アニメ化も決まったし楽しみだなぁ!
ん?イベント?聞くな
某所、鉄血工造本拠地。
胡蝶事件以降、人の目につかぬよう秘密裏に建造されたこの場所は数少ないハイエンドモデル生産工場も兼ねた、謂わばハイエンドモデルの拠点である。
その拠点の地下区画。通路と呼ぶには広すぎて、部屋と呼ぶには些か幅が狭いが、かなりの奥行きがあり、壁に沿う形で人一人は余裕で収まるサイズのカプセル状の機器が、夥しい数並んでいる。
そのカプセルの中には、それぞれ一体のハイエンドモデルが目を閉じた状態で待機している。
便宜上、バックアップヤードと呼称されるこの空間はその名通りに、素体が破壊された際に即座に戦線復帰が出来るよう誂えられた施設だ。機能停止信号を送ると同時にそれまで稼働中だった素体からの記録もサーバーに送られるため、破壊されてもその直前までの記憶を次の素体に移すことが出来る。
更に複数同時起動し、I.O.P社製戦術人形のようなダミーリンクに近い運用も可能である。
そんなバックアップヤードに数あるカプセルの一つが、圧縮空気を用いたダンパーの稼働音と共にハッチが開き、中から新たな素体が身を乗り出した。
SP721 Hunter。ハンターは、このカプセルで目覚めるその直前までの記憶を掘り返し、その厳めしい顔を歪めて笑った。満身創痍でありながらも、殺意と敵意に満ちたあの青く鋭い煌めきを放つ瞳を思い出し、彼女は笑った。
「フフフ・・・負けてしまったか」
彼女の疑似感情モジュールに渦巻いていたのは、狂おしいほどの嬉々と歓喜であった。そこに獲物を仕留められなかったという後悔もなく、むしろそれを塗り潰さんばかりに悦びに身を震わせていた。愛おしさすらあった。
破壊される直前、その愛おしい彼はこう言った。殺し尽くしてやると。鏖殺してやると。
敵である自分に、あの不倶戴天の敵はそう宣った。
「必ず殺しに来い、ブリッツ。私も貴様を殺しに行ってやる」
彼女は、それに応えることを決めた。
薄暗いバックアップヤードを歩き始める。
彼にもう一度。今一度会いたい、そんな衝動的な思考で。
しばらく歩くと、バックアップヤードが終わり、通路へと出る。
「おっ、ハンターか」
ばったりと、通路に出た矢先に出会った人形。彼女もまた鉄血工造のハイエンドモデルである。
美麗な肢体を持っているが、それだけに異様で無骨な大きな右腕が印象的なその人形。
SP524 Excutioner。処刑人と呼称されるエリート人形であり、ハンターにとって固い絆で結ばれた戦友だ。
その処刑人が、今しがたハンターが出てきた区画を見て眉をひそめた。
「そこから出てきたってことは・・・やられたのか?」
「ああ、見事に殺された」
告げられた言葉とは裏腹に、ハンターの表情に負の面は見られない。寧ろ嬉しそうですらあった。そう見えた処刑人は訝しげに首を傾げながらも言葉を紡いだ。
「誰にやられた?グリフィンか」
「そうだ。グリフィンの人間に殺された」
「へえ、人間に・・・。ん?はあ!?人間に!?」
またどこか嬉しそうに言うハンターを訝しげに思っていたせいで反応が遅れたが、あまりにも聞き捨てならない台詞に処刑人が声を荒げる。
処刑人にとって、グリフィンの人間は直接戦闘には関わらないくせに後ろでふんぞり返って偉そうにしているイメージしかなく、前線に出てくることはまずあり得ない存在だ。
その人間にハンターがやられたというのは、どうにも信じがたいものがあった。
それに構わずハンターはまた嬉しそうに頬を不敵につり上げて笑う。
「処刑人よ、私は"敵"と出会ったぞ。殺すべき敵にだ。奴と再び戦場で相見えるのが待ち遠しくてたまらない」
「お、おいおいどうしたんだ?なんか何時もと雰囲気が違うぞ?」
一体全体どうしたんだと、処刑人は誰にでもなく声を大にして聞きたくなった。
人間に殺されたという戦友が、そのことを何故か嬉しそうに語り、挙げ句の果てには待ち遠しいときた。
整理してみても訳がわからない。ここまで長い付き合いだが、これほど様子のおかしいハンターは初めて見た。
「ああそうだ。処刑人、ナイフを持ってないか?」
「あ、ああ。あるぞ」
おずおずと処刑人がナイフを差し出す。
ナイフを受け取ったハンターは、刃を自身の左頬へとあてると、一切の躊躇いもなく切り裂いた。
すぐに人工血液が噴き出し顎から滴り落ち胸元が赤く滲む。
