだ。
一応いつ遭遇しても良いように色々シミュレーションはしてたつもりだったけどこれは完全に想定外……!
ちょ、ちょっと待ってお米! 一回、一回離して! まずは心の準備! 心の準備大事だから! は、離せぇっ!
あーん、センパイドコ行っちゃったんですかー?!
***
**
*
はい、こちら現場の比企谷八幡です。
今日からゴールデンウィークということで、現在私がいるココ某大手アミューズメントスポット、なんちゃらワンも大賑わいとなっています。
あちらこちらからカップルや学生の声が聞こえ、設置してあるクレーンゲームの補充対応に追われるスタッフも嬉しい悲鳴といった所でしょうか?
設定激甘とのことなので私も後ほどチャレンジしてみたいと思っていますが……おや、何やらあちらの方に頭の悪そうな……もとい楽しそうな高校生グループがいますね。
少しお話を窺ってみましょう。
「……で、どういう状況?」
「あ、ヒッキー。こっちで勝手にペア決めちゃったけど良いよね?」
「お、おう。いいんじゃないの?」
受付カウンターから動き出した頭の悪そうなグループのウチの一人、由比ヶ浜に声をかけるとそんな意味のわからない言葉が返ってきた。
というか、俺がココにいるコト自体意味わからないんだけどな……。
事の発端は単純だ。学校で由比ヶ浜達とLIKEのIDを交換したことから始まっている。
その日の放課後から、俺のスマホのLIKEの通知が鳴り止まなくなった。
いや、本当グループチャットってこんなにウルサイもんなんだな。
ピコンピコンピコンピコンピコンピコン……引っ切り無しに誰かがメッセージを送ってくるので一瞬壊れたかと思ったほどだ。
一色家のグループとはあまりにも頻度が違いすぎて、少し驚いた。これが陽キャの普通なのだろうか?
まあ、常に見ていなければいけないワケでもないので、とりあえずLIKEの通知をオフにして、後はまるで他人のグループのチャットを覗き見しているかのような罪悪感を覚えながら話の流れを追っていくコトに楽しみを見出していたのだが、気がつくといつの間にか俺を含めた葉山グループでゴールデンウィークの初日からカラオケに行くことが決まっていた。
な? 何を言っているか分からないだろう? 俺も分からない。
そもそも本来ならこの程度の勧誘で動かされる俺でもないのだ。
実際今日はギリギリまで家で録り溜めしてある深夜アニメを消化する予定だった。
じゃあ、何故ノコノコこんな所に来てしまったのか? というと
【ヒッキー、遅刻現金だからね!】
という最後の脅しのような由比ヶ浜のメッセージが少し怖かったからだったりする。
遅刻現金って何? 遅刻したら現金要求されんの?
どういう課金システム?
友達なんて初めて出来たからシステムがいまいち理解できていないんだよなぁ。
初心者をあまり惑わせないで欲しい。
仕方がないので、一応現場付近までは行って、顔だけ出して帰れば良いかと思ったのだが、どうもそういう訳にもいかないらしく、そのまま捕まり、今は俺、由比ヶ浜、葉山、三浦、海老名、戸部の六人でこのアミューズメントスポット内のカラオケをメインに遊ぼうという話になっている。
……はずだったのだが、ペアってなんだ?
カラオケのペア? デュエットでもすんの? 俺そんな歌い分けとか高等テクニック持ってないんだが?
この間一色達とカラオケ行ったトキも何だかんだでほぼ材木座のワンマンライブ状態だったしな……。
ああ、いや。でもペア決めで俺に何も聞いてこなかったということは、俺はボッチということだろうか?
まあ、それ自体は別にいつものことだから問題はないし、むしろデュエットなんて振られても困るから助かるまであるのだが……。
そんな事を考えながら葉山グループの一番後ろを、まるで金魚のフンの如く追いかけていると、辿り着いたのはボウリングエリアの一角だった。
ふとスクリーンを眺めると。ユミコ/ハヤト、ヒナ/カケル、ユイ/ヒッキーの文字。
ああ、なるほど。
ペアってボウリングのペアか。
「なんでボウリング? カラオケじゃなかったの?」
「もうー! ヒッキー全然話聞いてない! 今カラオケ満室で一時間待ちなんだって、だから『ボウリングやって待ってよう』ってさっきペア決めしたじゃん!」
「お、おう。すまん」
『したじゃん』とか言われても、俺全く話振られた記憶が無いのだが……。
っていうか、それならそれでなんで俺だけ『ヒッキー』なんですかね?
