【完結】魔導士兄妹がゆく!   作:永瀬皓哉

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アリサの説得と、奏曲の失敗

「……は? えっ何言ってんのお前。話聞いてた? まだ五月なのに暑さで頭やられたの?」

「やられてないわよ。ついていくって言っただけ。すずかと二人で」

「本人のいないところで巻き込んでやるなよ……」

 

 ジェイルとの話し合いを終えてバニングス邸についた俺は、本来なら黙っておくつもりだったものの、クリシス曰く「最低限の責任」ということで、アリサにジェイルとのやり取りを包み隠さず話した。もちろん、例の「人質」についても含めて。

 すると何を思ったのか、アリサは「人質」という立場を知った上で、俺についてくると言ってきた。アホかな?

 というのも、俺はアリサとすずかを連れて行く気は端からなかった。俺にとって大切な者を連れてこい、っていうのがジェイルの条件なのだから、夜天が俺の中にいる以上、俺が行けば同時に夜天もついていくことになる。

 まぁジェイルが納得するかといえば、さすがにそれはないだろうが、少なくとも嘘偽りは一切ないのだから、それであちらが手を出せば器が知れる。それはジェイルの中の天才としてのプライドが許さないだろう。

 

 というか、ああいうタイプの人間って人を騙すのが好きな上に手玉に取られる経験がほとんどないから、策に乗せればキレるか楽しむかの二択なんだよな。たぶんジェイルは後者だと思うけど。

 人を騙して楽しまれるのは、騙した側からすればあんまり気分のいいもんじゃないが……まぁ、だから楽しむんだろうな、あいついい性格してそうだし。

 透霞に聞けばジェイルが「原作」に登場した人物なのか聞けるんだが、今の俺じゃあいつの協力を得られる立場じゃないから考えないようにしよう。メタ読みできたら楽なんだけどな。

 ところでジェイルとこうして交渉するのは「原作」とやらに準拠した動きなのか? また変な歴史改竄とかしてないだろうか。ま、そうそう歴史なんて変わらないか。HAHAHA!

 

「そのジェイルとかいう犯罪者を今の状態のままキープできるのは今のところあんただけなんでしょ? だったら出来る限り穏便に信頼を確保するに越したことはないわ。それに、今回はあたしもちゃんと裂夜の鎚を持っていく。今まであんたに任せっきりだったけど、もうあんたに全部背負わせるのはナシ! どうせ怪我して帰ってくるだけだし」

「裂夜の鎚があればいいってもんでもないだろ……あっちは本物の犯罪者だぞ。しかもマッドなほうの科学者ときてる。妙な実験のモルモットにでもされたら……」

「そうならないように、あんたが守ってくれるんでしょう? そうさせないように協力するのがあんたの役目で、あんたの機嫌を損ねないように首輪をかけておくのが向こうの狙い。それに、万が一のためにすずかも一緒にいけば、家でおとなしくしてるところを襲われるより安心だわ」

 

 それにすずかが「ノー」なんて言うはずがないわ、と自信満々に言われると、まぁ確かに、としか返せなくなる。

 実際、アリサの言う通りジェイルに首輪を嵌めるという点で、今回の交渉は極めていい方向に進んでいると言っていい。ジェイルは乗り気だし、すずかと一緒ならアリサ一人連れて行くよりも遥かに安心だ。それに、連れて行かなかったことで、この家そのものを狙われたらと思うと、行動を共にした方がいいというのも納得がいく。

 いや、でもさすがに……なぁ? 俺は別に学校なんてどうでもいいし、教師ウケも悪けりゃ先輩からも後輩からも疎まれている節があるから構わないが、アリサとすずかは違う。二人とも学校では成績も態度も優秀な優等生だ。教師からも親からも信頼の篤い二人を、俺の都合で連れて行くわけにはいかない。

 それに、ジェイルに首輪をつけられなかったとしても、今回の窃盗事件の犯人はもうわかったわけだし、狙いも知っている。放っておいて困ることもないだろうから、交渉決裂でも構わないわけだ。

 

「拘束期間は俺にもわからない、いつこっちに戻ってこられるか……そもそも帰ってこられる保証すらない。親も友達もいない場所に行って、やることは犯罪者の人質だ。デメリットしかないってわかるだろ」

「親も友達もいなくても、親友(アンタとすずか)がいる。犯罪者の人質ってのはアレだけど……アンタと気が合うってんなら興味がなくもないわ。将来パパの仕事を継ぐためにも、普通とは違う価値観の人間を学ぶってのも悪くないわ。人を使う術を知るいい機会になるかもしれないしね」

「お前……ジェイルをアゴで使う気か……?」

 

 いや、まぁ確かに想像できないこともないか。アリサみたいなタイプは案外ジェイルみたいな頭のネジ外れた奴のコントロールが上手そうだし、社会不適合者の天才ってのは現代社会においてそう少なくない。

 そうした人材を発掘して使いこなす術っていうのは、やっぱり天性のカリスマだけでなく、経験や知識がどうしても必要になる。ジェイルとの交流は、アリサがデビットさんの仕事を継ぐとすれば、まったく意味がない、なんてことはありえないだろう。

