やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
久しぶりの土曜18時の投稿。
前々話の予告通り少しだけ長くなりました。
「反対反対反対! そんなの絶対駄目に決まってるじゃん!!」
俺の案を聞いて、一番最初にそう叫んだのは由比ヶ浜だった。
フーフーと鼻息荒く立ち上がり、何度も右手を上げ、その額に「断固反対」というハチマキの幻影が見えるほどに抗議の声を上げている。
なんならそのままプラカードでも掲げて校内一周してきそうな勢いだ。
元々、諸手を挙げて賛成されるような案ではないと思ってはいたので反対されること自体は不思議でもなんでもないが、そこまで否定されるとちょっとだけ悲しくもある。しょぼん。
「あーしも反対、隼人がそこまでする必要なくない?」
続けて反対票を投じたのは三浦だった。
まあ、コチラに関しては三浦の立ち位置を考えるなら妥当な反応だろう、特に思うところはない。むしろ葉山擁護で由比ヶ浜みたいにヒステリックに叫ばれるかもとすら思ったので拍子抜けしたぐらいだ。
……いや、ヒステリックな由比ヶ浜を見て、逆に冷静になったという可能性もあるか? そういう意味では由比ヶ浜の行動にも意味があったとも言えるな。
「そう? 私は面白いと思うけどな」
だが、二人に続くと思っていた海老名が賛成してくれたのは完全に予想外だった。
こう言っては何だがこれまでも殆ど空気のような存在だったし、なんとなく三浦の腰巾着というイメージが強かったので、てっきり三浦に同調するものだとばかり思っていたからだ。
これで、反対二、賛成一。
「俺は一色さんの意見に従うよ、俺のせいでもあるみたいだし、それで一色さんの助けになるなら、やらせてもらう」
一方、三浦に庇われた葉山は少しだけ肩を竦めると、諦めにも似たような表情でそういって微笑むだけに留まった。
本心ではやりたくは無いのだろうが、状況的に見過ごすことも出来ず、一色に委任といったところだろうか。
そのことに、三浦は若干の不満の色を滲ませたが、一応人助けでもあるということは理解しているようで、ソレ以上は何も言って来なかった。
まあ、葉山には責任を取らせると言ったが、反対なら反対でも良かったんだけどな、ここまでしおらしくされると逆に少しやり辛いまである。
「ねぇ、ほらゆきのんからも何か言ってよ!!」
そうこうしている内に、何も言わない雪ノ下が自分の味方になってくれていないことに痺れを切らせたのか由比ヶ浜が「ねぇゆきのん!」と雪ノ下の肩を揺さぶりはじめた。
ぐわんぐわんと肩を揺さぶられ、玩具のように髪を振り乱す雪ノ下。
雪ノ下はそんな由比ヶ浜を制すると、顔に罹った前髪を鬱陶しそうに直しながら何事もなかったかのように口を開いていく。
「……そうね。正直、もしこれが私への提案だったなら反対させてもらうところなのだけれど……」
「だ、だよね! だよね!」
「でも……決めるのは一色さんでしょう? ……私達がとやかく言うことではないわ」
「そんな……!」
内心では反対しながらも、一色の意見を尊重すると言う事なら葉山同様委任──いやそもそも口出しすべきでないという意見ならば棄権の方が近いだろうか。
これによって反対二、賛成一、委任一、棄権一。
俺は除外するとして、残すは当事者たる一色の意見のみ。
元々投票制でもなかったはずなので、葉山や雪ノ下の言う通り一色がどうしたいかが一番重要なのだが、奇しくも一色の持つ一票で結果が決まるという局面となったわけだ。少なくとも数の暴力で意見を曲げる必要はない。
「それで、一色はどうする?」
俺がそう問いかけると、一色の肩が一瞬ビクリと震えると同時にその場にいた全員の視線が一色に集まるのが分かった。
一色は俺が作戦案の概要を話している途中から、口元に右手を置いたままうつむいているので、その表情は伺い知れない。
「センパイ……そんなの……」
それでも一色が俺の馬鹿みたいな作戦に乗るとも思えなかったので、次にどんな罵声を浴びせられるのだろうとゴクリと喉を鳴らし、脳裏の端に用意しておいた別案のおさらいをしていく。
