殺戮のオルガ   作:オルガスキー

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殺戮のオルガ 第13話

B2Fでザックと別れた後、その先の扉を開けたレイチェル、三日月、オルガの三人はレンガで敷き詰められた通路を歩いて進む。

 

(ダニー先生を探して薬を手に入れないと)

 

そう意気込むレイチェルにオルガが励ましの言葉を送った。

 

「どっちにしても、ここからはアンタ次第だ。頑張りな」

「うん」

 

その言葉によりいっそう気を引き締めたレイチェルが頷き、仲間たちの想いを背負わんとした時だった。

桃色の煙がまた漂い始め、レイチェルは驚いて足を止めたのと同時にビィィィィィ……と大きな音が鳴り響いた。

 

「ぐぅっ!……る……っせえ……」

 

「うるさいな……コレ」

 

「うるさい……頭が……痛い……」

 

音の正体は──オルガン。通路を抜けた先の、教会の大聖堂のような場所に出た三人の目の前にあったのはオルガンだった。

そのオルガンは人間に頭痛を残す程の大音量。三人の頭に響く音の大きさは異常だった。

 

そのけたたましい音に耐え切れなくなったオルガは頭から倒れて希望の華を咲かせる。

同様に音に耐えきれぬ三日月も両耳を塞がずにはいられなかった。

 

そして、三日月とオルガですら苦痛を感じる程大きな音をレイチェルが耐えられるはずもなく、頭が割れそうな痛みに襲われながらレイチェルは膝をついて動けなくなってしまった。

 

(二人とも、動けない……私、どうすれば……)

 

冷静な判断が出来なくなり、体から冷や汗をドッと噴き出して震えだした時。

パタン、と小さな乾いた音がした。

その音とともに桃色の煙とオルガンの騒音も止んだ。

 

「どうしたのかね?レイチェル・ガードナー」

 

音を止めたのか、それとも音が偶然止まった途端に出てきただけなのか。グレイが目の前に立ってレイチェルを見下ろしていた。

レイチェルはそんなグレイを見て、警戒心を強め、ナイフを固く握りしめる。

 

「ザックはどうしたのかね?捨て置いたか」

 

そのグレイの質問はザックが行動できない程にダメージを負っていると言う事の有無を聞かれている。

そのことを悟られ、ザックを探され、そしてトドメを刺されてはここまで来た意味がない。

オルガはどちらとも言えない回答を残し、そこから会話の内容を脱線させると同時に仲間を守るためにもダニーの所在を聞く。

 

「ザックはここへは来ねぇ……。んなことより……マクギリスは一緒か?」

 

「彼は姿を見せたが、今どこにいるかは……」

 

グレイはそれに引っ掛かったのか、あるいは気づいていながらそれに乗ったのかは不明ながらもオルガの質問にそう答えた。

 

しかし──

 

「嘘をつかないで!」

 

レイチェルはグレイの言葉を信じて行動してもそれが上手く行かなかったり、無駄な時間を過ごしただけだったりと散々な目に遭っていた。

故にグレイの言葉を信用できず、レイチェルは敵意を剥き出しにしてグレイを睨みつけていた。

 

「いやお嬢さん、コイツ……嘘は言ってねぇぞ」

 

「オルガ・イツカの言う通り、嘘ではない。ただ、彼は少し勝手が過ぎたのでな。私がいくつか薬を取り上げている」

 

「嘘は言ってねぇにしろ、なんか引っかかるな……」

 

このフロアにいるのかすら怪しいダニーを探してどうにかして薬を手に入れるか、はたまた今この場にいるグレイから薬を貰うか。

どちらを選ぶ方がザックの傷を治すための近道となるかと聞かれれば、誰が考えても前者を選択するのは当然の心理。

しかし、警戒するレイチェルは前者を選択したがらない。

後者を選択するためにレイチェルは強引な手に出る。ナイフを両手で握りしめ、震えながらもグレイに向けた。

 

「ダメだよレイ、それは……」

 

「おいお嬢さん、アンタは何をやろうとしてるんだ!?」

 

「薬を出して……」

 