「何してんだ!?やっぱどこかおかしいんじゃないか!?起動時にエラーでも抱えたか!?」
「大丈夫だ処刑人。どこもおかしくはない。それに、これはただのケジメだ」
血のついたナイフをジャケットの袖で拭ってから、クルリと反転させ処刑人に柄を向けて返す。
「ヤツを殺すその時まで、私はこの疵を決して消さない。そう決めた」
切り裂かれた頬から溢れていた血は、いつの間にか止まっていた。
呆然としている処刑人を余所に、ハンターは彼女の横をスルリと通りすぎ通路の向こうへと、それはそれは軽い足取りで歩いていった。
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深い深い暗闇の底に沈んでいた意識は、ふとした瞬間に急浮上。覚醒へと至らせた。
霞んでいた視界も徐々にピントが定まって明確になっていく。真っ先に目に入ったのは、あまり見慣れない真っ白な天井であった。
状況を確認していく。まず右腕に、何か針状のものが刺さっている。その針からチューブが延びていて、スタンドから吊るされた液体の入った袋に繋がっている。点滴だ。
入院患者が着る入院着を纏い、その下にはギプスや包帯といった治療の痕跡が色濃く残り、なおかつ今まで自分が寝ていたのがリクライニング機能がついたベッドである、という事実も踏まえて、ここが病院であるという結論を、ブリッツは出した。
どうやら個室のようで、今は自分以外この部屋には誰もいない。窓の方へと視線を向ければ、白いカーテンが窓を覆っているが、その裏には陽光の存在があるのが見えた。
時計がないため断定は出来ないが、陽光の入り方からみて正午過ぎあたりだろう。
脱力し、最初と同様に天井を見上げた。
「また・・・生き残ってしまったか」
そんな言葉がついて出た。それは一体自分のどこの感情から出た言葉だったのか。自分で言ったにも関わらず、ブリッツはそれを判断できなかった。
死を覚悟し、それでもこうして生き残れた安堵か。無事、とは言えないが生きたまま一度目の復讐を果たせたことのささやかな達成感からか。
それとも、死ねなかった事の無念か。
どれが一番近いのか。感情の整理をしようとぼんやりと天井を見上げていると、なんの前触れもなく病室の扉が開いた。
視線を向ける。背筋をピンと伸ばし、重厚な赤いコートを着こなす厳格だが、とても落ち着いた雰囲気の女性。
彼の上司であるヘリアントス上級代行官が、右手にタブレット端末を持って病室にやってきた。ヘリアントスは病室に入るなり目を見開いてブリッツを見た。
「もう意識があるのか。頑丈だな」
咳払いを一つ挟んでから、ヘリアンは一言告げてベッドへと近寄る。ブリッツもそれに合わせて上体を起こし姿勢を正す。
それを見たヘリアンは目を細める。
「・・・痛くないのか?」
「とても痛いです」
「無理をするな。重傷なのだぞ。大人しく寝ていろ」
失礼しますと、一言断ってからブリッツは横たわる。しかし寝たままというのも具合が悪いので、ベッドのリクライニング機能で上体を支える形で起こした。
「ヘリアントス上級代行官。作戦はどうなりましたか」
「まだ終わってはいない。が、成功したと言っていいだろう。貴官の働きによって、作戦区域にいた鉄血人形は行動を停止。今は、メリー・ウォーカー指揮官が引き継ぎ掃討戦を開始している。貴官が撃破したハイエンドモデル、ハンターも回収した。今は16LABに移送され、解析している。R12地区奪還は成功したと、クルーガーさんも見ている」
「・・・どれくらい寝てましたか」
「20時間ほどだ。・・・正直、もう目を覚まさないだろうと思っていた」
言って、ヘリアンはベッド近くにあるパイプ椅子に腰掛けて、手元のタブレットを立ち上げてディスプレイを見る。
「右肋骨2、3、4番。左肋骨5、6、7番完全骨折。それによる外傷性気胸。左大腿骨不完全骨折。その他大量出血に内臓破裂、全身打撲。なお、搬送中および外科的処置の最中それぞれ一度ずつ、最大30秒の心肺停止」
タブレットに表示されていたであろうブリッツのカルテ。それを音読みしたヘリアンは一拍ほど間を空け、呼吸を整えてからブリッツに視線を戻した。
「なぜ生きている」
「悪運が強いんです」
しれっと答えるブリッツに、ヘリアンは驚きを通り越して呆れた。