「やるに決まってるじゃないですか!」
しかし、そんな俺の覚悟とは裏腹に、一色は笑いを堪えきれないとでも言う表情で顔を上げると、足を一度大きく振って、ブランコの要領で跳ね上がるように椅子からぴょんと立ち上がった。
そして、腰に手を回したまま、ウンウンと一人頷き、まるで演説でもしているかのようなポーズで部室内の俺たちの中心の空きスペースをグルグルと大股で歩き始める。
「そうですよね、うん。ソレしか無いと思います! さすがセンパイです!」
あれ? おかしいな。俺の予想だと賛成するにしても嫌々というか、渋々「はぁ……それしかなさそうですね……」とか言われると思っていたのだが……? これはどういうことなのだろう? 少なくとも、俺が提案した作戦はこんなに喜ばれるようなモノではないはずだ。思てたんと違う……。
まあ……でも賛成なら別にいいか。
「いろはちゃんっ!」
そうして、俺が無理矢理自分を納得させていると、今度は由比ヶ浜が上機嫌になった一色を諫めるように、その肩を掴んだ。
部室の中央で一色と由比ヶ浜が睨み合い、一瞬ピリ付いた空気が部室内に流れる。
「なんですかぁ結衣先輩? 他に何か案でもあるんですかぁ? 私ぃこういう噂とか流されて超ぉ辛かったんですよぉ。でもぉセンパイの案だったらぁすぐ解決してくれそぉじゃないですかぁ?」
「うー……そ、それならやっぱり犯人捕まえようよ! 私協力するから!!」
「犯人見つけたって、一瞬反省した振りして終わりじゃないですか? どうせ時間がたったらまた同じこと始めますよ、センパ~イ私超怖いですぅ♪」
だが、当の一色はそんな由比ヶ浜の突然の行動に動じるでもなく、むしろ煽るようにそう言うと、俺の背後へと回り俺を盾にするようにして、由比ヶ浜に対峙した。
そこには先程「私こういうの結構慣れてるので」と言って悲しそうにしていた一色の姿はない。完全にいつもの一色だ。いや、いつも以上だろうか?
「う~……でも! でもぉ!」
そんな一色の言い分に、由比ヶ浜は納得言っていないようだが、雪ノ下はこうなることが分かっていたとでも言いたげに頭を抱え、海老名は三浦に「楽しくなってきたね」と語りかけ、言われた三浦は小さくため息を吐いている。
一色が賛成したことでとりあえず、作戦決行の流れにはなったみたいだ。(由比ヶ浜は除く)
仮にコレが投票制だったとしても一色と一色に委任した葉山の票が入り、賛成に三票が投じられた形なので、俺の案は可決されたことになる。
「まあ、一色もこう言ってることだし。決行ってことでいいか?」
だから俺は少々ずるいと思いながらも、最後の確認の意味も込めて今回の作戦の要でもある葉山にそう問いかける。
すると葉山が肘を曲げたまま両手を空に向けるポーズを取り、アメリカのコメディドラマのように苦笑いを浮かべながら数度頷いたのだった。
***
「ヒッキー……やっぱり考え直さない?」
「今更やめるわけにもいかないだろ……」
翌日の昼休み、俺と由比ヶ浜は階段の踊り場でそんな会話をしながら、一色のいる教室を覗き見ていた。
当然そこにいるのは俺たちだけではない。
「ねぇ隼人本当にやるの?」
「ああ大丈夫、上手くやるよ」
「隼人くんファイト!」
俺たちの後ろには葉山、三浦、海老名の姿もある。
今回の作戦に必要なのは葉山だけなのだが……まぁ邪魔をしてやろうとか、そういう訳ではなさそうなので野次馬は放っておくとしよう。
邪魔さえしないでいてくれるのであれば、目撃者は多いほうが良いからな。
実際、昼休みの一年の廊下ということでそれなりに人もいる。
作戦の決行には申し分ないシチュエーションだ。
あとはタイミング……。別名心の準備さえ整えばいつでも行ける。
すぅ……はぁ……。
さて、あと三分、いや、五分もしたら作戦開始と行くか……。
そうして俺が決行のタイミングを見計っていると。不意にトントンと肩を叩かれた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「お、おう、頼んだ」
