先日の取引から一週間。特にこれといったトラブルというものもなく、平穏な日々を送っていた俺――もとい、俺たちの元に一件のメールが届いた。
内容についてかいつまんで言えば、ようは「海月がとりあえず話をする気になったから会ってくれ」ということだ。マジか。前回、うちのラボを襲撃してきたのが半年以上前なので、その間ずっと説得してたということだろうか。
もしそうだとしたら、あいつもしかしてノイローゼになってるんじゃないだろうか。だとすればいい気味だが、仮にその元凶である俺を暗殺するために話し合いに応じたフリをしているという可能性もゼロじゃないしな。はてさてどうしたものか。
俺のところには透霞からメールが来ていたが、ほぼ同様のメールをアリサとすずかはテスタロッサから送られてきたようだ。おそらくは、透霞の目を盗んでのものだろう。両者のメールの内容を比較すると、テスタロッサはやや警戒を促すような文章だった。
性根の部分で押しに弱く押しが弱いテスタロッサとしては、自分を引っ張っていってくれる透霞や高町と相性はいいのかもしれないが、二人がやや暴走しがちな時は手綱を握れない分、周囲に注意を促して被害を最小限に抑えようとする傾向にある。
いや、実際は昔「お前はストッパーじゃなくてブレーキだろ」って俺が言ったのを気に病んでのことらしいので、俺としては悪いことしたなと思わなくも――いや思わねーな。むしろ少しは対処しやすくなったんだから感謝すらしてほしいわ。
まぁともあれ、会えと言われたからには会ってみるのも吝かではない。俺と海月の不仲ぶりは透霞と高町も知らないわけではないだろうし、どの程度の対策をとっているかも気になる。まさかとは思うが何も対策なしで押し掛けてこないだろうな。最悪テスタロッサがなんとかするだろ、たぶん。
こちらとしては、とりあえずアリサとすずかをラボの警備部全員(ナンバーズ含む)で保護してもらおう。俺の護衛は……クアットロとトーレにでも頼むか。
「三人揃って随分と頭を痛めているようだが、どうかしたのか?」
「チンクか。いやなんだ、半年くらい前にうちを襲撃してきた俺の知り合いがいただろ。あいつらがその元凶を連れて俺に会いにくるらしい」
「なるほど。警備部でそいつらを迎撃すればいいのか?」
「ラボとしてはそうしたいところだが、今回は個人的な問題でもあるからな。出向いて和解できるようなら和解、できなかったら迎撃する。そこで、できればクアットロとトーレを借りたい」
「うむ、話を通しておこう」
以前なら小言のひとつふたつはもらったかもしれないが、最近のチンクはあんまり俺に噛みついてこないな。いや特段チンクと仲がよくないというわけじゃないんだが。むしろあいつ俺に対して過保護ですらあったが、そういう気配が最近はないな。楽でいいけど。
アリサが「心配しなくなったんじゃなくて諦めたんでしょ」とか言ってるが無視だ無視。諦めてもらわなきゃならないような言動はした覚えが――ありすぎてどれが原因なのかさっぱりわからん。マジでどれだ?
すずかの「それだけ奏曲くんっていう人間を理解してくれたんだよ」というフォローすら、アリサの弁を前提とすると「俺という人間と付き合っていくにはある程度の諦めが必要だということを理解された」みたいなことになるんだが、そのあたりどう考えてるんだろうか。
とにもかくにも、俺に逃げ場はない。あちらには俺がJ&Sラボにいることはバレてしまっているし、下手にスルーしようものなら押し掛けてくる可能性だってゼロじゃない。むしろ多大にあると言って過言じゃないだろう。
なので少なくとも「行かない」という選択肢は俺にはない。俺の望む望まないにかかわらず、あちらの行動が容易に想像できてしまう以上、消去法で「行く」しかないんだ。だってあいつら押し掛けてきたら今度はさすがに警備部も本気で対応するだろうし、そうなったら今度はラボへの被害が前回のアレを超えちまう。
いや、前回のは物的損害はそこそこで人的被害は皆無だったんだが、その中にまだ開発中でバックアップもとってないデータを入れていたPCも含まれてたからな……普通にそれらの研究がストップした。あとはアイデアだけ書き溜めてて誰にも話してないデータとかも死んだ。
「とりあえず、すずかは警備部と一緒に待機。アリサは裂夜の鎚の本体を持っておいてくれ。召喚機能を使えば俺を即座に呼び出せる」
「えっ」
「えっ?」
「そんな機能あったの?」
「あるけど……言ってなかったっけ?」
言ってなかったわよ! と声を荒げるアリサの様子は、どこか懐かしい感じがする。子供の頃と違い、最近はほとんど精神的にも大人びたせいか声を荒げるなんてことはほとんどないしな。
こないだ怒られた時も、淡々と俺の非を突き付けて正論で有無を言わさず言いくるめるという、いったい誰に似たんだという感じの言葉選びで俺を諫めてたからな。成長って素晴らしい。でもアリサに怒られるのは俺のメンタルがゴリゴリ削られるから普通に嫌だ。
どうやら、この機能をもっと前々から知っていれば、俺の危機を救えた場面もあったんじゃないか、ということでのお叱りらしいが……いや、無理では?