他の連中は名前で登録してるのに俺だけヒキコモリっぽくない?
なんか、陽キャグループに人数合わせで入れられた陰キャ感でてるけど大丈夫?
気使わなくても俺一人で帰れるよ?
しかし、そんな俺の抗議の目も気にせず由比ヶ浜は俺の隣で「ヒッキーって何キロのボール使うの?」とボールを選び始めた。
ふと視線を動かせば他の連中も各々のボールを選び始めている。
仕方ない、俺もちゃっちゃと選ぶか、久しぶりだしあんま疲れない重くない奴で……。
あと、ボウリングのボールの単位はキロじゃなくてポンドな。
*
「あ、その前に私ちょっと……」
「あ、あーしも行く」
「なら私も」
「じゃあ女子チームで行こうか。男子は先遊んでていいからね」
そうして各々のボール選びが終わり、自分達のレーンへと集合すると今度は女子連中がそんな事を言い始めた。いわゆるお花摘みというやつだろう。
正直に言えば俺も少しトイレに用事があったのだが、流石にこのタイミングで「俺も」と一人女子についていくのは何か勘違いされそうだったので自重、ただゾロゾロと群れをなして席を離れていくのをボーッと眺めていると、残された俺たちの間にほんの一瞬だけ沈黙が流れた。
実際、このメンツだと共通の話題も思いつかないしな。
「……それじゃ、お言葉に甘えて始めておこうか?」
そんな重い空気を察したのか、葉山がそう言って一度爽やかに笑うと、磨いていたボールを手にレーンの前に立ち、そのまま流れるようなフォームでボールを放った。
イケメン葉山が投げたボールはまっすぐにピンへと伸びていき、まるでそうなることが予め決まっていたかのように十本のピンが倒れ、スクリーンにストライクの文字が映し出される。
「うおー、ハヤトくんいきなりストライクとか、マジぱないわぁ。んじゃ俺も続いて……!」
そんな葉山を見て、イケメンってボウリングをやるだけでも絵になるんだなと、俺が一人妙な関心をしていると「偶々だよ」と笑う葉山とやる気満々の戸部がハイタッチをしながら場所を入れ替わり、葉山がそのまま俺の隣の椅子へと腰を下ろしてきた。それもすぐ隣の席へ。
くそ、荷物置いておくんだった。
いや、パーソナルスペースって知ってる? できれば席一つ分は離れてほしいんですけど……。
「君が一人で来るとは、少し意外だったよ」
しかし、そんな俺の心を知ってか知らずか、葉山はグイグイと俺のパーソナルスペースへと踏み込み、ポツリと俺にだけ聞こえるようなトーンでそんな事を言ってきた。
「何? 来ないほうが良かったの? 言ってくれればスグ帰るけど」
「ああ、いや。そういう意味じゃないんだ。勘違いさせたならスマナイ」
俺の返答が意外だったのか、葉山は少しだけ驚いた顔をしたあと一度困ってように笑い謝罪の意を示してくる。
だが、やはりその真意が掴めない。
そういう意味じゃなきゃどういう意味だというのか。
俺が来ないほうが良かったって意味じゃないの?
「君を誘ったら一色さんも一緒に来るかと思ってね」
なんだそのシステム。
俺は一色のバーター? それともグ○コのおまけなの?
いや、アレはおまけの方が本体だから俺がキャラメルか。
「いや、流石にそんな事は……」
だが「ないだろ」と続けようとした言葉は喉元でとどまり、音にはなってくれなかった。
なぜなら無茶苦茶ありそうだと思ってしまったからだ。むしろある。
もし今日のことを一色が知っていたら実際着いてきたんじゃなかろうか?
だとしたら、葉山は始めからそれを期待していた?
何故そんな回りくどいことを?
誘いたいなら普通に誘えば……ああ、連絡先を知らないのか。
「まあ俺の考えすぎならそれでいいんだ。また彼女に怒られたくはないからな」
しかし、次に葉山の口から出た言葉は、またしても俺の予想とは違うモノで一瞬俺の思考が停止する。
“また怒られる”というのは一体どういうコトだろうか。
一色が葉山を怒った?
どういう状況だ?
