秋月型4番艦の初月であるボクが提督学校に来て7日目。今日が初めての休日だ。
つい最近まで前線にいたから、空襲警報も戦闘出撃も遠征も死ぬ危険がない"退屈"な毎日自体が休みに感じられた。
本土はとても平和で、自分の部屋で1人ぼぅっと過ごしているだけなのはなんだか静かすぎて寂しい。かといって出かける用事も特にはない。
提督は自由に過ごしていい、と言っていたが自由とはなんだろうか。今日の休日には選ぶ選択肢がなく、命令もない。
いったい休日とはどうやって過ごすのだったか。
前線では休みの日と言ったら、基地内で他の艦娘たちとチェスをして本を読んだりしていた。緊急の出撃命令が来てもいいように基地の外に出るのなんてことは滅多になく、他の艦娘たちもボクと同じように過ごしていた。
ここではそれと同じのはできない。出撃はなく、仲がいい艦娘もいないからだ。
……とりあえず外に出よう。幸いにして今日はいい天気だ。散歩日和としては中々だと思う。
支給されている制服で部屋の外に出ると、タイミングよく駆逐の艦娘と出会った。
その艦娘は親潮という名前の子。
顔はボクと同じぐらいの幼さ。髪色は黒で長さは肩あたりまでのストレートなセミロングで、ヘアピンをつけておしゃれにしている。
目の色は薄黄色。服はワイシャツの上にベストタイプのブレザー、下は黒のプリーツスカートを履いている。白い手袋を身に着けた手には熊手とバケツを持っていた。
親潮はボクと違って女性的なかわいらしさと清楚な雰囲気をもっている。
「ちょうどいいところで会いましたね。これから潮干狩りに行きますけど、よかったら初月さんも行きませんか?」
挨拶する暇も与えてくれない親潮はボクの手を掴むと、有無を言わさず潮干狩りへと連れて行こうとする。予定がないボクは抵抗もせずにそのままつれていかれる。
途中、倉庫に寄って親潮に熊手とバケツひとつを持たされてから着いたのは、士官学校の敷地内にある海岸だった。
この海岸は民間の人が近寄ることはできず、軍人か艦娘しか利用ができない。
利用といっても艦娘は使うことはそうなく、提督候補生が砂浜から訓練の遠泳をするぐらいだ。
今は干潮の時間帯で潮が引いており、あたりには全部で20人ほどの様々な艦種の艦娘が仲良くグループを組む子たち、または1人静かに掘っている海外艦の子。
その子たちは砂浜へとしゃがんでは砂を掘り返している。
ボクは親潮に手を引かれ、その艦娘たちから10mほど離れた場所へと行く。
「このあたりでやりましょうか。アサリがいそうな気配がしますので」
そう言った親潮は繋いだ手を離すと波打ち際に行き、持っていたバケツに海水を入れるとバケツを砂浜へと置くと、手に持った熊手で砂浜の砂をかきわけていく。
そんな姿を見ながら、ボクは潮干狩りの経験がないために同じくバケツに海水を入れてから見様見真似で熊手を使って掘っていく。
周囲は賑やかに会話をしているけれど、ボクたちの間には何の言葉もない。
ただ静かにアサリを取っていくだけだ。……ボクのほうは何も見つけていないが。
「私、初月さんと話がしたかったんです」
「期待に応えられればいいけど」
しゃりしゃりと音を立てていると、不意にそんなことを聞かれる。
ここで仕事をするようになってからは他の艦娘と話をする機会がなく、提督の顔に泥を塗らないように仕事に関する勉強と仕事をする日々だった。
本来は来る予定のなかった艦娘のボクに対して興味を持っているらしい。
「今まで学校にいる正規の軍人で艦娘を連れている人はいなかったたんです。私がここに来てから……私は今年で4年目になりますけど、今まで見たことがなくて」
「前例がないからボクに興味を持ったと」
「はい。それに駆逐の艦娘でしたから」
そう言った親潮は手を止め、まっすぐとボクの目を見つめてくる。
その目は敵を見るような、けれど寂しく、うらやましさがある感情が入り混じった目。そんな目で見られたのは初めてで、ボクはなんて返事をすればいいかわからない。
「わざわざ連れて来るのなら、あまり役に立たない駆逐はおかしいと?」
「はい。あ、初月さんが悪いというのではなく、駆逐全体に対する意見ですからね。その駆逐である私たちのような幼い外見の艦娘が一緒にいると相手から下に見られますし、艦娘を知らない一般人からは変な人扱いをされます。それに……」
「それに?」