肩を叩いてきたのは葉山だ。
どうやら、心の準備はとうに済んでいるらしく、ちょっとコンビニにでも行ってくるとでも言うような気軽さでそう言うと、踊り場の角を曲がり、廊下へ出て一人スタスタと一色の教室の方へと歩いて行ってしまった。
俺は少し慌てて由比ヶ浜へと視線を向けるが、由比ヶ浜も「ウン」と一度頷き返すだけで、今更葉山を止めるような事はしない。
仕方ない、作戦開始だ。
「二年の葉山だけど。一色さん、いるかな?」
葉山が一色の教室の前で止まり、手近な一年にそう声をかけると、声をかけられた一年が「は、はひっ!」と奇声を上げ、教室の中へと飛び込んで行った。
ここからでは中の様子までは確認出来ないが、恐らく今一色を呼びに行ってくれてるのだろう。
俺の予想通り、間もなく教室から一色が出てくると、葉山と二人で会話を始める。
「やあ、一色さん。久しぶり」
「お久しぶりです、今日はどうされたんですか?」
それと同時に教室の前の扉、廊下などから二人を興味深げに見つめる女生徒達の姿がチラホラと見え始めた。
どうやらいい具合に餌に食いついてくれているようだ。作戦の第一段階は概ね成功と言っていいだろう。
さて、次は第二段階──そう思った瞬間、一色がチラリと俺達がいる方へと視線を向けてきたのが分かり、俺は慌てて体を半回転させると壁にドンっと勢いよく手を突いて、由比ヶ浜と話している風を装いその場をやり過ごす。
ふぅ……危ない危ない、全くバレたらどうするつもりなんだ。
「あいつら、もっと自然にやれよ、演技だってバレたら元も子もないだろうが……」
「し、仕方ないよ、殆どぶっつけ本番なんだし」
道行く一年に不審な目で見られながら、俺は壁を背にする由比ヶ浜にそう愚痴る。
一応、話の流れ自体はお互い理解しているはずだが、もっと指導しておくべきだったと反省しながら俺たちは二人のやりとりの続きを確認するため、再び壁からそっと顔を出し教室の方を覗きこんだ。
「何の話ですか? マネージャーの件ならお断りしたはずですけど」
「ああ、今日はそのこととは関係……なくもないのかな。ちょっと頼みがあってね」
「頼み?」
「実は……もう知っているかもしれないけれど、テスト明けにウチの部で試合があるんだ。それで、その……良かったら応援に来てくれないかな? 何人か友達を誘って」
「友達……ですか?」
どうやら打ち合わせどおりに話は進んでいるようだ。
『友達を誘って』という言葉に一瞬一色の教室の周囲がザワツイたのが感じられる。第二段階も成功。
そろそろ次の段階へ進んでも良い頃合いか……?
「結衣、あんたもうちょっとずれてよ見えないじゃん」
「そんな事言われても……ヒッキー、もうちょっと屈んで」
「屈んでったってお前……ぅお……!?」
そう考えながら俺がタイミングを見計らっていると、状況を確認しようとする三浦が由比ヶ浜を押し、その由比ヶ浜が俺を押して来た。
瞬間、背中に物凄く柔らかく、それでいて弾力のある何かが伸し掛かってくる。
それは去年の夏、一色をおぶった時には感じられなかった圧倒的なまでの存在感。
そのあまりの衝撃に、俺の脳は一瞬でピンク色に染まっていった。
メロン……そうメロンだ。
まだ旬ではないはずなのにありえないほどにデカいメロンが俺の背中に乗っている……それも二つも……。
「ああ、実は試合のあと中間テストの打ち上げも兼ねてみんなで集まろうっていう話になってるんだ、女子の応援が合ったほうがアイツラもやる気になるだろうし。一色さんが友達を誘って来てくれると嬉しいんだけど……」
そうこうしている間にも、葉山は会話を続け、周囲の女生徒にも分かりやすいように丁寧な説明を始めていた。
まずい、ちゃんと話を聞いていないといけないのに、全然集中できない。
ああ、少しでも動くとメロンが落ちてしまいそうだ。落とさないようにバランスを取らなければ……って違う! とにかくパージ、パージしなければ!