ああ、いや待て。
そういえば、文化祭の時、葉山が俺の名前を間違えたとかで一色が怒ったとか勘違いしてたな……。でもそのことと今の状況が上手く繋がらない。
なんだか、何かが根本的に間違っているような……。
「あー、くそ!!」
そんな俺の思考を止めたのは戸部の悔しげな叫び声だった。
どうやらスペア狙いに失敗したらしくスコアに9という数字が刻まれた戸部が不服そうに席へと戻ってくる。
「次、比企谷だぞ」
「お、おう」
そんな戸部と入れ替わるように葉山に促され、俺は慌てて席を立つと、自分のボールを持ち上げレーンの前で構えた。
背中に葉山の視線を感じて少々落ち着かないが、ちょうどいい、このイライラを思い切りピンにぶつけてしまおう。
ん……?
イライラ……?
そこで俺は何故か自分が今、無性に苛立っているコトに気がついた。
おかしい、苛立つようなことなど何もなかったはずだ。
今日ここに来たのは半ば無理矢理のような呼び出しではあったが、よくよく考えれば俺にとって初めての友達とのイベントでもあり、そこまで怒りを覚えるようなものではない。
葉山が一色が来ることを期待していたことも、一色からすれば朗報だろう。
なんならこの後俺がやるべきことは、一色の連絡先を葉山に渡すことかもしれない。
だが……何故だろう。そう考えれば考えるほどに俺の中の苛立ちは増していく。俺は冷静に葉山を見極めなければならないのに……。
「ヒキタニくん? 投げねーの?」
「比企谷?」
とはいえ、このまま力任せに投げてガーターなんていう間抜けな姿を葉山に見せたくもない。何となくだが、コイツには負けたくないのだ。
なら、真面目にやるしか無いが……さて、どうしたものか。
そもそもボウリング自体そんなにやったこと無いからなぁ……。
確かこう……親指を抜いて投げるとスピンがかかりやすいんだったか……。
せいっ!
そうして俺は、親指を抜いたままのボールを力いっぱい放り投げる。
するとそのボールは狙い通りレーンの少し右側に落ち、弧を描きながら中央のピンへと向かっていった。
「お待たせー! ってヒッキーストライクじゃん!」
ヨシっと小さくガッツポーズを取り振り返るといつの間にか女子チームが戻ってきたようだ。
三浦が先程俺が座っていた席へと座り、通路を挟んだ反対の席に海老名さんが腰掛けそれぞれの席が決まっていく中。由比ヶ浜だけが両手を上げたままトテテっと俺の元へとやってくるので、俺はそれに応えるように両手を上げる。
「イエーイ!」
「い、いえーい」
いわゆるハイタッチだ。
おお、なんか友達っぽい。
ちょっと感動。
心なしか先程まで感じていた苛立ちも収まっていた。
「ってかストライクだしてないの戸部っちだけじゃん」
「いやー、俺やっぱサッカー部だから足使わないと無理だわー、足使えたらストライク余裕っしょ」
「いや、それもう別の競技だから」
「それよりボウリングの球なんて蹴れないだろ、足痛めるぞ」
「いやいや、ウチの部長ならワンチャン? みたいな?」
女子チームが戻ってくると周囲の空気が一気に変わり、そんな会話をBGMに入れ代わり立ち代わりで2フレーム目が進んでいく。
「部長って言えば隼人くん今度部長になるんだって?」
「まぁ……まだ分からないけどな。試験明けの試合の結果も絡んでくると思うし。俺よりふさわしい奴なんて沢山いるよ」
こうなると俺は完全に蚊帳の外だ。まあ、別に良いんだけどね。
おっと次は由比ヶ浜か。
というか、由比ヶ浜の今日の服装、普通にミニスカートなんだが……。
あのまま投げて大丈夫なの? 色々見えちゃわない?
「あちゃー、ごめんヒッキー……」
「お、おう」
そんな事を心配しながら、由比ヶ浜の背中を見ていると一投目を投げ終えた由比ヶ浜が申し訳無さそうにそう言って俺の隣へと座り込んだ。
一応言っておくが何も見えては居なかったし、何も見えなかった。嘘じゃない。
むしろなんで見えないの? 履いてないの?
安心していいの?
っていうか……なんで座ってるの?
「え?」
「え?」
「な、投げないの?」
現在は2フレーム目の一投目でスコアは8。
つまりもう一投、スペアのチャンスがあるのだが何故か由比ヶ浜は一仕事終えた感を出しているのだ、俺が思わずそんな間抜けな問いをしてしまうのも仕方のないことだろう。
「? 次ヒッキーの番だよ?」
「え?」
「え?」
どうやら間抜けなのは俺だったらしい。
てっきり1フレーム交代かと思っていたのだが。一投交代なのか。
ってことはこの流れだと由比ヶ浜がストライク取るまで俺ずっと由比ヶ浜の尻拭いさせられるんですかね?