死んでいてもおかしくない。というより、死んでないとおかしいくらいの負傷だ。だというのに病院に搬送されてから治療を受けたその十数時間後には意識が戻るレベルまでに回復している。
執刀した医師も驚いていた。瀕死であったブリッツを発見し搬送するまでに適切な応急処置が施されてはいたものの、それでも助かる見込みは低かったという。いくら医療技術が進化していると言っても、限界はある。ダメな時はダメなのだ。
それでも蘇生できてしまったのは、ブリッツの持つ強靭な生命力、もしくは精神力によるものが大きいと、医師は言っていた。
───いや、それはともかくだ。
「貴官が無事でよかった」
いつもの厳格な雰囲気が鳴りを潜め、とても穏やかな表情でヘリアンはブリッツを見た。
心の底から安堵している。そんな様子だった。
「思えば、私と貴官の初対面も、こんな感じだったな」
「そうでしたね。自分がいくら軍の人間だと言っても信じてくれなくて、あの時は本当に参りましたよ。軍は軍で、三日も経たずに自分をKIAとして処理していましたし」
「・・・あれからもう1年以上経つ。あの当時は不安の方が強かったが、今では、貴官を指揮官として迎え入れてよかったと思っている」
ヘリアンは腰かけていた椅子から立ち上がり、踵を返す。
「あまり長居しては貴官の体に障るだろう。今はゆっくり休み、傷を癒すことに専念しろ。ああそれと、医者は自分で呼べ」
「・・・ヘリアンさん」
病室を出ようとしたヘリアンの背中に声をかける。
「ありがとうございます」
ヘリアンは振り返りこそしなかったが、最後に「また様子を見に来る」と言い残し、病室を後にした。
自分以外誰もいなくなった病室に静寂が訪れた。空調機の稼働音が耳障りに思えるほどの静寂だ。
そんな中でついた息も、普段より大きく聞こえた。
「気を遣わせてしまったか」
枕元にあるナースコールを探し当て、そっと握る。
「さて、どうなるかな」
これから訪れるであろう医者の対応と、そしてその後やって来るであろう"後始末"を思いながら、ブリッツはナースコールのボタンを押した。
────30秒も経たず、担当する医師が看護師数名を引き連れ病室へと飛び込んできた。
そこからは怒濤であった。治療を受けたばかりでまともに動かせない体でも問題ない程度のメディカルチェック。搬送された時の状況と治療内容。どれくらいの期間を治療に宛てるかなどなど。
それはそれは長々と説明を受けた。
それもようやく落ち着き、すっかり陽も落ち始め空がオレンジ色に染まり行く時間に。
治療中で本調子でない肉体的な疲労もあるが、それ以上の精神的疲労感も重くのし掛かっているなかで、病室のドアがノックされた。
それに対しどうぞと応答すれば、ドアは静かに開き、来訪者がその姿を見せた。
「気分はどうだ、現場指揮官」
「クルーガー社長っ」
やってきたのはグリフィンの最高責任者であるベレゾヴィッチ・クルーガーその人であった。
横たわっていた体の上体だけを素早く起こし敬礼。その際体の節々に激痛が走るが表情には出さないよう努めた。
「そのままでいい。無理をするな」
「はい、失礼します」
敬礼を崩すも、上体を起こしたままなのは止めず、まっすぐクルーガーを見る。
そんな様子のブリッツに、クルーガーはやれやれと言う代わりに一つ息をついた。
「怪我はどうだ」
「しばらく安静にしていろ、とのことです」
「なるほど、見た目通りというわけだ」
クルーガーはベッド近くの椅子に腰掛け腕を組んだ。
彼自身が大柄であることもあってか、座っても尚形容しがたい圧力がある。彼の立場がそうさせるのか、それとも生来からのものなのか。
その判断をブリッツが下すことはもう出来ないが。クルーガーが纏っているこの雰囲気から見て察するに、あまり良い話を持ってきた訳ではなさそうだとブリッツは思った。
「ブリッツ指揮官。今回の作戦で、ハイエンドモデルであるハンターを撃破した戦果。称賛に値する」
「恐縮です」
「───が、しかしだ。それだけに今回の作戦、
やはりか。厳かな声色で告げられたその台詞は、ブリッツは内心でそう溢した。
予想通りに、良い話ではなかった。
ブリッツ自身、今回の作戦については色々思うところはあった。特に、敵部隊の追跡だ。
敵の罠にはまり、部下を残して一人落伍し、その後の指揮は全く出来なかった。
