九と七   作:ヘビとマングース

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7 ラップと修行と布教活動

 ある山奥に、暗い洞窟があった。

 そこは険しい谷と山脈に囲まれた天然の要塞。常人に辿り着ける場所ではないとの情報は広く伝えられている。近付くことは難しく、出ていくことも難しい。鍛え抜かれた忍でもなければ自由に出入りすることは不可能だろう場所。

 そんな山奥の洞窟に、忍のための修行場があった。

 

 環境こそ天然の物だがこの地に住む忍たちによって多少の手は加えられている。

 彼が居た洞窟には窓代わりの大きな風穴が壁に開いており、暗い空間に綺麗な円形の光が差し込んでいた。さながらそれはスポットライトのようである。

 

 光の下で一人の男が立っている。褐色の肌で筋肉質な大柄な体、頭髪は白に近いクリーム色で、黒いサングラスをかけていた。

 額に巻かれたのは雲隠れの里の忍であることを示す額当て。

 彼はぶつぶつと何かを喋りながら手帳に鉛筆を走らせており、その集中力は凄まじく、立っているだけでも緊迫感を発するほどだ。

 

 「違う……もっとこう、力のある言葉を……いや、それともメッセージ性が大事か?」

 

 手帳に書いた言葉を読んでみて、或いは即興で変えてみて、いくつかのパターンを試す。

 そうした作業を始めてどれくらい経っただろうか。気の遠くなる作業を彼は楽しんでいるが、あまりにも続け過ぎて閃きが失われてしまったのも事実。納得いく物ができていない。そしてこのままではきっとこれ以上の出来栄えなどあり得ない。

 

 思い悩んだ彼はふと壁に開いた風穴から外を見た。

 晴れやかな空に雲が浮かび、新鮮な空気が入り込んでくる。

 或いは外に出れば新たな刺激があるのだろうか。

 

 「このままじゃだめだ……ここに居たんじゃオレのラップは成長しねぇ」

 

 その穴に向かって一歩足を踏み出す。

 

 「ここを出る時が来たようだぜ」

 

 時を同じくして、深い山奥に設けられた修行場に居た別の忍が周囲に視線を走らせていた。

 彼らは警備を任されているのである。ここで修業している男は雲隠れの里にとって特別な存在。誰かに誘拐されることがあってはならない。たとえその本人が異様な強さを誇るとしても、警備や護衛といった存在は不可欠なのだ。

 彼らは誇りを持ってこの任務に当たっていた。

 

 しかしその時、彼らは驚愕することになる。

 唐突に大きな地面の揺れを感じたのだ。

 地震か、それとも誰かの攻撃なのか。焦りを滲ませていながらも思考は冷静で、互いに声を掛け合うことを忘れなかった。

 

 「なんだ!? 地震か!?」

 「周囲を警戒しろ! ビー様の所には誰も行かせるな!」

 「辺りを調べる! 二人オレについて来い!」

 

 護衛の任を果たすべく、忍たちが大声で叫びながら動き出す。

 その時、ほとんど間隔を置かずに巨大な生物が姿を現した。

 それは一つの山を利用して作られた修行場を破壊し、山の中から壁をぶち破って出てきたのだ。

 

 「ウィイイイイイイッ!!」

 「なぁっ!? 何!?」

 

 男たちが驚愕してその姿を目撃する。

 山より大きい奇妙な生物だった。

 牛の頭を持ち、上半身は人間に近く二本の腕があって、下半身は蛸の脚そのもの。吸盤のある八本の脚が荒ぶっていた。

 

 見た目は怪物。振り抜いた拳と体当たり同然の一撃で一つ山を破壊してしまったことからも驚愕せざるを得ない。しかし護衛の忍たちが気にしていたのはそんなことではなかった。

 その怪物に怯えるよりも、なぜ現れたのかを気にする者ばかりだ。

 

 「八尾だ! ということは……!」

 「キラービー様! 一体何をなさってるんです!」

 「ついにオレ様覚醒! 今こそ書くぜ! 最高のラップを、イエー!」

 