三日月とオルガの言葉も聞かず、レイチェルはグレイから薬を奪うことだけを考えてナイフを向けていた。

レイチェルの行動は要約すれば、「死にたくなければザックを治せるだけの薬を寄越せ」つまり単なる脅しでしかなかった。

 

「己が欠けさせたザックのナイフを私に向けるか、レイチェル・ガードナー」

 

グレイはナイフを握るレイチェルの右腕を掴み、そのままレイチェルごと持ちあげてナイフから手を離させる。

 

「その心は、神に望まれたもうと偽りにまみれている。我が天使たちをたぶらかした、魔女なのであろぉぉぉっ!」

 

グレイの言葉に納得が行くか、と言われてもすぐに納得する者がいるわけではない。

 

「そんなのはわかんないよ。天使だとか、魔女だとか……けど、俺もレイもオルガも人間だってことに変わりはない」

 

三日月が横から口をはさみ、真剣な眼差しでグレイを見た。

グレイはその三日月の目を見てから、レイチェルを離して両腕を組んだ。

 

「そうか……ならば、今から君を裁判にかけよう!」

 

グレイがそう言い放った直後、三人の視点は途端に切り替わった。

教会の大聖堂のような場所にいたはずの三人は、何故か裁判所のような場所に立っており、レイチェルは被告人の位置となっていた。

 

「これより魔女裁判を開廷する!君は、我が天使たちを誑かす魔女である疑いがかかっている!」

 

グレイが裁判長の位置に立ち、全体をぐるりと見まわしながらそう言った。

そして、木槌を叩き、こう叫ぶ。

 

「さぁ、この者について証言を述べる者はいるか!」

 

直後に射影機に映された映像と白い煙と共に、声をあげて出てきた者がいた。

その者の声を聴いただけで三日月は目を見開き、拳銃に手をかけていた。

 

「ハァイ!ここにおりますわ。この立派な罪人が、どれだけ酷い女か……証言いたしまぁす」

 

最初に出てきた女は鉄華団にとって最も憎悪を抱いた、キャサリン・ワード。

 

「じゃあ、僕だって()()()の素敵な所……沢山証言できるよ?」

 

次に出てきたバエル好きの少年は、エドワード・メイソン。

 

「運命か……本当の()()()を証言できるのは、僕しかいないようだね。レイチェル!僕は()()()の味方だ!」

 

最後に出てきたのはただ単に狂っている青年、ダニエル・ディケンズ。(またの名をマクギリス・ファリド)

 

「こいつらは……っ!」

 

いずれもザックが手にかけて殺した人物であり、ダニーはともかくキャシーとエディの二名は確実に死亡したはずだった。

 

なのにも関わらず、生きているように平気で彼女らはこの裁判に出て来ていた。

 

「証言するのは誰かね?」

 

「神父様ぁ、是非……私から!」

 

「ではキャサリン・ワード。証言をしなさい」

 

グレイが木槌を叩くとスポットライトのようなものがレイチェルとキャシーを中心にして当たり出す。

証言をするキャシーとレイチェルのみが真ん中に立っており、オルガたちを含むその他大勢達は遠ざかった場所に立たされていた。

 

「ではお聞きくださぁい、お集りの皆さま!ここにいるのは……」

 

「今日はとことん飲み行くぞー!」

 

「「「おー!」」」

 

キャシーが証言している間に、何故かオルガは人形たちと酌み交わしていた。

人形を懐柔させて何の意味があるんだよ、とツッコミたい衝動に狩られていた三日月だが、そこは押し殺して火星ヤシを噛み砕いていた。

 

「正真正銘の、魔女でございます。皆さまぁ、これをご覧ください」

 

オルガが人形たちと勝手に酌み交わしている間、キャシーは淡々と証言を続けた。

そして射影機でレイチェルとザックたちが交わしたやり取りを見せた。

 

『ザック、言う通りにして』

 

「この女は、ザックを道具のように使ったのよ?酷い女でしょう?」

 

「そんな感じには見えないよ?」

 

