トブの大森林の南方に周囲の木々の数十倍の大きさを誇る樹がある。
その樹はかつて魔樹の暴走により住処を奪われたダークエルフたちのために、とある冒険者が一から作り上げたものだと言われている。そのため、世界樹に住んでいるダークエルフたちは冒険者に対して友好的である。
特にアダマンタイトクラスの冒険者ともなると、盛大な歓迎を受けることになる。
「その盛大な歓迎が虫を使った料理じゃなければな……」
ぷりぷりしていて のどごし さわやかだよ?
箸が進まない俺とは違い、何かの幼虫を指でつまんで口に放り込むビルドを見つつ、食卓に並べられた料理の数々を見る。
イナゴの佃煮が一番マシに見えるなんて。俺は遠い目をしながら、蜂のさなぎを素揚げしたものを口に放り込む。噛めば噛むほど、口の中がブラックホールだ。ぞわぞわとした感覚が指先から頭の天辺に向かって走り、全身の鳥肌が立つ。
俺は我慢ならないと食卓を変えて、デザートが置かれているところに席を移す。
樹液のシロップが掛かったホットケーキ、果物をふんだんに使ったゼリー、果物を煮詰めて作った自家製ジャムが掛かったかき氷など、一般的な食べ物が並んでいる。もう、俺はこっちの席だけでいい。
◇
先日、モモンガ像を崇める者たちの様子を見に行くことに決めた俺とビルド。
とりあえず候補に挙がったリザードマンの集落は遠目から見ても異様だった。ビルドが作ったモモンガ像よりも大きなモモンガ像が集落のど真ん中にあり、朝昼晩の1日3回、食事の前に祈りが捧げられていた。
『我々が今日もお腹いっぱいに食事を食べることが出来るのは我らが偉大なる神モモンガさまの祝福があってのことである。皆の者、我に続け!オーバロードモモンガさまばんざーい!!我らが神モモンガさまばんざーい!!世界の救世主モモンガさまばんざーい!!』
「「「「ばんざーい!!ばんざーい!!ばんざーい!!」」」」
老若男女問わず1000人近いリザードマンたちが一糸乱れず万歳三唱をする光景はある意味で恐怖でしかなかった。
かつて、リザードマンたちは少ない食料を巡って幾度となく部族間での戦いを繰り返す野蛮な種族だった。
その戦いで犠牲となるのは若いオスで、戦いに負けた部族の子どもたちや老人たちが餓死していく様は見ていられなかった。力こそすべてという血気盛んなリザードマンたちを俺は魔法で叩き潰し、ビルドが作った無限釣り堀で安定した食料供給源を確保。
そして、二度と愚かな争いを起こさぬように抑止力となるモモンガ像を設置させた。
【強者が弱者を虐げようとした時、その者に超越者モモンガによる裁きを下す】と当時の族長たちに告げて、俺とビルドはリザードマンの集落を後にした。ちなみに裁きの内容は地面に設置されたトラップによる丸焼きである。結構耐久力のある種族なので火傷くらいで済むだろうから、火力はマックス設定だ。
モモンガ像を設置した当時は全部族を併せても300人に満たなかったのに、随分と繁殖が進んだものだ。部族全員が狂信者になっていなければ立ち寄ったんだけどなぁ。
俺は世界樹の頂上に向かうための階段を上っていた。
この世界樹はビルドが建てたもので、一番上には緑溢れる庭園があるのだ。ついでに、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの1人であるペロロンチーノさんの像もある。
ただし、この世界樹はとにかくでかい。
階段上りに疲れ果てた俺は飛行の魔法を使って昇っていく。頂上に着いたところで降り立つと、緑の庭園にある噴水のある池ではダークエルフの女性たちによる水浴びが行われていた。麗しい裸体の数々なのだが、俺はそれを無視してペロロンチーノさんの像があるところに向かう。昔は鼻の下を伸ばしてだらしない姿を見せることがあったけれど、ダークエルフはエルフと同じ長寿種族。若く見えても500歳越えであることもざらなのだ。
さすがに種族がオーバーロードで寿命という概念のない俺でもリアルの年齢とこの世界で暮らした年数を足しても50歳に満たないのだから困る。
