だってアイツ副官にすると司令室でいきなり銃撃つんやで?そんで「この感覚だけが、私を安心させられる」とか言っちゃうんやで?こわい
S10基地の地下には、今は使われなくなった部屋がいくつか存在する。
その殆どは故障といった理由で不要となった機材や、宿舎に置いていたが新調した結果使わなくなった家具等を置くための物置部屋になっている。
無論、戦術人形が使う弾薬が収容されている火薬庫といった今でも使う部屋はあるし、人の往来も存在する。が、使われなくなった部屋というのは照明が機能しておらず基本的に暗い。薄気味悪い雰囲気を醸し出していることから、物置部屋に近寄る人の存在は非常に少ない。
そう。近寄る人は少ないだけであって、いないわけではないのだ。
その一人、少し前にS07からS10へ移籍した戦術人形XM8は、目立たぬようにしていくつかある物置部屋へと足を進める。
清掃が行き届いていないのだろう。若干の埃っぽさとカビ臭さが嗅覚センサーが捉えるが、気にせず進む。
やがて、あるドアの前に辿り着く。ドアの近くには大きな木箱を積み重ねてあり、物置部屋への訪問者が隠れるよう巧妙に配置されている。
音を立てないよう気を使いながら、ドアノブを二度回す。訪問の合図だ。するとドアがゆっくりと音もなく開く。すぐにXM8は部屋へと入り、パタリとドアは閉められた。
その部屋は通路より明るいが、床に置かれた昔ながらのオイルランタン数個のみを光源しているため薄暗い。
物置部屋と称されている割りには物が少なく手広い空間だ。
「いらっしゃい」
オイルランタンの橙色の灯りに照らされ浮き上がったシルエット。戦術人形Px4ストームは部屋の中心に立ち、営業スマイルをもって訪問者であるXM8を出迎えた。
「・・・入手できたのか?」
「もちろん」
訝しむXM8に対し悠々と返して見せると、Px4は自身のダミーを使ってある品物を彼女に差し出す。
表面が革製のハードケースだ。
近くのテーブルにケースを置いてロックを外し中を見る。
ケースの中身はチェスに使う道具一式だった。それも、ガラスで出来たチェスセットだ。
駒はもちろんチェス盤に至るまで全てがガラス細工。
細部に至るまで精巧に形作られた駒はオイルランタンの光を反射し煌めいている。
チェス盤も特徴的な白と黒のチェック模様も、白が透明という形に変わったのみで見事に表現されている。
このご時世。ここまで精巧なガラス細工を作れる職人は少ない。形だけなら自律人形にも出来るだろうが、それだけだ。感動はない。
人間がこれを作ったという事実。それが、XM8のメンタルを大きく揺さぶっていた。
「美しい・・・」
無意識に言葉が溢れる。
並べてもいないのにこれだ。ケースから取りだし、盤の上に駒を並べたら、どれだけ美しくなるだろう。
官能的なまでの芸術が、今自身の目の前にある。
そっと、ケースを閉じる。
「ありがとう。よくやってくれた」
「いえいえ。またのご贔屓を」
XM8は静かに部屋を出ていった。その顔はとても嬉々としていた。
お客に喜んでもらえた事に満足し、Px4はどさりと近くのソファーに腰を下ろした。
────戦術人形Px4ストームは、この部屋で露店を構えていた。もちろん、この基地の責任者である指揮官のブリッツに許可を取らずに。
彼女がS地区支局長の下でスパイとして活動していた時に形成していたコネやパイプを駆使し、調達屋として密かに動いていた。
金さえあればどんなものでも仕入れて見せる。その意気込み通りに彼女は様々な物を調達した。
武器に弾薬、食料。期間限定のスウィーツに数量限定のグッズ。絶版のゲームソフトや映像ソフト。相応の対価さえもらえれば何でも調達した。
先のXM8もそうだ。都市部の市場やブラックマーケットまで探して見付けたチェスセットだ。
苦労はしたが対価には見合っていたから問題ない。
おかげで儲けが出た。
密かに作った別口座に貯まっていくお金を想像し、つい頬が緩んでしまう。
これがブリッツにバレればタダじゃ済まないだろう。本来ならば、こんな事するべきではない。
しかし、彼の目を盗んでイケナイ事をしている、このスリルが堪らない。当分はやめられそうにない。
