今日もオフィスの片隅で   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

2 / 4
昔書いては放置してたシリーズその2


【コメディ】CASE2.五十嵐響子

 プロデューサーは今日も今日とて千川と事務所で仕事をしている。

 そもそもプロデューサーの仕事とは、こと彼に限ってはスタジオかオフィスにいる事が多い。

 元々彼は美城系列のTV番組制作会社でディレクターをやっており、その手腕を買われて当時の常務に引き抜かれたという経緯がある。

 なので例えばマーケティングの一環で動画サイトにアイドルの宣伝動画を投稿する際に彼が演出と編集を行う事が多いのだ。

 それほどにディレクターと言う仕事は何でも屋だったのだ。

 

 因みに今日の彼は、来週末に北関東の海沿いの公園で開かれる夏フェスにサプライズで登場する美城プロのアイドルのセットリストを纏めている所だ。

 夏フェスにアイドルというのは本来はあまり毛色の合わない舞台なのだが、昨今はロックやポップスの境界があいまいになっており、違和感も随分減っただろう。

 

 しかし現在の時刻は20:30を回った所。

 当然二人は残業だ。とは言え珍しくも無い光景だが。

 だが流石に疲労を感じたのか、PはPCを閉じると立ち上がり、派手に伸びをした。

 

「んっ……んんんんんんっ!! はぁ……コーヒーでも淹れるかな。ちひろさんも飲むかい?」

「はいっ、お願いします! あっ、お砂糖を2つ入れて欲しいです」

「一応ネルで落とすからインスタントじゃないけど入れるのかい?」

「え、面倒じゃないです?」

「あー……煮詰まったから気分転換も兼ねてって奴で」

「ならブラックでいいですっ!」

「かしこまりました、お嬢様」

「キャー!!」

 

 お道化て執事を気取るプロデューサーに黄色い悲鳴の千川。

 この状態になる二人は色々と末期だ。

 主にイベントの直前などは特に。

 

 因みに強面で冷たい印象のある彼らの直属の上司、美城専務が、顔を引きつらせて”君たちもちゃんと休むんだぞ? ほら予算をだしてやるから、とりあえずは酒でも飲むがいい”と震え声で気づかったほどだ。

 それ程に追い込まれた二人の醸す雰囲気は恐ろしい。

 

 給湯室に向かったプロデューサーは、彼が持ち込んだ道具を使って準備を始める。

 湯を沸かしてケトルに移し、その間に豆をミルで挽いた。

 それを二人分ネルに移すと、きちんと蒸らしを入れつつゆっくりとコーヒーを落とす。

 後は飲み口が均等になる様に交互にカップへ入れ、千川が待つオフィスに戻った。

 

「はいちひろさん。熱いから気をつけて」

「ありがとうございますプロデューサーさん! ああーこの匂い最高ですね。淹れたてのコーヒーを飲める最初の瞬間がたまりませんね」

「ま、それには同意しますが、何だかビールの一口目が最高ってのと似てますね」

「あはは、確かに!」

 

 そんな風に二人は談笑しつつ、いまだけは仕事を忘れてコーヒーブレイクと洒落こんだ。

 プロデューサーはふと思い出し、デスクの中から茶菓子を取り出す。

 これは先日、彼の担当の一人でもある三村かな子が撮影で伺った店で気に入り、彼へのお土産として買ってきてくれたマカロンだ。

 然して美味いと言える程でも無いが、食感が気持ちがいい甘い砂糖菓子。

 ────疲れている時には染みるなぁ。

 二人は顔を見合わせ笑った。

 

「あ、そう言えばプロデューサーさん」

「ん? どうしました」

 

 その時千川が何かを思い出したかのように顔を上げた。

 ただ満面の笑みを見て、彼は”ああ、またいつものだ”と覚悟をする。

 

「ふふふ……今日のプロデューサーさんのランチ、とっても! おいしそうでしたねっ!」

「ああ、五十嵐が作ってきた弁当ですね」

 

 見れば彼のデスクの傍らに、ウサギ……の様な模様のついたピンク色の弁当箱があった。

 今日は一日ドラマの撮影の五十嵐響子だが、朝早くにオフィスに来ると弁当を置いていったのだ。

 五十嵐響子は家族の多い家庭で育ち、幼い頃から家族の世話をしていた事で、趣味が家事と言い切る程である。

 

「愛妻弁当かなぁ? このこのっ!」

 

 やはりいつものノリであった。

 ニヤニヤしながら弁当箱を指さす千川に呆れた顔のプロデューサー。

 

