S10地区司令基地作戦記録   作:[SPEC]

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今回、ちょっと胸糞悪い描写があります。一応ご注意ください


4-4

 

「そういえば、そっちでDS兵器を無効化出来ないのか?」

 

降下を続けるエレベーターの中。ブリッツは先ほど聞きそびれた事を尋ねる。

もしDS兵器(人形封じ)を施設で制御していたのなら、ナビゲーター経由で装置を止められる筈だった。

 

『試してみましたが、どうやら施設の制御とは別で稼働しているようです。おそらくは、発電機のような物を使って稼働させているかと』

 

「止めるには、発電機を壊すしかないか。面倒だな」

 

一言でDS兵器と言っても、大きく分けて三種類がある。

 

一つは基地といった拠点に設置する併設型。基地などから供給される電力を使って使用する、安定して高い出力を発揮し、広い範囲で効力を期待出来る。

 

一つは自動車といった車両に積載する搭載型。併設型と比べると効力は劣るが、DS兵器を迅速に配置出来るという利点がある。

 

最後は、簡易型。発電機のような動力源を使って稼働させるタイプ。先の二つと比べても効力は小さいが、発電機さえあればどこでも使え、ある程度数さえ揃えれば十分効力を発揮出来る。

 

当初、ブリッツとナビゲーターは併設型が使われていると予想していた。が、どうやら簡易型が使われているようだ。

 

だとすると、施設の敷地内に幾つか設置されているのだろう。正確な位置も数も分からず、先にDS兵器を潰しにいくのは現実的ではない。

やはり、メリーの救出を優先した方がよさそうだ。

 

『そうなります。それから、地上と比べて地下3階には敵が多いみたいです。注意してください』

 

「了解。アウト」

 

通信を終えると同時に、エレベーターは地下3階に到着。また物々しい音を出しながら扉が開いた。

 

MP7を構えながらスルリとエレベーターから抜け出す。少し狭い通路が出迎えるが、ゆっくりと進む内に一気に広くなる。地下1階と比べて天井が高く横も広く、奥行きもある。

まるで巨大な図書館の本棚を彷彿とさせるように並べられ、配置された独房は、どれもこれもが見るからに厳重で。鋼鉄製の分厚いドア以外は窓一つないという徹底ぶり。凶悪犯を収容していたという情報にも納得してしまう。

その独房も、殆どが施錠されている事を告げる赤いランプが点灯してた。中に誰かいるという証であった。

 

男たちが言っていた「捕まえた人形」とやらは、ここにいるようだ。つまり、赤ランプがついている所は全て人形が収容されているかもしれない、ということだ。

 

耳を澄ませば、近くの独房からは女性の悲鳴と男の罵声のような声が聞こえる。

その理由が容易に想像できてしまい、背筋が震えた。

MP7のグリップを握る手に力が入ってしまう。このまま握りつぶしてしまいそうなほどに。

 

『ブリッツ、HVIは一番奥の独房です』

 

「・・・了解」

 

ナビゲーターの一言に、気持ちを落ち着ける。今は優先すべき任務がある。

私情に振り回されるほど、自分は素人ではない。

 

視覚モードをマグネティックに切り替えて辺りを見渡す。

マグネティックの有効半径は約30m。その30mの中には、確認できるだけでも5人はいた。

それでも地上同様の木箱や小型のコンテナ、フォークリフトといったものまであり、隠れる場所には困りそうにない。

近くには看守待機室と、そこから独房を縦断出来る別の通路もある。

 

待機室には誰もいない。

これ幸いと待機室を横切り、看守用の通路へ。

看守用通路はコンクリートの床をくりぬくようにして、この区画の中央を通るように作られており、A-1~A-15やC-16~C-30といったような、それぞれで番号が振られた独房近くに設置されたドアから出られるようになっているようだ。人間が並んで歩ける程度には広く、普通に出歩くよりは人目に付きにくい。

 

独房はD-30まであり、アルファベットと数字が進むほど奥に。つまり、メリーが捕らえられているのはD-30という収容所の中でも最深部に位置する独房だ。

 

看守用通路のおかげで最短距離を目立つことなく前進できた。目的の最深部に辿り着く。

 

最深部という事もあって、かつてはより凶悪な囚人をここに押し込んでいたのだろう。

ドアを開けた瞬間。心なしか、重苦しい空気が肌に纏わりついた。

必要最低限以下の光量しかなく、より暗い。鉄錆びとカビ臭さが嗅覚を刺激する。

お世辞にも、長居したいとは思える場所ではない。

 

ともかく通路から出て、近くの柱に隠れながら進んでいく。

一番奥。数ある独房の中で一つだけ、赤いランプが煌々と点灯している。メリーのいる独房だ。

 

マグネティックを併用して辺りを見渡す。

 

やはり、最重要人物たるメリー・ウォーカーが逃げぬよう見張っているのだろう。武装した見張りがいる。

 

ACRは勿論、SPAS-12にMG42機関銃。ショットガン持ちと機関銃持ちはプレートキャリアを身に付けている。

ACRが二名。SPAS-12が二名。MG42が一名。ACRが辺りを彷徨き、SPAS-12とMG42が独房のすぐ近くに警備員よろしく立っている。

 

