ソロキャンガールとソロ山ボーイ   作:団子・ヘアー

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明日更新する予定でしたが、忙しいので今日に。

今回のお話は原作と若干の違いがあります。
原作では志摩さんはバイトですが、このお話ではバイトはお休みです。
休みって大事ですよね


第4話

 野クルの部室で、棚に座って昨日のキャンプの写真を整理していると扉が勢いよく開かれた。

 腰に手を当てジャージに着替えた大垣を筆頭に、犬山さん、各務原さんと続いて部屋に入ってくる。

 

「ヤトー、なんだその格好は」

 

 僕の全身を一瞥した大垣が言った。

 

「制服だけど、着替えたほうがいいかな」

「あたりまえだ! 野クルのメンバーとしての誇りが貴様にはないのか」

「こら」と犬山さんが大垣の頭を優しくたたく。「ごめんなー、谷津くん。なんだかんだあき谷津くんのこと意識しててなー――」

 

 言葉の途中で、大垣が犬山さんに襲いかかる。

 

「こ、こらあき。やめ――」

「何のことだかさっぱりわからんなー!」

 

 犬山さんの口を覆うべく手を伸ばす大垣と、それを逃れようとする犬山さん。

 外でやるぶんには構わないが、ここは人1人通れるスペースしかない野クルの活動拠点。

 彼女たちを止めるべくあたふたする各務原さんが巻き込まれるという惨事に発展し、部室に舞った埃が落ち着く頃には、息をきらして苦しそうにする3人の少女の姿があった。

 

「早う部室もらいたいわ……」

「人数は満たしたが何故貰えないのか……」

「あきちゃん、もう一度先生に言おうよ」

 

 聞いた話によれば、部室を用意するのに時間がかかり、顧問云々の問題でなかなか進展しないそうだ。

 

「狭いけど、この場所好きだけどなぁ」

 

 テントの中にいるような安心感が。

 また、秘密基地のような雰囲気があって僕はこの空間を気に入っていた。

 

「夏場とかすげー暑いぞ」

「冬は寒いしなぁ」

「教室からもちょっと遠いよね」

 

 どうやら彼女たちはこの部室にあまり良い印象を抱いていないようだった。

 

「まあでも、野クルなんだし活動は外でしょ?」

「そうだった!」

 

 彼女たちは揃って衝撃を受けたような表情をする。

 

「ヤトー、今すぐ着替えろ。作戦会議だ!」

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 ジャージに着替えた僕は、焚き火の前であぐらをかいて座っていた。

 となりには犬山さん、各務原さんと座っている。

 

「よーしお前らよく聞け」

 

 腕を組んで仁王立ちする大垣が言った。

 

「野クルも4人になった事だ。本格的に『冬キャンプ』の準備を始める!」

「おす!!」と各務原さん。

「オス!!」と犬山さん。

「おす」と僕と続く。

「ぶちょう!!」と各務原さんが勢いよく手を上げる。「いつキャンプやるんですかっ!?」

「これから決めてくぞー」

「ぶちょう!! どこでキャンプやるんですかっ!?」

「それも決めるぞー。おちつけー」

「ぶちょう!! おやつは――」

「おまえちょっと黙ってろや」

 

 そんな一幕があったあと、ベンチに腰かけた犬山さんを進行役にキャンプの準備について話し合いがされることになった。

 

「じゃ、まず持ってく物。私メモするから上げてっててなー」

「テントと寝袋」と大垣が言う。

「着替えと歯磨きセット」と各務原さん。

「焚き火台とコンロ」と僕が続ける。

 

 ウクレレやハンモック、フリスピーなどのアウトドアグッズが大垣と各務原さんから挙がったが、犬山さんは苦笑するばかりで必需品のみをピックアップした。

 

「テントは980円テントがあるんやけど……」

 

 犬山さんが謝意の眼差しで僕を見る。

 

「気にしないで。僕は自分のを持っていくから」

 