しかもよく見ると今回残っているのは一番左の七番ピンと一番右の十番ピン。
いわゆる“スネークアイ”や“セブンテン”と呼ばれる、スペアの取りにくい難しいスプリットだった。
プロでも成功する確率が低いとされるこの状況で俺に渡すとはまた無茶を言ってくれる。
だが、俺はこのスプリットの攻略法を知っていた。
そして一投目を投げて分かった、今日の俺は非常に調子が良い。
イマジナリーフレンドではなく、現実の友達が出来た今の俺ならこれぐらいの奇跡は起こせるような気がしている。
これが……リア充パワー!!
よし……!
俺は先程と同じように親指を抜いたスタイルでボールを構えると、狙いを定めそのまま腕を振り子のように揺らし、ぽんっと軽くボールを落とした。
見えた!
そのボールは狙い通りレーンの右端へと落ちた。そしてそのままガタッと音を立てさらに右側にある溝へと落ち、まっすぐに闇へと飲まれていった。
当然、ピンは一本も倒れてはいない。ガーターである。
「ど、どんまい!」
うん、このビジョンが確かに見えていた。
嘘じゃない。
最初に言っただろ? これはプロでも取るのが難しいのだ。
別に取れなくたって恥ずかしくもない。
奇跡は滅多に起こらないから奇跡というのだ。
リア充パワーなんて初めから無かった。
……ああ、口に出さなくてよかった、本当。
**
そんな風に俺達はそれなりにボウリングを楽しみ、気がつけば最終フレームへと差し掛かっていた。
ちなみにもうすでに勝敗は決まっている。
葉山・三浦ペアの圧勝だ。どう転んでも逆転は不可能。
え? 葉山に負けたくないって言ったのはどうしたのかって?
いやいや、そもそも俺そんなボウリング得意でも無いし?
由比ヶ浜だってそこまで得意って感じじゃない。
それに、三浦は三浦で途中で疲れたとかいって途中で休み初めたから葉山ペアは葉山一人になった。
ぼっち葉山の爆誕の瞬間である。だが、ぼっちの葉山は強かった。
そう、ぼっちは強いのだ。かつての俺がそうであったように。
ソレを証明するかのように、葉山は一人で奮闘し今は独走状態。
残った俺と由比ヶ浜ペア、戸部と海老名さんのペアが接戦での三位争いをしているというのが現状だ。
「なあ比企谷、戸部。これで最後だし、最終フレームだけで改めて勝負しないか?」
だが、そんな消化試合のような最終フレームの第一投を投げようとしている葉山がふいにそんな提案をしてきた。
ここで勝負?
一体何を言っているんだ?
「うおー、最後に勝負とか流石隼人君わかってるぅ。そんなんやるっきゃないっしょ!」
「勝負って何か賭けるの? 金?」
クイズ番組でもないのだし、別に俺たちに逆転のチャンスを作る必要なんて無いはずなのだが、こいつは一体何を考えているのだろうか?
皆でお手々繋いで仲良くゴール。なんて事を考えているわけでは無さそうだが……。
「いや、そうだな……勝った方は負けた方に何でも一つ言うことを聞いてもらえるなんてどうかな? もちろん常識的な範囲で」
「何それ、面白そう! でも隼人がそういうコト言うの珍しくない?」
「まあ、たまにはね」
しかし、俺の予想を裏切り葉山の口から出てきたのはそんな提案だった。
つまり、葉山は俺たちに何かさせたいことがあるのだろうか?
