やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
早いもので、もう2月ですね
2月は何回更新できるかな?
さぁ皆ではったはった!
その日は朝から雨が降っていたということもあり、俺はいつもよりほんの少しだけ早く家を出て学校へと向かっていた。
当然、徒歩。いつもより登校に時間がかかるので、出来ることなら今日はもうサボって一日家でゴロゴロとしていたいという思いもある。
それでも俺が今こうして歩いているのは、今日はどうしても学校に向かわなければならない理由があったからだった。
そう、今日六月十八日。
由比ヶ浜の誕生日なのだ。
先週そのことを一色に教えてもらった俺は、ともにプレゼントを購入し忘れないようカレンダーにもチェックを入れ、昨晩の内からプレゼントを鞄に忍ばせ、今日という日を迎えていた。
楽しみにしている、というわけではないが。
初めての友達の誕生日だ。祝わない手はないだろう。
ただ、一つだけ問題があった。
いつ、どこで渡すのか? という問題だ。
俺と由比ヶ浜が友達だというのは、最早周知の事実だとしても。
接点を持てるのは主に教室内だけ。
下手にどこかに呼び出したりして噂をたてられたら迷惑だろうし、かと言って教室の──大勢の前で渡すのも問題がありそうだ。
一色同様、俺が奉仕部員であったならそこまで悩む必要も無かったのかもしれないが……。そんなに都合良く世の中は出来ておらず。
更に付け加えると俺が由比ヶ浜の誕生日を知っているということすら割りと気持ちが悪いことなのではないか? という懸念もある。
そんな思いから俺は気持ち早めに家を出て、教室に人が少ないうちにソレを渡してしまおうと気を逸らせていたのだ。
だが、そこにはもう一つ大きな落とし穴があった。
無事、俺が教室へ到着すると、教室内は予想通りガラガラだったものの。
肝心の由比ヶ浜も到着していなかったのである。
まあ、よくよく考えてみればそれも当たり前のことだ。
元々由比ヶ浜だって遅刻はしないにせよ、優等生タイプというわけではない。
約束もしていないのに、わざわざ早めに学校に来る理由もないだろう。
なんなら遅刻ギリギリに来るまである。
完全に俺の勇み足だ。
となると……どうする? いっそ机の中にでも入れておくか?
いや、それはそれで意味深すぎる気もするな……特に深い意味のない友達からの誕生日プレゼントだし、変に意識せずポンと渡してしまった方がまだダメージは少ないかもしれない。あるいは……。
そんな風に脳内シミュレーションをしながら自分の席へと鞄を置き、未だ現れない由比ヶ浜の机の方を眺めながら来る時を待ってると、緑色のジャージを着た天使が「比企谷くーん」と手を振りながら俺のもとへと舞い降りてきた。
「おはよう。今日は早いね」
「お、おう。おはよう。そっちも早いな」
「うん実はいつもの癖で朝練の時間にきちゃったんだけど……。この雨だからね、中止になっちゃったんだ」
天使の正体は戸塚だ。
戸塚は「ドジだよね」と恥ずかしそうに笑うと、コツンとラケットの角で優しく自分の頭を叩き、窓の外を眺めていく。
確かにこの大雨では外でテニスは難しいだろう。
まあ素振りぐらいはできそうだが、それなら別に学校に来なくても出来そうだしな……。
だから、俺はそんな戸塚を労うように「そりゃ災難だったな」と軽く言葉をかけたのだが──。
「うん、でも、比企谷くんに会えたからかえってラッキーだったかも」
戸塚はそう言ってエンジェルスマイルを俺に投げかけてきたのだった。
あれ? なんだろうこの胸のときめき……。
もしかしてイベントはじまってる?
俺、直前でセーブしたっけ?
