やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも感想、評価、お気に入り、メッセージ、誤字報告、ここすき、etc ありがとうございます。

三週間空いたけど、八幡誕生日に短編も投稿したので実質今月三回目の更新です(言い訳)


第85話 またしても何も知らない比企谷八幡さん(16)

「プリントは全員回ったな? 希望を書いて忘れずに期限までに提出するように」

 

 その日、朝のホームルームが終わると、平塚先生は気怠げにそう言いながら教室を出ていった。

 配られたプリントには“職場見学希望調査票”の文字。

 GW明けの小テストも終わり、しばらくは穏やかな日常が送れると思っていたのに今度は職場見学か。学校というのは意外とイベントが多いものである。

 しかもこの職場見学、ご丁寧に“三人組を作れ”という制約付き。

 二人組ですら作るのが難しい俺に、三人組とは本当に恐れ入る。 

 俺に恨みでもあるのではないかと疑ってしまうほどだ。

 いや本当、俺にどうしろっていうんだ、畜生。

 

「比企谷君はどこ希望するの?」

 

 そうして渡されたプリント用紙を眺めていると、戸塚が俺の席までやってきてニコリと微笑みそう問いかけてきた。

 これは最近の変化の一つなのだが、どうもあのテニスの一件以来懐かれてしまったのか、ちょくちょくこうして俺のところへと足を運んでくるようになっていた。

 別にソレが嫌だという訳では無い。

 同じ話しかけてくるのでも葉山に比べれば全然マシだし、何より可愛い。

 そもそもの出会いがおかしかった一色を例外と考えるなら、由比ヶ浜に続いて二人目。いや、その由比ヶ浜も事故というイレギュラーが発生した結果なので、実質この学校で仲良くなった初めての女子と言っても過言ではないかもしれない。

 もし二人がいなかったら俺の心は確実に戸塚に奪われていたことだろう。

 戸塚、恐ろしい子。

 

「比企谷君? どうかしたの?」

「あ、ああ、いや、なんでもない」

 

 そんな事を考えながら戸塚に見惚れる俺を不審に思ったのか、戸塚はもう一度俺に声をかけ、不思議そうに首を傾げた。

 まずい、このままでは会話も出来ないコミュ障だと思われてしまうえっと……質問はなんだったか? 職場見学でどこを希望するか? だったか。

 俺は慌ててもう一度プリントに視線を落とす、そこに書かれているのは「希望する職業」「希望する職場」「その理由」という三つのアンケート。

 どうやら学校側の都合で見学場所が予め決まっている選択式ではなく、生徒の希望を聞いた上で相手側に確認を取って候補を上げてくれる方式らしい。こういったところはさすが進学校といったところだろうか?

 でもなぁ……俺の希望する職業って言うと専業主夫なわけで、特別見学したい職場というのは思い浮かばない。強いて言うなら自宅だろうか?

 とはいえ、もしそれをココに書けば平塚先生からまた呼び出しを食らってしまうのだろうという一抹の不安、もとい面倒臭さが頭をよぎる。

 

「まだ……考え中かな……」

「そっか。将来の職業とか考えるのって難しいよね」

 

 だから俺はそういって少しだけ言葉を濁したのだが、戸塚はそんな俺を“将来に悩んでいる若者”と認識したのか、フフッと笑い『僕と一緒だ』と小さく呟くのだった。

 え? 何この可愛い生き物。ボクっ娘っていうのも八幡的にポイント高い。

 戸塚マジ天使。

 

「……」

「……」

 

 しかし、そこでまた俺が戸塚に見とれてしまったのがイケなかったのか。会話が途切れてしまった。

 まずい、相槌の一つも打っておくんだった。これでは本当に俺が会話の出来ないコミュ障みたいだ。何か、何か話さなければ。

 焦り始めた俺だったが、そんな少し気まずい空気を察したのか戸塚が先に口を開く。

 

「……あ、あのさ……それじゃ誰と組むかとかはもう決まってる?」

 

 一瞬、質問の意図が分からずマヌケな顔を晒してしまう俺だったが、すぐに三人組の件を思い出した。

 この流れは……もしや?

