そんな
ある一室。
部屋の中にはベッドが4つあり、壁には見覚えのない女性が過度に肌を露出したポスターが幾つも貼られ、その横にライフルやハンドガンがフックに引っ掛けられるように飾られている。
ベッドの下にはアンモボックスが服の収納ボックスよろしく押し込まれていた。
そんな部屋に入った「 」の目の前に男が立っている。スキンヘッドで、見るからに屈強な黒人男性。
「 」よりも歳は一回りほど上だろう。
「よう!アンタが例の名無しの新人くんか!噂には聞いてるぜ。大戦で派手に暴れたってな。デルタチームにようこそ!俺が隊長のフラッグマンだ。フラッグでいい。よろしくなっ」
快活で気さくな態度で接してきた彼。フラッグマンに、「 」はどう返せばいいのか分からず、ぽかんと呆けるしかなかった。
フラッグマンは気にせず快活に笑い続ける。
「ハハッ、無口なんだな。それもまた個性だ!それじゃ、イカれたメンバーを紹介するぜ。
まずアイツはジーク。近接戦闘でアイツに敵うヤツはそういない」
ジークと紹介された男は無言だが軽く手を上げて挨拶はしてくれた。白人かと思ったが、顔の形からアジア系の人種かもしれない。「 」と年齢的に同じくらいだが、どこか刃物を思わせる鋭い雰囲気を纏っていた。
彼の喉には痛々しい傷痕があった。そのせいで声が出ないのかもしれない。
「その横にいるのはピアス。1キロ先のベースボールも余裕でぶち抜く凄腕のスナイパーだ」
「フラッグ、そいつぁ盛りすぎだ」
ピアスと呼ばれた白人の男は苦笑を溢し、短く切られた金髪を掻き上げる。
だが否定はしない。近い事は出来るという事なのか。
ピアスは「真に受けるなよ」と言いたげに「 」を見る。一先ず目線を合わせて頷いた。
「さて、迎え入れるにあたり、アンタの名前を決める必要がある。名無しや
フラッグマンが手元にある「 」に関する資料を見ながら悩ましげに唸る。
「 」に名前はない。名前だけじゃない。年齢はおろか生年月日、出身地に国籍もない。性別と血液型以外は何もわからない。資料に記された個人情報のほとんどは空欄だ。
経歴も、「6年間、第三次世界大戦に参加」としか記載されていない。それによって生じた実績も。
「見事に空欄だな」
「清々しい程にな」
ピアスも資料を見る。それにつられて、ジークも覗き込むように見る。
「 」を差し置いて、三人は悩ましげに唸った。
しかし唐突に、フラッグマンがパッと顔を上げて「 」を見た。
「決めたぞ!お前の
「ああ?資料が空白だらけだからブランクか?ちょっと安直じゃないか?」
ピアスが不満げに声を上げた。ジークも、声には出さないが同意見のようで頷いている。
「なんでだ!変にイジるよりシンプルでいいだろーが!」
本人そっちのけで盛り上がる三人。あーでもないこーでもないと言い合っている。
「あ、あのさ」
おずおずと、「 」はヒートアップしていく三人に声をかける。
この部屋に入ってから初めて声を出した「 」に若干ながら驚いた様子で三人は振り返る。
「・・・ブランクでいいよ。俺の名前。名無しより良い」
ややぶっきらぼうにも聞こえる「 」の台詞だが、三人はそれを微笑ましく思った。
フラッグマンが「 」の前に立ち、右手を差し出した。
「よろしくな。ブランク」
「 」改めブランクは力強くフラッグマンの右手を握った。
──────────────────
────────────
────────
─────
───
目を開ける。真っ先にブリッツの視界に入ったのは無機質なコンクリートの天井と、そこから吊るされている消灯したLED電球が一つ。
壁と垂直に取り付けられた、ヒト一人程度の板きれに毛布を被せただけの、お粗末なベッドから上体を起こす。小さな格子つきの窓から差し込む僅かな月明かりが、さほど広く無い部屋の中をほのかに浮かび上がらせる。
クローゼットに、個人で集めた様々な銃火器が収納されたウェポンラック。