ちょっとまってくれ心の準備が……。
「比企谷君の方は今日は何か用事でもあったの?」
「あ、ああ。いや、そういうわけじゃないんだが……まぁ、雨だったからな」
「そっか。梅雨だしね。あ、そうだ折角だし職場見学のレポートの続きやっちゃわない?」
胸をときめかせている俺に、戸塚は続けてそういうとトテトテと自分の席へと戻り筆記用具を取り出してきた。
そういえば、先日の職場見学のレポートの提出日もそろそろだったか。すっかり忘れていた。
職場見学。戸塚と一緒というのはありがたかったが、葉山が一緒だったというのもあり、他のグループが同じ職場をこぞって希望してきて結局大所帯での見学になったんだよな……。
お陰で戸塚と同じグループ、というよりほぼクラス見学のような形になり。戸塚と一緒に回っている感じがしなかったのだが──。結果としてこうして戸塚と一緒にレポート作りが出来るのだから、あれも悪くなかったのかもしれない。
プラマイゼロむしろプラ。
*
そうして、俺と戸塚が一つの机で一緒にレポートを作成していると、少しずつ教室も騒がしくなり三浦、葉山、海老名、戸部と徐々にいつものメンバーが揃い始め、最後に由比ヶ浜が登校してきたのが見えた。
「やっはろー」と元気よく教室に入ってくる由比ヶ浜の姿に、俺も思わず顔を上げる。
その事に由比ヶ浜も気付き、軽く手を振ってくれるが、由比ヶ浜はそのまま俺ではなく三浦達の方へと歩いて行ってしまった。
「おはー」
「おはよう、結衣」
「優美子も隼人くんもおはよー。いやー、すごい雨だねー」
由比ヶ浜の席が三浦たちの席に近いのでそれも当然といえば当然なのだが。
俺としてはそのまま由比ヶ浜の動きを目で追うことしか出来ず、どうしたものかと頭を悩ませる結果になてしまった。
さて、このままプレゼントを渡しに行くべきだろうか? それとも少し様子を見るべきか……。
そんな俺の不自然な反応にいち早く気付いたのは戸塚だ。
戸塚はレポートの手が止まった俺の顔を不思議そうに覗き込むと、その視線の先を確認し再び俺の顔を覗き込んでくる。
「由比ヶ浜さん今日も元気だね。何か用事でもあったの?」
「あ、いや……」
どうやら、今の俺の反応だけで何かを察してしまったらしい。
勘の良い戸塚だ。嫌いにはなれない。
とはいえ、その質問にどう答えたらいいものかと俺は少しだけ頭を悩ませる。
まぁ、戸塚なら正直に答えても良かったのだが──。
「は、葉山がな……」
「葉山君がどうかしたの……?」
「……コミュ力高いよなぁと思ってさ」
その時の俺は、何故か由比ヶ浜と楽しそうに話す葉山が少しだけ羨ましくもあり、少し、本当に少しの嫉妬心からそんな事を口走ってしまった。
葉山ならきっと、こういう時こんなに迷わないのだろう。
爽やかにプレゼントを渡し、そして何事もなかったかのように去る事ができるのだろう。
きっとその事を馬鹿にされたりもしないのだ。
「こみゅりょく?」
「なんていうか、ほら、アイツ誰とでもすぐ仲良くなるだろ? 結構気軽に人のことも下の名前で呼ぶし、誰にでも話しかけてくるっていうか……」
意味が分からないと言いたげに首を傾げる戸塚に、俺は少しだけ早口でそうまくし立てていく。そうか、どちらかというと戸塚もアチラ側の人間だったか。
その事に気づいた俺はなんとかして、戸塚に理解を求めようと頭を回転させていくが、何を勘違いしたのか戸塚は何故か目を輝かせ俺の顔を覗き込み、とんでもない提案をしてきたのだった。
「じゃあさ、僕たちも下の名前で呼んでみない?」
「え?」
一瞬、戸塚が何を言っているのか分からず。俺の脳が完全にフリーズする。
え? どういうこと?
俺と戸塚が? 下の名前で?
今の話でなんでそういうことになるの?
「ほらほら、彩加って呼んでみて?」
目を白黒させ戸惑う俺だったが、戸塚はそんな俺のことなどお構いなしに「早く早く」と楽しげに催促をしてくるばかり。
これは……やらないとだめなやつか?
いや、でも……なんかそれって……特別な関係っぽくないですか?
え? いいの?
「ほら早く」
本人が希望してるしな……。
良い……んだよな?
「えっと……さ、彩加……?」
「なぁに八幡?」
八幡。
そう呼ばれた瞬間、まるで心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走った。
え? 何この感覚。
これが……恋?
「ねぇ、もう一回呼んで?」
「さ……彩加?」
「もう一回」
「彩加」
「もう一回」
お互いの名前を何度も何度も繰り返す。
一応言っておくが、ココは教室だ。
なのに、なんだ? まるで世界に二人だけしかいなくなったような錯覚にすら陥ってしまう。
俺もしかして戸塚と付き合ってる?
イベントどころか知らない間にフラグ回収してた?
『雨の日に早めに学校に来る』がルート分岐条件だったの?