言葉を止めた親潮は恥ずかしそうに言いよどみ、10秒ほどの時間を置いてから言葉を続けた。
「私たちは色々と小さい部分がありますので、大きいのが好きである男性の性的欲求を満たさないものかと……。だから駆逐の艦娘をそばに置くのは非常に珍しいと思いまして」
「ボクの提督は小さい胸がとても好きなんだ。でもただ好きというだけじゃなく、小さい胸を持つ艦娘を探しているような。それに、ボクを通して誰かを見ているのがわかる」
そのことが少しだけ寂しく感じる。ボクだけを見て欲しい、そんなことを思うのは贅沢だろうか? でもボクがそれで必要になれるのなら悪くはない。必要とされる限りボクは提督とずっと一緒にいれるのだから。
「それは……ちょっと寂しくありませんか?」
「提督と一緒に居れるのなら、なんだってかまわないさ」
親潮はそれを聞くと、困ったような寂しげな笑みを浮かべた。
それを見たボクは言葉を続けず、潮干狩りの作業を再開する。
どこを掘ればいいかわからず、そこらをざばーっと掘っているが出てくるのは砂と海水のみ。
離れたところにいる他の艦娘を見ると、少数ながらも採れている姿が見える。
周囲ができているのに自分ができないと、ぐぬぬという悔しい気持ちになってくる。
今度はもう少し深く掘ってみようかと思ったとき、親潮に声をかけられた。
「アサリを探すときは注意深く地面を見てください。ほら、そこに小さい穴が空いていますよね。あそこは吸水管、呼吸するための穴なんです」
親潮が指差したところには確かに穴がある。そこを親潮が掘っていくとすぐにアサリが出てきた。
さすが経験者だなと感心し、親潮が指差したところを掘るとアサリがいた。
それを手に取り、初めて何かを収穫する感覚にボク自身の心が喜んでいるのというのがわかる。そう、それは他の感覚と比較できない初めてのもの。
そのアサリを色々な角度で眺めたあと、そっと丁寧にバケツの底へと置く。
あぁ、どうしよう。まさか潮干狩りがこんなにも楽しいだなんて思わなかった。
自然と笑みが出てくるのが自分でもわかる。
「楽しいですか?」
「楽しい。こう、普通に捕るというのは新鮮だ。前線だと、浅瀬に砲撃や爆雷を投げては浮かんできた魚を捕ったのとは大違いだ」
「……それ、場所が荒れて次から取れなくなりません?」
困惑気味な様子の親潮だが、そんなにおかしいことだろうか。弾薬は使うけど、簡単かつ短時間で魚が捕れるのはとてもいいことだと思う。魚の体に破片が入ることや、身がばらばらになってしまうこともあるけど小さな問題だ。
「場所はたくさんあったから問題なかった。……そうだ、こっちでもやってみようか」
「待って、待ってください! こっちだと私たちが使える海の場所って少ないんです! それにそんなことしたら怒られます! 独房入りですよ!?」
大きな声をあげながら立ち上がり、まっすぐにした手の平をボクへと向けて制止してくる。
「1度試すぐらいなら―――」
「ダメです! 絶対にやめてください。あなたの提督にも迷惑がかかりますよ?」
「……それは嫌だな。砲撃をするのはやめておこう」
ボクがそう言うと、親潮は安心したため息をついてしゃがみこむ。
「本当に提督が好きなんですね。初月さんが迷惑をかけたくないと思う提督なら会ってみたいです」
「自慢の提督だ。会うことがあったら、話してみるといい。それと少し訂正することがある」
「なんです?」
「さっきの話だが、提督がボクを連れてきたんじゃなくてボクが無理についてきたんだ。離れるのが嫌で、段ボールに入って船で密航して」
「密航ですか」
「そう、密航だ。ボクの提督は優しくて素敵だからな。怒られたはしたものの、送り返されずに提督学校所属の艦娘として暮らすことを許してくれた」
静かに驚く親潮に、ボクは自慢げに言う。
だって、そうだろ? 優しく、艦娘としては役に立たないボクを受け入れてくれる提督は世界で最もいい男だと思う。
「それは、それはまるで恋愛小説のようです! 愛する人を求めて遠くからやってきただなんて! 提督と艦娘の恋愛は時々聞きますけど、恋なんですね!」
今までの落ち着いていた様子とは違い、ボクへと1歩近づいて興奮したふうに言う姿に戸惑ってしまう。
恋愛小説、なんだろうか。ボクはまた捨てられたくなくて来ただけなのに。そもそもボクが提督に抱いている感情は、恋愛感情なんかじゃない。言葉にするのなら…………なんだろう?