金属製の頑丈な作業台。上にはフィールドストリップを終えたばかりのHK417とMk23が置いてある。寝る前に終わらせたものだ。
その傍には、完全武装した4人の男性が写った写真が、古めかしい木製のフォトフレームに収められている。
写真に写る男たちは皆笑顔を浮かべていた。
ぼんやりと靄の掛かっていた脳内がクリアになっていく。
ここはグリフィンが管轄するS10地区の基地で、この部屋は司令室に隣接した自分の私室。
指揮官という肩書きを持つ人間が使うには些か狭すぎる。ラックやテーブルが無ければ、独房と思われかねない、そんな部屋だ。
ベッド近くに置かれたデジタル表示の時計が示す現在時刻はAM2時24分。まだ夜中であり、彼が寝床に入ってからまだ二時間ちょっとしか経過していない。
うんざりといった風に重々しくため息をつく。
「・・・だから寝るのが嫌なんだ」
思い出したくない記憶が夢として表れる。
過去という拭えぬ古傷が、いつまでもブリッツの心にのしかかる。
今夜はまだ良い方だった。
大体は大戦時の記憶だったり、仲間を失う記憶だったり。
仲間を殺す瞬間だったり。
「・・・・・・ッ!」
いつもそうだ。夢を見る度。目覚める度に、胸に刻まれた銃創が疼き、痛む。
「ハンター・・・!」
脳裏に浮かぶは鉄血のハイエンドモデル、ハンターの姿。
仲間を殺した仇敵。
悲しみが。喪失感が。怨恨が。ドス黒い感情となってハンターに対する復讐心を沸き起こす。
胸の銃創をシャツ越しに掴む。それでも。そうしても、疼きは止まない。
それがブリッツの復讐心を更に増長。加速させる。
「見付け出して、必ず殺してやる・・・!」
彼はずっと、古傷を引きずって生きている。
彼はすっくと立ち上がり、台に置かれたMk23を掴んで自室を出た。真っ直ぐ、射撃訓練場へと向かう。
フラッシュバックに対する恐怖心が。
ハンターに対するドス黒い復讐心が。
彼は今夜も眠れない。
──────────────────
────────────
────────
─────
───
本日のAM9時丁度をもって、ブリッツの謹慎が解除。基地内の通常業務が再開された。
それに伴って基地の代表たるブリッツから、2体の人形が司令室に呼び出されていた。
USPコンパクトと、ステアーTMPだ。
司令室に呼び出された二人は見るからに緊張した面持ちで、顔を強張らせていた。なにかしてしまったのか。そんな不安が見てとれる。
そんな二人の緊張を和らげようと、ブリッツは微笑みを浮かべて見る。副官のLWMMGも、朗らかに笑みを浮かべている。
「そう身構えるな。説教するために呼び出した訳じゃない。この数ヵ月、お前たちは真摯に訓練を積んできた。もうどこへ出しても恥ずかしくない、一端の兵士だ」
少し前から積極的に訓練を行ってきた二人も、いよいよ訓練課程を修了。哨戒任務を通じて様子を見てきた他の人形も、「そろそろ大丈夫だろう」という判断を下していた。
だから、選択肢を与える。
「さて、君たちには二つの選択肢がある。一つは、
この基地でのドロップ人形の扱いは、まず訓練をさせるか回収分解するかの二択だ。もちろん人形の意思に沿っての選択だ。
訓練を受けたなら、一定期間の課程を経て他所に行くか、ここに残るかを決めさせる。
過去にも、S10基地で訓練を受けた人形が他の基地に移り、中にはS地区きっての激戦区であるS09地区で活躍している人形もいる。
何故、せっかく鍛えた人形を手放すような真似をするのか。それはブリッツ自身の考えによるもの。
あまり多くの人形を保有していても、管理が行き届かなくてはいずれ不満が出る。抱え落ちする位なら自分よりも有効に人形を使役できる指揮官に任せた方が戦術人形としても、延いてはグリフィンの為にもなる。
だから、ブリッツは必要以上の戦力を保有しない。
USPとTMPも、その選択を決する時がきたのだ。
「もちろん、今すぐに決めろとは言わない。だが3日以内には決めてほしい」