もう、そういうことなら早く言ってよ。
ここのイベントスチルが埋まらなくてずっと困ってたんだ──って違う違う、何を考えているんだ俺は。戸塚は男、戸塚は男だ。騙されるな。
「……も、もういいだろ……“戸塚”」
「ふふ、なんだか改まって呼ばれると照れちゃうよね」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、戸塚はそう言うと口元に手をあてて可愛らしく笑みを浮かべてくる。その仕草はどこからどう見ても女子のそれだ。
いや、むしろなんで男なの? 致命的な表記バグなのでは? 修正パッチはまだですか?
やはり戸塚彩加が男なのはまちがっている。
「おはよう二人共何してるんだ……ってそれレポートか? 気付かなくてゴメン、俺もやるよ」
そうして、俺が戸塚の性別について本気で悩んでいると。
まるでそれを邪魔するかのように、爽やかイケメンが割って入ってきた。
くそぅ、せっかくの二人きりの時間が台無しだ。
違うな、むしろ助かったのかもしれない。
このまま戸塚と二人でいたらそれこそ戻ってこれなくなりそうだ。
「なんだか楽しそうだけど、何の話してたんだ?」
「ふふ、内緒。ねー八幡?」
「お、おう……?」
葉山の質問に戸塚はそう答えると首を横に倒し同意を求めてくるので、俺も同意の意を示す。
意味はわからんがトニカクカワイイ。本当にあのままだったら色々すっ飛ばして結婚してしまっていたかもしれない。
きっとそこから戸塚の隠されたエピソードが解放されるのだろう。うん。危なかった。
「仲間はずれとは酷いなぁ」
そんな俺達を見ながら、葉山はさして酷いと思っていなそうな顔でそう言うと、隣の席の椅子を借りて自分の席を確保する。
「とりあえず、レポート進めちゃおうよ」
「あ、うんそうだな」
そして、俺たちは三人で頭を突き合わせるような姿勢でレポートを進めていった。
由比ヶ浜は相変わらず三浦たちと楽しそうにお喋りをしている。
どうやら今日俺が早く来た意味はなかったようだ。
俺たちのレポートづくりはやがて平塚先生がやってきて朝のホームルームが始まるまで続いたのだった。
***
結局その後も、俺は由比ヶ浜にプレゼントを渡すことができないでいた。
こうして改めて由比ヶ浜のことを見ていると分かるのだが、由比ヶ浜はコミュ強で基本一人になるということがないのだ。
だからこそ、変に目立つようなことをして由比ヶ浜の株を下げるわけにもいかないというのもあり、俺はどんどん追い詰められていく。
そう、追い詰められている。もう時間がない。
気がつけば今日の授業は全て終わり、後は帰りのホームルームを残すのみとなっている、これが終われば由比ヶ浜は部活に行ってしまうだろう。
わざわざ部室まで押しかけてプレゼントを渡すというのもなんだかストーカーみたいだし、俺は俺で今日は川崎と打ち合わせの日だ。
できれば教室内で済ませてしまいたい。
そうこうしているうちに、ホームルームも終わり平塚先生が「今日は雨も強いから早めに帰れよー」と声をかけ、川崎が「先に行ってるから」という視線を俺に向け教室を出ていく。
もはや猶予はない、今渡さなければ二度と渡すことできなくなってしまうだろう。
いや、いっそ明日にしてしまうか?
そう思った瞬間、チャンスが訪れた。
「結衣ー、あんた今日誕生日でしょ?」
どうしたものかとソワソワと鞄に手を突っ込んでいると、俺より先に三浦がそう言って由比ヶ浜を呼び止めたのだ。
俺はその会話に聞き耳を立てながら、プレゼントの袋を握りしめタイミングを待つ。
「え? あ、うん。覚えててくれたんだ!?」
三浦に誕生日の話題を出されたことが嬉しかったのか、由比ヶ浜が子犬のように満面の笑顔を浮かべ三浦の元へと近づいていった。
もしかしたら本人も今日その話題が出なかったことにヤキモキしていたのかもしれない。
いっそ自分から話題を振ろうとしていた可能性すらある。
「とりあえずおめでと。はいこれプレゼント」
「うわー。ありがとう!」
三浦がポンとプレゼントらしき袋を由比ヶ浜に手渡すと、由比ヶ浜のそんな嬉しそうな声が教室中に響き渡った。
さすがクラスカースト上位の人間はやることが違う、こんな目立つ場所で直接渡すなんて、俺にはできそうもない。
実際「えー、由比ヶ浜さん今日誕生日なんだー?」なんていう声がチラホラと聞こえてくる。その声は由比ヶ浜にも届いており由比ヶ浜は恥ずかしそうに会釈を返していた。
「本当はファミレスとかで渡そうと思ったけど、あんたどうせ今日も部活でしょ?」
「あ、あはは。うん……ごめん。今日は絶対部活出るようにっていろはちゃんからも言われてるんだ……」
「別に謝らなくてもいいっつーの。あんたが部活頑張ってるのはもう知ってるし……好きにすれば」
「うん、ごめんね……ありがとう」
三浦の言葉に由比ヶ浜は申し訳無さそうに、でも嬉しそうにそう返すと、大切そうにプレゼントの包みを抱いていた。
さすがの三浦もそこまで喜ばれると思っていなかったのか、照れくさそうに頬を赤らめている。アオハルかもしれない。
「えっと、これは私から。どのカップリングが良かったか教えてね! 私としてはやっぱり王道の儀炭なんだけど!!」
「あ、あはは。ありがとう……」
そんな三浦の気持ちを察してか、間を埋めるように今度は海老名が由比ヶ浜にプレゼントを渡した、カップリングということは何かの本だろうか? やばい本じゃないだろうな……?