 女の子ばかりの部活動に、たった1人の異性がいる。同じテントを使うわけにはいかないし、テントの人数制限も超過してしまう。

 犬山さんは僕の言い分に何やら考える素振りを見せる。

 

「どうした、イヌ子」と大垣に声を掛けられて犬山さんはかぶりを振った。

 

「次はカセットコンロやな……」

「はいっ!! うちにあるよ!!」

 

 各務原さんが主張する。

 

「ランタンは防災用のがうちにあったな」

「焚き火セットはどうする?」

「僕が持っていくよ。バイク持ってるし、重いものは僕が担当する」

「バイクって原付か?」と大垣が訊ねる。

「単車。人力で運ぶよりよほどいい」

「中型バイクを持っていて、趣味がキャンプに登山って……渋いじゃねぇか、ヤトー……」

 

 大垣は、彼女なりの渋い表情にグッドサインを作った。

 

「あとはシュラフやな。夏用のが部室にあったし、一回部屋に戻ろか」

「シュラフ!?」と各務原さんが目を見開いた。「何だかキャンプっぽい!」

「それが活動内容だからな」

 

 焚き火を消して部室に戻る少女たちのあとをついて歩いていると、ポケットに入れたスマートフォンが振動した。

 

「ごめん、みんな。用事ができた。先、行ってて」

 

 通知を確認すると斉藤さんから「図書室に来て」と連絡があった。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 初めて男子とキャンプをした。

 人の少ない図書室のカウンターで、アルバムを整理していた志摩リンは、何枚か撮った風景写真の中――谷津岳人が映った写真でスクロールする手を止めた。

 

 盗撮だよな、これ。どうしよう……

 自分のとなりで安らかな寝息をたてる谷津を見たリンは、何を思ったのか彼の寝顔をアルバムに収めたのだった。

 キャンプをしているときはさほど感じなかった罪悪感も、時間を重ねるにつれて色濃く映り、リンは谷津に謝りたい気持ちで一杯だった。

 

「さっきからニヤニヤしたり厳しい表情したりどうしたの?」

 

 突然の斉藤の声にリンは驚き、手にもったスマホを危うく落としそうになった。

 

「な、なんでもない」

「何かあるときの言い訳じゃんそれ」

 

 結局リンは、谷津とキャンプをしたこと。彼の写真を許可なく撮影し、謝りたいことを斉藤に話した。

 斉藤は谷津との思い出を饒舌に語るリンを見て、彼女の変化に気がついた。

 また、彼女がとても真面目だということも改めて理解し、斉藤は志摩リンという少女にさらに好感をもった。

 

「何だか谷津くんが羨ましいよ」

 

 谷津にチャットでメッセージを送りながら斉藤は言った。

 リンは首を傾げて斉藤を見る。

 

「私も一緒にキャンプいこうかなー」

「寒いぞ、いまの時期」

「じゃあもう少し暖かくなったらにするね」

「あと半年はムリだな」

「リンって夏もキャンプするんだっけ?」

 

 斉藤の質問を受けたリンは、菫色の瞳を窓の外に向けた。

 

「……まあ、ぼちぼち」

 

 思い出されるのは、谷津との約束。

 寒々しい木々が緑の衣を纏い、蝉が命を燃やして鳴き声をあげる夏に、リンと谷津は同じ時間を共有する約束を交わした。

 

「夏キャンプかー。ちくわも喜ぶかな」

「人多いぞ」

「そこはほら、穴場的なのをリンが見つけるんだよ」

「善処する」

「谷津くんと探してね」

「おい、なんでそこであいつが出てくる」

 

 谷津岳人という男の子に過剰な反応を示すリンが面白くて、斉藤は何かと谷津をリンと絡めたかった。

 

「夫婦だから?」

「……っ」

 

 リンの頬が紅葉のように色づいてマフラーに隠れた。

 非難の眼差しを受ける斉藤は、目の前の少女が谷津岳人に少なからず好意を抱いていることを知った。

 

「うんうん。いい感じだねー」

 