「フフッ。さて、次のお客さんは~・・・Mk23か」
電脳内のチェックリストを確認し準備する。
ブリッツが使っている拳銃と同じ銃を使う戦術人形であるMk23は、彼と同じL.A.Mが欲しいとPx4に依頼してきた。
ついでに彼の写真も。
写真はともかく、あれはMk23が開発されたばかりの頃、一部の特殊部隊が試験的に使ったプロトタイプのものだ。手に入れようとして手に入るものではない。そもそも何故そんな代物をブリッツが持っているのかが分からない。
そのハズだったが、運良く精巧なレプリカが入手できた。性能もブリッツが使っているものと遜色無い。
写真も何とか
影ではブリッツのことを「ダーリン」と呼んでいる彼女のことだ。これを見せればきっと喜んでくれるに違いない。
そして、ドアノブが二度回された。時間通りだ。
近くに待機しているダミーにドアを開けさせ、お客様を店内へご案内。
XM8と同じように、営業スマイルで出迎える。
「いらっしゃい。待ってたよ」
「て、手に入ったってホント・・・?」
緊張と不安からか、若干強張った表情と声でMk23は問う。
「もちろん。今出すよ」
ダミーを使って部屋の隅からケースに入れられた例の商品を運び、Mk23の前に置いた。
ケースを開けば、強張った表情は一転しパッと明るくなる。
満足してもらえたようだ。これで取引は終了。後は手早く後片付けを済ませて退却するだけだ。
「────動くなっ!そのままじっとしていて!」
瞬間。ドアは音を立てて開かれ、何人かが部屋へと雪崩れ込む。フラッシュライトの眩い光がPx4とMk23を照らし出した。
あっという間であった。突然の侵入者は一切の抵抗も許さずMk23は壁に。Px4はコンクリートの床に押し付けられ拘束された。
「貴女たちには黙秘権があります。発言は軍法裁判で不利になる恐れがあるのでそのつもりで」
テンプレートを読み上げたその人形、USPコンパクトは極めて冷静に告げた。
ダミーも総動員だ。Mk23を押さえつけ、USPを向けている。
「そんな!なんで!?」
「わたくしは無実よ!何かの間違いよ~!」
困惑するPx4と泣きわめくMk23。
しかし幾ら泣こうが喚こうが、USPコンパクトは拘束を一切緩めない。
「諦めろ。
部屋に新たな声が加わり、当事者二人は血の気が引くのを感じた。
フラッシュライトやオイルランタンの光を反射し煌めく白銀の長髪。白い軍服。冷たくも何処か怜俐さも感じ取れる声色。
S10基地第三部隊。正式名、第三拠点防衛部隊所属のマシンガンナー。戦術人形PKが、そこにいた。
「Px4ストーム。貴様は指揮官に黙って人形相手に闇取引をしている。Mk23はその客だ。基地の中で堂々とビジネスに励むとはいい度胸だな。ついでに、先日のAR小隊に振る舞ったあの大量のアルコール。その殆どは貴様が指揮官を通さず入手したものだ。調べはとうについている。観念しろ」
「そ、そんな・・・」
愕然とするPx4を強引に立たせ、Mk23とともに連行する。
あとはPx4から利用者を聞き出せば任務完了だ。
「さて、指揮官に報告しないと。ナビゲーター、指揮官は今どこに?」
『今は火薬庫にいますよ』
ナビゲーターがすぐに通信機越しに答える。
「火薬庫、か・・・」
火薬庫も地下にある。通信をいれるより直接口頭で報告した方が効率的だろう。
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S10基地の地下には、大量の弾薬や爆薬を保管するための火薬庫がある。
長期保管のために温度と湿度を一定に保ち、事故などで爆発被害が最小限に抑えられるよう頑強に設計されている。
入室する際は十分にアースを施し、静電気が起きないよう配慮が徹底されている。
そんな倉庫内の隅には、年期の入った木製テーブルと幾つかの椅子がある。
その上で黙々と作業を続ける一人の男、ブリッツがいた。
左手には空の弾倉を、右手には何発か纏めて
グリフィン前線基地に支給される弾薬は、安全性や使用される銃のタイプといった理由で、弾倉と弾丸は別々に分けられている。