「何が悲しくてティーンエイジャーと結婚せないかんのですか」

「え、でも最近じゃ珍しくも無いでしょう? 歳の差婚なんて」

「ま、そりゃね。星座が一回り以上違っても、50歳と38歳じゃ違和感とか無いでしょうけどね」

「その通りです! だから問題は無いんじゃないですか?」

「ちひろさん、恋バナは佐藤とでもしてなさいよ……」

 

 殺すぞ☆ という幻聴が彼を襲う。

 

「フフーン、誰とは言いませんが、皆さんプロデューサーさんの私生活を知りたがってるんですよっ! 勿論私もですっ!」

「輿水みたいなドヤ顔やめなさいな。でも俺の私生活なんて地味ですよ?」

「うっそだー! プロデューサーさんは服とか小物とかもお洒落ですし、一切生活感感じないんですけど」

「またグイグイ来ますねえ……」

「それに、今日は響子ちゃんでしたけど、昨日はまゆちゃんの弁当でしょう? 完全に幼な妻ハーレム物語じゃないですか! 因みに明日はゆかりちゃんの日ですし」

 

 実際彼は複数のアイドル達から弁当を貰い、外食をする事はほとんどない。

 特にいま千川が挙げたアイドル達は特に熱心だ。

 

「エロゲのタイトルみたいに言わんでください。食わないと泣きそうな顔をするんだから食いますよそりゃ。Pが担当アイドルの士気下げてどうするんですか」

「えー……でもでも、”五十嵐、この煮物いいじゃないか。いつもありがとうな”って言ったとき、響子ちゃん耳まで真っ赤にしながら”Pさんのためですっ!”って言ってましたよ?」

「そりゃね、こっちも理解してますよ。尊敬だけじゃない気持ちが含まれているって。でも俺はプロデューサーですからね? ボールは受け止めても投げ返したりはしませんよ」

「あ、相変わらず手ごわいです」

 

 当たり前だろと溜息をつくプロデューサー。

 だが急に彼のスイッチが入った。

 

「まあ五十嵐はいい奥さんになるなってのは間違いないですけどね。年齢がアレだってだけで。もし俺が結婚するとしたら、うん、選ぶのは間違いなく五十嵐ですよ。あのスレンダーながらメリハリのあるボディラインは至高ですし、妻となれば夫を常に立てる古き良き日本の貞淑な女性像を披露してくれることでしょうね。家に帰ればいつも暖かい食事が待っていて、残業で遅くなったとしても、必ず笑顔で出迎えてくれる、そんな気がします。それでも五十嵐は寂しがり屋な所がありますからね、言葉の節々に寂しさを匂わせて来たりなんかして、多分五十嵐の夫になる男は倦怠期なんて言葉を知らずに済むでしょう。家事が趣味ってのは間違いじゃあないですが、あれは一種の代償行為ですよ。与える事ばかりで貰う事になれていないからこその。だがそれがいいと思う男も多いでしょうが」

 

 一気に語り終えたプロデューサーは冷えてしまったコーヒーで喉を潤し、そして満足気に笑った。

 だが千川が悪魔めいた笑みで彼の後ろを指さす。

 それにつられて彼が振り返ると、そこには件の五十嵐響子が真っ赤な顔で立っていた。

 

「あ、あの、ぷ、ププ、プロデューサーっ! えっと、お弁当箱を持って帰ろうかなーっと……えへへ……」

「おう五十嵐ご苦労さん。撮影は無事か? ってお前なら問題無いか。ちひろさん、ちょっと五十嵐を寮まで送っていくので先に出ます。鍵おねがいしていいですか?」

「あ、あはは、相変わらずマイペースですね……ええ、私がセキュリティかけていきますんでお気にせずに」

「んじゃ五十嵐、車だすから行くぞ。弁当美味かったぞ」

「は、ははい! く、車乗ります!」

「変な奴だな? じゃちひろさんお疲れ様です」

 

 そうしてガチガチの五十嵐を乗せて帰宅したプロデューサー。

 撮影でまだ夕食をとっていない五十嵐の為に寄ったレストランで、彼はとんかつ定食を頼み、彼女はハンバーグセットを頼んだ。

 

 気になる相手と二人きりでディナー。

 これはもうデートなのでは?!

 一気に頭が沸騰した五十嵐は、あまりの混乱にいかにハンバーグとは素晴らしい料理かと小一時間語り始め、そのディティールに感心したプロデューサーがティンと来た結果、産まれた楽曲が「恋のHamburg」である。

 むろん売れた。




これは供養です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。