爆ぜろリアル! 弾けろメロン! バニッシュメント・ディス・ワールド!
「わわっ!?」
なんとか気合で邪念を振り払い、俺がグッと勢いよく体を持ち上げると、由比ヶ浜が俺の背中から離れ、その反動で三浦も体制を崩され不機嫌そうに「ちょっと!」と小声で俺を睨んでくる。
いや、文句言いたいのはこっちの方なんだが……?
うっかりメロンに心をかき乱されてしまっていたが、状況的には女子二人分の体重を一人で支えていたのだ。なんなら少し褒めてほしいまである。
ちなみに、海老名に関しては既に状況に飽きてきたのか一人階段の手すりに背中を預け、スマホをいじっていたので、ノーカンだ。
「そ、それじゃあそろそろ行ってくる……」
とはいえ、今は二人に文句を言っている場合ではない。
こうしている間にも作戦は進行し、次の段階へと移行しなければならない時が来てる。
だから、俺はそう言って一度襟元を正し踵を返す。
するとその時、不意にシャツの裾が何かに引っ張られた。
「……ねぇヒッキー……本当にやるの?」
何事かと振り向くと、由比ヶ浜が俺のシャツの裾を掴み、伏し目がちにそんなことを聞いて来る。
何を今さら、とは思うが、由比ヶ浜はもとからこの作戦には反対だった。きっと、今も思うところはあるのだろう。
しかし、なぜソコまで強硬に反対なのかは分からない。
仮にこの作戦が失敗したとしても由比ヶ浜に迷惑がかかるようなことはないはずだ。
もしかしたら、俺が見落としている何か重大な欠陥でもあるのだろうか?
もしそうだとしたら、もう一度作戦を練り直す必要が出てくるかもしれないのだが……とはいえ、既に葉山は動き出している。
今更後には引けないというのも事実だった。
「流石にここでやめるわけにはいかないだろ……」
「……うん、そうだよね……」
俺がそう答えると、由比ヶ浜は少しだけ悲しそうに笑いながら、裾から手を離す。
だがまだ何か言いたいことがあるようで、その場から動こうとはしない。
「……ヒッキーってさ、いろはちゃんには甘いよね?」
由比ヶ浜が次に口にしたのはそんな言葉だった、少し拗ねているような、怒っているようなその口調に俺は一瞬だけ戸惑いながらも「うーん」と少しだけ首を傾げる。
甘い……甘いのだろうか?
自分では良く分からない……。
「そうか? 別に普通だろ」
だから、俺はそう答えることしか出来なかったのだが……由比ヶ浜はそんな俺の返答が気に入らなかったのか少しの間無言で俺を見上げて来る。
「……」
「……」
なんだろう、少し気まずい。思わず三浦に助けを求めようと視線を送るが三浦は既に海老名の近くへ移動し、我関せずとでも言いたげに俺たちから背を向けていた。
背後からは一色と葉山からの『早くしろ』という催促の念も感じられる。
畜生……どうしろってんだ。
「……あの、さ」
「お、おう?」
そうして、俺が金縛りのような状態になっているとやがて由比ヶ浜が意を決したように口を開いた。
今回の作戦は人に褒められるようなことではない。
だから反対派の一人として文句のひとつもつけてやろうとでも思っているのだろうと俺は少し覚悟を決め由比ヶ浜の次の言葉を待つ。
「……ヒッキーってさ、やっぱりいろはちゃんのこと……」
「一色のこと……?」
「……ううん、なんでもない……ほら、早く行ってあげて」
「? お、おう。じゃあ、行ってくる……」
だが由比ヶ浜は歯切れ悪くそう云うだけで、最後にもう一度悲しげに微笑むと俺の背中をグイグイと押し始めた。
何を言いたかったのかはよくわからず、俺としてもものすごくモヤモヤする終わり方だったので問い詰めたいところではあるが……タイムオーバー。
これ以上一色達を待たせるわけにもいかなかったので、俺は由比ヶ浜に背中を押されるままに廊下へと出て二人の元へと歩いて行く。
まあ、由比ヶ浜には由比ヶ浜の言い分があるのだろう、文句なら後でいくらでも聞くので、とにかく今は勘弁して欲しい。
ああ、そんな事を考えていたら、心の準備をする暇がなくなってしまった……。もう今更引き返すこともできない。
既に視界の先で一色と葉山が俺の到着を待っている。
だから、俺は歩みを止めること無く、二人の元へと近寄り少し大げさな程に右手を上げて、声をかけた。
「よ、よぉ、い、いろハ。遅イジャァナァイカァ?」
いかん、思いっきり声が裏返って下手くそなル○ンのモノマネみたいになってしまった。
