その男、最強につき。   作:泥人形

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生暖かい目で見て、どうぞ。


1.遭遇

 リーシャ・エルミアスといえば、ここらで最もずば抜けて有名なお嬢様で、その噂は年々肥大化していた。

 元々、"エルミアス"と言えば大層名のある貴族であり、その時点で名は知られていて当然なのだが、この場合着眼するべきは"リーシャ・エルミアス"という個人名だけが飛び抜けて広まっているという点だった。

 確かに彼女の容姿は百人が振り返りそのまま百人が見惚れるほどで、金糸の髪は滑らかに美しく、理想的な肉体を持ち、その心は慈愛に満ちていて、その上賢明かつ聡明だ。

 文句のつけようが無いほどの彼女だが、しかし高名である主な理由はそこではない。

 彼女を王国を跨るほどに高名にした理由は一つだけ。

 そう、たった一つ。

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 端的に言ってしまえば、ただそれだけだった。

 属性という生まれながらにして持ちうる異能の才を、その華奢な身に5つ宿し。

 単なる身体能力はそこらの戦士を凌駕していて。

 戦闘センスだけで歴戦の猛者すら伏せた。

 特別鍛え上げたという訳ではない。

 彼女は言葉通りの天才というやつだった。

 努力なんて人並みで、しかしただそれだけで彼女は全てを飛び越えた。

 何十と人を殺してきた魔物を難なく討ち取り、多くの盗賊を叩きのめし、凶悪な犯罪者すら捕らえた。

 現人神だと誰かが言っても信じてしまう人がいるくらい、彼女は人望を集めた。

 何度でも言うようだが、彼女は万能という言葉が良く似合う人だった。

 何であろうとも、手を出せば何らかの形で大きな成果を上げる。

 それが、魔法であろうが、呪術であろうが。

 万能の人。

 一言に収めるならそんな人間だった。

 特段人の噂など気にもしない僕でさえ、知っているほどの人。

 けれども、僕とは違う世界に住んでいて、凡そ関わることなど無いであろう、所謂上等な人物。

 少なくとも僕はそう思っていたし、事実それは間違いではなかった。

 間違いではなかった、はずだった。

 そう、"はずだった"のだ。

 普通なら出会うことすら無かった僕達は、しかし奇跡的に、偶然にも出会った。

 出遭って、しまった。

 それは幸運に満ちた偶然で、されども不運を孕んだ奇跡だった。

 些細なことだった。

 僕は仲間とちょっとした休暇の真っ最中で、たまたまそこに彼女がいた。

 ただ、それだけのことだった。

 たまたま彼女は僕に気づかなくて。

 僕は偶然見てしまったのだ。

 彼女が人の血を吸い上げるまさにその瞬間を。

 比喩ではない。

 彼女はここに居た人間───僕の同僚を。

 襲い、意識を奪い、そのまま首に牙を立て。

 そのまま血液を吸い上げた。

 ゴクゴクと喉を鳴らす彼女の口端から真っ赤な血が滴り落ちる。

 彼女は───吸血鬼だったのである。

 

 

 吸血鬼の説明をするにあたって、僕はまず魔族の説明からしなければいけないだろう。

 何、特に難しいことはない。

 簡単に言ってしまえば、魔族とは人並みかそれ以上の知性を有する魔物である。

 それの一種が、吸血鬼というやつだ。

 まあなんだ。

 端的に言ってしまえば、強大かつ凶悪な人間の敵である。

 尚、吸血鬼の発見事例は非常に少ない───というか、魔族自体の発見事例が少ない。

 それは数が少ないとか、そう言った理由だけではなく。

 出遭った人間は尽く死んでいるから、である。

 そんな存在が眼の前にいたのだ。

 当然驚愕した。

 しかしあろうことか僕は、驚愕するより前に───見惚れてしまったのだった。

 視線を離すことは無く、逃げるべきだった足は止めて。

 僕は眼を奪われた。

 今思い返してみても、それは致命的なミスだった。

 絶望的なその光景は、なぜか僕の眼には幻想的にすら見えていたのだ。

 ふと、閉じられていた瞼が開かれて、血より深い紅が僕を射抜く────

 一瞬の出来事だった。

 瞬きをすれば過ぎ去ってしまうような一瞬で、全ては起こった。

 彼女の姿は霞のごとくかき消えて、そして僕は視界を三回くらい回ってぶっ飛んだ。

 僕の身体はそれこそ砲弾のように木々をなぎ倒して飛んでいく。

 あまりの衝撃に頭に火花が散って、途切れ途切れに息を吐いた。

 ぐらつく視界の中で、それでも上半身をそらした。

 放たれた細く白い足が空をぶち抜いて、紙一重で通り過ぎる。

 