 

「へ? い、いや、特に決まってないけど……」

「そ、そっか、それならさ……えっと、比企谷君と一緒に職場見学出来たら楽しそうだなって思ったんだけど……その……僕じゃ……ダメ、かな?」

 

 そんな風に縋るように俺を見つめる戸塚にダメなんて言える奴が居るだろうか? いやいない。

 俺は「ダメじゃないです!」と叫びそうになる自分を抑えながら、ありったけの理性を総動員して、冷静を装い高速で何度も首肯した。

 

「お、おお? 別に、いいけど?」

「本当? やった!」

 

 俺の返答の何がそんなに嬉しかったのかは分からないが、戸塚はそう言って満面の笑みを浮かべる。守りたい、この笑顔。

 その嬉しそうな顔に、俺も釣られて気持ち悪い笑みを溢してしまう程だ。

 あれ? もしかしてこれフラグ立ってる?

 このまま戸塚ルートに直行してしまうのだろうか?

 そういえば……なんだか最近女子と話す機会も増えてきている気がするし、これはもしかして伝説の“モテ期”とかいうやつなのでは……?

 一色や由比ヶ浜もワンチャンここから修羅場展開とかあり得るのか……? なーんてな。あいつらに限ってそんなはず無いか……。

 

「え? 比企谷、戸塚と組むのか?」

 

 そうして俺が中学以来の壮大な勘違いをしそうになった瞬間、“ありえないだろ”と冷水を浴びせるように葉山が俺たちの間に割って入ってきた。

 危ない危ない、危うくまたアチラ側に行ってしまうところだった。

 俺はもう二度と中学の頃のような過ちは繰り返さないと決めたのだ。

 

「何? ダメなの?」

 

 ギリギリで踏みとどまれた事に若干の感謝をしながら葉山にそう言うと、葉山はそれを理解してかしないでか、いつもの葉山スマイルを俺に投げかけて来る。

 

「いや、てっきり比企谷は俺たちと組むものだと思ってたからさ」

 

 なんで俺がお前と組まなきゃならないんだよ……。

 全くもって意味が分からないんだが?

 どういう思考したらそういうことになるの?

 もしかしてヤバイ奴なの?

 

「え……もしかして先約があったの? 僕別の人と組んだ方がいいかな……?」

「いや、別にそんな約束した覚えないから! 戸塚はそのままで!」

 

 不安げに、そして少し悲しそうに目を伏せた戸塚に俺は必死で弁解する。

 実際、葉山とそんな約束をした覚えどころか、そもそも職場見学に関する会話をした覚えもないのだから他に言いようがない。それこそ葉山の勘違いだろう。

 なんなら俺と戸塚の仲を引き裂こうという葉山の策略なのかもしれないとさえ思ってしまう。

 

「おい、お前もなんとか言えよ」

「ああ、うん。いや俺が勝手にそう思ってただけなんだ。比企谷が他に誰か組みそうな奴も思い浮かばなかったし。悪い、勘違いさせちゃったみたいだな」

「そっか、そういえば比企谷君と葉山君ってよく一緒にいるし、仲良しさんだもんね?」

 

 おい、他に思い浮かばなかったとはどういう意味だ。……まあ、その通りだけども。

 葉山を怒鳴りつけ、なんとか戸塚とのペア解散の危機は回避出来たようだが、まだ何か誤解をしてそうな戸塚の言い分に、俺は若干の不安を覚える。

 あれ? もしかして俺って傍から見ると葉山と仲良しな奴に見えてるのか?

 いや、まぁ確かに最近葉山と絡むことは多かったし、由比ヶ浜と話そうとすると大体傍に葉山達が居ることは多いが……。

 

「仲良しっていうと比企谷は嫌がりそうだけど、たまに一緒に遊びに行くぐらいだよ、な?」

「ま、まぁ……一度だけだけどな……」

 

 続く葉山の言葉にも俺が否定出来る要素が見当たらず、俺は思わず頷いてしまう。

 まずい、何か、何か否定しなければ! 視界の端で海老名さんがコチラを見て「はやはち!?」とか言って立ち上がっている。

 なんとか、なんとかしなくては薄い本にされてしまう!