なので、任務で使う為にはまず弾倉に弾丸をこめる必要がある。
S10基地には弾倉に弾をこめてくれる機械なんてない。つまり、手作業だ。
テーブルの上には7.62mmAPHE弾が大量に入ったアンモボックスと、装填の終わった弾倉が入ったケースが載っている。
火薬庫にはブリッツ以外誰もいない。空調の稼働音と、弾丸が弾倉にこめられる時の乾いた音が、虚しく響き霧散する。
「指揮官」
背中に声を掛けられた。
振り返る。
「どうしたPK」
MGの戦術人形、PKが弾込め中のブリッツを見下ろしていた。
「ナビゲーターが、貴方がここにいると教えてくれた。少し話がしたい」
「コレやりながらで良いなら」
「まったく・・・。指揮官がやる仕事ではないぞ」
呆れのため息を溢すPKに対し、ブリッツはほのかに苦笑した。ちなみに手は一切止まっていない。
「自分が使う
「そもそも、貴方は
「それを言われると、こちらとしては何も言えないな」
弾薬が込められたHK417用のMP社製軽量化30連弾倉を、丁寧にケースに置きながらに言う。その口調からは悪びれた様子はなく、次の空弾倉を手にとっている所を見るに反省の色は一切無い事がわかる。
二度目のため息を溢す。彼はどうあっても今の作業を止めるつもりはないらしい。
近くにある椅子を引き寄せ、PKはそこに座る。それから7.62mm弾を数発と空の弾倉を手に取った。
「PK?」
「指揮官には世話になっている。だから、付き合ってやる」
ややぶっきらぼうだが、これも彼女なりの優しさの表れである。初対面や付き合いの期間が短いと、言動から滲み出るプライドの高さやキツイ言い方にどうにも距離感を覚えてしまうが、慣れてしまえばどうと言うことはない。彼女の根は仲間思いの世話焼きだ。それは指揮官であるブリッツも例外ではない。
「それで、話とは」
小さく乾いた音が響く中、ブリッツが切り出す。
「Px4が物置部屋を闇取引の場所として無断で使い、多額の利益を得ていた。今は拘束し、その利用者を白状させてるところ」
「アイツも色々やるな。言えば許可くらいしてやったのに」
どこか他人事といった風に言うブリッツに、PKは眉間に皺を寄せた。
「それでいいのか指揮官。あまり好き勝手にさせると、歯止めが効かなくなるぞ」
「もちろん行きすぎたなら止める。しかしあまり抑え込みすぎると却って反発される。今回は特別にお説教と一ヶ月間の雑用係で勘弁してやるつもりだ。丁度いいだろう?」
弾込めが終わったマガジンを掲げて見せながらブリッツは言う。つまり、Px4はしばらく皆の予備弾倉の準備係に任命される、ということだ。
確かに単調な作業を長々と続けられれば、さぞかしうんざりするだろうから、罰としては丁度いいかもしれない。
「アイツは今まで自分のやりたかったことが出来なかったんだ。
「全く、隅におけない指揮官だ」
「清濁併せ呑むだけの器量がいるんだよ。指揮官と言う人種にはな」
言って、ブリッツは新しい空弾倉に手を伸ばす。
口調や態度こそ冷たいが、PKはブリッツという人間を好意的に見ていた。もちろん、戦友という意味で。
基地に所属する人形の事を考え、どうしたらいいかを考え気に掛けてくれる。戦術人形からしてみれば、理想に近い指揮官である。
不満が一切無い訳ではない。それでも、彼の部下であることを恥じる事はない。
不意に、PKは席を立つ。
彼女のいたテーブルを見れば、いつのまにか弾込めが終わった弾倉がずらりと並んでいた。
「あとはPx4にでもやらせなさい」
それだけ告げて、PKは火薬庫を後にした。
やらせなさい、という割りにはアンモボックスには弾薬が残っていない。
「ハハ。不器用なやつだな」
もう姿の見えない彼女の性根に、ブリッツは嬉しそうに並べられた弾倉を見ながら呟いた。
たまにはこんな日常の一ページを。(中身が無いとも言う)
今回初登場のPK。実は結構古参の人形という設定だったりする。
というかこの基地MG多いな。RF少ない・・・少なくない?
MG多いのに弾薬が枯渇しないのはひとえに副官の努力の賜物。
次回はドンパチ賑やかなコマンドーみたいな任務