やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。番外編 作:白大河
このお話は番外編、八幡生誕祭ネタです。
今作は「やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。」本編とは一切関係がありません。
なので本編だけ楽しみたいという方は読み飛ばしても支障はありません。
パラレル要素が含まれます。
それでも構わないという方のみお進み下さい。
ご理解の程よろしくお願い致します。
※※↑↑ 注 意 ↑↑※※
八月八日。
学生ならば夏休みに入り「もう八月も一週間が過ぎてしまった」と時に絶望するタイミングでやってくる日。そして、また逆に「まだ八月の序盤が終わっただけだ」と宿題を後回しにしようと決意を改めるそんな八月八日。
国民の何割が知っているかは知らないが、実はこの日には特別な意味がある、少なくとも俺には……。
そう、いわずもがな『ヒゲの日』である。
まだ髭が生えるような年ではないが、俺も男だ。
当然髭に憧れる時期もあったわけで、自分に似合うかどうかは別にして髭をはやした自分を想像して楽しんだりしたこともあった。カイゼル髭なんかにはロマンがある。
ところで何故この八月八日が髭の日か理由を知っているだろうか?
俺が調べたところによると、どうやらこの日が髭の日になっているのは『八』という漢字がヒゲの形に似ているからという理由らしく、日本のとある会社が『シェービングを普及させるため』制定したのだそうだ。
いや、剃っちゃうのかよ。
ヒゲを大事にしようとか、そういう日ではないという事に幾分の衝撃を受けた事を今でも鮮明に覚えている……。
「えっと……何の話ですか?」
「だから、八月八日は何の日かって話だろ?」
「そうですけど! もっと大事な事ありますよね? センパイに関係することで」
例によって俺は今一色の家に来ているのだが、何故か一色に詰め寄られている。
家庭教師としての授業をひとしきり終え、そろそろ切り上げるかと片付けを始めたタイミングで突然「センパイ、今日って何の日でしたっけ?」という問を受けての解だったのだが。目の前のJCはその回答ではお気に召さなかったようだ、ジェネレーションギャップというやつだろうか?
もしこれが筆記テストだったら「制定の理由までよく調べていますね」と赤字で褒められても良いレベルの話だったのだが……。
「山の日の方だった?」
同じく八の字が山の形に似ているからという理由で制定されているのだが……
目の前のJCは相変わらず厳しい目つきでこちらを睨みつけてくる。
どうやらこっちでもないらしい。そもそも山の日として八月十一日が休日に制定されてしまっているのでマイナー感がでてしまっているのが原因かもしれない。
「髭でも山でもないです!……はぁ……今日センパイの誕生日だって聞いたんですけど……」
「ん……? ああ、そういやそうだな……」
「はぁ……なんでこう思い通りにいってくれないんだろう……」
正直に言えば「今日は何の日?」と問われて「俺の誕生日」という選択肢は思い浮かんだ。
だが、そんな俺の誕生日ですアピールが出来るほど俺はナルシストではない。
何より間違ってたら恥ずか死してしまうし。
それこそ「あ、そうですか……」と冷たい目で見られるのだろうという予測をしていたのだが。まさか一色が俺の誕生日を知っていたという事に驚いた。
「とにかく、これ誕生日プレゼントです。お誕生日おめでとうございます」
少し驚いて動きが止まった俺に、一色はそういって俺に小さな白い紙袋を渡してきた。
「お、おう、サンキュ」
一色から受け取ったその紙袋をポケットにしまい。俺は引き続き帰宅準備に入る。
「なんでそのまま帰ろうとするんですか!」
「え?」
プレゼントをくれるというから貰ったのに何故か怒られた件。
スレ立てたら伸びるかしら?
最近の子の考える事はよくわからない。
知恵袋辺りに相談した方がいい案件かもしれない。
いやだわ、もしかして受験ノイローゼかしら?
「えっと……くれるんじゃないの?」
「プレゼントですからあげますけど、それじゃ駄目なんです! ちゃんと中身見てくださいよ」
何故か一色はご立腹だ、腰に両手をあて、その頬をリスのように膨らませている。
コレが漫画だったら顔の横に「ぷんすこ」という擬音が表示されているだろう、あざとい。
俺は少々面倒くさいと思いつつ、ポケットに入れた事で少し皺になってしまった紙袋を再び取り出すと、その中身を確認した。
「……なにこれ?」
中から出てきたのは薄い緑色を基調としたデザインの親指大ほどのチューブ。
一体なんだろうコレ? ワサビ?
メチャクチャ英語で書かれている……携帯用ワサビ?