 「ちょっと、いきなり物騒すぎない?」

 

 タラリと汗を流して僕は言い、彼女は僕を少しだけ視界に入れた。

 

 「お死になさい」

 

 勿論取り付く島はなかった。

 転がるように回って逃げて、そして追撃の一撃が僕の身体を捕らえた。

 脇腹をえぐるように、つま先がねじ込まれる。

 不自然な体勢で放たれたにも関わらずそれは僕の身体を宙に蹴り上げた。

 驚きで、身体が凍る。

 何の感情も映さない彼女が僕を見て、そして羽虫でも落とすように。

 拳は振るわれた。

 頭蓋を叩き割るように、否、叩き割るつもりで。

 グシャリと、音が鳴る。

 その一撃に、大地が砕ける音だけが響いた。

 吸血鬼が、ぽかんと口を開く。

 

 「は───?」

 

 「だから、少しは落ち着こうよ。なぁ、リーシャ・エルミアス殿」

 

 彼女の背中を視界に収めながらそう言えば、振り返ると同時に剣が振るわれた。

 物干し竿が如く長い銀の剣がどこからともなく現れ額を掠めて通る。

 良く見れば、彼女は剣を持っているのではなく、その腕を剣に変えていた。

 ………え、マジで?

 

 「それはちょっとズルくない?」

 

 返答は無かった。

 否、返答は剣だった。

 二本に数を増やしたそれは、僕の微塵にするように振るわれた。

 幾つも重なった剣閃が、身体を刻む───ことはなかった。

 僕は「よっこらしょ」と当然のように背後を取って、それに反応して彼女も勢いよく振り向いた。

 

 「……属性、ですね。転移ってところかしら」

 

 「大体正解。でも分かったところでどうしようもないだろ? だからさ、少しの会話くらい───」

 

 してみない?

 そう言いたかった言葉はやはり遮られた。

 爆音とともに撃ち出された蹴りはしかし届かない。

 少しだけ身を引けば眼の前を寸でで通り過ぎていく。

 巻き起こされた風が僕を揺すり、そしてそれは僕の身体に絡みついた。

 グルリと鎖のように、その場に僕を縫い止める。

 少しだけの溜めの後に、掌底は放たれて、それでもそれは空を切った。

 

 「だから、無駄だってば」

 

 「あら、私はそうは思いませんが」

 

 その程度なら、何人も殺ってきましたから。

 彼女はそう言って、力強く地を踏み鳴らした。

 瞬間、身体はかき消える。

 稲妻が如く駆けた彼女は一瞬の間に僕の身体を蹴り飛ばす。

 さっきの焼き増しみたいに吹っ飛んで、僕はやはり大木にぶつかって動きを止めた。

 そんな僕の前に、彼女は優雅に降り立ち

 

 「ほら、簡単なことでしょう?」

 

 と言った。

 僕はそれを聞きながら、至って普通に起き上がる。

 

 「どの辺が?」

 

 乱暴だなぁ、と言いながら。

 まるで痛みなど感じてませんよ、と言わんばかりに土を払う。

 

 「───再生の属性でもお持ちで?」

 

 「まさか、僕の属性は一つだけさ」

 

 そうですか。

 彼女はそう言って足を振るった。

 当然それは掠りすらしなかったが、彼女の狙いはそれではなかった。

 

 「ではこうしましょう」

 

 そう言って彼女は。

 拳を地面に叩きつけた。

 瞬間、身体が地に伏せられる。

 吸い寄せられるように、僕の身体は崩れ落ちた。

 

 「なぁっ───!?」

 