「でしたらもう決まっています」
USPがブリッツを真っ直ぐ見据えて言う。当初には無かった、自信を得た凛とした声色だ。
TMPもまた、何も言わないが真っ直ぐにブリッツを見ている。USPと同じ答えを持っているようだ。
「貴方の下で、私たちも一緒に戦わせて下さい」
迷いの無い、澄んだ答えだった。
ブリッツもLWMMGも、嬉しそうに微笑んだ。
「ようこそ、S10基地へ。歓迎しよう」
「よろしくね」
必要以上の戦力は持たない。だが、共に戦ってくれる仲間がいるのは。一緒に戦うと言ってくれる仲間がいるのは嬉しい。
選択は決まった。では次に移ろう。
「それでは、歓迎会を開く前に君たちにはある任務を遂行してもらう」
「任務、ですか?」
TMPが訝しげに聞き返し、ブリッツは意味ありげに笑みを向けた。
「ああ、任務だ」
これはS09基地からの委託任務だ。
知っての通り、S09地区はS地区きっての激戦区。鉄血との交戦頻度も規模も、
それだけに、戦場にはグリフィン人形と鉄血人形が欠落した部品や銃火器がそのまま放置されている。回収している時間的余裕すらも無いというのが現状だそうだ。
君たちには、その部品や銃火器を回収、掃除をしてもらいたい。それが任務だ。
戦場には戦術人形だけじゃなく、"落とし物"を集めるスカベンジャーが蔓延ってる。
そいつが戦場に放置されている部品や銃火器を回収し、ブラックマーケットに流し、資金を得ている。
ブラックマーケットに流れた武器は例の反グリフィン団体といった武装カルト集団に行き渡り、更なるテロ攻撃が勃発する。
これは単なる掃除の雑用などではない。重要な任務だ。
君たちにはポイントD7の掃除をしてもらう。現状、ここで戦闘は確認されていない。今がチャンスだ。
スカベンジャーどもより早く目標を回収し帰投しろ。
鉄血や武装集団と遭遇した場合は交戦を許可する。
目的地までは装甲車で移動。回収した物も装甲車に載せろ。
彼女の言うことを聞いておけば、ほぼ間違いない。
なおこの任務はS09基地指揮官からの委託ではあるが、依頼元はあの16Labだ。
鉄血の戦術人形に使われる技術を解明するためのサンプルが欲しいそうだ。
今後の我々の為にもなる研究だ。尽力してくれ。
「以上。何か質問は?」
USPが小さく手を上げる。
「私たち二人だけですか?」
「いや、後二人いる。君たちと同じく訓練課程を終えたばかりの新入りだ。基本は
「了解しました。よかったぁ・・・・・・」
USPが安堵のため息をつく。激戦区に入り込むというのに、HGとSMG二体だけでは火力に乏しい。戦闘は確認されていないとしても、これから起きる可能性は決して低くはない。有事の際には火力不足で対応出来ないかもしれないのだから。
「流石に二人だけで戦場に放り込むような事はしないさ。他に無いようなら、準備に取り掛かってくれ。完了次第、出発だ」
「了解!行ってきます!」
USPとTMPが司令室から去った。意気揚々とした後ろ姿の二人を見送り、完全に姿が見えなくなったのを確認し、ブリッツとLWMMGは表情から笑みが抜け落ちた。
「ライト、FALとVectorを召集。
「了解、指揮官。・・・やっぱり着いていくのね」
「当然だ」
言って、ブリッツはグリフィンの赤い制服を脱ぎ、ソファーに放り投げた。
制服の一枚下には何時もの黒を基調とした戦闘服を着こんでいた。
「さあ、"子守り"をしてやろう」
本作品のS09地区のイメージ。
・AR小隊が所属し、よく戦ってる。
・毎日昼夜問わずドンパチ賑やか
・他地区の平均1.8倍くらいの確率で鉄血のハイエンドモデルが出てくる(時々複数同時出没)
・所属する人形がめっちゃ多く、その大半が闘争を求めてる。
・S09地区だけでもグリフィンの基地や関連施設が多く、鉄血に取られたり取り返したりしてる日常。
地獄みたいやね(他人事)
ちなみに今パートはほのぼのとしたドンパチ回になる予定です。