好きではあるけれど、それをどういう好きかがわからない。でもずっと一緒にいて、離れたくないというのはわかっている。
「では小説みたいに初月さんが提督のおそばで色々お世話を?」
「もちろんだとも。きちんとお世話されている」
今の生活は満足しているというように優しく言うも、親潮は目をつむり頭を片手で押さえて辛そうだ。
なにかあったんだろうかと親潮が元に戻るまで地面を掘ってアサリを探すことにする。
しゃりしゃり。
掘っていると小さなため息が聞こえ、掘る手を休めて親潮の方へと顔を向ける。
「あまりの予想外なことに驚いてしまいました。聞いていると、あなたの提督はよほど人格が優れている気がしてきますね」
「だろう? それにボクはただ世話をされているだけじゃない。癒しとして働いているんだ。提督はボクの小さい胸を眺めているだけで満足しているからな!」
「その、それは小さいからではなく、初月さんだからではないでしょうか?」
「そんなことはないと思う。ここに来てから好きなだけ小さい胸の子を眺めていたから。親潮もいい感じの小ささだから提督もきっと気に入ると思う」
「……中身ではなく、外見で気に入られるのは複雑な気がしますね」
「そうかな。それでも気に入ってもらえるところがあって、大事にしてくれるのはいいことだと思う」
「大事にしてくれれば、他はいいと?」
「そうは言っていない。提督は個人を大事にしてくれている。悪いことをすれば怒るし、悲しいことがあれば一緒に泣いてくれる。そんな人なんだ」
提督はボクにとって愛おしくて大切な人。
前線でいらない子扱いだったボクを拾ってくれ、大事にし、自信を持たせてくれるために駆逐でも戦艦相手に昼間での戦闘はできると証明してくれた。
でもその代わりにボクが以前いた前線の提督に嫌われ、艦娘の運用に対するメンツを潰してしまったから出世の道は閉ざされてしまった。
本人は気にしているどころか、艦娘と会える場所での仕事を喜んではいる。でも資料整理が仕事だなんてのは周囲からバカにされやすい。ボクの提督はもっと尊敬されるべきだ。だからボクとしてはこの提督学校にいるあいだは、いかにボクの提督が優れているかを艦娘たちに教え、理解させたいところだ。
そんな提督のことを考えると、無性に会いたくてたまらなくなってくる。
「ボクは急に提督と会いたくなってきたから、潮干狩りはやめることにする。今日は誘ってくれてありがとう、親潮」
そう言ってボクは熊手とアサリが4個入ったバケツを持って立ち上がる。
「待ってください。もう砂抜きした私のアサリがあるのでもらってくれませんか? そのままだと食べるのに時間がかかりますし、量も足りないかと」
「いいのか?」
「はい。私に話をしてくれたお礼です。部屋にある冷蔵庫にしまってあるので一緒に行きましょうか」
親潮は立ち上がると、ボクより先に艦娘寮へと歩いていく。ボクは親潮の後ろ姿を追いかけ、横へとならぶ。
熊手を水道水で洗ってから倉庫に戻し、アサリが入ったバケツをいったん寮の入り口へと置く。
そうしてから寮へと入ろうとしたとき、親潮が足を止めてボクへとゆっくり振り向いてくる。
「……自分の提督がいるというのは幸せなのでしょうか。私みたいな駆逐の艦娘は色々なところを転々として、オトリとして使いつぶされるのが当たり前で。私みたいに戦場が怖くなって使いづらくなった前線帰りが集まるここでは、あなたみたいに信頼できる提督がいるという感覚がわからないんです」
「いつか、親潮が自分の提督を見つけた時は今のボクみたいに毎日が楽しくなるよ」
「私にそんな日が来るでしょうか?」
「来るさ。艦娘は戦うために生まれたんだから必要としてくれる人はいる。ボクはそう思い続けて今の提督に出会えたんだ」
不安な表情を続ける親潮の手を掴み、ボクは寮へと入っていく。
そして親潮の部屋でアサリを受け取り、感謝の言葉を言ってから提督が住む士官用の部屋へと行く。
掃除が行き届いた部屋に入って冷蔵庫にアサリを入れるとき、提督が喜んでくれたら嬉しいなという考えが自然と出てきてしまう。
親潮に言ったことは嘘じゃない。提督がいるから今のボクがある。そう、提督は希望の光だ。その光があるからボクは自分の人生が素敵なものになっていっている実感がある。
いつか提督に恩返しがしたいものだ。と、なると今のボクには持っていないものを持つ必要がある。
それは料理や掃除とか、そんなことをだ。もしくは学校で1番優秀な駆逐を目指すのもありかもしれない。
何が必要かを焦らず、じっくりと考えていこう。いつか、提督がボクへと心からの満面の笑みを向けてくれる日にわくわくしながら。
書いていた話だから、投稿したかった。