 満足げに斉藤は頷く。

 出入り口の扉が開かれて、ストーブで暖まった空間に冷たい空気が流れ込む。

 ジャージから制服に着替えた谷津が呼び出しに応じて図書室に現れた。

 

「遅くなってごめんね」

 

 数分前の会話を思い出したのか、リンの耳朶が赤く染まった。

 斉藤を横目で見ると、悪戯が成功したことを喜ぶ子供のような表情をしていた。

 リンは内心でため息を吐くが、斉藤の気遣いに感謝する。

 喉につかえた「ごめん」という言葉。

 やっと刺をとることができるのだ。

 

「ガク、実は話したいことがあって――」

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 図書室に入ると、僕の探していた斉藤さんはカウンターに凭れかかるようにして立っていた。

 傍らにはリンが椅子に座っている。

 ここ最近の見慣れた光景に僕は安堵する。雛壇の最上階に並ぶ男女を見るような安心感があった。

 

「遅くなってごめんね」

 

 斉藤さんは首を振る。

 彼女の視線がリンへと向かう。

 リンは僕を見据えていた。

 

「ガク、実は話したいことがあって」

 

 斉藤さんはやわらかな笑みを浮かべると、「そういうことだから」と僕の肩をたたいて図書室を出ていった。

 どうやら僕に用があったのは、斉藤さんではなくリンだったようだ。

 

「この前のキャンプで私、ガクにいたずらをして」

「うん」

「いたずら……ではないのかもしれないけど、ガクの寝顔を撮って……ごめん」

 

 彼女が差し出したスマホには、僕の寝顔が写っていた。

 生まれてはじめて見る自分の寝顔に恥ずかしくなる。

 大口を開けて寝ていなくてよかった。

 

「全然、このくらいじゃ怒らないよ。悪用するわけじゃないんでしょ?」

 

 こくり、とリンは首を縦に振る。

 

「ならいいよ。リンは真面目なんだね。すこし見習わなくちゃ」

「不器用じゃなくて?」

「どちらでもいい。普通の人なら気にしないようなことに罪悪感を感じる心が大事なんだ。不器用にしろ、真面目にしろ、僕にその意識はないし、とても尊いもののように思える」

「……わかった」

「うん。ねえ、リン。これから一緒に帰らない? 街を案内してもらいたいんだ」

 

 

 

 駅の改札を出るとレトロな街並みが広がっていた。先を歩くリンが振り返る。

 

「身延駅。アウトドアのお店も近くにあるよ」

 

 彼女に並んだ僕はあらためて周囲を一瞥する。夕暮れのコントラストに趣ある街並みが映え、雪を被った南アルプスがひょっこりと顔を覗かせている。

 

「リンはよく来るの?」

「キャンプ道具買うとなると、ネットかカリブーが近いからな」

 

 リンのいうアウトドアショップというのはカリブーという名前なのだろう。

 僕とリンは商店街を歩く。

 目指すお店は、商店街の端のほうにあるらしい。

 美味しいお店や近くのキャンプ場、歩いていて見える山の話しをしていると「そこのカップルさん」と僕たちに声がかかった。

 

「もしよかったら身延饅頭を食べてって。できたてで美味しいよ」

 

 試食用の饅頭を手にしたおばさんの声に僕たちは顔を見合わせた。

 カップルではないと否定の言葉が思い浮かぶが、リンは嫌そうな顔をしていなかった。

 そのままでいいか、と思った僕は、おばさんからつまようじに刺さった饅頭を受け取る。

 リンも同じように受け取ったのを確認すると、僕たちは「いただきます」とつぶやいてから頬張った。

 

「……あんこの甘さと塩気がいい塩梅で調和されていて、美味しい」

 

 僕の感想におばさんは快活に笑った。

 

「彼女さんもどう? 美味しいでしょ!」

「はい。あまりモッサリしていませんし、好きな味です」

「良いこと言うね! あんたいい彼女もったねー」

 

 おばさんが肘で僕の身体をつつく。

 