「リップです」
ワサビじゃなかった。
リップというと唇が乾燥するのを防ぐ薬局とかコンビニで売っててナースっぽい女の子が描かれている緑色のあれか。
もしかして俺そんな気にされる程カサカサだったのだろうか。ちょっとだけ恥ずかしくなり俺は思わず舌でぺろりと自分の唇を濡らす。
「サンキュ、使わせてもらうわ」
よくわからないがきっとコレはそこそこお高いものなのだろう。
こういうタイプのリップは見たことがなかったが、こんな物をプレゼントされるほど俺の唇の状態が良くなかったという事らしい。
蓋を開け、においを嗅いで見るとほんのりハーブのようないい匂いがした。
「あ、直接つけるんじゃなくて、こうやって使うんです」
俺がチューブを顔に近づけたことで、その場で使おうとしたと勘違いしたらしい一色がふいに俺の手からそのチューブを奪い取った。
そして一色は慣れた手付きでチューブからほんの僅かにクリームを出し、自分の小指につけるとそのまま自分の唇にリップを広げる。
その仕草は妙に色気を醸し出しており、思わずドキリとさせられてしまった。
「センパイ?」
一通り塗り終わると、一色の唇がクリームによってコーティングされ、全体的にテラテラと瑞々しく光りを反射させていた。柔らかそうに主張をするその唇から一瞬目が離せなくなる。
「……センパイ? どうかしました?」
「あ、ああ。いやすまん何でも無い……」
俺はゴクリと息を呑む音を一色に悟られないないよう、無理やり言葉を絞り出す。
その時の俺は自分が一体何に謝っているのかすら分かっていなかった。
「じゃあ、えっと……これはセンパイのなので。お返ししますね……」
「お、おう。大事に使わせてもら……」
俺が一色からプレゼントを受け取ろうと手を伸ばした瞬間。
二歩ほどあった一色との距離が一気に詰められるのがわかった。
ふわりと女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり、ギュッと手に何かを握らされる感触、そして……ふにょっと柔らかく暖かい何かが自分の頬に当った。
「っ……!?」
「……ちゃんと、返しましたからね、センパイ♪」
耳に吐息がかかるほどの距離で、一色がそう小さく呟き、ゆっくりと距離を取る。
俺は何かが起こった頬に手を当てた。しかしそこには何もない。だが確かに当たった何かの柔らかい感触が、しっかりと残されていた。
「……」
「ママー、今日の授業終わったよー」
一色はフリーズする俺を放置し、そのまま部屋の扉を開け、何事もなかったかのようにキッチンのもみじさんへと語りかけていた。
同時にほんのりとニラの香りが漂う……今日は餃子だろうか?
「あらあら大変、ちょっとお皿並べるの手伝ってー」
「はーい」
「じゃあセンパイ、私先行って手伝ってきますから、ゆっくり来てくださいね」
「……お、おう」
そこには、まるで何事もなかったかのように、いつもどおりの一色がいた。
さっきのは、白昼夢か何かだろうか? それとも俺の勘違い……?
誕生日プレゼントを貰って……一色がそれを使って……返ってきた……。
まるで寝起きのように、はっきりしない頭でグルグルと同じシーンを反芻しながら、部屋を出る一色を目線だけで追いかける。
こいつにとっては頬にその……キ、キスをするぐらい普通の事なんだろうか?
欧米スタイル。挨拶代わりのキス。
一色家ならありえそうだが……、少なくとも今までそういうシーンに出会ったことがない。
いや、きっと深い意味はないのだろう、もしかしたら俺の前では見せなかっただけで、家族間ではよく見る光景なのかもしれない。
俺はそんな事を考えながら一色の姿を目線で追う。
だが、それがまたまずかった。
視線を廊下に向けた瞬間、廊下の角を曲がる一色の顔が一瞬見えた。
耳まで真っ赤に染まった一色の照れ顔が、見えてしまった……。
「この後どんな顔で合流しろってんだよ……」
俺は一色の部屋に置いてある小さなミラースタンドで自分の顔を覗き込む。そこには先程の一色と同じように顔を赤く染め、頬の一部分だけを妙にテラテラと光らせている俺。
これは拭きとっていいのだろうか……?
俺はこのあとの展開を想像し、再び頭を悩ませる。
辺りには今の状況にあまり相応しくなさそうな、餃子の香りとほんのりハーブの匂いが漂っていた……。
八幡誕生日おめでとうー!
というわけで久しぶりの番外編(パラレル)です。
一年目の八幡誕生日は本編でも一応やるつもりなので
ネタ被りにならない程度にしつつ、まだまだ先になりそうないろはとのラブラブ展開を添えて。
いかがだったでしょうか?
本編の更新が止まってますが
現在鋭意執筆(書き溜め)中です。詳しくは活動報告にて。