俺は慌ててゴホンゴホンと一度咳払いをしてから、もう一度仕切り直そうと更に一歩歩みを進める。
「あ、センパイ♪」
「やあ、比企谷奇遇だな」
そうして俺が仕切り直そうとするより早く、一色が俺の左手を絡め取り距離を詰めてくると、葉山もそんな一色をカバーするように、俺の方へと向き直った。
イカンイカン、もっと自然に動かなければ。
「な、ナんで葉山がココにいンの?」
「ああ、実は一色さんに今度の試合の応援を頼んでたんだ」
なんとか俺が自然に会話を繋げていく。
そう、ここは重要な局面だ。
作戦の第三段階にして、今回の肝ともなる部分。
俺は出来るだけ周囲の一年女子が俺達の方に視線を向けているのを確認すると、一度大きく息を吸ってから、今日一番の爆弾の準備へと取り掛かる。さて、上手いこと爆発してくれよ……?
「オイオイ、人のカ、カ……カノ、彼女に声を掛ケルなら先に俺に話を通してくれよー」
俺はそう言って一色の腰へと手を回し、自分の方へと引き寄せると、一瞬一色の教室がザワついたのが分かった。
どうやらちゃんと聞いていてくれたらしい。
良かった、こんな恥ずかしいセリフもう一回言えって言われたらどうしようかと思った。
そう、俺の考えた作戦とは──
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「──偽装彼氏?」
「ああ、当面の一色の目当てが葉山ではないということを周知させる」
俺の発言に、一瞬奉仕部の部室がざわついた。
女子の方が圧倒的に多いというのもあって完全にアウェーの空気だ。
とはいえ、今更取り消すこともできないので、俺は言葉を続けていく。
「特定の相手と一緒だったと証明出来れば噂の否定にもなるからな……それでも、後から『別れた』って噂も流しやすいように葉山より見劣りして、出来るだけクズだって印象付けられるといい、傍から見て『なんであんな奴と付き合ってるんだ』って思わず一色に同情したくなるような相手だとベストだ」
そうすることで一色が葉山狙いどころか、良く分からない男に騙されているのではないか、という同情心を芽生えさせようという寸法だ。
もちろん中にはその事で逆にマウントを取ってくる奴も出てくるだろうが──
「そんな事で噂が消えるの……? むしろもっと酷いことにならないかしら?」
「当然、それだけじゃ噂を打ち消すのには弱い。これはあくまで一色が昼休みに消える理由が葉山目当てではないという証明のため。だからそれとは別で葉山にはもう一度一色に頼み事をしてもらう」
そう、ここでイケメン葉山様の登場である。
「頼み事?」
「ああ、一色には利用価値があり、葉山にお近づきになれるチャンスがあると思いこませる」
「例えば? 分かりやすく言ってくんない?」
三浦のつっけんどんな質問に、一瞬だけ気後れしつつも俺は指をくるくると回しながら考える。
具体的な案は後で詰めれば良いと思っていたので、この時はまだ口実を考えていなかったのだ。
「あー、そうだな……例えば、葉山が一色に『女子を紹介してくれ』って頼むとか……?」
「はぁ? そんな事したら隼人に近づく一年が増えるだけじゃん」
「いや、そうとも限らないだろ。最初の数人を一度不特定のグループで相手すればソコからは増えないはずだ。そいつらだって葉山への印象を悪くしたくはないだろうからな」
実際、一色も葉山に『誰も紹介しないでくれ』と頼まれた訳では無い。
さっさと紹介していれば今回のような騒動にもならなかった可能性すらある。
では、なぜそうしないのか? と言われれば、そうすることで相手に悪印象を持たせる可能性が高いと思ったからだろう。
ならば、ワザワザ葉山に近づけたというアドバンテージを得た女子がその優位性を気軽に手放すようなことをするとも思えない。
「そもそも、自分からアピールできるような人間なら誰かに紹介してもらうなんてまどろっこしい手は使わないだろうしな、一度葉山と話す機会を作ったとしてもその後も葉山からの連絡待ちで自分から近づいて行く確率は低い。最悪LIKEのIDを渡さなければ面倒くさいことにはならんだろ」
俺がそう言うと、何人かそういう人間に心当たりでもあるのか、三浦達も言いたいことは分かるという雰囲気を漂わせてくる。
これは想像でしかないが、恐らく葉山自身これまでの人生で同じような手法で自衛はしてきたのではないだろうか?