「ゲート、ここだけ照明を落とせるか」

 

『可能です。いつでも』

 

「3秒後に落とせ」

 

マグネティックからナイトビジョンに切り替える。銃もHK417に替え、セレクターをセミオートにする。

 

きっかり3秒。微かな光量も無くなり見張り達は動揺して足を止める。

そこを逃さず、見張り5名全員をヘッドショット。射殺する。

 

「クリア。HVIを確保する」

 

『了解。ロックを解除します』

 

ガチャンと、赤いランプは消え重々しい解錠音が周囲に木霊する。都合上、あまり大きな音を立てて欲しくはない。

 

だから、手早く済ませる。

 

鋼鉄製の引き戸を開け放ち、MP7を構えながら入る。敵影は無かった。

 

その時ブリッツが嗅ぎ取った異臭。この臭いには覚えがあった。

人間の体液と分泌物がぐちゃどろに混ざりあった、むせかえる程濃密な複合臭。

 

部屋の中も、様々な液体が撒き散らされ、惨状と呼ぶに相応しい有り様であった。

 

そんな独房の中心で、力なく横たわる人影。

衣服を剥ぎ取られ、腕を後ろに結束バンドで拘束され、全身至るところに暴行の痕跡が色濃く残る、全裸の女性。

 

紛れもなく、誘拐されたメリー・ウォーカーだった。

 

すぐに駆け寄る。

 

「ウォーカー指揮官。聞こえますか」

 

結束バンドをナイフで切り、抱き抱えて呼び掛けるが、反応は薄い。呼吸はあるが、メリーの双眸に光はなく虚ろだった。かなり消耗している。

部屋の惨状といい、彼女の状態といい。自分がここに来るまでに何があったか。考えなくとも分かる。

 

反グリフィン団体は、捕虜に対し非人道的行為を働いた。

彼女が、それを証明している。

 

間に合わなかった。その事実が、ブリッツの胸中に渦巻き、締め付ける。

 

「ブリッツ、指揮官・・・・・・?」

 

か細く、弱々しい声が聞こえた。メリーの声だ。

 

「ウォーカー指揮官。助けにきました」

 

「えっと、わたしは確か・・・・・・あ、ああっ・・・!いや!いやああぁ!」

 

突然悲鳴を上げて暴れる。涙を流して泣き叫び、自由になった両手でブリッツを自分から引き剥がそうともがく。

 

「いや!触らないで!見ないで!お願いだからやめて!」

 

完全にパニック状態に陥っていた。

 

めちゃくちゃに動くメリーの肩を掴み、動きを抑える。

 

「大丈夫だ!落ち着け!」

 

「っ! いやぁ、見ないで・・・・・・」

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

少しずつ、少しずつメリーは落ち着きを取り戻していく。

遂には安堵からか、静かに嗚咽を溢しながら泣き出した。

 

一通り泣いて、完全にメリーが落ち着いたのを確認してから、ブリッツは彼女から離れる。

 

「遅くなってすいません。脱出しましょう。あなたの部下が待っています」

 

ブリッツは着ている戦闘服の上着をメリーに掛ける。

 

「防弾です。貴女の身を護ってくれます。さあ行きましょう」

 

「ま、待って下さい!私に武器を下さい!」

 

「何故ですか?」

 

「ここには数多くの人形が捕まっています!助けなくてはいけません!」

 

「それは出来ません」

 

「なぜ!彼女たちを見捨てるのですか!?」

 

あれほど凄惨な目にあったばかりなのに、自分と同じ状況にある人形を気に掛ける。並大抵の事ではない。

そんな彼女に驚嘆するブリッツだが、彼女の要求には応えない。応えられる筈がなかった。

 

「ウォーカー指揮官。自分が受けた任務は、『反グリフィン団体に拉致されたメリー・ウォーカーの救出』です。これは最優先に実行されなくてはいけない命令であり、その他一切は含まれていません。

そして、貴女に武器を渡す事を許可されていません」

 

憎らしげにメリーはブリッツを睨む。

非情に思うのだろう。冷酷に思うのだろう。しかし、彼女がどれほどに憎く思おうとも、ブリッツの役割は変わらない。やらなくてはいけない事は変わらない。

 

「私は指揮官ですよ。グリフィンの指揮官なんです。そんな私が、助けを求める人形を見捨てて自分だけ逃げろと?そう言うつもりですか?」

 

「指揮官だからこそ、貴女はここから逃げるべきだ。このまま居ても、貴女は殺されるか。延々と奴らに陵辱されるか。どちらにせよ、このままでは二人とも危うい。行動するべきです」

 

「あなたも指揮官でしょう!?ならわかるはずでしょう!?」

 

「自分は兵士としてここにいます。兵士として、与えられた任務は必ず遂行しなくてはいけない。付け加えるならば、そこに()()()()()()()()()()()

 

「ッッ!」

 

敵意の込めた目でメリーは睨む。もし今彼女の手元に武器があれば、きっとブリッツに向けていただろう。

しかしブリッツも譲れない。例え武器を向けられ、本気で殺しにきたとしても。

 