 だが、そんな俺の願いも虚しく、次の瞬間何の悪気もなさそうな顔で戸塚がさも名案が浮かんだとばかりに口を開いた。

 

「えっと……じゃあ、葉山君も一緒に組まない? ちょうど三人だし」

 

 あろうことか、戸塚は職場見学の残りのメンバーに葉山を指名したのだ。

 確かに職場見学は三人で組を作るのは決まっているので、クラスの人数的に考えてもあと一人は必ず入れないといけない。

 つまりエア友達のともちゃんを頭数に入れることは不可能なのだが…… だからといって、その相手に葉山を選ぶのは如何なものだろう?

 

 何しろクラスの人気者葉山隼人君だ。

 自らのグループに引き入れて、友好関係を確立、クラス内ヒエラルキーの向上をと考えている輩もいることだろう。 

 実際、葉山に比較的近い位置にいる戸部、ヤマなんとか、大なんとか辺りはこうしている今も葉山の返答に聞き耳を立てているのが丸わかりである。

 葉山自身もまさか自分が気軽に誘われる側になるとは思っていなかったようで珍しく目を丸くして「俺が?」と驚愕の表情を浮かべていた。

 仕方ない……ここは俺が助けてやるか……。戸塚との一時を邪魔されるのも癪だしな……。

 

「いや、葉山なら他に……」

「そうだな、たまにはこういうメンバーも楽しいかもな」

 

 そう思い助け船を出してやろうとした瞬間、何故か葉山は楽しそうに笑うと戸塚の提案を受け入れたのだった。

 は? え? マジで?

 ふと周囲を見渡せば、クラスには俺と同じように驚きの表情を向けている男子が数人。

 どうやら思っている以上に葉山の倍率は高かったようだ。

 そんな葉山をまるで『帰りにコンビニ寄ってく?』みたいなノリで射止めた戸塚。マジパない。

 

「でも、本当に俺でいいのか?」

「うん。比企谷君が良ければ僕は大丈夫だよ」

 

 しかも戸塚はここにきて俺に決定権を投げて来た。

 正直何かの嫌がらせかとも思ってしまったが、そこに悪意や悪気といった感情は見受けられない。

 純粋無垢な戸塚スマイルを向けられ、俺の中の悪魔が浄化されていく。

 ここで断ったら完全に俺が悪者になるのだろう。

 はぁ……。

 

「……好きにすれば」

 

 仕方なく、俺はそう一言言って机に突っ伏した。

 俺と戸塚と葉山とか、一体どんなカオスパーティーだよ……。

 当日が不安でしか無い。

 

「じゃあ改めてよろしくな二人共」

「うん、よろしくね」

 

 頭の上で二人が握手を交わしているのを感じながら、俺はアンケート用紙になんと書けば専業主夫の職業見学として自宅での課外授業が認められるようになるか理由を考え始めていたのだった。

 

 あ、でもそれだと葉山も家にくる事になるのか……それは嫌だな……。

 

***

 

「セーンパイ♪ お昼一緒に食べましょ?」

 

 昼休みになると、廊下からそんな一色の声が聞こえて来た。

 これもまた最近になって起こった変化の一つだ。

 これまではベストプレイスに現地集合だったのだが、いつの間にか一色が俺のクラスに迎えに来るようになってしまった。理由は……良く分からん。

 雨の日ならともかく一色がニ年の教室に来てからまた別の場所──ベストプレイスに移動するのは遠回りでしかないのだが、なんとなく別の目的があるのだろうなという気はしているので、最近は俺も一色の迎えが来るのを待つようになってしまっていた。

 慣れというのは恐ろしいものである。

 