「ええ、魅力的な女性ですよ。残念ながら交際していないんですけどね」

「んなっ!?」とリンは取り乱す。

「あらまあ! だってさ、お嬢ちゃん。脈ありじゃない?」

 

 リンは「魅力的……残念ながら……」と反芻しながら俯いている。おばさんは自分の言葉が彼女に届いていないことに気づくと、興味の対象を僕へと寄せた。

 

「ぶっちゃけ、どうなの。付き合っちゃう?」

「その質問には答えられません。言葉は口に出すほど価値を失ってしまいますから」

「あんた……言うねえ! ウチの旦那にも聞かせてやりたい台詞だよ。安い口説き文句や謝罪の言葉ばかりを言うんだから」

 

 彼女の旦那さんに同情しながら、僕はおばさんに「4つ入りを1つください」と言って、料金を渡す。

 おばさんは一瞬面食らった表情をするが、すぐに「まいど」と笑って商品をビニール袋に入れて持ってきた。

 

「彼女さんと仲良くね」

 

 僕たちはおばさんに会釈をしてお店を離れる。

 となりを歩くリンは心此処にあらずといった様相でいる。

 

「リン」

「なにっ!?」

「赤信号、危ないよ」

 

 リンの袖を掴んで引き止める。

 急に動きを制限されたリンは、ロボットみたいな動きで停止し数歩後退して僕の目の前で落ち着いた。

 手を回せば彼女が僕の胸におさまってしまうような距離に、心臓が早鐘を打つ。

 近づいてみて初めて気づいたことだが、僕と彼女は頭1つ分以上の身長差があった。

 

「ありがと……」

 

 か細い声でリンはつぶやく。

 目の前をタクシーが通りすぎていった。運転手が僕を怪訝な眼差しで見ていた。

 

「僕のさっきの言葉でリンの調子を狂わせてしまったみたいだけど、僕もリンと同じで平常じゃないんだ」

「どうして?」

「気になる異性がとなりに居る。この状況で落ち着いていられるのはレイモンド・チャンドラーの小説の登場人物――ハードボイルドな人間だけさ」

「変なの」とリンは花がこすれるような小さな声で笑った。そして、僕の身体に寄りかかり――美術品のような巧緻な聴診器を僕の胸に当てたのだった。

 

「……ガクの心の音が聴こえる」

「どんな音?」

「繊細な音。雨どいから落ちる雨みたいに弱々しくて。でも、どこか力強くて、安心する」

 

 僕は迷った末に、右手をそっとリンの頭上へ乗せた。お団子には触れないように、後ろ側の頭を撫でる。

 リンは受け入れて、気持ちよさそうにしている。

 しばらくすると信号が青へと変わった。青信号を恨めしく思ったのは初めてだった。

 

「リン、落ち着いた?」

「……うん……ありがとう」

「青に変わったし、行こうか」

 

 自分の心を温めていた熱が離れる。

 リンは僕と肩がぶつかるような距離で並んだ。

 歩き始めると僕の手と彼女の手が触れ合った。

 彼女の潤んだ瞳が夕日を受けて、雫のようにきらめいた。

 白い吐息が消えていく。彼女の頬が熱っぽいのは夕暮れのせいではなかった。

 次に手が触れたタイミングで、僕はリンの華奢な手を握った。

 リンもまた、僕の手をつかむ。

 

「私も……」

 

 吐息のような儚い声。

 

「気になる異性がとなりに居るから……落ち着いてなんていられないよ」

 

 そう独白したリンは、僕よりすこし先を歩いて腕を引っ張った。

 夕日と彼女の姿が重なる。

 眩しさに目を細めた僕が見たのは、声に出さず何かをつぶやくリンの姿だった。

 

「……リン?」

「……っほら、行くよ」

 

 彼女の熱を感じながら、僕は決意する。

 いつか――近いうちに、この想いを伝えようと。

 まるで僕の決意を応援するように、橙色の空には夕陽へ溶け行く飛行機が赤い轍を残していた。




次回の更新は日曜日を予定しています。

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