making ICHIKA   作:どるふ

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悪夢

 東の空が白み始めた。

 夏はとうに終わり、夜明けが少しずつ遅くなってきている。と言っても朝早くと言っていい。

 クロエが静かに起き出して、同室のラウラとシャルロットには何も告げずに部屋を抜け出し、リーシュの部屋へ朝駆けを始めようとしている。

 

 

 

 そんな事とは全く関係なく、一夏は夢の中にいた。

 幼い日の夢だ。

 先日の学園祭に訪れた幼女よりも小さかった頃のこと。

 小学校に上がる前。幼稚園児になっていただろうか。

 幼い一夏が青空の下で無邪気に遊んでいたら、突然地面が抜けた。

 どこまでも落ちていき、息苦しさを覚えた。

 いつの間にか水の中にいる。

 息が出来ない。苦しい。水面はずっと上にあってキラキラと光っている。

 水面の向こうには知っている顔があった。

 黒髪黒目の少女はマドカではなく、もう一人の姉。

 手足をばたつかせてもがき続け、姉の千冬へ手を伸ばそうとするが、千冬は手を伸ばしてくれない。

 どうして助けてくれないのか。どうして悲しそうな顔をしているのか。

 

 息苦しさは限界に近付きつつあった。

 苦しいだけでなく、暑い。否、熱い。

 水はいつの間にかブクブクとあぶくを昇らせて煮立っている。

 全身が焼けるように熱く、体を溶かしてしまうのではないかと思われた。

 

――こんなに苦しいのにどうして千冬姉は助けてくれないの?

 

 舌足らずの声にならない声で、一夏は千冬へ叫び続けた。

 千冬は答えてくれない。

 悲しそうな顔で一夏を見下ろしている。

 一夏の中に絶望が下りてくる。

 しかし、諦めるわけにいかない。

 諦めてしまえば、このままドロドロに溶かされてしまう。

 諦めの悪さは、リーシュから散々教わって来た。

 出来る出来ないではなくやるかやらないか。

 どんなに分が悪くても、やらずに諦めるなんてサイテーだ。

 一夏は足掻き続け、溶け落ちそうな手で熱湯を搔き、崩れそうな足で煮え湯を蹴り、ついと水面に顔を出したと思えた瞬間、強い力で熱湯の中に押し込まれた。

 愕然と見上げれば千冬の隣にもう一人の人物があった。

 

――束さん……じゃない! ウサビッチ博士!!

 

 千冬の友人であり、幼馴染の箒の姉でもあり、リーシュがウサビッチと呼んで憚らず憎しみを隠そうとしない女性、篠ノ之束の姿があった。

 束は悪辣な笑みを浮かべて一夏の頭を押さえ付けている。邪悪な笑顔は魔女のようだ。

 あちらは少女に過ぎないと言えど、夢の中の一夏は幼稚園に入ったかどうかの幼い姿。力で敵うわけがなかった。

 

――くそ……、俺はこんなところで…………。

 

 叫ぶ力も失われつつあった。

 叫ぶための口も溶けてしまった。

 手も足も顔も体も、何もかもが溶けてしまった。

 何もかも溶けてしまって、自分は一体何者なんだろう。どうして目が見えるんだろう。

 

 唐突に視界が戻った。

 目の前にはセーラー服を着た千冬と束が立っている。

 千冬は悲しそうな顔をしている。

 束はいい笑みを浮かべている。

 

『今日からいっくんだね!』

 

――…………それはどういう…………。

 

 一夏の声は声にならず、誰にも届かなかった。

 視界が徐々に赤く染まっていく。

 視界と共に思考がぼやけていく。

 心のどこかの覚めた思考が、ようやく夢が終わることを教えてくれた。

 

 

 

 

 

「………………夢……か……」

 

 瞼を開けば見慣れた天井が目に映った。

 IS学園の学園寮の1025号室。

 昨夜眠った時と同じベッドの上に横たわっていた。

 ふうと深い息を吐きながら額に手をやると、べったりと冷たく湿った感触があった。

 思わず手を見ると汗で濡れている。指を擦るとやはりべっとりとしている。ただの汗ではなく、脂汗であるらしい。

 