「やあ一色さん、今日も元気だね」

「あ、葉山先輩。お疲れ様でーす」

 

 一色は慣れた様子で葉山に軽く挨拶を交わすと俺に手を振ってくる。

 

「センパイ、今日はどこで食べます?」

「あー……今日は天気もいいし、購買行ってからいつもの所かな……」

「はーい♪ じゃ、行きましょ」

 

 だから今日もいつものように一色に返事をしながら財布を持って席を立ち、一色の元へと歩いていった。

 クラスの連中も「またあの一年か」という程度のリアクションで最早誰もこの状況を気にも止めていない。

 それは言ってしまえば日常の一つで、きっとこの後も代わり映えのないいつも通りの昼食風景が繰り広げられるのだろう。そう思いながら廊下へと向かったのだが、その日は少しだけいつもと違う事が起こった。

 

「あんたさ、一応ここ上級生の教室なんだからあんま気軽に来るの辞めときな?」

 

 三浦が自分の席で片手に鏡を持ち、眉毛を弄りながら、そんな注意の言葉を投げかけてきたのだ。

 突然のことに、騒がしかった教室がシンと静まり返る。

 勿論、言われた当の本人であろう一色の歩みも止まり、俺の背中にも冷たいものが走った。

 どうやら、一色が教室に来ることを女王様はお気に召していなかった模様。

 もしかしたら、先日のテニスの件で目をつけられていたのかもしれない。

 そういえば、アレから三浦とは禄に会話してなかったんだよな。

 いや、元々率先して会話するような仲でもないのだが……。

 なんにしても面倒なことになりそうだ……。

 だってほら、一色さんが笑顔のままクルッて振り返って思いっきり臨戦態勢になってますしおすし。

 

「別にぃ、三浦先輩には関係なくないですかぁ? 私、センパイに用があるだけなので」

「はぁ? あーしらの教室なんだから関係あるに決まってんじゃん。ちょっとは先輩に対する敬意とか遠慮とか無いわけ?」

「なんですか? この間テニス混ぜて貰えなかったからって嫌がらせですか?」

「その事は今関係ないし!」

 

 こうして一色いろはvs三浦優美子vsダークライの開幕のゴングが鳴らされた。

 いや、鳴らされても困るんだけどなぁ……。

 ギャーギャーと喚き散らす一色と三浦に周囲もドン引きだ。俺もドン引きだ。

 さて、どうしよう。

 もしこれが俺への報復で、俺個人への攻撃であるなら「さーせん……」と言って泣きながら逃げてもいいのだが、今やり玉に挙げられているのは一色なので、ここで俺だけ逃げるわけにもいかない。

 となると……俺が間に入るしかないのか……。はぁ……。

 

「おい、そのへんで……」

「ぁ?」

 

 意を決して二人の間に割って入るために一歩踏み出した瞬間、三浦に物凄い形相で睨まれ俺は踏み出した足をそのまま元の場所へと戻していく。

 情けないと笑わば笑え、だってめっちゃ怖いんだもん。仕方ないじゃない。

 だが、三浦はそんな俺を許してはくれなかった。

 

「あんさぁ、元はと言えばアンタがしっかりしないから悪いんでしょ? 後輩の教育ぐらいちゃんとしな!」

「センパイは関係ないじゃないですか!」

 

 ヘイトが俺に向いたことで、今度は一色が俺を守るように口論を始めてしまう。情けない構図だというのは分かるが、こうなってしまうともう俺の入る余地がない、本当誰か助けて欲しかった。

 もういっそ俺の土下座でなんとかしてもらう訳には行きませんかね?

