狩人様に愛されすぎてツラい(仮) 作:ムシファエル
微かに臭うアルコールの匂いと錆びた鉄の匂い、そして背中に感じる鉄の冷たく、硬い感触。
遠くで甲高い女の叫びのような、もしくは獣の叫び声が鼓膜に届く。
意識が戻ってから何時間経っだろうか。
現実逃避の様に、いやまぁ現実逃避しようと寝たフリを続けて、もしくはそのまま気絶するように寝て目を覚ましてもこの冷たい鉄のベットの感触は変わることがなかった。
気分は最悪、この部屋の壁や天井の飛び散った血を見るだけでも何も入ってないはずの胃から何か逆流しそうなぐらいは。
極めつけは右手を握る誰かの感触。
視線を右に移せばフードを目深く被る人物が両手で俺の手を包んでいる。
フードの隙間から銀色の細かい髪が流れ落ちているのと、胸の部分に当たる胸部がふっくらと膨らんでいる所を見るに女性だと伺える。しかもフードから時折除く顔は十中八九美女と言える顔である。
ここだけでどんな展開だよとドキドキするが残念ながら俺はドキドキしなかった。なんなら違う意味で鼓動がドキドキしてる。
確かに可愛いし胸もそこそこ大きい娘に右手を大事そうに握られたら嬉しいが如何せん服に問題があった。
服が致命的にダサいと言う訳では無い。なんなら男心にくすぐられるほどめちゃくちゃカッコイイと賞賛できる。
返り血が着いてなければの話だが。
目が覚めた時にこの部屋の惨状を見て誘拐されたと思いすぐさま起き上がろうとすると右手を握られており、更に右手を握っているのはこの部屋を拷問か何かで汚した張本人が血塗れで寝ている。
頭がパンクした。本当に考えることが出来なくなった。
よくB級映画ではこんな時に悲鳴を上げるのが大半だがこの時のオレは声すら出すことが出来なかった。
だが運のいいことに誘拐犯?はぐっすりと眠っているチャンスとばかりに右手を振り払おうとしたがビクともしない。
何度か振り回してもがっちりと恋人繋ぎで繋がれた手は離れない。
今度は両手を使い誘拐犯の人差し指を掴もうとしたがまるで接着剤でもついてるのかビクともしない。
その後は3~40分ぐらい人差し指と格闘したが動かすことは叶わなかった。
最初に戻るが指を動かすことすら出来ず俺がクソ雑魚ナメクジなのか相手が異常なのかは考えなくても後半だろう。
声を掛けようにも血濡れの姿を見ただけで喉がひきつるし、なんならこのまま寝てて欲しい。
最悪の場合を考えて逃げれるように、もしくは何か武器になるものを探すべく上半身を起こし視線を手の届く範囲を見渡すと直ぐに武器になりそうなものを見つけた。
いや、なりそうなものじゃなくて確実に誰が見ても武器と言える銀色の剣が頭だけの獣に突き刺さっていた。
天井や壁にこびり付く血と隣にいる血塗れの美女の印象が大きかったのか分からないが、よくよく見ると床には血溜まりの中に原型をほぼ失っている獣が多くいた。
「…守ってくれたのか?」
口に出してみたがいまいち納得がいかない。
それでも(たぶん)守ってくれたという可能性があるだけで心に余裕が出来てきた。
心に余裕が出てくるとふとこの部屋に既視感を感じる。
隣にいる美女をもう一度見る。その服装にも見覚えがある。血塗れで、更に部屋も薄暗く、目を凝らさなければならないがそれでもこの服の名前を思い出した。
「ヤーナムの…狩装束…」
身体中の血の気が引いた。
これがドッキリの類かと思ったがあまりにもこの部屋の惨状はリアルで、クラクラするほどの血の匂いがその説を否定する。
心臓の音が破裂するんじゃないかと思うぐらい大きく耳に響く。
心臓を左手で押さえつけて鼓動の速さを鎮めようと体制を変えた時、すぐ側に点滴台が視界に映り、それを見るとまだ中に液体が残りその管が今俺が寝ているところまで伸びていた。
すぐに体を起こし両腕を確認する。腕を隅々まで観察し、針の後がないか確認するとどっと体が重くなる。
(良かった、何もされてない…神経質になりすぎか?)
「目が覚めたのですか?」
「ぴょぉ」
顔を横に、錆び付いた機械を無理やり動かしたように左に向けると…
「あぁ…このまま目覚めないのかと心配しました、わたしの主よ」
血塗れの美女が笑顔でそう言った。