藤丸立香は生霊である   作:主人公同士でもいいじゃない

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日常4

「マスターF?」

「うん。知ってる?」

――マスターF、と半透明の彼は名乗った。

――けど、そんな名前の英雄に心当たりはなくて。

(知ってる人、いるかな)

 考えて、まず出てきたのはダヴィンチちゃんだった。

――ダヴィンチちゃん。綺麗な人。中身が男性というのは、驚くけれど。

――そこまで誰かを好きになれるのは、すごいことだと思う。うん、本当に。

「うーん。該当するのがちょっと多すぎるかな。目立った特徴はあるかい?」

「えっ、と……」

――特徴、特徴……?

 脳裏に思い描ける顔は、東洋人で、少し整ってて、同い年くらい。その程度のことしか彼女にはわからなくて。

(あとは、青い瞳とか……)

――そう、青い瞳。

――半透明の体で、一際目立った青の。

――日々を話す中で、眩しそうに細められる、目。

(……あれ?)

 急に黙りこんでしまうダヴィンチちゃんに気づいて視線をあげると、驚いた目を向けられていた。

「……どうかした?」

「珍しいね。君が、そこまで英雄を気にするのは」

――いや、と続けて。

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 それは。

 何か、どこかに、強く、刺さる言葉で。

 咄嗟に返そうとしたのは何の言葉だったのか。

――私は目を逸らす。何だかダヴィンチちゃんを見られなくて。

――それが本当だと。私は知っているから、余計に。

「ちょっと、気になることが、あって」

 そんな言い訳じみた言葉を最後にして、逃げるように、藤丸立香は部屋を後にした。

 

 

 これまでの旅の感想を訊ねられたなら。

 夢のような時間だったのだと、藤丸立香は表現する。

――どこか、ふわふわと。

――浮き上がっている、ような。

 バイトにやって来て、突然命の危機に陥って、見たこともない不可思議に次々と遭遇して、見知った人がいなくなって、世界を救わないといけなくなって。

 まるで壮大な物語の始まりのような時間は、現実感が全く無いままで、実感を持つ前に進み続けるしかなくて。

――そうして、ずっと過ごしていたら、視線を感じるようになって。

――その本人と、会って。

 ようやく、現実だと知ったのだ。

――眩しそうな彼の目を思い出す。

――現実感がなくても。

――夢のような時間でも。

――誰かが眩しく思う時間だと、教えられて。

(どんな人なんだろう)

 そんな疑問を今までほとんど持たなかった自分が恥ずかしくもあった。

――みんなはここにいる。

 そんな単純なことをようやく思い知った気になった。

(怖くて、悲しくて、恥ずかしくて)

 ボロボロと彼の前で涙を流して、見られたくないから押し退けようとしたら、変なことを言われたから頬を叩いてしまって。

 子供のように、泣き疲れて眠るまで、泣いて。

――そんなこと、言えるわけないし。

――言わなくてもよかった、よね。

 言っても、困らせてしまうだろうし、誰かに言えるほど明確にはなっていなくて。

――ただ、きっと。

――今日、ようやく。始まったのじゃないかと。

――勝手に、思って。

――私は、目を、閉じる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 藤丸立香は夢を見る。

 蟻になった夢を見る。

 麗しの女神の指の上。気まぐれに導かれたその場所で、微睡む虫の夢を見る。

 捕まれて、引き離されて、戻されて、愛でられる、長い夢。

 彼女と眠る夜に、必ず見る夢を見て。

 彼は今日も目を覚ます。

 

――……あ、さ。

 部屋に日が射し込むことはないけれど、時計は朝を示している。

 濡れている目元を乱雑に拭って、寝台から起き上がった。

 シャワーを浴びて、服を着る。

 彼女はいなくなっている。

 顔を合わせたとしても、常と変わらないままだろう。

 いつものことだ。

(今日は、どこ行こうかな)

 既に行かなければならない場所はなくなって。

 行きたい場所に、行けるようになって。

 特異点でみんなで騒いだりもしながら。

 楽しく、過ごして。

――いない人を、不意に思い出す。

 いつものことだ。

 それなのに、どうしても、慣れない。

「――つッ……!?」

 ――チクリ、と。

 小さな痛みが、ぬるりと。首筋を、這う。

 昨夜に。小さな女神に引っ掛かれ、噛まれたそこから微かに血が垂れていた。

(今日も兄貴のところかな……)

 もしくはみんなのオカンのところで、破魔系統の剣を借りてこないといけない。

 マーキングのような微かな呪いを消さなければ、痛みが消えてくれないから。

――毎朝のことで。

――いつものことだ。

――浮かびかけていた気の抜けた笑みが、かき消えて。

 今日も生き延びたことを、思い出す。


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