 だが、それでもやはり相手が犯罪者となると、簡単に首を縦に振るわけにもいかない。ジェイルの性格はどうあれ、あいつ自身の才能と立場が危険を生まないという保証はない。その技術と知識を奪おうとする輩はゼロではないし、管理局がジェイルの存在を嗅ぎつけて襲撃してくれば、戦闘は必至だ。

 

「……ならデビットさんに直接言ってこい。それで良いってんなら俺ももう文句は言わない。もしすずかを連れて行くのなら、征二さんにもな」

「わかったわ。説得できたら本当にちゃんと連れて行ってくれるのよね?」

「ああ。ただしジェイルのことも包み隠さず説明しろよ。騙して説得なんて論外だからな」

「ん。じゃあちょっと待ってなさい」

 

 

 

 

『じゃあ、くれぐれもすずかをよろしく頼んだよ、奏曲くん』

「いや……「頼んだ」じゃなくて、もっと他に言うことがあるでしょ。ちょっと征二さん? 征二さーん!?」

 

 詰んだ。いや、もうなんていうか……は? マジで言ってんのこの親たち。娘の命を中学二年生の肩に乗っけるとか頭湧いてない?

 えー……ここまで来るともうこいつらどういう説得をしてきたのか本気で気になってきたんだけど……。

 

「お前ら自分の親に何言ったの?」

「誠実に丁寧にお話しただけよ。アンタの正体を夜天さんや裂夜の書のことも含めて」

「何言ってんの!?」

「包み隠さず説明したわよ。文句ないでしょ?」

「そこは包み隠せよ!」

「包み隠したら許可もらえるわけないでしょバカじゃないの?」

 

 こ、こいつ……自分のこと棚に上げてよくもぬけぬけと……! でもまぁ、さすがに正体バラされたらこうなるわな。ってことはつまりアレか、アリサとすずかを守る以上は出し惜しみなしで裂夜の鎚ガンガン使ってでも守れってことか。

 いや、二人を守るためなら別にそのくらい構わないっちゃ構わないんだが、俺は基本的に出し惜しみして逆転ってのが基本スタイルだしな……。まぁジェイルの「娘」たちが俺に対してどう接してくるかにもよるけど。

 

「で? 親に許可とれば文句ないのよね?」

「はぁ……わかったわかった。じゃあ明日の夕方までに身支度だけしとけ。高町とテスタロッサには何も言うなよ。あいつら時空管理局所属だから俺たちとは敵対するわけだからな」

「はいはい。すずかにも連絡しておくわ。……そういえばクリシスさんはどうするの?」

「さぁな。でもまぁあいつのことだし、透霞と海月には上手くはぐらかしつつ、しばらくはヴィータの中に引っ込んでるだろ。俺が下手こかなきゃ解決だしな」

 

 しばらく地球のことはクリシスに任せることになりそうだな。透霞と高町とテスタロッサは管理局の仕事で忙しいだろうし、海月は地球がどうなっても透霞さえ無事ならどうでもよさそうな奴だし。

 なんだろう、この「今まで地球を守ってきた光の巨人が旧知の仲間に地球を託して光の国に帰っていく」的な感覚は……。いや、俺の故郷は古代ベルカ文明と共に滅びたからもうないんだけど。

 ああもう、考えるのはやめよう。アリサも部屋に戻ったし、俺もちゃっちゃと準備だけしてもう寝よう。晩メシはいいや、七瀬と五十嵐と三条にしばらく会えないってメールだけして……姉御たちにはどう説明しようかな。適当にはぐらかそう。6位の旦那にだけは説明しとくか。口止め料どうなるんだろ……。考えたくない。

 

「……夜天」

『まぁ、自業自得というやつだろうな。調子に乗ってジェイルを煽るからこうなる』

「いや、危ないとはわかってたけどさ、さすがにアリサがここまで暴走するなんて思ってなかったんだよ。俺ならジェイルが何を仕掛けてきてもやり過ごせるってわかってるだろうし」

『……お前はもう少し女心というか、友心(ともごころ)というものを考えたほうがいい。普段は友人最優先主義のくせに、自分のこととなると鈍感になりがちだ』

 

 俺が友心に鈍感とは心外な。とはいえ他でもない夜天が言う以上、なあなあに流していい意見ではないだろう。ここはぐっと堪えて次ぐ言葉を待つ。

 

「鈍感?」

『親友が自ずから危険に飛び入ろうとしている以上、黙って待っていろと言われてできるわけがない。その者が大切であればあるほどになおのこと。たとえお前がどれほどの力を持っていようと関係ない。強力なロストロギアである以上に、お前は彼女たちにとってかけがえのない大切な存在なのだからな』

 

 こうも真っ直ぐな言葉でそう言われてしまうと、もはやぐうの音も出なかった。

 確かに、そう言われてしまえば俺の鈍感さは疑うべくもない。クリシスにはああ言われたが、それなら黙っていけばよかっ……いや、たぶんそうしたら高町とテスタロッサを頼ってでもジェイルのところまで嗅ぎつけそうだな。んで再会の暁には盛大な涙と拳が待っていたに違いない。

 そう思うと、殴られず泣かせず済むなら、この選択は間違っていなかったのだろう。デビットさんと征二さんには向こうしばらく恨まれそうだが……帰ってきたら誠心誠意謝ろう。ああ……今から胃が痛い。

 なんかもう腹立ってきた。時間を巻き戻せたらジェイルだけじゃなく自分も殴りたい。


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