「はぁ……。ペロロンチーノさんだったら、ラッキースケベだって、喜ぶのかなぁ?」
俺は庭園の奥にあるペロロンチーノさんと階層守護者の1人であるシャルティアの像がある場所のベンチに腰掛けて、金色に輝く彼らの像を見上げる。
リアルでは失われた自然の残ったこの世界をギルドメンバーと共に楽しむことが出来ればよかったのにと何度思ったことか。しかし、世界の各地にこれだけの痕跡を残しているのに何のアクションもないってことは、結局のところ、この世界に転移したのは自分だけということなのだろう。俺はペロロンチーノさんの像を眺めながら、深々とため息を吐くのだった。
庭園から出て階段を下りていると騒ぎが起きていた。
またビルドが何かをやらかしているのかと思い、飛行の魔法を使いつつ飛び降りる。すると、その騒ぎは食堂で起きていた。何事かと思って覗き込むと見覚えのあるパーティーの姿があった。
「無理無理無理!」
「ガクグルカクブル」
忍び装束を着た双子の女性が首を横に大きく振って拒否を示す。その隣では大柄な女性が頬を引き攣らせながら叫んでいる。
「コレがお前たちの善意だということは分かった!分かったから、それ以上ソレを近づけんなぁ!!」
「……」
「ガチガチガチ」
生命の輝きが感じられる美貌を持つ少女は、微笑みを携えた状態で気絶中。その隣にいる赤いローブを着た者は仮面をつけており、表情こそ見えないが連続して歯をかち鳴らす音が聞こえてくる。
彼女らはダークエルフのおもてなしの心が詰まった料理を前にして喚き散らしていた。なら、逃げればいいものを、と思いながら見てみると彼女たちは全員が鉄の鎖を使って手足と胴体が固定されていた。
お ま た せ ♡
世界樹の食堂の隣にあるキッチンから大皿を持って現れたのはビルドである。
その大皿の上にあるのは一見パスタのようだが、俺は持ち前の嫌な予感センサーに準じ、思わず両手で視界を閉ざした。
直視したら精神的に死ぬっ!!
そんなオーバーリアクションをした俺の存在に築いた面々が声を上げた。
「はっ!?サトルだっ!」
「たすけて!金貨は払える分だけ払う!!」
「俺とラキュースとイビルアイは巻き込まれただけだっ!助けてくれぇー!!」
「さとるぅうううう!!」
四者四様の叫び。だが、俺は手助けすることは出来ない。下手を打てば、俺にも被害が回るからだ。
ぼくとくせい とぶの おおみみず かるぼなーらふう ぱすた
とぶの かまきりの たまごを そえて だよ
りょうきんは いらないよ
しさくひん だから しょくれぽを してくれたらねぇ
「「「「ひぃぃいいいっ!?」」」」
俺は命の限り抵抗する面々の魂の叫びをBGMにその場から脱出を図った。
一部始終を目撃していたダークエルフに話を聞くところによると、双子の忍者がビルドに襲い掛かり、彼の成長しないショタボディを服の隙間から手を通して地肌もろとも満喫していたら、ビルドがキレたらしい。人間種でありながら、レベル99のステータスを持つビルドの攻撃を急所に受けた紙装甲の忍者2名は1発ずつで沈み、双子の忍者にいいようにやられるビルドを笑うだけのガガーランと困り顔のラキュースとイビルアイも同罪として、ビルドはハンマーによるフルスイング攻撃を放った。問答無用の吹き飛ばし&気絶攻撃。
彼女らが気付いた時にはすでに遅く、ビルド主導によるダークエルフ式おもてなしがされていたと。俺は食堂から聞こえてきていた阿鼻叫喚の声が聞こえなくなったので、そろりと中を覗き込む。
泡を吹いた状態で気絶する5人組の冒険者たちの前ではビルドの新作料理を食べて、味の批評をするダークエルフたちの姿があった。
いち早く気絶していたラキュースが起きて周囲を見渡し、惨状を見てガタガタと椅子から逃げようとしている。そんな時、悪魔の声が再び世界樹の食堂に響き渡る。
おまちどうさま
とぶのだいしんりん どらいあど じきでん
まんどらごらの やくぜんに だよ
すさまじい しんたいきょうかを えるかわりに
しこうが ざんねんに なる ふくさようが あるんだ
だされた しょくじの おのこしは ゆるされないんだよ?
