悟さんとビルドくんの物語   作:甲斐太郎

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盟主不在のナザリック地下大墳墓 ひとりめ

僕は、ヘロヘロ。

 

名前の通り、人員が足りていないブラック気味な会社のために身を粉にして働く社畜のサラリーマン。

 

唯一の楽しみであったMMORPGゲームのユグドラシルが終わりを迎え、最後までギルド拠点を維持してくれていたギルドマスターのモモンガさんと会話している内に眠気が強くなり、寝落ちしてしまうという情けない別れ方をしてしまった罪深き者。

 

「ごめんね、モモンガさん。明日も仕事があるからとログアウトする僕と別れる時、モモンガさんはどんな表情だったんだろう。どんな気持ちだったんだろう。……ごめんね。ごめん、……モモンガさん」

 

最後までユグドラシルにログインし、ギルドホームであるナザリック地下大墳墓と僕たちが生み出したNPCたちを守り続けた、器が広く優しい偉大な支配者を欠いた、この場所は酷く冷え切っていた。

 

 

 

僕が目覚めたのはモモンガさんと会話して寝落ちしてしまった円卓の間。

 

『会社に遅刻するっ』と跳ね起きたら、身体がスライムのアバターであるヘロヘロの姿でびっくりしたけれど、今ではもうすっかり生まれた時からずっと自分の身体だったと言わんばかりに動けている。

 

恐る恐る円卓の間から出た僕が見たのは、白亜の城をイメージしながら作られた壁や床などの所々に大きな亀裂の入った廊下だった。調度品の壺とか花瓶とかが落ちて粉々だし、活けてあった花は枯れている。高い天井に一定間隔で飾られていたシャンデリアもいくつか落ちてしまっていて、廊下の端の方にガラクタのように山積み状態で無造作に置かれていた。豪華絢爛を絵に描いたような場所だったはずなのに、温かみどころか、冷気を伴った風が吹き荒れているようだった。

 

ぴょんぴょんと跳ねて移動していると、『しくしくしく……』と悲しむように嗚咽する声が聞こえてきた。息を潜めながらその声の主を見てみると僕が生み出したメイドたちだった。

 

気配を消してメイドたちの話を聞いた限り、この惨状はナザリック地下大墳墓全体に及んでいるらしく、それぞれの階層守護者たちは被害状況を確認しているようだ。しかし、“確認したとしてもお仕えすべき方がいなくなった現在、そんなことをする意味はあるのか”と自問自答しているらしい。

 

「……え、いや。ちょっと、待って!モモンガさんはっ!?モモンガさんがここからいなくなるなんてことはないはずだよね!」

 

僕は思わず悲しみに暮れるメイドたちの前に躍り出た。

 

先ほどまでしくしくと泣いていたメイドたちの表情が、きょとんとした感じから喜怒哀楽のすべてを織り交ぜた表情に変わるのを見て、これは『ユグドラシル2』とかそんなもんじゃないねと悟った。迷子だった子どもが親と再会したように大声をあげて泣くメイドたちをあやしていたら、それを聞きつけたメイドたちが集まってきて僕を見て泣いて。その騒ぎを聞きつけた者が僕を見て泣いて。

 

そういうのを繰り返した結果、僕はナザリック地下大墳墓の最下層にして最深部で心臓部である玉座の間に連れてこられた。移動方法は戦闘メイドのプレアデスの1人で僕が生み出したソリュシャンに抱っこされてというリアルだったらあり得ない方法でね。

 

玉座の間では、守護者統括であるアルベドが玉座に縋りつくようにして泣いていた。その玉座に残されているのは、モモンガさんが着ていたローブだけ。僕は何が起きたのかをソリュシャンをはじめとしたNPCたちに尋ねた。

 

そこで得られたのは、ユグドラシルが終わる寸前にモモンガさんに届いたメッセージによって、不条理な選択を迫られたモモンガさんが『自分の命を犠牲にしてナザリックの子らの命を永らえさせた』という過酷な現実だった。

 

セバスやプレアデスたちは、死を超越したオーバーロードの肉体が少しずつ崩壊していくモモンガさんを目の前にしても一歩も動けなったことを悔やんでいた。彼らが動けるようになったのは、モモンガさんが完全に玉座の間から消え去った後だったらしい。

 

セバスは語った。『私などよりも、目と鼻の先でモモンガ様の消滅を目の当たりにしてしまった守護者統括のアルベドさまのショックの方が大きいだろう』と。

 

確かにそうだろう。NPCたちが自我を得たってことは、アルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナさんが組んだあの設定が現実のものとなっているのだから。モモンガを愛しているという設定をこれでもかと積んだアルベドのショックは計り知れない。