 

「ま、まぁまぁ優美子。いろはちゃんも落ち着いて、ね?」

 

 そんな泣きそうな俺を察したのか、それとも情けなくて見ていられなかったのか由比ヶ浜が仲裁に入ってくれた。さすがは俺の友達である。

 由比ヶ浜が間に入ったことで三浦も「ったく……」と渋々といった様子を隠そうともせず矛を収めてくれた。

 良かった、もう少しで泣くところだった。

 おっと、目から汗が……。

 

「センパイ行きましょ!!」

「お、おう……」

 

 そうして、俺は一色に手を引かれ、少しだけ足元をもつれさせながら教室を後にした。

 

*

 

「あーもう本当最悪です! なんなんですかあの人!」

 

 購買でパンを買い、ベストプレイスに移動してからも怒りは治まらないらしく、一色はぷりぷりと頬を膨らませながら愚痴を零していた。怖い。

 

「いや……まあ、でも三浦の言ってることも一理あるだろ……」

 

 三浦が言っていたのは、上級生の教室に下級生がみだりに来るなという注意なので、割りと真っ当な意見のようにも思える。

 少なくとも俺は他学年や他クラスに顔を出さなければならないという状況に陥った経験がない。

 忘れ物をして小町が持ってきてくれた時でさえ、俺が兄だとバレないように闇取引のような方法を取っていたしな。

 一色が顔をだすようになって、まだひと月も経っていないとはいえ、ほぼ毎日顔を出してくるという状況は異常といえば異常なのかもしれない。

 どれほどの生徒が把握しているかは分からないが、校則に『他クラスへの入室禁止』が書かれている学校もあるしな。

 俺自身一色があまりにも自然に入ってくるから麻痺していた部分もあったのだろう。

 

「なんですか、センパイも三浦先輩の味方なんですか!?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

 その一方で、そんなに目くじらを立てる問題でもないのではないか? と思う自分も居る。

 仮に今回出入りしていたのが一色以外の人物だったら? と考えると俺としてはどうでも良いとしか思えないからだ。

 そもそも誰が教室に入ってきてるかとか一々見てないからな……。クラスメイトの顔だってまだ半分以上うろ覚えなので極論制服さえ着ていれば外部の人間が入ってきたとしても気が付かないまである。

 

 だから、というわけではないが今回の三浦の行動には少しだけ違和感を覚えた。

 こう言っては何だがテニスの一件から考えても、三浦が校則をきっちり守るタイプだとは思えないからだ。

 なんなら三浦本人も他クラスにガンガン入っていきそうなイメージがある。そんな三浦がこのタイミングで一色を注意したのにはどんな意図があったのだろうか?

 今回たまたま三浦に目をつけられてしまっただけという可能性もあるが……今後三浦のことは警戒しておいた方が良いのかもしれない。

 

「大体、迎えに行かないと結衣先輩とか戸塚先輩とかに誘われてどっか行っちゃうセンパイがいけないんじゃないですか!」

「それは……別にいいだろ……」

「よくないです!」

 

 そうして俺が三浦への対策を練っていると、何故かヘイトがこちらに飛んできていた。

 え? なんで? ついさっきまで三浦を責めていたはずでは?

 しかし、そんな疑問に答えてくれるはずもなく一色はフーフーと鼻息荒く、俺を睨みながらガチャガチャと乱暴に弁当箱を開けている。

 もしかしたらもう自分が何に怒っているのかさえ分からなくなっているのかもしれない……。

 

「最近戸塚先輩と仲良すぎなんですよ! 私最近センパイとマトモにおしゃべりできるのお昼休みぐらいしかないんですよ?」

「そ、そうか……? そんなコトないだろ? むしろ、お前の方が戸塚の練習に付き合ってたりするじゃん」

 

 俺は出来るだけ一色を刺激しないようにそう言うと数メートル先にあるテニスコートへと視線を移した、そこでは今日も戸塚が一人で昼練を行っている。

 今日はまだ誰も合流していないようだが、先日の一件以来、奉仕部のメンバーの誰かしらが時間があう日は練習に付き合っているようで、何人かで練習している光景をここからよく見かけるようになったのだ。

 だから、仲が良くなったというなら、俺よりも一色達の方がよほど仲が良いように思えるのだが……。

 

「ホラ、またそうやって見惚れちゃって! いやらしい!」

「いやらしいってお前な……」

 

 そうして戸塚の方を見ていたのが気に入らなかったのか、一色はまたしても俺に怒号を投げかけてくる。

 いや、もう本当に意味がわからない。

 情緒どうなってるのこの子? もしかして今日って女の子特有のイライラする日だったりするのかしら……?