平塚先生に没収されないように気をつけろよ、バレたら高校生活が終わる可能性だってあるんだぞ。由比ヶ浜の。
「俺からはこれ」
「わぁ、ありがとう隼人くん!」
続けて、葉山が流れるような動作でプレゼントを手渡した。さすがイケメンである。
皆の前で何食わぬ顔で渡すことで、特別な感情はないと自然にアピールすることも忘れては居ない。こういうところはやはり見習いたいとも思う。
どうも俺は中学時代のトラウマもあり、力んでしまうからな……。
「なになに? がはまちゃん今日誕生日なん? 言ってくれればよかったのに。ちょっとまって俺ひとっぱしり購買でなんか買ってくるわ!」
「ええ!? とべっち気にしないでいいよ! 気持ちだけ貰っておくから……ってああ……」
どうやら葉山グループの中でも戸部だけは何も用意してなかったらしく、そういうとダッシュで教室をでていった。購買で一体何を買ってくるつもりなのだろうか。
売ってるのなんて精々菓子パンか文房具ぐらいだろうに。しかもほぼ無地だ。由比ヶ浜が喜ぶとも思えない。
だが、そうして戸部が教室から出ていくと、不思議なことに由比ヶ浜がチラチラと俺の方へと視線を送ってくるのが解った。
最初は戸部を追って教室の扉を見ているだけだと思ったのだが……いや、やっぱコレ俺の方見てるよな?
「あー、比企谷にも結衣の誕生日のこと教えておけばよかったな。悪い。俺のミスだ」
「う、ううん。気にしないで」
そんな由比ヶ浜と俺の反応に気がついたのか、葉山が俺をフォローするようにそう言うと、由比ヶ浜がシュンと肩を落としていく。
プレゼント貰えなくて落ち込むとか子供かよ……。
でも、これは千載一遇のチャンスだ。
葉山のありがたいフォローなど俺には必要ないのだから。
「いや、そのな……一応用意はしてあるんだが……」
「え!?」
「一色から誕生日の話は聞いてたんでな……」
驚く由比ヶ浜達を横目に、俺は鞄の中へと手をツッコむと目的のものを掴み取りそのまま由比ヶ浜達の方に移動した。
その距離はほんの数メートルにもみたないが、道中のすべてを悟ったような葉山の視線や、これから何が起きるのだろうと言うクラスの連中の好機の視線、そして由比ヶ浜の期待に満ちたキラキラとした視線が俺を襲い、その足取りを重くしていく。
いや、実際そんな期待されても困るんだけどな……。
「まあ、大したもんじゃないけど……」
「あ、ありがとう! 開けて良い?」
そうして、ようやく由比ヶ浜の前へとたどり着くと俺が少しどもりながら言うと、由比ヶ浜は大事そうに、そして嬉しそうにその袋を開け始めた。
まあ、一色からのお墨付きもあるので、嫌がられるようなものではないだろう。
少なくともこの場で顰蹙を買うようなものではないはずだ。
そう考えていた俺は少し照れくさかったというのもあり、由比ヶ浜から視線を逸らすと先程からニヤニヤと俺に視線を向ける葉山を睨み返していく。
だから、俺は一瞬反応が遅れ、気付くことが出来なかったのだ。
「わぁ……!」
由比ヶ浜が、俺のプレゼントした“犬の首輪”を自らの首にはめ嬉しそうに微笑んでいることに──。
「え、いや。それ……」
慌てて、俺はそれを外させようと手を伸ばす。
「へぇ、ヒキオにしては良い趣味してるじゃん」
しかし、俺が真実を告げるより早く三浦がそう言って俺のプレゼントを称賛したのだった。
それどころか、俺の手を遮るように立ち上がり、その犬の首輪を着けた由比ヶ浜に鏡を見せていく。
「うん、とても似合っているよ」
「え、えへへ。そうかな」
続けて葉山も余計な言葉を重ねて始めた。
え? いやちょっと待ってくれよ、お前ら本当何言ってるの?