そもそもアリサが『裂夜の鎚』の正式な所有者となったのは、俺が海月によって拉致された事件の解決後で、その後に起きた事件と言えば……あー、クリシスとの一件があったな。いやあの時お前クリシスに連れ去られて透霞と一緒にノびてただろ。
あとはまぁ……ジェイルと一緒に地球を去ったりJ&Sラボを立ち上げて研究三昧の日々を送ってはいるが、そのあたりは普通に平和だったからな。透霞と高町が押し掛けてきた一件も、俺は無傷だったし。少なくともフィジカル的には。
「とにかく! 他にも魔法以外にデフォルトで使えそうな機能はひとつ残らず教えなさい!」
「え、いや別にそんなに大したことはできな――」
「大したことかどうかは
「ウィッス……」
その後、俺と夜天のデータを含む裂夜の鎚のあんな機能やこんな機能を全てまるっと詳らかにされ、そのために20分弱の時間を要していると、ちょうど説明を終えた頃になってクアットロとトーレが車の準備ができたと俺を呼びに来た。
まぁ本体には現時点での最新のバックアップをとっておいたので、仮に俺が海月に殺されたとしても夜天がアリサのところに戻ってくれば肉体を修復できる。まぁ夜天まで死んだらさすがに転生まったなしなんだが、それについては諦めてもらうしかない。
前にセインあたりが勘違いしてたんだが、もしも今死んだとして、転生先は今あるどこかの受精卵ってわけじゃなく、何年後、あるいは何百年後の受精卵に転移することもないわけではない。さすがに何百年単位はたまにしかないが、数年のズレくらいならよくあることだ。
だからそもそもどの世界のどの国のどの家庭に生まれるかわからないし、今回の生がそうだったように親が俺のことを気味悪がってネグレクト、あるいは最悪の場合は殺してしまうこともゼロというわけではないので、アリサたちとの再会はほとんど絶望的と言っていいだろう。
J&Sラボが今後も長く続いていけばここを目指すこともできるだろうが、それは運よく魔法が一般的な世界で、かつミッドチルダに渡る術がある世界での話だから、確率的にはそう高くはないしな。
「じゃあ、行ってくる。すずか、アリサを頼んだぞ」
「うん。アリサちゃんのことは任せて、いってらっしゃい」
「ちゃんと無事に帰ってきなさい。……待ってるわよ」
まるで赤紙が届いた新兵を見送るかのような言い方だが、あっちの言い分がマジなら単に昔の知り合いに会いにいくだけだからな? いや俺も正直あっちが文面通りの対応してくれるなんて微塵も思ってないけど……。
いや、透霞と高町はまだワンチャン大丈夫かもしれないけど、海月は十中八九は暗殺が目的だろうし。そうでもなきゃこんな廃墟だらけの郊外を指定してこないだろうし。あ、ちなみに護衛の二人はクアットロのシルバーカーテンで姿を隠しつつ向こうの背後をとっておく算段だ。
テスタロッサの反応だけが気がかりなんだよな……。あいつに指導を乞われて魔力の扱いについて教えてる時、魔力の「匂い」についても教えたことがあるんだが、あいつ魔力の扱いはともかく感知能力は高かったからな。
まぁ感知ってようするに生体パルスによる情報の伝達が優秀かどうかって話だから、そこをテスタロッサの魔力変換資質である「電気」で補ってるとしたら当然の結果かもしれないけど。
「クアットロ。魔力の匂いを誤魔化すシルバーケープは出来たのか?」
「一応。まだ試作段階だけどねぇ?」
「今日会う奴の中に、魔力の匂いを辿れるヤツが一人いる。丁度いいからデータをとっておけ」
「ソーマちゃんのそういう使えるものはなんでも使うとこ、嫌いじゃないわよぉ」
まぁ匂いを辿れるヤツっていないわけじゃないけど貴重だからな。特にデータ採取用じゃなく実戦でその有用性を計れる機会はそう多くないし。
さすがに俺に危険が及ぶような状況なら俺の護衛を優先してもらうが、実力行使という状況ならクアットロよりもトーレ向きだろうしな。
「悪いなトーレ、面倒な任務を任せちまって」
「なに、ソーマには日頃から世話になっているからな。特にドクターのことに関しては」
「お前ら自分の父親に対して不満抱きすぎじゃない? お前に限らずほぼ毎日ナンバーズの誰かしらがジェイルに関する相談持ちかけてくるんだけど」
「妹たちが本当にすまない……」
「一番多いのお前のひとつ上の姉だけど」
「ドゥーエェェェ……!」
まぁそこらへんの話はまた今度な。
とりあえず現場はもうすぐ……あっ、透霞と高町がなぜかバリアジャケット展開済だ。やっぱり交渉(物理)じゃねーかやだー!