 なんなら一色だけじゃなく三浦も含め、今日は女子が全体的に機嫌が悪くなる日なのかもしれない。

 とはいえ、そんな事を本人達に直接聞けるわけもないので、俺は一色への対応を半ば諦めながら買ってきたパンを頬張っていく。

 

「あのですねセンパイ? 一応言っておきますけど戸塚先輩は男の人ですからね? 変な気を起こさないでくださいよ?」

「は……? 何言ってるのお前?」

 

 だが、そこで一色はとんでもない爆弾を俺に放り投げ突きつけてきた。

 一体こいつは何を言っているのだろう?

 え? 何? 戸塚が男?

 どういうタイプの冗談?

 いや、冗談にしても質が悪い冗談だ。

 現実にあんな可愛い男の娘がいるわけないだろう。

 少なくとも俺はラノベやアニメの中でしか出会ったことがない。言ってしまえば都市伝説だ。

 もしかして、材木座辺りに何か変な入れ知恵をされたのだろうか?

 後でクレームを入れておかねば。

 

「はぁ……やっぱり勘違いしてる……。いいですか? 戸塚先輩は男の人です。お・と・こ・の・こ」

 

 しかし、一色はもう一度念を押すように俺にそう言ってきた。

 当然、そんな言葉を鵜呑みにするほど俺も馬鹿ではない。

 戸塚と仲良くなったことで俺にドッキリでも仕掛けようと思っているのかもしれないが、限度というものはあるだろう。

 その辺りちゃんと分からせておかなければ。

 

「……あのな? いくらお前でも言って良い冗談と悪い冗談があるんだぞ……一体なんの恨みがあって戸塚が男だなんて……」

「冗談なんかじゃありませんよ、なんなら本人にちゃんと確認して下さい!」

 

 だから俺は小さい頃小町にしたように、出来るだけ優しい口調で諭すように一色に注意をしようとしたのだが、それが返って一色の神経を逆撫でしてしまったのか、一色はフンガーと再び息を荒くして俺に怒声を浴びせてくる。

 もう嫌だこの子……。

 

「確認って……いや、言えるわけ無いだろ……」

 

 聞けって……『貴方は男ですか?』とでも聞けというのだろうか?

 確かに戸塚は中性的とも言える顔立ちをしているが、そんな分の悪い賭けをする気は俺には毛頭ない。

 だって考えてみて欲しい。

 もし俺が戸塚にそんな事を聞いて、目に涙を溜めながら『はは……やっぱり僕って男の子にみえるのかな……?』なんて言われたら俺はどうしたらいいの? 切腹?

  

「あのな、一色。確かに戸塚は可愛い。だけどな……」

 

 そこまでして俺を騙す意図が分からなかったが、それでもここは年上として引いてはいけないと思ったので、出来るだけ丁寧に俺の正直な気持ちを一色に説明し、その行動を反省させようと口を開いた。

 だが、それがイケなかったらしい。

 

「カワイイ……?」

 

 突然一色が俺の言葉を繰り返したかと思うと、身体中からコレまでにないほどの怒りを顕にし始め、俺も思わずたじろいでしまった。

 なんだか今にも一色いろは第二形態とかに進化しそうだ

 

「か、可愛いだろ……? あんな可愛い娘が男の娘なわけがない」

 

 咄嗟にラノベタイトルみたいな言い回しをしてしまった俺だったが、その言葉に嘘偽りはなかった。

 いや、可愛いってレベルじゃないよな、うん。TMT。戸塚たんマヂ天使。

 それは一色にも伝わると思ったのだが……。

 

「セーンーパーイの──」

 

 一色はそんな俺の思いとは裏腹にスクッと立ち上がりスゥーっと大きく息を吸い込んだかと思うと次の瞬間。

 

「バカーーーーーー!!!!」

 

 と、練習中の戸塚が振り向くほどの大声で叫び、食いかけの弁当箱を持ったまま何処かへと走り去っていってしまったのだった。

 え……? 何? 俺が悪いの?