 

僕はそんなアルベドにどんな言葉を掛ければいいのか分からず、その場を後にした。

 

まずは、ナザリック地下大墳墓が受けた損害箇所を調べ上げ、修繕することが第一だと考えたからだ。それに、頼りなくとも僕は至高の41人のギルドメンバーの1人だ。だから、今のナザリック地下大墳墓で頑張っているNPCたちの心の支えになろうと思った。

 

ただ、ナザリック地下大墳墓が受けたダメージは想像以上に大きくて、その修繕に目と手を取られて、本当は近くにいたはずのモモンガさんを見失うという史上最大の大ポカをやらかしてしまったのだけれど、それが判明したのは数十年後の話である。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓の復興作業に従事するNPCたちに、突然朗報が入った。

 

第六階層にある円形闘技場に、ピンク色のスライムと黄金色の羽を持つ鳥人が倒れていた、と報告を受けた僕も急いでその場所に向かった。

 

すでにそこでは再会を喜ぶ『ぶくぶく茶釜さん』と『ペロロンチーノ』さんと階層守護者たちでごった返していた。おかげで中々前に進めなかったのだけれど、誰かが持ち上げてくれたおかげで僕は集まっていたNPCたちの上を通って2人の下に辿り着けた。

 

「茶釜さん、ペロロンチーノさん。お久しぶりです」

 

「あー、ヘロッちだ!ひさしぶり~」

 

「何だよー。ヘロヘロさんも来てたのかよ」

 

2人には階層守護者にして彼らの子どもたちであるアウラとマーレ、シャルティアがそれぞれに抱き着いて嗚咽を漏らしていた。今日くらいは感動に浸らせてあげたい。そう思って僕は涙しているデミウルゴスとパンドラズ・アクターに指示を出して、執務室に戻る。

 

翌日、ナザリック地下大墳墓の現状を知ったぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんが執務室になだれ込んできた。

 

「おいぃ!ヘロっち、どういうことよ!モモちゃんの消滅に、ナザリック地下大墳墓が半壊状態って!緊急事態じゃないかぁっ!!」

 

「道理でシャルティアたちが空を飛ばせてくれないと思った。第6階層もあそこら辺しか復興が終わっていなかったんだな。情報をくれ、俺も一緒に頑張るから」

 

僕は2人の質問にひとつひとつ答える。

 

モモンガさんの消滅のくだりを聞いたぶくぶく茶釜さんは、今も起きている間はずっと主不在の玉座に縋りついて泣く生活をしているアルベドの下に駆けて行った。

 

彼女もまた、アルベドに積まれたモモンガへの愛の重さを理解しているメンバーの1人だ。だから、恋愛経験が皆無な僕みたいなものがデリカシーのないことを言ってアルベドを傷つけるような真似はしないだろう。

 

「うわぁ……。損害箇所が多岐に渡るな。宝物殿は復旧不可能レベルでダメージを負っている……のか?」

 

「ナザリックの子どもたちには一切被害が及んでいないんだ。それと彼らが住んでいる場所もね。失われたのは、僕たちプレイヤー側ってこと。これはデミウルゴスの予測でしかないんだけれど、モモンガさんに突きつけられた選択は、『僕たちプレイヤーが作り上げたナザリック地下大墳墓そのものの永続』か『ナザリック地下大墳墓に生きる者たちの命』だったんじゃないだろうかって。即断で後者を選ぶ辺りが、モモンガさんらしいよね。さすがは、僕たちのギルドマスターだよ。……でも、僕は……そんなモモンガさんに酷い別れ方をしてしまったんだ。……なんだよ、寝落ちって。最後の最後まで僕たちの思い出の場所を残し続けてくれたモモンガさんに、僕は……ぼくはぁあああああ!!」

 

「お、落ち着けって、ヘロヘロさん!アンタの所為じゃねぇって!俺や姉貴も、モモンガさんを置いてユグドラシルを止めちまった過去があるんだ。それを謝ろうと思って、時間ギリギリにログインしたけれど、間に合わなかったみたいだし」

 

「……ログインしたんですか、ペロロンチーノさんたち。……え、だって……。ユグドラシルが終わってから、もう8年経ったんですよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

僕とペロロンチーノさんは顔を見合わせる。そこで僕はようやく、この世界とリアルの時間の流れがかけ離れている可能性を察したのだった。

 

 

 

その後、ナザリック地下大墳墓に待っていたのは怒涛の至高の41人のギルドメンバーの帰還だった。

 