とはいえ、このままでは彼女は動かない。それこそテコでも動かないだろう。

 

ブリッツは一つため息をつき、MP7を彼女に差し出した。

 

「これを使ってください。あまり弾薬はありませんから、無駄撃ちしないように」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

差し出されたMP7を受け取ろうとメリーは手を伸ばす。が、その手は銃に届くことはなかった。MP7がブリッツの手を離れ、その場に落ちる。

それと同時にブリッツはメリーの背後に回り込み拘束。素早く腰のポーチからペン型の注射器を取りだし彼女の首に刺し、薬剤を注入した。

 

「あっ・・・が・・・!」

 

苦悶の声をあげるメリーはブリッツの腕を掴んで抵抗を試みるが、やがて全身から力が抜け、意識を手放した。

 

彼女に注入したのは麻酔薬。効力は個体差があるので一概には言えないが、夜明けまでは目を覚ますことはない。

念のために持ってきていた最終手段。救出対象に助けにきたと言っても信じてもらえず、やむを得ず意識を失わせて運び出したというブリッツの経験から、用意していた代物であった。

 

「ゲート、HVIを確保。これより脱出する」

 

『了解。ポイントAにヘリを送ります』

 

「HVIはひどい暴行を受けた痕跡がある。合流後、すぐに病院で治療を受けられるよう手配してくれ」

 

『了解しました。気を付けてください』

 

「もちろんだ。ブリッツ、アウト」

 

上着を掛けたまま、メリーを肩に担ぐ。右手にはMP7を持って独房から出る。

 

先と同様に看守用通路を使ってエレベーターまで誰にも気付かれず移動。

地上に上がり、ナビゲーターの援護もあってあっさりと施設を横切るようにして通過。正面ゲート付近の敵兵も先に倒してしまったせいで、誰にも気付かれることなく脱出に成功した。

 

四方を囲んでいる小高い丘を越えた先、広い草原地帯。そこが合流地点だ。

すでにヘリが着陸し、二つのローターを回転させていつでも離陸できるよう待機していた。

 

「指揮官!」

 

待機していたヘリから飛び出してきたのは、メリーの部下であるTAC-50であった。

修復を終えたのか、さっきまであった傷が綺麗さっぱり消えていた。ブリッツの言いつけを守ったのだ。

 

「ああそんな、指揮官!」

 

「今は薬で眠っているだけだ。手筈通り、病院に直行しろ」

 

慌てふためくTAC-50を宥め、メリーをヘリに用意された救急用ベッドに寝かせ、今までかけていた上着を回収し、代わりに暖かな毛布をかけてやる。

 

「彼女の事は任せた」

 

戦闘服に袖を通し、同じくヘリに積まれていたハードケースを二つ引き寄せる。

 

ケースの中身はM26MASS。いわゆるマスターキーと呼ばれる、アンダーバレルショットガン。それをHK417のアンダーバレルに取り付け、同時に銃口をサプレッサーからマズルブレーキに付け替える。

左足にレッグホルスターを取り付け、そこにコンペンセイターが装着されたMk23を納めた。

新しくバッグパックも腰に着ける。中身は417とMP7、Mk23の予備弾倉が詰まっている。

更に破片手榴弾を三つ腰からぶら下げて、ブリッツはヘリから離れる。

 

それをただ、横で呆然と見ていたTAC-50はここで我に返る。

 

「何をするつもりですか!?」

 

「やり残しを済ませてくる」

 

ヘリの駆動音が鳴り響く中で、やけにはっきりと聞こえたブリッツの返答。その声色は、それ以上有無を言わせないという形容しがたい圧力が込められていた。

 

TAC-50は萎縮し、まさにそれ以上何も言えなかった。なにより、自分の指揮官の事が心配だった。彼女もヘリに乗ってメリーのそばに寄り添い見守る。

 

ヘリは離陸し、ブリッツから離れていく。やがて、雨に紛れるようにして見えなくなった。

 

「ゲート、メリー・ウォーカーをヘリに乗せた。救出完了。フェイズ1終了だ」

 

『フェイズ1終了確認。では、作戦をフェイズ2にシフトします』

 

「了解、フェイズ2にシフトする。アウト」

 

冷たい雨が降り注ぐ。ブリッツの全身に降り注ぐ。

その中で、深く息を吸った。冷たい空気が肺を冷やすが、それも一瞬の事。すぐに熱い吐息がブリッツの口から溢れた。

 

「ヒーローは101を救う覚悟をするが、兵士は時として1のために100を殺す覚悟が必要になる。そうだったよな、皆。なら、100を殺して101を救う俺は、なんになるのかな」

 

自問自答の独り言。それもどこか自虐的、自嘲的に言う。

 

目を閉じ、再び深く呼吸する。

目を開ける。その目には、人間的な熱や色は一切ない。ただ一つの目的のために動く機械のような、冷徹な目をしていた。

 

遠くで、雷鳴が轟いた。雨は、更に強くなっていく。

 

 

 





次回、見敵必殺(サーチアンドデストロイ) 


今後の励みにしたいので感想くださいお願いします!なんでもしますから!

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