ほら あーん
「いやぁっ!誰か助けてえぇーっ!!」
しかし、その叫びは誰にも受け入れてもらえず、5人組の冒険者たちは気絶から目を覚ました瞬間に全員、狂走薬効果のある『マンドラゴラの薬膳煮』を口に注ぎ込まれ、前後不覚状態になった後、食卓に残っていた虫料理をすべて食らい尽くし、正気に返った後はずっと世界樹の隅でいじけることとなるのだった。
◇
「それで、王国最強の冒険者チーム『蒼の薔薇』がどうしてこんなところにいるんだ?」
一周回って落ち着いた5人に俺はインベントリから取り出した酒をコップに注ぎ渡していく。それを飲んでツツ―っと涙を一筋流した彼女たちは冒険者ギルドに寄せられたアダマンタイト級冒険者チーム『超越と創造(オーバービルダーズ)』の情報をどこからか得てきた貴族の依頼で自分たちの下に連れてきて欲しいということだった。
「王国の貴族と繋がりを作る意味が分からない」
「サトルなら、そう言うと思った」
「大丈夫。オーバービルダーズは貴族嫌いだっていうことは皆が知っている。失敗しても前払い金は返却不要」
「まぁ、一応面識のある俺らなら一筋の希望があるっていうことだったんだよ」
酒で口直しして機嫌が良くなった双子の忍者のティアとティナ、それと大柄な女戦士風のガガーランは言う。
ラキュースは意識を取り戻した後も膝を抱えて蹲っている。確かに虫料理はトラウマものだが、問題なのは見た目がグロテスクなだけで食べてみると意外と美味しいというジレンマ。それでも俺は口の中で起きる食感が駄目で好きになれないのだが、ラキュースは開けてはならない扉を開けてしまったようだ。
「サトル、久しぶりだな。お前たちの活躍は聞いている。同じアダマンタイト級冒険者として鼻が高い」
仮面を外して素顔を見せるイビルアイがすり寄ってくる。
彼女の種族は吸血鬼。つまり、異形種だ。彼女は仮面と指輪を使い、認識阻害を掛けて人間社会で暮らす珍しい存在。
彼女は俺とビルドが冒険者になりたての頃に世話になって以来の仲だ。様々な依頼で戦線を共にしたことがある程。俺がオーバーロードという不死の種族であることを知っている数少ない存在だ。
ただし、彼女もビルドという存在がトラウマになりかけているのか、彼が食堂内を通る度にぶるりと震えている。
「俺とビルドは砂漠のアンデットの間引きの依頼を受けているから、そのまま砂漠に向かうのだが、イビルアイたちはこのまま王都に戻るのか?」
「いや、それが王国戦士長たちの一団が街道を逸れて、トブの大森林を突っ切るルートを取り行方不明になったようなんだ。戦士長がいるから万が一のことはないと思うが、一応探索に向かう」
「そうか……。なら、リザードマンと相対することがあったら、『自分たちが信じている神はモモンガ』と言ってみてくれ。たぶん、戦士長たちの捜索を手伝ってくれるはずだ」
「うん?モモンガか、分かった。もしも、リザードマンたちに会うことがあったら言ってみるが、そのモモンガというのはサトルにとってはどういう存在なんだ?」
イビルアイが仮面を填めつつ尋ねてくる。俺はその質問を口の中で転がすように呟き、笑みを浮かべて答える。
「大切な者の名前さ。大事な仲間たちとの絆の象徴でもある」
◆
しばらく えらんてるには ちかよらないほうが いいなぁ
各地に設置した小鳥型のゴーレムから情報を得るビルドが呟く。その眼はドブ川のように暗く濁っており普段の様子からかけ離れていた。
しかも、彼の足元には忍者の服を着た八本脚の蜘蛛の姿があった。しかし、足は全てが千切れ、頭部は叩き潰されて原型は残っていない。彼はナザリック地下大墳墓から探索用に放たれた魔物の内の一体であったが、運が悪かった。死体が消滅する前にビルドはそのナザリックの魔物を袋の中に仕舞いこむ。その場に広がった血の痕も肉片も綺麗さっぱりなくなる。そこでビルドは、口端を吊り上げて嗤う。
ももんがさんは わたさないよ
ぜったいにね