キャシーが「レイチェルがいかに魔女であるか……」と言うのを語りだしたが、エディが勝手にキャシーの言葉へ反論する。

そんな二人を見て、ダニーは少々笑いながら言い放った。

 

「それにしてもまだ生きていたとは……愚かにもほどがある」

 

それにオルガが反論する。

 

「背中から鎌貫通して生きてるお前だけには言われたくないだろ」

 

そして、オルガもキャシーにこう言った。

 

「っつーか……ホンット上から目線だよな、オバサン」

 

そんな風に口々に話している彼らに苛立ちを覚えたキャシーは目を見開き、表情を一変させた。

取り繕ったような嘘の優しさを感じさせる表情から、怒りと憎悪に歪んだ表情になり──

 

「アンタたちはッ!黙ってなさいよっ!」

 

「ぶっ……ぐ……ああっ……」

 

大声で叫びながらオルガを殴り倒したと同時に、威圧してエディまで黙らせていた。

勿論オルガは希望の華を咲かせ、無様なまでに倒れた。

 

「だからよ……歳気にしてる奴におばさんとか言うんじゃねえぞ……」

 

「くっくっく……っふ……はっはっはっはっはっはっは!」

 

「別に面白くないよ」

 

ダニーはオルガが無様に死んでいる姿を見て気分が晴れたのかその場で大笑い。

三日月は何が面白いんだろうか、と思いながらもザックの部屋にあったシリアルを食べながら呟いた。

 

「アンタたちねぇぇぇ……」

 

「静粛に」

 

そんな三日月とダニーにも怒りだしたキャシー。今にも彼らに掴みかかりそうな一触即発な空気だった。

……が、カンッ!と高い音で木槌を鳴らしてグレイがその場を沈めた。

 

「それではキャサリン・ワード……どうして欲しいのだ?」

 

「この女は魔女です……故に、【水攻めの刑】を、希望しまぁす!」

 

目を極限まで見開いたキャシーは声高らかに言い放った。

その言葉を承諾したのか、グレイはもう一度木槌を叩くとレイチェルの足元から巨大な竜巻のような水が噴き出した。

 

「どわっ!」

 

「オルガ!?」

 

当然ながらレイチェルの近くで倒れていたオルガも巻き添えを食らい、吹き飛ばされる。

三日月はまたオルガが希望の華を咲かせないか、と思いつつ声をかけるもオルガはもちろん五体満足の状態だった。

 

「さぁ叫びなさい!恐怖に慄いた叫びを……」

 

「ヴウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

オルガはキャシーが言いかけた所で、その場に響き渡るどんな音よりも大きく叫んだ。

先程吹き飛ばされた際に足元がグラついて水の竜巻に足を巻き込まれてしまったオルガはそのままグルグルグルグル……と高速回転する水に吸い込まれるように引きずられ、レイチェルの浴びていた水攻めを食らい────希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……水使うときは……安全確認怠んじゃねえぞ……」

 

オルガが叫びながら死んでいった中、レイチェルは声一つ上げずただただ水の流れに逆らうことなく水の中にいた。

 

「どうしたのぉ?怖いでしょう。我慢しないで助けを請いなさいよ!」

 

「……ッ!泣き叫びなさいよ!この魔女ォッ!」

 

キャシーの言葉にも何一つ反応せず、レイチェルはどこを見つめているかもわからないような瞳をしていた。

 

──まるで、何も考えていないかのように。

 

その反応を見てキャシーは怒りだし、レイチェルへと言葉を浴びせるが何も効果はなく──

 

木槌がカンッ!と音を立てたと同時に告げられた。

 

「そこまでだ!」

 

グレイの一声で水攻めにあっていたオルガは投げ出され、三日月に丁度良いタイミングでキャッチされる。

それと同時に、レイチェルも渦のような自ら解放され、二人を閉じ込めていた水は血のように真っ赤に染まってからは拡散して消えていった。

 

「下がりたまえ!」

 

「あの女はまだ……」

 

「次の証言者、エドワード・メイソン。お前はこの者の罪を証言できるか?」

 

「うん、神父様。僕出来るよ」

 