それ犬の首輪だぞ? もしかして分かってて言ってる?
「首輪……お前は俺のものだぞってそういうコト? でもそれなら隼人くんにも送ってあげなきゃ! むしろ隼人くんから送ってもらわなきゃ! 主従カプモエェ!!」
海老名に関しては鼻血を拭きながらそんなことを叫んでくる。
本当に意味がわからない。
分かりたくもない。
「おっまたせー! って、なになに? 今度は何してんの?」
そうこうしているうちに、購買に行っていた戸部が帰ってきた。
手に持っているのは……いちご牛乳? まあ、今日は雨でコンビニ行かなかった奴らも多かっただろうから、購買で由比ヶ浜が喜びそうなものっていったらそれぐらいしかないかもな……。
とはいえ、こうなってくると戸部だけが救いだ……。頼む、真実を告げてくれ……!
「えーなになに、ガハマちゃんそれ超イケてんじゃんー!」
そんな俺の願いも虚しく。気がつけば戸部までもが由比ヶ浜の犬の首輪を褒め始めてしまった。
まずい、クラス内カースト上位がこぞって勘違いをしているという状況に、俺は思わず固まってしまう。
今、ここで俺が事実を告げたらどうなってしまうのだろう?
葉山が恥をかくのは別にどうでもいいが、
三浦や由比ヶ浜に恥をかかせたなんて知れれば、俺殺されるんじゃなかろうか?
「ヒッキーは……ど、どうかな……?」
そうこうしているうちに、一通り褒めてもらった由比ヶ浜が最後の確認と言わんばかりに自らの首に着けた犬用の首輪を見せながら、俺ににじり寄ってくる。
こうなってくると最早究極の選択だ。
ここで、真実を綴るのは簡単だが……。
あーもう! どうにでもなあれ!!
「い、いいんじゃない……?」
俺の言葉に由比ヶ浜は嬉しそうに頬を染め、笑った。
俺は悪魔に魂を売ったのだ。
あー……どうしよう。
バレたらバレタで怖そうだ……。うーむ……。
あ、そうだ、この後由比ヶ浜が部活にいくというのなら、後のことは一色に任せたらいいんじゃないの?
うんそうだ、そうしよう。
そうして後のことを一色に投げた俺は、そそくさと教室を後にし川崎の後を追ったのだった。
*
**
***
『すまん、弁明しといてくれ』
センパイから来たメッセージの意味が分からず、私はスマホを見て思わず首を傾げた。
今日は結衣先輩の誕生日。
お祝いをしようと部室内にはすでに軽いお茶菓子を用意し、気持ち程度の飾り付けも完了している。
できればセンパイ達も呼びたかったけれど。バイトだといわれたら仕方がない。
タイミング良く(悪く?)今日は雨というのもあるし、センパイ達には後日改めて集まってもらえばいいだろうと、私は先に付いていた雪乃先輩と一緒に部室で結衣先輩の到着を待っていた。
「やっはろー!」
それからしばらくして、いつもより少し遅い到着ながら、結衣先輩が上機嫌で部室の扉を開けてきた。
やはり誕生日だからだろうか? やけに機嫌が良さそうだ。
もしかしたら何かすごいプレゼントでも貰ったのかもしれない、そう思ったのと結衣先輩の首元に普段見慣れないチョーカーのようなアクセサリーがついていることに気が付いたのはほぼ同時だった。
「アレ? 結衣先輩それって……」
「えへへ、いいでしょ? ヒッキーに誕プレ貰っちゃった♪」
なるほど、そういうことかとその時私は先程センパイから貰ったメッセージの意味を理解した。
はぁ……全く……面倒なことを……。
まあ、そのまま付けてて貰うのも面白そうだけど……。
さすがに先輩だし、可哀想だよね。
さて、どう真実を切り出したものか……。
「それ、サイズはあっているのかしら? なんだか少しキツいようにも見えるのだけれど……?」
「全然大丈夫! ヒッキーがせっかく選んでくれたんだし、私がちょっと太っちゃっただけだから。ダイエットするし! うん!」
そんな事を考えていると雪乃先輩が鋭くそう指摘してきた。
鋭い、さすがは雪乃先輩だ。サイズが合っているはずがないのである。
そう、私は結衣先輩が貰ったそのプレゼントの正体を知っていた。