 無様に這いつくばって情けない声がこぼれ出た。

 僕を中心とするように、地が円状に凹む。

 身体にかかる重みが、常軌を逸していた。

 そんな僕を、仕留めるように剣は走る。

 見開いた視界を徐々に埋め尽くし、それは大地を斬り裂いた。

 

 「なんつって。効いたと思った?」

 

 無い無い、あの程度じゃあまだまだだね。

 そう笑って後ろから近づけば、彼女はついにその手を降ろした。

 ゆるりとこちらを見て、動きを止める。

 

 「随分舐めてくれますわね」

 

 「いやいや、舐めてるとかそんな……ことは無いとは言えないけれどもさ。折角吸血鬼──というか、魔族に会ったんだし、ちょっと色々聞いてみたいと思うじゃないか」

 

 「人間(あなた)が、吸血鬼(わたくし)に?」

 

 「そうそう、あんたら人間を見かけたらすーぐ殺すからさぁ、ほとんど何にも知らないわけ。ここらで僕に情報提供でもしてみない?」

 

 例えば───お仲間の居場所とか、さ。

 

 「───御冗談を」

 

 言葉と攻撃は同時だった。

 ふわりと笑った彼女はパチンと指を鳴らした。

 瞬間、僕の胸は凹んだ。

 不可視の衝撃が、連続で身体を弾く。

 

 「ぐっ……うぉぉ!?」

 

 見えない。

 ただそれだけで抵抗することは出来なくて、少しずつ押し退けられた。

 ───だが、その程度。

 いい加減諦めれば良いのに、と僕はゆっくりと───

 

 「いい加減、ワンパターン過ぎるのでは無いでしょうか?」

 

 背後を取って、同時に叩き伏せられた。

 こうも同じことをされれば、対策のしようは幾らでもあります、と言って。

 彼女は僕を踏みしめた。

 入念に、潰すように、力を込めて。

 そして僕達は入れ替わった。

 比喩ではない。

 文字通り、パッと僕達は立場を入れ替えた。

 這いつくばった彼女の背中を、踏みしめる。

 

 「な───ぁ───?」

 

 「だから、無駄だって言ってるじゃんか。君たち魔族はさ、僕達を舐め過ぎだよ」

 

 基本的に自分たちが上だって、無意識にそう思い込んでいる。

 だからこうやって手玉に取られちゃうんだ。

 そうやってせせら笑って彼女を見れば、突然彼女は姿を変えた。

 そうとしか表現のしようが無かった。

 彼女はその身体を───霧へと変えたのだ。

 それなりの力を込めていた足は勢いよく地を踏んだ。

 ちょっとやばいかも、そう思ったのと胸から剣が飛び出したのは同時だった。

 あまりの勢いに身体を持ち上げられる。

 銀の光沢を放つそれは血に濡れていた。

 

 「舐めすぎなのは、どちらでしょうね」

 

 ふふふ、と彼女は如何にも楽しげに、嬉しげに笑った。

 ゆっくり噛みしめるように剣を引き抜きながら笑って、それから眼を見開いた。

 呆けたように開かれた口から、血がこぼれ落ちる。

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 「やっぱりそっちだと思うけどなぁ」

 

 そう言って僕は立ち上がる。

 その胸には、掠り傷の一つも無い。

 

 「デュオ……いいえ、トリオ、ですか」

 

 「いや違うって、ソロだよ僕は。間違いなく、ソロ」

 

 「有り得ない……有り得ませんわ。攻撃されたことはまだ理解できます、しかし傷が消えていることは不可解過ぎる。貴方から魔力は感じない、故に魔法ではない。呪術には身体を再生させるような術は無いはず。であれば、貴方は複数の属性を持っているということで間違いないはずです」

 

 「いやだから、間違いなんだってば。そもそも、人間なんて一つ属性があればそれだけで万能みたいなものなんだから」

 

 「たった一つで、万能……?」

 

 「そう、皆属性のことを理解していなさすぎ。属性ってのは数があれば良いってもんじゃあないんだよ、たった一つを極めることが大切なのさ」

 

 因みに、と。

 僕は言った。

 

 「僕の属性は転移じゃなくて"代替"、この意味分かる?」

 