「あ~~…………」

 

 唸りつつ体を起こすと異様に重い。

 何も考えず、頭を振った。

 酷い夢を見た、らしい。

 内容はもう思い出せない。

 酷い夢だったことだけは覚えていて、だからこんなに汗をかいてしまったのだろう。

 寝間着代わりに着ているTシャツどころかシーツまで濡れている。

 素肌の上に着ているものだからTシャツが体に張り付いて、白い無地だから透けて見えて。

 

「…………ん?」

 

 何かおかしなものが透けて見えているように思えた。

 いや、自分の体だし、そもそも人の体はそうなっているのだからそこがそうなっているのは誰であっても同じはずである。

 しかし、おかしいと感じたのはなぜか。

 位置が違う気がする。

 具体的には、こう、何というか、盛り上がっている。

 Tシャツの下に風船でも入れたような膨らみ方で、しかし間違いなく素肌にTシャツが擦れる感触がある。

 Tシャツの下には何も入れていない。しかし何かを入れたような膨らみ方をしている。そして素肌に生地が擦れるのを感じている。

 どういうことなのかわけがわからなかった。

 悪夢を見たことよりも寝起きで頭がはっきりと動かない。何を意味しているのかわからない。

 確かめるべきか、確かめていいのだろうか。

 働かない頭は思い通りに体を動かせず、どうすれば確かめられるのかもわからない。

 

 Tシャツをめくればいいと気付くのにどれだけかかった事か。

 Tシャツの裾を掴み、そこで少しだけ理性が戻って来た。

 

「あれ?」

 

 毎日見ている自分の手だ。

 自分の顔よりもよく見ている自分の手だ。

 僅かな変化でも気付く。

 手首が細くなっているような気がした。

 目の前で何度か手を開閉する。

 思い通りに動く。間違いなく自分の手である。それなのにどうして自分の手ではないように思ったのか。

 Tシャツをめくっていいのか。

 どうしてそんな事を確認しなければならないのか。

 そもそも一体何が入っているんだ!

 

 一夏は、ようやく目を覚ました。

 何がおかしいのかにも気づいた。

 どうして体を重く感じたのかも気付きつつあったが、気のせいだと思いたかった。

 おかしなことになっているが、目の前にある現実は否定できない。

 

 理性を取り戻したのが災いして、一夏は困惑の極致に陥った。

 何が起こっているのかわからない。

 自分の体に何かが起こったのはわかるが、どうして起こったのかわからない。

 

 どうして自分が。いやもしかしたら気のせいなのかも。

 

 思考は行きつ戻りつ。

 何度も逡巡し、否応なく膨らんだTシャツと細い手首が目に入り、一夏は決断した。

 確認しないではいられないのだ。

 Tシャツに掛けた手を一思いに持ち上げて、

 

「起きたか? 随分うなされていた様だが悪い夢でも見たのか? ……………………!?」

「ほ、箒?」

「誰だ貴様! 一夏はどこに行った何処へやった!?」

「いや待てオレだよオレ!」

「オレ!? オレオレ詐欺というやつだな! 私を詐欺にかけようとは後悔させてやろう!!」

「待て待て落ち着け!」

 

 箒は見た。

 一夏のベッドの上で、一夏ではない人物が、Tシャツをたくし上げている姿を。

 

 一夏ではないと断言した理由はとてもシンプルである。

 たくし上げられたTシャツから覗かせたものは、一夏は持っていないはずのもの。

 豊かな乳房があったのだから。




5話くらいまでは続くはず多分
本作のマドカは主人公の義妹、クロエは秘書、亡国機業は機能停止、スコールは愛人

本編の59話にもらった感想で、IFで一華か、ってのがあったと思ったのだけど退会したのか消したのかで確認できず
もっと別のとこだったかもだが、書いたよーってのが報告できないのがちょと残念

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