相手にある程度の満足感を与え、フェードアウトする。
そうでなければ、葉山の周囲はもっと凄いことになってるはずだし、毎日LIKEの返信で寝る間もなくなっているだろうからな……。
つまり、俺の提案は葉山にとっては日常の一部。
「まあ、一度でいいなら」
「隼人……!」
それが俺の予想通りだったのかは分からないが、やがて葉山は渋々という風で了承の意を見せてきた。
葉山自身、そうすることで一色の非日常を打開できるのであれば、という打算もあったのだと思う。
まあ、そのことを俺が指摘するのは少々狡いやり方だったとも思うが、責任の一端が葉山にある以上、このぐらいの協力はしてもらいたい。
要は自分のケツは自分で拭けということだ。
「なるほど、確かにそれほど悪い手ではなさそうね。それで、その一色さんの相手役は誰がやるのかしら? この場に葉山君以外の男性は一人しかいないのだけれど……?」
そうして葉山からの同意が得られると、次に雪ノ下がそんな疑問を投げかけてくる。
同時に部室の全ての視線が俺に集まってきた。
この言い方だと、まるで俺がそのポジションを狙っていたみたいで嫌なのだが……今から誰かに頼むってのもなぁ……。
情報が漏れては元も子もないし、実際一色が昼休みの多くを俺と過ごしていた事実だ。
それに、一色の
こういう時ボッチはボッチを痛感して悲しくなるのだ……。
「……外部に依頼するっていう手もないわけじゃないが……ここは俺がやるしかないだろ……まあ、色々不服なのもわかるし、正直……リスクがないわけじゃない。やるかどうかはそっちで決めてくれ」
勘違いされても面倒くさそうなので、俺がそのポジションを狙っているわけではないという事をアピールしつつ、決定権をその場に放り投げる。
一色は先程から顔を伏せているので、その表情は伺い知れない。
噂のことを知られたのが、余程ショックだったのだろうか?
それとも、こんな案しか思いつかない俺に失望しているのだろうか? そんな事を考えながら審判の時を待っていると、やがて部室に大きな声が響き渡った。
「反対反対反対! そんなの絶対駄目に決まってるじゃん!!」
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──────
とまぁ、ここまでが俺の作戦だ。
俺が一色の教室の前で『彼氏』宣言したことで、今俺の背中には夥しい数の視線が突き刺さっている。
一目見てやろうという野次馬根性がほとんどだろうが、とりあえず一色の目当てが葉山ではないと周知させることには成功したのではないだろうか?