 その存在は敵ではない。雲隠れの里の忍の一人なのだ。

 八尾の人柱力、キラービーその人である。

 彼は度重なる修行と尾獣との対話によって、完成された人柱力となった。自身に封印された八尾との協力関係を築き上げ、今では八尾の姿に変身することもできる。つまり蛸足を持つ牛は八尾の姿であり、その姿となってもキラービーの意思は健在であった。

 

 自らの意思で修行場を破壊したキラービーは、護衛たちに背を向けて移動を始める。

 八尾の姿で背を向け、去っていくのを目撃して、当然黙っている訳もない。即座に追いかけ始めた護衛たちは驚愕しながら確信する。

 

 またいつもの脱走だ。

 今日が初めてのことではないため、彼らは全速力で追いながらキラービーを叱り始める。

 

 「キラービー様! またですか!? 勝手な行動は慎めとあれほど言われたでしょう!」

 「そもそもここに缶詰になってるのは雷影様に怒られたからなんですよ!」

 「今なら事故として扱います! こっちに戻ってきてください!」

 「それはできねぇ。オレのラップは成長中♪ オレはラップに依存中♪ 更なる修行でステップアップ、届けるぜ世界にオレのラップ♪」

 「そんな理由で!?」

 「だめですっ! 今すぐ戻りなさい!」

 

 大の男たちが巨大な怪物を追いながら叱りつける。しかし聞き入れられることはなく、八尾はその巨体を利用して深い谷を飛び越え、高い山を踏み越え、どんどん前へ進んでいった。

 体のサイズが違い過ぎる。あっという間に距離を開けられてしまう。

 息を切らすほど全力で前へ跳んでいるのだが、八尾の背は遠くなる一方だった。

 

 「くそっ、まずいぞ!? 逃げられる!」

 「二手に分かれるぞ! オレたちはこのままビー様を追う! 今すぐ雷影様に報告を!」

 「わかった!」

 

 数人の内、一人が集団を離れて雲隠れの里へ向かい始めた。

 里の長である雷影に知らせなければならない。だが運の悪いことに距離が遠かった。全速力で向かっても到着までは数時間かかるだろうことはここに来るまでの道中ですでにわかっている。

 状況は護衛にとってあまりにも不利で、逆にキラービーにとって非常に有利であったようだ。

 

 八尾となったキラービーがどんどん遠くなっていく。

 見失わずにいるのは不可能なのか。焦った隊長が最後の頼みでキラービーに叫んだ。

 

 「キラービー様! 里にはあなたが必要です! 行かないでください!」

 「オレにはラップが必要♪ 新たなアイデアが必要♪ 必要不可欠なこの旅だ♪」

 「そんなラップやめましょうって! 大体あなたセンスがないんですよ!?」

 「なんだとバカヤローコノヤロー!」

 

 前だけを見ていたキラービーが唐突に足を止めて振り返った。しかし彼の逆鱗に触れたらしく、話を聞くどころか決意をより強固なものにしてしまう。

 

 まずいと気付いてもすでに遅い。

 伸ばされた蛸足が周囲にあるいくつかの山を掴み、まるで自分を投げ飛ばすかの如く、その巨体は天高く跳び上がった。

 山が一つ空を飛んでいるかのような光景である。

 キラービーは彼らを見下ろし、決意を伝えるべく叫んだ。

 

 「だったら尚更必要だろうが! ラップ修行のこの旅が! ウィイイイイッ!!」

 

 言うや否や勢いよく口から噴き出されたのは、墨を利用した黒い霧だ。

 噴射されたそれは追ってきた護衛たち、彼らが足場にした山を一瞬で丸ごと包んでしまい、広範囲に渡って視界をゼロにする。そうなれば足場の悪い山中では迂闊に動けなかった。

 

 「うわっ!? しまった!」

 「風遁で吹き飛ばせ!」

 「キラービー様! お待ちください!」

 「止められねぇ想い♪ 満たしに行くここに♪ ラップ修行の始まりだ! ウィイイイイッ!」

 