「では始めたまえ」

 

刑罰が途中で終わったことに不満を抱いてグレイに抗議するキャシーだが、グレイはその言葉を遮るようにエディへと権利を移す。

エディがレイチェルへの証言をマスクの奥で笑みを浮かべながら始めようとすると、エディへと光が当たりキャシーは砂のように散って消滅した。

そこからエディの証言は始まり、エディはグレイの方から人形たちの方に向き直って両手を広げた。

 

「えっとね、()()()は凄く可愛いよ!僕が一番好きな声をしてる。それにね、()()()は僕と似ているんだ!あと、()()()は……」

 

その後も、エディはレイチェルへの証言ではなく完全にバエルの宣伝をしていた。

完全に趣旨の違う発言を続けており、キャシーの証言の方が数十倍マシに感じたグレイは木槌を数回鳴らす。

 

「ここまでだ!」

 

グレイの一声で語っていたエディの声は止まり、エディはグレイの方に向き直った。

彼のマスクや腹部はいつの間にか血で染まっており、レイチェルはその光景だけに目を奪われた。

 

「お前は魔女に心を惑わされているな?エドワード・メイソン……」

 

「心っつーか頭じゃねえか?」

 

「ち、ちがっ……僕は……」

 

グレイの言葉が図星な上にオルガの言葉が辛辣、それは少年であり未熟な精神の持ち主であるエディの心を抉るには十分だった。

 

「魔女を受け入れようとする心、魔女に恐怖する姿が透けて見えている!」

 

「つまりはバエル馬鹿じゃねえか……」

 

グレイの説明がイマイチピンと来ないオルガは、エディがどういう人物なのかを改めて再確認した。

その一方で三日月は何一つピンと来ていなかったため、エディ=馬鹿と言う認識だけしてポケットからヤシを取り出して食べていた。

 

「次の証言者、ダニエル・ディケンズ!」

 

「待たせたね。ここからが、私の出番だ……」

 

「ダニー!お前は証言をする意思はあるのか?」

 

先程のエディが証言どころかバエルの宣伝しかしていなかったために少し心配したグレイはダニーに質問を投げかけた。

また、ダニーがまともにレイチェルの事を証言出来るかどうかについてはグレイだけでなく、オルガや三日月も心配していたのである。

 

「ああ、神父様。勿論……だって誰もまともにバエルのことを証言出来ていないんだからね。」

 

「コイツは……やっぱバエル馬鹿じゃねえか……」

 

「俺には、かつて力が必要だった……そんな時、彼女と出会えた。今思い返せばあの時……まるで、アグニカ・カイエルの伝説の一場面のようだったよ。

そして見つけた……今、この世界で最高の力の象徴、ギャラルホルンのトップ……アグニカ・カイエル。

その心理を―」

 

「おいマクギリス……ギャラルホルンだと?まさかアンタ、俺らを結局は罠にかけるつもりで……」

 

ダニーがくどくどくどくど……とバエルやらアグニカを混ぜながらレイチェルのことを語るが、グレイは最早呆れを通り越していた。

 

魔女裁判を改訂したのにも関わらず、バエルバエルと騒ぐ馬鹿二人……更にはその裁判中でも遠慮なく発言をするオルガ。

 

グレイは木槌をカンッカンッカンッ……と三度叩き、今にもダニーへと掴みかかりそうなオルガを一度沈める。

 

「静粛に……証言はそれだけか?」

 

「革命は終わっていない!」

 

「何?」

 

「諸君らの気高い理想は、決して絶やしてはならない!アグニカ・カイエルの意思は、常に我々と共にある!」

 

ダニーはいつの間にか金色の剣を二本、両腕に持って演説をするかのように両腕を広げた。

そのままアグニカ、アグニカと語ったところで──

 

「ギャラルホルンの真理はここだ……皆!バエルの元に集え!」

 

ダニーが右手に握っていた金色の剣を天に掲げ、頭上に当たっていた光に当ててそれを反射。

キラリ、と光った金色の剣は観衆たちであった人形に響いたのか、人形たちからは──

 

「バエルだ!」

 