というか、いくつかあるデザインの中から、最終選考までそのデザインを残したのは私の功績でもあるのだから。
一応、センパイが選んだほうが喜ぶと思ったから最後の選択には口出しをしていないけどね……。
それでも、そのデザインに見覚えはあるし、それが何なのかはよく理解している。
恐らくこのままそれを着用していれば、そのうち結衣先輩は恥をかくことになるだろう。
だから、私はスゥと一度息を吸ってから親切心で真実を教えてあげることにした。
「いや、ダイエットとかの問題じゃないですよ、それワンちゃん用の首輪ですよ?」
「へ?」
私の言葉に、機嫌よくその場でくるくる回っていた結衣先輩がピタリと止まり、目を大きく見開いていく。
それはもうギャグ漫画みたいな間抜けな表情だ。
ちょっと面白い。どうせならカメラアプリ起動しておくんだった。
「う、嘘だよ! ヒッキーそんなこと一言も……」
「そうやって嬉しそうにしてるから言い出せなかったんじゃないですか? 私、先週一緒に買いに行ったから間違いないですもん、確かその時結衣先輩もセンパイと会ったんですよね? それでワンちゃんの首輪壊しちゃったって聞いてますけど?」
「え、あ、それは……」
「それの代わりになればってセンパイ言ってましたよ? 出来るだけ壊れにくい奴探したので、伸縮性がある分多少引っ張っても大丈夫になってるんだと思うんですけど……」
私の言葉に心当たりがあったのか、結衣先輩は「え? え?」と困惑の表情を浮かべ取り乱したようにその首輪を確認しようと首輪を引っ張っていく。
でも、当然自分の首に巻き付けてある首輪を自分で見ることなんて出来ないので、私は仕方なくスマホのインカメラで結衣先輩の首輪が見えるように肩を並べ自撮りをするようなポーズで状況を確認させてあげた。
「ほらここ、小さくてよくわからないかもしれないですけど、小さくMDFって書いてあるの分かりますか? 結衣先輩が飼ってるワンちゃんってミニチュアダックスフントなんですよね?
「っ……!?」
首輪をひっくり返してその裏に書かれている小さな文字を見ると、結衣先輩の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
やがて、結衣先輩はブチッと引きちぎるような勢いでそれを外すと、スゥゥっと大きく息を吸い込み、思い切り叫んだ。
「ヒ、ヒッキーの……バカァァァ!!!」
その叫びがセンパイのところまで届いたかどうか定かではないが、結衣先輩はぜぇはぁと肩を怒らせながら私の方へと振り返る。
いや、私悪くないですよ?
「わ、私のせいじゃないですよ?」
「まぁ……ちゃんと伝えなかった比企谷くんも悪いわね……」
全く、センパイ何してるんだか……。
というか、よく入りましたね?
多少調整出来るとはいえ、犬用の、それも小型犬用の首輪を違和感なく着けられる結衣先輩……恐るべし。
私……入るかな……入るよね?
ふと心配になった私は、自分の首にそっと手を当て、その日雪乃先輩が持ってきてくれたケーキを半分以上残し持って帰ることにしたのだった。
***
「へっくしっ!」
川崎と打ち合わせの最中、俺は突然鼻のむず痒さに襲われ、飲んでいたコーヒーを吹き出すようなくしゃみをしてしまった。
一応直撃は免れたものの、正面に座っていた川崎が不快そうな顔で俺を睨みつけてくる。
こいつに睨まれると悪いことして無くても謝らなければいけない気持ちになってしまうのは何故だろう。いや、まあ今回は悪いと思ってるけどさ……。
「ちょっと、汚いじゃん」
「わ、悪い」
俺は慌てて吹き出したコーヒーを備え付きの紙ナプキンで拭き、考える。
別に風邪を引いたわけでもないと思うのだが……誰か噂でもしてるんだろうか?
小町かな?
※いろはすは余裕で入ります。ゆきのんも入る。静ちゃんは多分ギリ入らないです(多分)
とりあえず今回でまた一区切り付いたので
次回からまた別パートが始まる予定です、ここまで長かった……。
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