中にはリアルで死んでしまったというベルリバーさんやバルバ・トスアタックくんといったメンバーもいて、他のメンバーを驚かせたが、どうやら僕たちが生きていたリアルの世界はマジで滅亡したらしい。テロリストの自滅特攻アタックで居住区大崩落とかマジかとペロロンチーノさんたちと一緒に遠い目になってしまった。

 

それはそうと、ついにというか、来るべくして来てしまったというべきか、ナザリック地下大墳墓を正常に稼働させ続けてくれた功労者であるデミウルゴスが過労で倒れてしまった。完全なキャパオーバーだった。

 

アルベドがモモンガさんの消失で動けなくなってから、守護者統括代行として階層守護者や領域守護者を率いて、ナザリック地下大墳墓の復興を指揮。異世界転移の代償として全ロスしたアイテムと食料を賄うために、第六階層で作物を育てさせたり、近くの村や街を襲わせて人間を拉致してきたり。その他にも色々と任せてきた。

 

その疲れが彼の創造主であるウルベルトさんと再会したことで一気に噴き出したのだろう。

 

僕やペロロンチーノさんたちは、ナザリック地下大墳墓のことで手いっぱいで外のことに気を回す余裕がなかった。けれど、20人近くに増えたギルドメンバーで仕事を分担すれば、色んなところで滞っている仕事も終わるに違いない。

 

そんなことを僕が考えていると、第五階層にある氷結牢獄に住んでいるニグレドが現れた。咄嗟に身構えるメンバーもいたが、彼女は僕の姿を見つけると駆け寄ってきた。

 

「ヘロヘロさま、至高の41人の盟主であらせられるモモンガさまを発見致しました!」

 

「「なん……だと!?」」

 

 

 

ニグレドの知らせを聞いたペロロンチーノさんは、自慢の翼を羽ばたかせて目撃された座標に向かって一気に飛んでいった。他のメンバーの皆もそれぞれあり合わせの装備を整えて、NPCのゲートを使って座標の近くまで跳ぶ。

 

そこは小さな村だった。

 

ニグレドが発見したモモンガさんは【超越者の抱擁】という名前の彫像でメンバーたちや階層守護者たちは落胆していたけれど、僕は確信した。モモンガさんはちゃんとこの世界にいることを。

 

僕は異形の姿をしている自分も含めたアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーたちや階層守護者たちを見ても怖がりもせずに、にこにことした笑みを浮かべている少女を見る。

 

「君は僕たちが怖くないのかい?」

 

「はい。怖くありません。だって、【超越者の抱擁】像の防衛設備が起動していませんから」

 

「防衛設備?」

 

「はい。悪しき心を持つのは何も魔物だけではありません。それは人間も同じです。私たちカルネ村の住人は死を超越した神であらせられるモモンガさまを崇拝しています。この【超越者の抱擁】像はまさにモモンガさまのお考えを体現するもの。悪しき心を持つ者には即座に断罪が下されるのです。この像のおかげで私たちは昨日のバハルス帝国兵の襲撃からも身を守ることが出来ました。私が生まれるずっと前に、モモンガ様の御姿を象った【超越者の抱擁】像を設置してくださった冒険者の方には感謝の気持ちでいっぱいです」

 

「そ、そうなんだ。あ、ありがとう……」

 

深淵を覗き込んだような、どす黒い眼を見て僕は無くなったはずの心臓がキュッと締まる思いをした。説明をしてくれた少女は相変わらず、屈託のない笑みを浮かべている。

 

ただ、彼女の言う悪しき心っていう基準が分からない。僕たちはカルマ値がマイナスの極悪ギルド。だから、単にカルマ値で反応する訳ではないと思うのだが。

 

「おーい、大変だぞー!」

 

その時、大人の声がして少女の視線がそちらに向いた。駆け足でやってきた大人も僕たちを見ても何も言わないどころか、『お泊りになる場所はありますか?』なんて聞いてくるものだから、ペロロンチーノさんやたっちさん、ウルベルトさんたちがギョッとしていた。

 

「それで、どうしたんですか?」

 

「おお、そうだった。王国戦士長たちが、“産地直送街道”を通って来たらしくて、村の入り口で気絶しているんだ。運ぶにも手が足りていないんだ。村長たちに声を掛けてくるからエンリは王国戦士長たちが不用意に村に近づかないように見張っていてくれないか?」

 

「はい。いいですよ。私たちは守られていますから」

 

人を呼ぶために村の奥へと向かっていく男性と村の入り口に向かって歩いていくエンリという名前の少女。

 

何だかトラブルの予感がしたけれど、せっかく得ることが出来たモモンガさんの情報。像を作ったという冒険者の情報を得るために僕たちは村長の家を目指す。

 

それが、ややこしい事態に陥ることになるなんて、この時の僕たちは気づいていなかった。

 


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