「アグニカ・カイエルの魂!」

 

……などという歓声が響き、オルガが飼いならした影響よりもダニーの語るアグニカ論に捕らわれていた。

 

「そうだ……ギャラルホルンの正義は、我々にあるぅぅぅぅぅっ!」

 

観衆の内の人形からそのような声が聞こえると、人形が全て「おーっ!」と歓声を上げていた。

しかし、その煩さは裁判をするこの場所にとってあまりにも場違いな物でありグレイはまた木槌を三度叩き、怒りを込めず何度目かわからずとも冷静に言い放った。

 

「静粛に」

 

「バエルはいい……バエルは最高だよ、バエルこそが!唯一絶対の力を持ち、その頂点に……」

 

「もうよい!それ以上バエルバエルと騒ぐな!聞く必要などはない!証人は退場するがいい!」

 

「バエルを持つ私の言葉に背くとは……いいだろう。受けて立つ……」

 

ダニーは受けて立つ、と言いながらもグレイに背を向けて歩き出した。

 

「それと、レイチェル。君はここで死ぬべき人ではない……革命の乙女たるその身を大切にすると良い。君は人々の希望になれる。さらばだ……鉄華団」

 

そしてレイチェルに謎の言葉を述べて去っていくが、レイチェルには何を言っているかが全く理解できなかった。

いつも自身に理解できるように言うダニーが、狂気的な笑みを浮かべて狂気的なことを言う。

レイチェルはあまりのダニーの狂気さに戦評して目を見開いて固まっていた。

 

「レイチェル・ガードナー。君の判決が出た、あの者達の証言を聞いただろう。判決を下す……レイチェル・ガードナーは魔女であr……」

 

「それを決めるのはお前じゃないんだよ……」

 

「やっちまえ!ミカァァァッ!」

 

何一つまともな証言が起こされず、ただ単にグレイの単独でレイチェルに判決が言い渡される。

それは理不尽なんてものではなく、独裁とも呼べるまでの最低最悪の裁判……

証人の悪さがその原因を作り上げた、とも言う事は出来ても、根本たる”それ”はグレイ。

三日月やオルガは、以前大人に理不尽な手どころか独裁にも等しい理由で無理な仕事や暴力を加えられてきた。

同じ立場にあった少女を黙って見過ごすわけもなく、三日月は拳銃を取り出してグレイに向けて三発発砲した。

パンパンパン……と乾いた音が響き、グレイの開いた幻の魔女裁判は消えていた。

 

「……何故、目覚めた」

 

「言ったハズだぜ……立ち塞がる敵は全部ぶっ潰す、そうだろ……ミカ」

 

「そうか……そう考えることを選んでしまったのか。

それが間違いであろうと、嘘で塗り固めたものであろうと……」

 

「ゴチャゴチャとうるさいな」

 

「早く薬を頂戴」

 

考えなどどうだっていい。ただ単に自身の邪魔をする者ならば消す。

それが茨であろうと邪であろうと修羅の道であろうと、レイチェルたちはその道から変更するなどの選択肢は持っていなかった。

自身らが進むためなら、なんであろうとただただ潰して理想の道を歩むだけ。

その訴えかけてくる死んだ目は、グレイを畏怖させて脅すのには十二分だった。

 

「ついてきなさい」

 

グレイに案内され、三人はグレイが保管している薬をザックに必要な分、として造血剤、止血剤、消毒液……等々を運び出した。

薬を受け取ってからは実にスムーズに動き出し、三人はザックの元へと走り出した。

意識を失っているザックを見つけ、レイチェルたちはすぐさまザックの腹部へと薬をかけた。

 

「ぅっ……ぅぅぅ……」

 

「あ、ザック……目が覚めたの?」

 

「ぁぁ……お前、無事だったのかよ」

 

「うん」

 

「何がうんだよ……それにミカじゃねえよ……」

 

レイチェルがザックの腹に薬をかけ、傷口によく馴染ませている時にザックはレイチェルの安否確認。

しかしレイチェルが答える前に三日月が答えてしまい、ザックはあきれた様子で三日月を見ていた。

 