 

「なんだアイツ……?」

 

 あーもう……本当、女子分からん。

 

*

 

 その後、ベストプレイスに一人残された俺はそのまま一人寂しく飯を食い終わり、教室へと戻って行った。

 本当にさっきのアレは一体なんだったんだろう?

 三浦の件があったとは言え、その怒りが戸塚にまで飛び火するとは思わなかった、情緒不安定にもほどがあるだろ。

 本当意味分からん。

 はぁ……。なんだかどっと疲れてしまった、もう今日はこのまま帰ってしまいたい気分だ……。

 

「あ、やっと来た。ヒキオ、ちょっと」

 

 そんな事を考えながら、ようやく教室の前まで辿り着くと、廊下で由比ヶ浜たちと話している三浦が、そう言って腕を組んだまま俺を睨みつけてきた。

 一応言っておくと俺の名前は比企谷八幡であって、ヒキオではない。

 つまり目が合ったとはいえ、呼ばれたのは俺ではないという可能性が微粒子レベルで存在するのだが……。その横を通り過ぎ、教室に入ろうとした瞬間、三浦に肩を掴まれてしまった。

 ──ですよねー……。

 

「な、なんすか……?」

 

 恐る恐る振り返りながら俺がそう問いかけると、三浦は「ん」と顎で廊下の先を指し示すだけでソレ以上何も言っては来ない。

 どうやら、付いてこいと言うことらしい。

 どうしよう。さっきの件まだ根に持ってるのだろうか?

 ……もしかして今日は厄日だったりする?

 

「ヒッキー、行こ」

 

 しかし、そうして俺が戸惑っていると、由比ヶ浜が少し低い声でそう言いながら俺の背中を押してきた。

 どうやら、今度の由比ヶ浜は三浦側らしい。

 その後ろには、葉山と海老名さんの姿も控えている。どうやら逃げることは許されなさそうだ。

 俺は全員の顔を一通り見た後、はぁとため息を吐き、仕方なく三浦達の後を付いていくことにした。

 

 誰一人言葉を発しないまま、三浦の後ろを歩くコト数分、連れてこられたのは特別棟の屋上。

 そこには俺たち以外に人の気配はなく、強い海風が皆の髪をバサバサと暴れさせていく。

 

「んで、何?」

 

 一色の件もあり、俺自身若干虫の居所が悪かったのでぶっきらぼうにそう言うと、三浦達は一度目配せをした後、三浦が「これ」と言ってスマホの画面を見せて来た。

 と言っても、光に反射されて俺のいる角度からはその内容は殆ど見えない。

 辛うじてヘッダー部分の『2-F』という文字とLIKEっぽい配色が見えたので、恐らくはクラスのグループLIKEの画面なのだろう。

 

 一体どういうコトなのかと由比ヶ浜に助けを求めるべく視線を送るが、由比ヶ浜はコクリと一度頷くだけで何も言おうとはしてこない。

 仕方がないので俺は少しだけ腰をかがめ三浦の手元のスマホの画面が見やすいように位置を調整して、その画面のメッセージを読むことにした。

 俺が入っていないグループの会話を見ても良いものなのか? とも思うのだが、見ろといわれたのでは仕方がない。

 んー? なになに?

 

【一年の一色いろはは淫売ビッチ。休み時間になると男を漁り、金さえ払えば誰とでも寝る売女】

 

 ……は?




というわけで原作二巻編スタート!

今回が何のエピソードなのか原作ファンの方には既にお分かり頂けているではないかなと思っていますが、如何でしょうか?
ぶつ切りのため、若干この後の展開も読めてしまうのではないかとも思いますが、まあその辺りはご愛嬌ということで一つw

あー、ここからちゃんと書けるのか心配だぁ……
でも、ガンバルぞい!

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