 「代替───いえ、だとしても、有り得ない。その一言で片付けられるとしたら、あまりにも万能過ぎます。属性が及ぼす力には限界というものが───」

 

 「頭が固いなぁ。限界なんて、どこにもないよ。無意識に決めつけてるだけさ」

 

 「戯言を────!」

 

 瞬間、業風の鉄槌は放たれた。

 回避する暇もなく与えられたその衝撃は、しかし僕に通らない。

 放った筈の彼女の身体が大きく宙に浮いた。

 学習しないなぁ。

 僕はそう思って、そろそろ終わらせようかとするりと短剣を抜き放ち駆け出した。

 ───爆裂音。

 大地が裂けて、僕を中心に強烈な爆風が巻き起こった。

 全身が焼かれて、身体を巻き上げられる。

 全く同じように宙に打ち上げられた僕の身体を、何かが貫いた。

 血のように紅くて、雲ひとつのない夜空のように黒かった。

 大地から生えるように飛び出てきた幾本ものそれはその全てが僕を貫いた。

 同時に、視界は切り替わる。

 不敵に笑った彼女を見て、僕は

 

 「本当、学習しないなぁ」

 

 と言った。

 大量に穿たれた穴は消えていて、焼け爛れた肌は元に戻っている僕を見て、しかし彼女は不敵に笑った。

 何かされたか? と己の左手を見れば真っ黒な華のような紋様が浮かび上がってくる。

 

 「これ────呪術か」

 

 「正解です。貴方が長々とお喋りしてくださったお蔭で、とっておきのをご用意できました」

 

 さぁ、お死になさい、と。

 彼女は言って、何かを潰すようにグッと掌を握った。

 ドクン、と心臓が嫌な音を鳴らす。

 握り潰されるように心臓が悲鳴を上げて────そうして彼女は倒れた。

 己の胸を押さえつけて、全身から力が抜けたように崩れ落ちたのだ。

 黒い花の紋様は、彼女の手の甲に浮かんでいる。

 

 「残念でした。呪術なら属性とは過程が違うからいけると思った? それとも代替させる前に殺せば良いと思った? 甘い甘い」

 

 「がっ、はぁっ……どう、して……」

 

 「流石……吸血鬼は生命力が高いね。心臓潰れてもまだ生きてるんだ」

 

 「こん、なの……おかしい、です……人間が、私に敵うなど……」

 

 「いいや、何にもおかしくないよ。確かにあんたは強い、強かった。間違いなく強者の部類だったけど───相手が悪かった。運がなかったね。僕、はあんたらみたいなのが専門なんだ」

 

 「せ、んもん……?」

 

 「そう。こういうの、見たこと無い?」

 

 そう言って、僕は右手にだけ付けられた真っ白な手袋を脱いで甲を見せつける。

 そこには"Ⅲ"と真黒な文字が浮かび上がっていた。

 それを見て、彼女は眼を見開いた。

 何度か口を開閉させて、そうして納得したように眼を伏せる。

 

 「サルバシ、オン……です、か……」

 

 「正解。分かっただろうけど、そこの№3やってます、ミラ・エーベルハルトです」

 

 以後お見知りおきを。

 そう言って僕は。

 ゆるりと彼女の首に手をかけた。

 

 「うちの理念を知ってるよね。悪魔も魔族も、犯罪者も、僕等は許さない」

 

 「えぇ……貴方を…舐めた私の、落ち度ですわ……」

 

 「全くもって、その通り」

 

 さようなら、と。

 僕は力を込めようとして、ふと口を開く。

 

 「あぁ、そうだ。僕は一つ嘘を吐いたんだった。」

 

 「……?」

 

 「僕はソロじゃない、デュオさ。その名は"従属"、これからよろしく、僕の情報源さん」

 

 「なぁ───!?」

 

 そうしてグッと力を込める。

 瞬間彼女の首には鎖にも似た印が巻かれるように焼き付けられて、彼女は意識を失った。

 

 「さて、と。明日からは忙しくなりそうだ」

 

 そう言って、僕は彼女を持ち上げて。

 彼女の真似をするように、パチンと指を鳴らしてふわりと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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