「まぁ、いい……よわっちぃお前が薬を持って帰ってきたことは……褒めてやるよ……」

 

褒めてやる、その言葉が少し嬉しかったのかオルガは口角が吊り上がっていた。

そんな風に笑うオルガの事は目に入らなかったのか、気にしてもいなかったのかレイチェルが赤い糸を針に通してナイフで切っている最中に自身の疑問をぶつけた。

 

「でもな、……ここまでする必要はねぇだろ。そこまでして、お前らが俺を助ける理由ってのはなんなんだよ……」

 

そのザックの疑問に三日月とオルガが即答する。

 

「そんなの決まってるでしょ」

 

「俺らは、鉄華団は離れちゃいけねぇんだ」

 

その言葉に照れるザック。

 

「んなっ……なぁに気持ち悪いこと言ってんだテメー……」

 

「何とでも言えよ」

 

「ま、いいけどよ……」

 

男三人は笑みを浮かべながら信頼したやり取りを続けており、その会話に入ることが出来ず、薬を縫ったり針に糸を通したりしているだけのレイチェル。

彼女は自分だけザックの手当てをしており、二人は何かをしているわけでもなくザックの質問に答えるだけ……。

それが羨ましかったのか、レイチェルはわざと針をオルガの太もも──大動脈にブスリ、と刺した。

 

「ぐぅっ!」

 

たかが針とは言えど大動脈に刺さり、体が弱く死にやすいオルガはあっと言う間もなく倒れ、希望の華を咲かせた。

 

「流石に平気かと思ってた」

 

「ホンット馬鹿だなお前……」

 

「だからよ……鋭利なもんは動脈に刺すんじゃねえぞ……」

 

オルガが団長命令をしている内に、レイチェルは今度こそ針をザックの体に刺した。

赤い糸で傷口を縫い合わせ、これ以上出血しないように包帯を巻きつけて傷口を封じる。

 

「出来た……」

「まぁ、なかなかうめぇじゃねーか」

「私……お裁縫、得意だから……」

「すごいな……」

「よーし、ザックの傷も治ったし、張り切って行くぞー!」

「上に上がるエレベーターをまだ見つけてない」

「んなもん探せばいいだろ」

「そうだね」

 

そして数分後、B1Fへと上がるエレベーターを見つけた四人はエレベーターに乗り込んだ。

 

エレベーターが動いている間、レイチェルが最初に口を開く。

 

「ねえザック、聞いていい?」

 

「聞いていいって、何をだよ」

 

「ザックはまだ、ちゃんとここから出たい?」

 

「あー?何言ってんだ、当たり前だろ」

 

レイチェルの唐突な質問に、ザックは「なんで急に聞くんだよ……」と零しながらも応えた。

ザックの質問の答えを知っていたかのようにレイチェルは少し項垂れながらも感情のないその顔で呟いた。

 

「……そうだよね」

 

「言っとくが、俺の言葉に嘘なんざ何一つねぇぞ」

 

「嘘……か」

 

「俺らはアンタとは違う。立派な理想も志もねぇ」

 

レイチェルはオルガの言葉が耳に入っておらず、B1Fに近づくにつれて何かがフィードバックしてきたのか。

 

「私……」

 

そう小さく声を漏らした時にはもう既に彼女の声は出なくなっており、レイチェルは口をパクパクと小さく動かすだけだった。

 

そうこうしているうちに、エレベーターはB1Fへと辿り着いた。

 

「行くぞ」

 

ザックはレイチェルたちに声をかけ、一人で先にスタスタスタスタ……と歩いて行ってしまう。

 

(言えない、やっぱり……言えない。私の手が穢れていて、ずっとそれを隠していたことがわかったら。皆は、きっと私の事を……嫌いになる。本当の事は……もう、言えない)

 

レイチェルが顔を落とし、暗さと悲しみの混じった表情をしていたが、それはザックに見えることはなかった。

しかし、レイチェルの後ろを歩くオルガと三日月には断片的にレイチェルの表情が見えており、それが何なのかを読み取っていた。

 

 


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