もう一人の指揮官であるメリーも、防御陣地構築にその後の指揮もあった。とても任せられる状況にはなかったと思える。
おまけにこうして重傷を負う。
下手をすれば、指揮官を失った第一部隊はそのまま敵地のど真ん中で孤立し嬲り殺しにされ、メリーのいる拠点に大群が押し寄せそのまま蹂躙される。そんな結末を迎えていたかもしれないのだ。
特別現場指揮官に任命された立場からして、このミスはあってはならない重大な失態だ。グリフィンの指揮官としても兵士としても、これは到底許容できるミスではない。
「なにか弁明はあるか」
「ありません。どのような処分であっても、厳粛に受け止める覚悟です」
じっと、クルーガーの目を見る。いかなる厳罰をも受ける覚悟はできている。
減給処分なんて、そんな甘い物ではないだろう。降格処分で多目的戦闘群の解体か。もしくは後方の雑用に回されるか。それとも除名されるか。
いずれにしても、それで失態の埋め合わせが出来ると言うのであればそれを受け止める。部下の皆には申し訳ないが、致し方ない。
しばし両名の間に沈黙が流れる。空調機の音や外の通路を行き交う看護師の足音がやけに煩わしく思える。
そんな重く苦しい時間を破ったのは、クルーガーの小さなため息であった。
「ここに来る前、ヘリアン経由で渡されたものがある。R09地区指揮官のメリー・ウォーカーからの嘆願書だ」
「ウォーカー指揮官から?」
「お前の処分を軽くしてくれ、とのことだ。ヘリアンからも言われた」
ブリッツは驚いて目を丸くする。それに構わずクルーガーは続ける。
「ブリッツ指揮官はR12地区奪還のために文字通り命懸けで尽力した。アクシデントはあったものの、ブリッツ指揮官の奮闘とその結果は評価されるべきだ。というのが彼女の言い分だ。ヘリアンも、ここまでの戦果や功績、実力を考えればお前を戦線から遠ざけるのは好ましくはないと。16LABのペルシカリアも、『貴重なハイエンドモデルのサンプルが手に入ったのだから、あまり悪いようにはしないでほしい』と、先程通信があった」
そこまで話してクルーガーはやれやれといった具合に肩を竦めた。
片やブリッツは、今しがた告げられた言葉を上手く受け止められなかった。
何でどうしてわからない。そんな様々な感情がごちゃ混ぜになった心境だった。
「確かにハイエンドモデルを、
現状、生身の人間が単独でハイエンドモデルを撃破したという
そんな存在を撃破した一人の人間。確かに破格だろう。
残酷な言い方ではあるが、クルーガーの言うことは尤もである。
「だが実直なお前のことだ。どうしてもケジメが必要というならば、行動で示してくれ」
どう言うことだろうか。ブリッツはクルーガーの次の言葉を待つ。
「R12地区を奪還できたことをきっかけに、鉄血に対する大規模な攻勢作戦が立ち上がった。奪還した地区の復興と、まだ計画を立案したばかりの段階で詳細は決まっていないので話せないが、お前たち多目的戦闘群にはこの攻勢作戦に参加してもらう。ハッキリ言おう。かなり危険な作戦任務だ。が、拒否は認めん」
椅子から立ち上がり、クルーガーがブリッツを見下ろす。
「必ず成功させろ。何がなんでもだ。それがお前が取るべき責任だ」
身が震えるほどの感情が沸き上がる。
なんということか。
自分の失態を挽回する機会をくれるどころか、そんな大事な役目を与えてくれるとは。
必要とされているのだ。期待されているのだ。自分の力が。嬉しくないわけがないのだ。
気付けば、ベッドから降りて立ち上がっていた。
怪我の痛みなど、完全に忘れてしまっていた。
「任務、了解しました」
敬礼する。感謝と喜びを表すように。
必ず任務を遂行するという義務と使命をもって。
────この3時間後。ブリッツから引き継いだメリー・ウォーカー指揮官主導の掃討戦が終了。該当地区の鉄血勢力の完全駆逐が確認された。
これによりR12地区奪還戦を終了。メリー・ウォーカー指揮官には一週間の休暇と資材等の準備期間がもうけられた。
重傷を負ったブリッツ指揮官には3ヶ月間の治療期間中全ての作戦行動の参加を見合わせられ、その間の緊急出撃が必要な際は代理の指揮官を立てることとした。なお3ヶ月の内一ヶ月は絶対安静とし、病院の外に出ることを禁じられた。
次回、本編最終回。
書きたい話はいくつもありますが、一旦締め括ります。
それはそれとして感想ください