 慌てて護衛の一人が風遁の術を使って墨の霧を吹き飛ばす。

 しかし視界が晴れた時、そこに八尾の姿はなく、キラービーは去った後だった。

 ただでさえ移動が速い上に八尾の姿なら一度のジャンプで進む距離が人間の比ではなく、元の姿に戻られては遠目では確認し辛くなり、余計に見つかり辛くなる。やはりその辺りのことは本人が一番わかっていた。

 おそらく八尾の姿で跳んだ後に人間の姿に戻ったのだ。これでは見つけられない。

 

 捜索は続けるが、彼らの表情はあまりにも苦々しいものだった。

 こうした状況を恐れて護衛にあたっていたというのに、大失敗だ。

 受けたショックが大きいせいで立ち止まった彼らは静かな風景を眺める。

 

 「まずいぞ……雷影様が知ったら」

 「ああ。ご本人が連れ戻しに行こうとするかもしれん」

 「ビー様、最近大人しいと思ったら、やっぱりラップをしてたのか……」

 

 雷の国は山脈や険しい渓谷が多く、隠れようと思えばいくらでも隠れ場所が見つかる。特にこの国や雲隠れの里で育った者ならば尚更だ。

 今の時点ですでに姿を見失ってしまった状態。

 捜索が難しいのは初めからわかりきっていたことだ。だから逃がしたくなかったのだが、止められなかったのならばまず間違いなく難しい任務になる。

 

 「とにかく、これで何事もなくなんて言葉が通用しなくなったのは確かだ……」

 

 物言わぬ山々を見つめて呟く。

 その後、彼らはそのままキラービー捜索を開始したのだが、相手はいつの頃からか脱走の名人となった自由人。当然少人数の捜索では見つかるはずもなかった。

 

 

 

 

 その報告は最速で届けられたはずだったが、如何せん場所が離れ過ぎていた。

 雷影の耳にキラービー脱走の報告が届いたのは彼を見失って数時間が経ってからだった。

 

 「何ッ!? ビーが脱走しただと!?」

 「は、はい。突然のことで我々も反応できず……残った仲間が追っているはずですが」

 「ビィイイイッ!! あのバカ者め! 性懲りもなくまたやったのか!」

 

 四代目雷影、エーが激昂する。

 元々感情を抑えずにまず行動する彼だ。脱走と聞いて怒り出さないはずがなく、その反応は同じ部屋に居た誰もが想像できていた。

 

 脱走したキラービーはエーと義兄弟の関係だった。そもそも彼らの名前“エー”と“ビー”は、雷影とその側近に与えられる名で、彼らの生まれ持った名前ではない。

 弟の身勝手な行動は今に始まったことではなく、今までも何度か里からの脱走を図っていた。その都度雷影が自ら追いかけて止めたり、脱走したキラービー本人がそう遠くへ行かなかったおかげで大事には至らなかったが、今回ばかりは状況が違うらしい。

 

 自ら連れ戻すべくエーは勢いよく席を立つが、慌てて周囲の者がそれを止めた。

 早かったのは彼の側近、ダルイという男である。

 

 「待ってくださいよボス。あなたが行くと大事になるでしょうが」

 「だからと言って放っておけるか! ビーはオレが連れ戻す!」

 「だから待ってくださいって。ビーさんの捜索はオレがします。だるいっすけど、流石に見過ごせない問題なんでね」

 

 やる気があるのかないのか、だるいと言いながらダルイは自ら名乗りを上げた。

 それを聞いて瞬時に任せることを決めたエーは力強く頷く。

 

 「捜索部隊を組織する。頼んだぞダルイ! 今日中にビーを連れ戻せ!」

 「了解」

 

 ダルイはすぐに部屋を出た。捜索部隊を結成すべく行動を開始し、これもすでに慣れているためいつものメンバーを呼びに行った。

 苛立ちを隠せない様子で椅子に座ったエーだったが、やはり落ち着けないようだ。

 腕組みして表情は険しいまま。傍に控えた秘書のマブイが彼を心配していた。

 