そう、もう一度言うが一色は今──一時的に──俺の彼女なのだ。
「分かってるさ、悪い。一年で頼れそうなのが一色さんぐらいしか思いつかなかったんだ。比企谷にも頼もうと思ったんだけど見当たらなかったからさ」
「次からはちゃんと……か、か、彼氏の俺に話を通してくれよ。ほら、い、い、いろは行くぞ。遅れた罰として飯奢れよ」
だから、ここからは作戦の最終段階、作戦が失敗した時の保険ともなる、俺がクズであると認識させるターンだ。
ある程度独占欲を見せておけば、今後一色が『葉山を紹介してくれ』と頼まれたとき『彼氏が嫉妬深く男の連絡先を消された』とでも言って断ることも出来るしな。
それに加え後輩の、それも彼女に理不尽な理由で飯を奢らせるという最低ムーブ。
一般的な感性を持っていればコレで多少の同情はしてくれるだろうし、失敗したときもコレまでの一色の行動は全部俺のせいだったと責任をなすりつけられる。
上手くいったらいったで、一色のタイミングでいつでも切れるように『別れて当然』だったという空気も作れるしな。
我ながら完璧な作戦だ──
「は~い♪ 大丈夫ですちゃんとお弁当用意しておきましたから♪」
「へ?」
完璧な作戦──だったはずなのだが……おかしい。
なぜ俺の目の前に弁当箱大の巾着袋がぶら下がっているのだろう? しかもニ個も。
あれ? 一色さん?
作戦概要伝えましたよね? なんかメチャクチャいい笑顔してるけど……完全にムーブ間違えてますよ?
これだと俺が単に一色の弁当を待ちきれずに来てしまった食いしん坊キャラになってしまうのでは……?
「お、おう、そうか。それじゃ、早く食おうぜ」
とはいえ、ここでソレを口にするわけにもいかず。
俺はなんとかアドリブ対応でその場を乗り切ると、そのまま一色の手首を握りこの場から立ち去ろうとする。
しかし、何故かその手を離されてしまった。
またしても想定外の展開、思わず「へ?」と戸惑う俺だったが、一色は次にするりとその掌を俺の手と重ねると、俺の指の間に自らの指を一本一本スルリスルリと滑り込ませるようにして握り込んでくる。
「はい、それじゃ葉山先輩失礼します。あ、応援の件は一応何人か声掛けておきますけど、あまり期待しないでくださいね? 私友達少ないので」
「ああ、頼むよ。比企谷、あまり可愛い彼女のことイジメるなよ?」
「お、おう……」
「行きましょセンパイ♪」
「お、おう?」
何故一色がそんなことをしたのかは分からなかったが、ここで不自然な動きをするわけにもいかず俺達はそのまま教室を後にして廊下を歩き始める。
取り残された葉山は俺達とは反対の──由比ヶ浜達がいる方向へと戻っていった。
これで任務完了である。作戦成功だ……成功なのか?
まあ、あとは一年女子がどう動くかというトコロなので、結果を待つしか無いか……。
「センパイ……、もうちょっと自然にやってくださいよ……バレるかと思ってヒヤヒヤしました」
「うるさいな、ちょっと緊張したんだよ、わざとだよ」
本当にコレで良かったのだろうかと、首を傾げる俺だったが、一色はそんな俺を見ながら、ダメ出しをして来た。
いや、俺としても少し緊張しすぎていたという自覚はあったが、そんなにやばかっただろうか?
「コホン……まぁ……とりあえず、これで何人か声かけて葉山の応援に行けば、噂も収まるだろ」
「でも、いいんですかね? 葉山先輩に迷惑かけちゃいそうですけど……」
とはいえ、これ以上この話題を続けても、俺に勝ち目はなさそうだったので、話題を逸らしそう言うと、一色は少しだけ申し訳無さそうに廊下を振り返った。
「いいんだよ、本人も納得済みなんだしな」
葉山としても、一色に悪いことをしたという意識もあったのだろう。
もちろん、アイツが理不尽だと思う部分がないわけじゃないだろうがそこは有名税みたいなものだ。この場合イケメン税だろうか。
しかし、いくら俺がそう言っても、一色はあまり納得していない様子だったので、俺はもう一度話を逸らすことにした。
「……というよりな、なんで今回の事隠してたんだ? 普段面倒事押し付けてくるくせに。いつもだったら相談してくるような内容だろ」
「……だってそれは……」
それは噂のことを知ってからずっと俺の中に燻っていた疑問だった。
というのも、最近の一色は何かというと俺を頼ってくる。
先日のテニス部の件だってそうだ、結果俺がなんとか出来たから良かったようなものの、部活での騒動ならばわざわざ俺を頼るより雪ノ下やテニス部の顧問にでも相談したほうがてっとり早かった可能性だってある。