それも強制力がなければ実行しなそうな範囲で……。
「嫌だよ。別に俺お前にして欲しいこととかないし」
「そうか、それは残念」
当然却下だ。当たり前だろう。
この場合葉山が俺に何をさせたいのか分からず、かといって俺は葉山にさせたいことなんて特に思いつかない。つまりメリットよりデメリットの方が大きいのだ。
こんな勝負受けるほうがどうかしている。
「はー? ヒキオちょっとノリ悪くない? 隼人がこういうコト言うの珍しいんだかんね!」
「そうそう、やっぱこういうのはノリっしょ!」
だが、葉山の周囲の連中はそんな俺を異端とみなしたようだった。
ブーブーとブーイングの声が上がり、一瞬で俺が敵として認定される。
さて、どうやってこの場を切り抜けるか……。
「あー……で、でもほら、私もちょっと怖いかもー? なんて? ほ、ほらもし戸部っちが勝ったら何命令されるかわからないし……」
「いやいや、俺そんな風に見られてんの? ないわー、まじないわー」
幸いなことに由比ヶ浜も反対派だったようだ。
さすが俺の友達。
ちょっと三浦の視線が怖いが、ここはこの由比ヶ浜シールドで凌ぎきってみせよう。
「へぇ……結衣は隼人達じゃなくてそっちの味方なんだ?」
「あ、いや。だってほら、今私ヒッキーとペア組んでるし……」
え? なんか由比ヶ浜シールドにイキナリひび入った音したんですけど……?
まさか、まだ壊れないよね?
頑張れ! 由比ヶ浜シールド! 負けるな由比ヶ浜シールド!
三浦になんか負けるな!
お願いします! 負けないで下さい!
「なら、男子だけでやればいいんじゃない? 私も結構疲れてきたし。……ああ! 男子三人が負けたら“何でも”! これは新しい扉が開けそうな予感!!」
「あ、それ面白そう! それなら私も応援する! ヒッキー頑張れ!」
しかし、そんな俺の願いも虚しく今度は海老名さんからそんな援護射撃が入り、由比ヶ浜自身が勝負に参加しなくなる事で由比ヶ浜シールドは消滅してしまった。
男女の友情は成立しないって聞くけど、本当だったんだな……。
さようなら、俺の初めての友達……。
ありがとう由比ヶ浜シールド……。
というか、それが通るなら俺も不参加にしてほしいんですけど?
なんで男子だけでやる方向で話進んでるんですかね?
乗り気なの葉山と戸部だけなら俺も抜けて良くない?
男女差別はんたーい!
「っていうことなんだけど、比企谷。改めてどうかな? そんなに深刻に考えず遊びの延長ってことで」
どうやら、もう反対を貫いていいという雰囲気でも無さそうだ。
気がつけば男子三人での勝負という流れが出来てしまい、葉山が改めて俺にそう問いかけてくる。
周りの連中も後は俺が頷くのを待っているという感じ。
これが、世にいう同調圧力という奴なのだろう。
これがいわゆるゾーン。
イケメンだけが使えるという、その場を支配する力か……はぁ……。
「……あくまで……常識的な範囲なんだな?」
「ああ、どうしても無理ならその時断ってくれても良い。俺自身そこまで無理なことを頼もうとも思ってないからな」
まぁ、そこの言質だけ取っておけばなんとでもなるか……。
そもそも負けなければいい話でもあるしな。
「分かった……やる」
俺が観念してそう呟くと、葉山は少しだけ嬉しそうに笑い、三浦と由比ヶ浜がパンっとお互いの手を合わせ、戸部が「よっしゃー」と気合を入れ、海老名さんが「ハヤハチ……ッ!」と言いながらその場で倒れこんだ。
大丈夫なんだろうか?
あ、復活した。うん、大丈夫そうだ。良かった良かった
しかし、罰ゲームありの勝負か……。
なんだか今日はリア充みたいなイベント連発で少し困惑してしまうな。
まるでココにいるのが俺じゃないみたいだ。
もしこれがゲームとかなら、ここでの勝敗が大きな分岐になったりするんだろうか?
まあ、現実的に考えるなら、普通にパシリとかさせられるんだろうけど……。
とはいえ、まだ負けが決まっている訳ではないし、俺自身負けようと思っているわけでもない。
元々葉山に負けたくないという思いはあったしな……。
最終フレームだけなら体力勝負というわけでもないので俺にも十分勝機はあるだろう。
よし……少し面倒だが気合入れてやるか……!
見ていろ葉山……俺たちの戦いはこれからだ!
長い間ご愛読頂きありがとうございました。
白大河先生の次回作にご期待下さい。(続きます)
ラウンドなんちゃらと俺ガイルが(二年前に)コラボしてたの実は最近知りました。
というわけで、新年入って即ではありますが今日から古戦場ですね。
(2022/01/15 19:00~2022/01/22)
騎空士の皆様今年も張り切って頑張りましょう。
感想、評価、お気に入り、メッセージ、ココスキ、DM、何でも良いのでリアクション頂けますと今年も変わらず作者がとても喜びます。
お手すきの際に一言でも二言でも気軽な気持ちでよろしくお願いいたします。