 「ビーの奴め、なぜそう何度も何度も脱走を図るのだ……!」

 「やはり雲雷峡に閉じ込めたことがまずかったのでは」

 「奴が逃げ出すからだ! 八尾の人柱力だぞ! おいそれと里を離れては損害に繋がる!」

 「しかしキラービー様は八尾の力を完璧にコントロールしています。もう少し考慮して差し上げてもよろしかったのではないでしょうか……」

 「あいつの性格も考えてのことだ! ユギトとは違う!」

 

 ふんっと鼻息荒く言い切ったエーは、自身の発言からはたと気付いた。

 

 「里の中にユギトを呼び戻しておけ。ないとは思うが二尾まで逃げられては敵わん。ビーが戻るまでは里の外に出すな」

 「しかしそれではユギト様もご不満を」

 「人柱力は普通の忍とは違うのだ。尾獣が他国に渡れば戦争になる恐れがある。オレの手が届く里に居ればその心配はいらんだろう」

 

 厳しい顔で言うエーを見やり、気付かれないようにマブイは小さく溜息をついた。

 今は何を言っても聞きそうにない。平時は冷静で聡明なエーだが火が点くと一気に熱が上がり、誰にも止められなくなってしまう。扱いにくいという点ではキラービーとそう変わらない。

 ここは頷くしかないと考え、マブイは頷いた。

 

 「わかりました……すぐに手配します」

 「まったく。何を考えているのだ、ビー……!」

 

 怒りを滲ませてエーが呟く。

 里の長である彼の言うことでさえ、弟のキラービーは従わない。良く言えば自由、悪く言えば自分勝手だ。その傾向は年々強まっている気がした。

 最強コンビとして拳を合わせてから数年。

 徐々に距離が広がっているのはエー自身も理解していた。

 

 一方のキラービーは雲雷峡と呼ばれる修行場を後にして数時間。早くも雷の国の国境へと到達していた。国と国との境目に立って風景を眺めている。

 大戦時ならばともかく、人柱力になった彼はいつしか行動を制限されるようになっていた。

 自分の意思で里を離れたのは初めてかもしれない。

 

 広大な自然を前にして笑みを深める。

 誰も居ない場所で一人立つキラービーはひどく嬉しそうだった。

 

 「初めての旅。認める神。今こそ進化、旅して浄化。オレのラップで世界を変えるぜ、イエー」

 《いいのかビー。雷影が黙っちゃいねぇぞ》

 

 誰も居ないその場所で声が聞こえてくる。それは頭の中に響く声だ。

 彼の中に封印された尾獣、八尾が話しかけてきたのだ。

 尾獣との対話を成功させた稀有な存在である。キラービーと八尾は和解し、互いを認め合い、今は肩を並べる親友のような間柄となっていた。

 

 昔はぶつかることもあったが今は落ち着いて話をできる。

 八尾の声をキラービーは当然のものとして受け入れていた。

 体を揺らしてリズムを取りながら会話を始める。

 

 「少しだけだ。すぐに戻るぜ。ブラザーはお怒り♪ でもそれがお似合い♪」

 《今度は雲雷峡に監禁じゃ済まねぇぞ》

 「話せば納得。感動を覚えるライムで説得」

 《お前の下手なラップで感動できるとは思えねぇな。また怒鳴られるぜ》

 

 呆れた口調の八尾にキラービーはにやりと笑った。

 

 「わかってねぇな八っつぁん。だから旅に出るんだ。オレのラップはもっと成長する」

 《無理だろうとは思うが、まぁ、オレも退屈だったからな。外に出れるんなら止めねぇよ》

 「イエー。腕を磨いて故郷に凱旋♪ 里の奴らを改善♪ ラップの力で丸ごと内変♪」

 

 嬉々とした様子でキラービーは歩き出した。

 まだ目的地は決まっていない。だがせっかくのチャンスだ。どうせなら遠くへ行ってみようと考えて彼は遠景を眺めていた。

 


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