ワザワザ無関係な俺に相談する意味がない。
なのに、今回は噂のことすら話にも出なかった。
それも一ヶ月以上もだ。
そこに何か含みでもあるのではないかと勘ぐってしまうのも仕方がないというものだろう。
「……だって……」
だから、俺としては気軽に口にした問いかけのつもりだったのだが。
これもまた、俺の話題の選択ミスだったらしい。
一色はするりと握っていた手を離すとその場に立ち止まり、顔を伏せて、俺と一歩だけ距離を取る。
「だって、こんなガチのやっかいごとセンパイに知られたら引かれちゃうかもって……普通に重いって思われたらどうしようって思ったら……相談なんて出来るわけないじゃないですか……」
そして、少し困ったように、それでいて少し泣きそうな顔のまま笑ってそう言った。
その瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねる。
不整脈だ。
「……ばーか、考えすぎなんだよ……」
今更何を。とか。
いじらしい奴だな。とか。
後輩らしい可愛いとこあるじゃないか。とか。
……守ってやりたい……とか。柄にも無いことも含めて色々な考えが頭に浮かぶが、上手く言葉にならなかったので、俺はそう言ってコツンと手の甲で一色の前髪越しに額を軽く小突くと、再び一色の手首を取って、引っ張っていく。
「……今度からはちゃんと相談しろよ?」
「えへへっ、はいっ!」
すると一色は何が嬉しいのかニコニコと笑い、叩かれた額を嬉しそうに擦りながら、そのまま俺の後を着いて来た。
ああ、なんだか妙に体が熱い。
腹が減っているせいだろうか? 気がつけば昼休みももう半分を過ぎている。
由比ヶ浜たちも今頃教室で飯を済ませている頃合いだろうか?
終わったら合流という話だったが──まあいいか、一色に伝えなければならないこともあるし今日はこのままベストプレイスに向かうとしよう。
*
*
*
それから、俺たちはいつものようにベストプレイスで昼食を摂った。
意図せず今日は一色の手作り弁当である。
「どうですか? センパイ? おいしいですか?」
「ああ、まぁ美味い、な……」
「えへへ、良かった。明日も作ってきますね♪」
「いや、それは……」
例の噂がなくなったかどうかはマダ分からないというのに、今日はやけに上機嫌な一色。
以前もこんな会話をした気はするが、こいつに昼食与奪の権利を奪われるのは色々な意味で今後に不安が残るのでなんとかして断りたいところだ……。
「あー、そういえばな」
「はい?」
このまま普通に断っても一色が納得しないのは最早分かりきっていることだったので俺は一色の問いへの明確な回答を避け、今日何度目かの話題逸らしをすることにした。
どうしても伝えておかなければならないことがあったのだ。
「戸塚、男だったわ……」
俺の衝撃の告白に一色は呆れたようにぽかんと口を開けると、一色は一瞬だけ真顔になると、俺に向き直る。
「……ようやく理解してくれたんですか?」
少しだけ怒ったようなその口調にビビリ、俺は思わず「……はい」と小さく返事をする。
そんな俺に一色はハァと小さくため息を吐くと「それで、私に言う事ないんですか?」と圧を掛けてきた。
まあ、この件に関しては俺が全面的に悪いので仕方がない。
「ごめんなさい……」
だから、俺はそういって素直に頭を下げる。
すると、一色は「しょうがないですねぇ」と大げさなほどに大きく頷いてから、俺の後頭部にポンと手を置いた。
「センパイだから、特別に許してあげます♪」
「そりゃどうも……」
俺が頭を上げると、一色はそう言って最後にウインクを投げつけてくる。
少しだけ調子に乗っている一色に、正直『こいつ……相変わらずあざといな』という思いがあったが、その時の俺にはその笑顔があまりにもその……可愛く思えてしまったので……それ以上何も言うことが出来ず、そのまま弁当箱に顔を突っ込み、白米をかき込んでいったのだった。
というわけで解決編。いかがでしたでしょうか?
今回は割りとよくある展開というか、皆様の予想の範疇だったのではないかと思いますが……期待外れになっていないかと少々ドキドキもしております
一応コレでチェーンメール(メールとは言っていない)編は終了
次回はいよいよあの人が登場……したら良いですね!(願望)
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